コウちゃんの気持ち
数時間後
「よし、明日は映画のあと、この店行ってパンケーキ食べよう!」
コウちゃんはいくつかのお店が載ってるパンフレットを見ながら、テンションが上がっていた。
「また、甘いもの?」
「“また”ってなんだよ!あっ!フォンダンショコラもいいなぁ」
男の人は甘いものが苦手というのが私のイメージだった。
たぶん、お父さんもおにぃも甘いものが嫌いだからだろう。
幼い頃、誕生日やクリスマスにケーキが食べたいと言うとお母さんは大賛成してくれたが、お父さんとおにぃは嫌そうな顔をしていたのをよく覚えている。
お母さんが死んでからはしばらく家ではケーキどころか甘いものは食べてない。
最近は、だいたいはコウちゃんと一緒の時。
1番最初のデートからそうだった。
いや、あれはデートじゃなかった。
まだ、付き合う前だったし、本当は私の友達も一緒に3人で出かける予定だった。それが用事があるとかでダメになって…
元々行く予定だった地域のイベントショーを見て、その後「お腹減ったね」って話になったはいいけど、お互い好きなものすら知らなくて…
とりあえず、それなりに何でも有って、もらったお小遣いで行けるファミレスに入った。
私は確か抹茶ソフトのパフェを頼んだ。
その目の前でコウちゃんはバニラのソフトパフェとフルーツやクリームが沢山トッピングされているパンケーキを頼んだ。
唖然としている私にコウちゃんは一言
「オレ、甘いもの好きなんだ」
と言った。
それから付き合い、デートをするといつも何かしら甘いものを食べている。
甘いものを食べて幸せそうな顔をしているコウちゃんを見るのが私のデートの1番の楽しみだったりして…
「どうした梓?顔色悪いぞ」
コウちゃんがパンフレットを机の上に置き、心配そうに聞いてきた。
「大丈夫」
私はコウちゃんに笑顔で答えた。
あの後、あんまり寝れなかった
顔色が悪いのは多分そのせいだろう…
コウちゃんの大きい手が私の頭に触れる
何で男の人の手はこんなに大きいのだろう…
それにコウちゃんの手はたくましいけど柔らかくて
私に触れるとき暖かくなる。
落ち着く…
こういう時間がもしかしたら1番好きで、1番続いてほしいって思うのかもしれない。
静かになった私の心にある会話が聞こえてきた。
「じゃあさ、お前は能力を持った人間が隣にいて、しかもその人が危険な能力持ってるって知ってても隣に座ってられるか?何かされたらって考えねぇーのかよ?」
「それは…」
「オレは少なくとも席は移動する。何もなかったとしても、ドキドキしながらそこに座ってるだけの体力が無駄じゃね?」
「私も同意見!だってそれは差別じゃなくてあくまで自分を守るために取る行動でしょ?それが差別になるっていうのはおかしいと思う。」
青春を有意義に過ごすだけか、将来のことを考えるか、それぐらいしか考えることのない高校生にも能力者の話題が浸透してきた。
さすが毎日、報道されてるだけの効果はある。
「やっぱりさ、本人やその周りの人間が我慢するしかねぇのかな?」
急にコウちゃんが真剣に話し出した。
私はそんなコウちゃんにちょっと驚き、コウちゃんのことを見つめた。
「障がい者だってそうたろう?周りから哀れみの目で見られたり、白い目で見られることがある。その家族とか一緒にいる人も含めてさ。きっと能力者も…」
「我慢するかどうかは、その人次第なんじゃない?その場で“訴えますよ”って言うのも有りだと思うし、“いつものこと”って諦めて見ぬふり、聞かぬふりをするのも有りだし」自分でもびっくりするぐらい言葉出てくる。「そういう目を向けた人たちに迷惑をわざとかけたり、見せつけるっていうのも有りだと私は思うよ。」
「見せつける?」
コウちゃんは私の発言に驚いていた。
「障がい者だったらわざとその人に“困ってるんで助けて下さい”って言ってみたり、能力者だったらわざと能力を見せる!意外と子供にウケそうな能力もあるみたいだしね。大道芸的な?」
私はコウちゃんにニヤッと笑って見せた。
コウちゃんが呆れた顔をする。
「お前な、それこそ失礼な言い方だろ?」
「じゃあ私が障がい者、もしくは能力者やその家族だって言っても今の言葉が失礼だって言える?長年身を持って経験してきた当事者だからこそ、そういう考えで過ごす方が楽だと思ったって考えたらさ…。」コウちゃんは私の話を真剣に聞いていた。なんだか、それが恥ずかしくてコウちゃんのことを見れなくなったが、言葉は止まることなく出てくる。「差別なんて言葉、自分が正しいことをしてるかどうか決めたいだけの言葉にしか私には聞こえないんだよね。
それに…
きっと周りが思ってるほど、当事者たちの中には、そういうの考えてない人もいるかもよ!だって、当事者にとっては起こること全てが日常。そんな毎日を送っていたら、それが、他の人にとっては珍しいのか、間違っているのかさえわからなくなる。そんな日常の中で周りからどんな目で見られてるなんて気にするほうが疲れるだろうし、いつしかその違いさえ気づかなくなるかも…」
「もしかして、本当に当事者だったりするのか?」
「私が今ここで能力者だってことカミングアウトしたら、私から離れる?明日一緒に行ってくれない?」
コウちゃんに、笑顔で聞く。
コウちゃんに言い当てられても意外とドキッともしなかった。
いつかこんな日が来ることを考えていたから?
いや、違う
だって、私自身がコウちゃんにそう言わせるような話をしたじゃないか?
それに、長いこと私は能力者としての生活から離れてきた。
確かに予知夢は見る。
でも、それだけのこと…
予知夢を見たって、見た夢を有効活用しているわけでも、悪いことに利用しているわけでもない。
予知夢以外の能力はここ何年も使ってないし…
そんな能力に対して無頓着の私の心が、本当に言い当てられたかどうかわからない状況の中で驚くわけがない。
そして、心のどこかでどっちでもいいって思ってきた…
バレたらその時!
また、違う道を歩んで行けばいいと…
多分、私は何度も心の中で様々なパターンを想像してきた。
何があっても自分を見失わないように…
「オレは…」
コウちゃんが少しだけ考えてから、真剣な様子で口を開いた。
「オレは明日お前と映画観に行って、その後、パンケーキをたべる。
オレにとってお前が能力者かどうかは関係ないから。
もし、一緒にいてお前が能力者ってことで、嫌な目に遭ったらオレが助ける。助けられるかどうかはわかんないけど、助ける。」
「なんで?
周りの人間みんな敵になって、コウちゃんも嫌な思いするんだよ。」
「梓のことが好きだから」
コウちゃんは恥ずかしくなったのか俯いてしまったが、私は恥ずかしくならなかった。
あまりにも真剣に「好き」と言われたから…
恥ずかしい、照れくさい、の前に驚きの方が強かった。
こんな真剣に誰かに好きと言われることがニ度とあるだろうか…
そうも思った。
血の繋がりがない誰かに強く愛されるってなんか不思議な気持ちになる。
「なんでそんなはっきり恥ずかしいことを言えるの?」
私の真面目な質問にコウちゃんの顔があきらかに赤くなるのがわかった。
「お前こそ、そういうの真面目に聞くなよ!」
あっ!
私、何言ってるんだろう?
コウちゃんにそう言われて、自分が恥ずかしいことを聞いたことに気づいて急に恥ずかしくなった。
「あっ、あ、私は…そう!フォンダンショコラがいいなぁ。ねえ?」
「あっ、そうだよな。フォンダンショコラいいよな!じゃあ、この店でいいか?」
「いい!そこでいいよ!」
そう言って私たちは取り合えず、お互いの顔を見るのをやめ離れた。恥ずかしすぎて、これ以上、近くには居られなかった。
私のバカ~
自分がバカなことは知ってたけど、ここまでバカとは…
能力のことといい、恥ずかしいセリフといい…
私の口はなぜあんなことを言葉に出してしまったのだろう…
脳はなぜ口にあんなことを語らせたのだろう…
語ってしまったせいで考えなければならないことがたくさんできてしまったではないか。
まず、もしコウちゃんが本当に私を能力者だと思ったら…
別れる?
いや、まだ一緒いたい。
学生時代の恋愛なんて人生のワンシーンに過ぎないことはよくわかっている。
だけど、まだ一緒いたい。
それから、今の話を周りが聞いていたら?
私の言葉、話し方から私を能力者と疑う人が必ず出てくるはず…
そうなれば、もうこの学校には居られない。
そうしたら、やっぱりコウちゃんとも…
いや、でも、周りに聞かれるほど大きな声では話していなかった。
話しているときに他の人の視線も感じなかった。
きっと大丈夫…
さっきまでの私の脳とは打って変わり、焦り、冷静ではなくなっていた。
そして、何を考えても最後に頭に響くのは
“「梓のことが好きだから」”
という言葉。
あんなはっきりと、家族にも言われたことない。
いや、まずおにぃやお父さんはそういうことをはっきり言うタイプではないけど…
帰りのバスはコウちゃんとは示し会わせたわけではないが、時間をずらした。
一緒に乗った友達からは「ケンカでもしたの?」と聞かれたが、「そういうわけじゃ無いんだけど…」と何をどう返していいのかわからなかった。
ただ…
コウちゃんからはメッセージが届いていた。
『明日、いつもの場所で待ってるから』
なんだろう…
心が落ち着かないのに、それが嬉しくて楽しいこの感じ…
小さい頃、遠足とか旅行とかの前の日の晩のわくわくして眠れない感じによく似てるけど、ちょっと違う…
家に帰った私は明日の服を選び始めた。
今日のことが有るから、ちょっとぐらいおしゃれにしないとコウちゃんに悪い気がする
いや、なんで?
“「梓のことが好きだから」”
やっぱり全てはあの言葉のせいだ!
鏡を見て自分の顔を確認する。
やっぱり赤くなるものなんだ~
しかし
浮かれた気持ちで過ごしていた私のスマホが着信音とともにバイブで揺れる
画面に映し出された名前を見て私の心は激しく鳴った
さっきまでのわくわくした気持ちとはまるで違う音
心臓が飛び出たのではないかというぐらい、はっきりとその音が聞こえた。
それは、“あいつ”からの電話だった