やるべきこと~別れ~
夜、空は紫色に輝いていたのを忘れたかのように、小さな輝く星々が無数に広がっていた。
おにぃは帰って来なかった
帰ってきたら、聞きたいことがたくさんあったのに
能力者差別解消法の中身がどうなろうとしているのか
能学の生徒たちが何をしようとしているのか
雄介が何を考えているのか
いろいろ聞きたかったのに…
私は布団を頭からかぶって、横向きになった体を小さく丸めた。
考えなきゃ
これから私はどうすべきなのか…
ちゃんと考えなきゃ…
静かすぎる夜
考える時間はたくさんあるのに、いろんなことが頭を巡って、なかなか考えがまとまらない
お母さん…
お母さん、私はどうすればいい?
どうしてお母さんはあんなに強く生きれたの?
どうして私達にあんなに優しくできたの?
「お母さん…」
母のことを思い出すと決まって涙が流れる
母は能力者で有りながら、能力者ではない父と結婚し、私とおにぃを生んだ
おにぃと私が能力者だとわかった時から、能力の使い方、コントロールの仕方については厳しく
とても厳しく…
でも、普段は優しくて…
さすがにあまりにもテストの点数が悪いと怒られたけど…
基本的には勉強しろなんて言われず
宿題をやらずに遊びに行っても笑顔で「行ってらっしゃい」と言い、私やおにぃの好物を作って待っていてくれた
私は一緒に料理もお菓子も作った
長期休暇の宿題の一つ、絵日記には母と作った料理のことをよく書いた
どんな時だって私たちを強く優しく見守ってくれていた母
でもある日、母は私とおにぃを泣きながら抱きしめた。
そういえば、母の涙をあんまり見たこと無かった気がする。
一番最初に住んでいた場所の小学校でおにぃが能力者だとバレていじめられて帰ってきたとき
私が雄介とケンカして怪我して能学から帰ってきたとき
その時以来の母の涙に、私とおにぃは驚いた
「必ず帰ってくるから」
母はそう言って家を出た
でも、帰って来なかった
ある国で能力者同士の戦争が起きてる
そう連絡が入ったのは前日のことだった
結婚するまでは能力者のためにさまざまな活動をしてきた母。
能学を創設した一人でもある
でも結婚してからは、その活動を仲間に託し、いつだって私たちのそばにいた。
時々、能学には顔を出していたけど、それはおにぃや私が行くときに着いてきて挨拶する程度だった。
でも、あのまま戦争が長引けばたくさんの能力者が死に、能力者ではない人たちを巻き込む恐れもある
それだけは避けたい
母も考えたんだと思う
今の私のように
そして母は決断した
最期に私たちを抱きしめて…
そして、二度と帰ってくることはなかった。
朝。
結局寝なかった
一晩中考え、答えは一応だけど出た
私はコウちゃんに電話を掛けた。
「どうした?」
コウちゃんの声がスマホを通じて耳に響く。
「おはよう…
…ごめん…今日、行けなくなった。」
「急用か?」
「まあ、そうなんだけど…
ていうか、もう……会えない」
「は?」
コウちゃんは本当に私が何を言っているのかわからない様子だった。
「私ね、ずっと逃げてきたことがあるの…」
震える声を頑張って出した
「逃げてきた先でコウちゃんやみんなに出会って、楽しかった…
楽しかったから…今までずっと戻ろうとしなかった
前いた場所に興味なんかないって自分で自分に思い込ませてた…
でも、逃げてるだけじゃ、逃げてるだけじゃ何も変わらない…
次に進めない…」
「…ごめん…
何言ってるか、わかねぇんだけど…」
そりゃそうだ…
コウちゃんのその言葉を聞いて一回深呼吸した
自分でもさっきまで何を言っていたのかわからなかった
深呼吸したら急に自分の心が冷静になったのがわかった
「ごめんね
何逃げてきたとか、そういう詳しいことは話せないの
でも、私は自分のやるべきことから、もう逃げないって決めた」
「それと、オレと別れることにがなんで繋がるんだよ!」
コウちゃんの声は怒っていた。
「私、いっぺんに何かをできるほど頭よくないし、大切な人全員守れるほど強くない…
だから、私のそばにいてほしくないの
私はコウちゃんに傷ついてほしくない
辛い思いをしてほしくないの
私のそばにいれば、コウちゃんは必ず辛い思いをする
そんなコウちゃんの姿は見たくない
だから、別れて
本当にごめんなさい…」
電話切った
コウちゃんの息づかいで何か言おうとしていたのはわかっていた
でも、もうその言葉を聞く気は無かった
聞いたら、別れられなくなりそうだから…
涙が流れた
止まらなかった
床に崩れた
涙をこらえようとすればするほど、流れた
溢れだした
どれくらい泣いたとか覚えていない
でも、一粒の涙が手のひらに落ち、それを握りしめた瞬間、涙は止まった
いや、止めた
これで前に進める
私のやるべきこと
それは自分で、もうわかっている
戻ろう…
あの場所に。
久しぶりに夢の華学園の制服に袖を通した。
能学にはここ何年も顔を出していないが、流石に身長が伸びたので一年ほど前に制服は新しくしていた。その時以来だった。
黒髪をいつもより高い場所に結んだ。
玄関に行くと、私のその姿を見た父が驚いた顔を向けてきた。
「梓、何してる?」
「能学に行ってくる」
私は父に背を向け、靴を履きながらそう答えた。
父が怒っているのを雰囲気で感じた
当たり前だ
多分、夜おにぃが帰って来なかったことも父は怒っている。
それなのに私まで…
「お前まで…!」
「じゃあなんでお父さんは、お母さんと結婚したの?」
私はお父さんが怒ろうとしたのを振り替えって、お父さんの目をしっかり見ながら止めた。
父は私の最低な発言に言葉を失った。
「お母さんが能力者だってこと知ってて、能力者のことでいろんな活動してることも知ってて結婚したんでしょ?
お母さんが戦乱を止めるために出ていった時だって黙って見送ってた
それなのに、おにぃのことも私のことも止める
なんで?」
そんなの聞かなくたって知ってた
でも、ちゃんと父の言葉で聞きたいと思っていた。
父をこんなに睨んだこと、今まであっただろうか?
父は私から目をそらした。
「オレは…お前たちを守れない。父親なのに能力者じゃないから…
でも、千恵美(母の名)のことが好きで好きでたまらなかったから、告白した。結婚した。オレたちの子どもが欲しいって思った。
お前たちが…
優にも梓にも能力が有るって知ったとき、自分が能力者じゃないことを恨んだ
今からでもいいから能力者になれないか
そう思った
そんな話をしたら千恵美は笑ったんだ
“能力者になったって、能力によっては人を守ったりすることに役立つような能力じゃないかもしれないし、もしかしたら反対に人を傷つけることしかできない能力かも知れない”
そんなまじめな言葉で返された。
あの日、戦争を止めに行く前の日、千恵美に言われた
“能力者だろうとそうじゃなくても、自分のことを守れるのは自分だけ。親が守ってあげれるのなんて赤ちゃんのときだけなのよ。だから、あなたはあのふたりを見守ってればいい。私は能力者であるあの子たちがこれからも生きていけるよう、無意味な戦争を終わりにしてくるから…”
そう言ってた
でも、やっぱり父親としてオレはお前たちを守りたかった。」
いつの間にか、父は私の目をしっかりと見つめていた。
「だから、能学に行くのを止めてきた?そうでしょ?」
「ああ」
「お父さん、私もおにぃもお父さんの気持ちはわかってるよ。
知ってたよ。
でもね、お母さんが決断したみたいに、私もおにぃも自分たちの運命から逃げるわけにはいかないの。
逃げたら、能力者はもうこの世界で生きていけないかも知れない
そんなの嫌だし、何よりお母さんがそんな事望んでないでしょ?
だから、おにぃはずっと頑張ってきたし、私ももう逃げないって決めたの。
お願い、お母さん見送った時みたい、黙って見送って…
お願い…」
早朝から泣きすぎてもう流れないと思っていたのに、また涙が溢れだし、一粒流れたのを感じた。
父の目も腫れていた
でも強い目をしていた
「決めたら、もう泣くな!
あの日の千恵美もそうだったろ?
お前たちを抱きしめたあと、あいつは涙を拭いて、たくましい顔で出ていった。違うか?」
あのときの母の顔を私は鮮明に思い出して、首を横に振った
違うわけない
あのとき、確かに母たくましい顔をしていた
かっこいいって思った
私は涙を袖で拭いた
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
父は優しく微笑んでくれた
ごめんね、お父さん
私もおにぃも、お父さん言うことを聞かないダメな子どもで…
でも、私もおにぃもお母さんの子どもなんだ。
玄関を出た私の足は一度重くなった
なんとか引きずってでも足を前に出そうとしたけど無理だった…
私は地面に崩れた
「梓のことが好きだから」
またあの言葉が巡る
涙がまた流れた
今なら引き返せる
お父さんのところにも
コウちゃんのところにも
帰れる…
ダメ行かなきゃ…
何とか私は顔を上げた
目を疑った
また、空が紫色に輝いていた
しかも、昨日よりもさらに濃く…
「雄介…」
今ならわかる。
この空の色は雄介のせいだ
雄介に何か有ったから
雄介の無力の気が空に流れてるんだ
涙は止まっていた
さっきまで頭を巡っていた言葉も思い出せない
体も軽かった
走った
近所の森林公園の林の中に入った。
私は集中した
“快斗、聞こえる?
迎えにきて”
そのつぎの瞬間、夢の華学園の男子の制服を着た、前髪は目まで、後ろ髪は首辺りまであるストレートヘアの中学生が現れた。
「久しぶり」
「お久しぶりです、梓さん。あなたならこうすると思ってました。」
声変わりしていない男の子にしては低めだけど、まだまだ可愛らしさの残る声
つい最近まで小学生だったとは思えない、落ち着いた声のトーン
「雄介は?」
「行方不明です。一昨日から」
私は快斗の言葉に驚愕した
「えっ、待って、私、昨日電話もらってる。雄介から…」
表情をあまり変えない快斗の目が一瞬だけ見開いた。
あの嫌な夢を見たときには、もう雄介は行方不明だった。そういうことになる。
「とにかく、行きましょうか。とりあえず、生徒会室でいいですよね?」
「うん」
私は快斗のすぐそばに立った
背、伸びたなぁ
3年前はまだ私よりずっと低かったのに
もう、私が見上げてる
快斗は私を包むように抱いた
「久しぶりですよね?目、つぶってて下さい。酔いますよ。」
「はい…」
私は慌てて目を閉じた。