怖い夜なんてその時だけ
“懐かしい交差点
住宅街のど真ん中にある十字路
道幅はそれなりにあるけどコンクリート塀のせいで見通しが悪い
所々にミラーもついている
ここは中学校の通学路だった
私もおにぃも中学校の制服を着て歩いていて、隣ではおにぃが楽しいそうに話しながら歩いている。
中一の頃はよくおにぃと一緒に登下校してたっけな
2つ年上のおにぃ
高校は別の高校行っちゃったけど…
その瞬間だった
表現するにも仕切れないほどの激しい音が閑静な住宅街に響き渡る。
誰もがその音のする方向、交差点の中央付近を瞬時に振り向いた。
自転車と車の衝突事故
自転車に乗っていた学生服姿の男の子は空中で大きく一回転して路面に叩きつけられた
私たちの学校の制服ではない
男の子周囲に血が広がっていくのを離れた場所にいた私の目にもはっきりと映った
事故現場に駆け寄るおにぃと、その他通行人や周辺住宅の住人たち
誰もが混乱している表情を浮べる
慌しい
そんな人たちを遠目にその場から動けなくなる私
体は動かないのに、どんどん事故現場の景色が遠のく
空間が歪み
自分が真っ直ぐ立っているのか
いや、そもそも立っているのかすらわからなくなる
「私のせいだ
私の…
ごめんなさい、助けなくて」
空間の歪みが更に増す
音が聞こえなくなり
目の前が真っ暗になる
そして、私の意識は闇の中へ消えた。
しばらく闇の中で過ごした
そんな気がする
そしてようやく光が射す
ほぼ規則的に体が揺れる
気づいたら私はおにぃにおんぶされていた。
私はおにぃに「大丈夫」と言って降ろしてもらう
思ったよりちゃんと自分の足は動いてくれる
「お前、知ってたのか?意識失ってるとき、ずっと謝ってたぞ」
おにぃが私にそう聞いた。
おにぃは私の能力をもちろん知っている。
知ってて聞いている。
どうして助けなかったのか
どうしてその能力を有効活用しないのか
どうしてこの事故の被害者・加害者、そしてその両方の家族の未来を考えないのか
おにぃがどんな思いを込めて、私に聞いてきたのかはだいたいわかってる。
知ってて私は
「知ってたよ。だから何?」
そう冷たく、低い声で返した。”
目が開いた瞬間、暗いが、いくらか差し込む光で自分の部屋の天井だと認識する
カーテンを僅かに開けて、空の暗さから明け方であることを確認する
これは約三年前に実際に有った事故の夢
時々見ることがある
今回はだいぶダイジェストで流れていったけど…
最初の頃はこの夢を見るたびに胸が締め付けられ
息を吸えなくなり手足がしびれ
固まった
「助けて」
そう声を出そうとしても上手く出せない
そんな状態を繰り返していた
そのせいで一時期、夜眠るのが怖かった…
まっ、今ではそんな状態になる事にも慣れて、ただ一人で苦しみ、収まるのを待つだけのこと…
いや、そもそもそんな状態にもならないことの方が多い
何度も夢で見ていても過去は風化していくらしい…
あの事故以来、能力に関することではおにぃとの間に温度差がある。
普段はそれなりに仲のいい兄妹だと私は思っている。
私はおにぃのことを兄として好きだし、おにぃも私のことを好きだと思ってると感じることがある。
でも、能力のことでは考え方・思いが違うのだ…
私はあの事故の後、おにぃに言ったことを後悔している。
別に自分の考えが変わった訳じゃない
予知夢を見ることができる能力者として
いや、予知能力の一つを持つ能力者として
大きく未来を変えること
誰かの命を左右することは変えるべきじゃない
私はそう考えている
そもそも変えようと思っても簡単に変えられるものじゃない
前に何度か試したことがある
結局はだめだったけど…
私の場合は正確な日時がわからない
そしてわかったところで、それを本人たちに伝えて何になる?
『あなたはもうすぐ病気で死ぬから病院に行ったほうがいい』
『あなたはもうすぐ交通事故を起こすから気をつけて運転した方がいい』
『あなたの家族はもうすぐ急性心不全で死ぬから、今のうちに別れを言っておいたほうがいい』
『あなたの家族はもうすぐ殺人事件を犯すから、止めたほうがいい』
そう伝えて、信じる人は何人いる?
私が後悔しているのは
あんな口調で返してしまったこと
どうして助けなかったかをちゃんと説明しなかったこと
それを後悔しているのだ
ただ今となって、あの事故の話をおにぃにして、後悔していることを話そうとは思わない。
おにぃもいずれわかる
正義感を重んずる使い方が全て能力の正しい使い方ではないということを…
いや、そもそもおにぃはわかってるのかも
わかってて、正義感や優しさで能力を使い、能力者のために頑張っているのかも知れない…
「早いな!」
「別に、目が覚めちゃっただけ」
あれから眠れず、仕方なく私は起きて3人分の朝ゴハンとお弁当を作っていた。
そこにおにぃが『もう、準備万端』という格好で来たのである。
「やっりー!梓の作るご飯久しぶりじゃん。お前の味付け母さんそっくしなんだよな〜」
そりゃあ当たり前だ
小さい頃から母と料理をするのが、母が死ぬまでの私の楽しみだったのだから…
少しでも似ていなかったら悲しくなる
でも
おにぃが喜んでいるのがすっごく嬉しかった
そして、後から来た父も似たような反応をした
先に食べ始める二人
「美味しよ、これ!」
「ああ、本当に」
私は思わず下を向いた
恥ずかしかった
これが誰かに手料理をする醍醐味なのかも知れない
「そうだ!」
父が思い出したかのように急に大声を上げる
おにぃは父の顔を見たが、私は、流石に大声には驚いたけど特に反応は示さず、料理し続けた。
「今度の3連休、旅行行かないか?3日とも休めることになったんだ!」
父の声はとても明るかった
ほらね、昨日の言い争いの影なんてどこにもないでしょ?
「却下。家族旅行なんて興味無し」
おにぃは低い声でそう返した。
でも低くても明るかった。
恥ずかしいから行く気はないけど、そう言われて嬉しかった
おにぃはそう思いながらも頑張って演技しているんだと、私にも多分父にもわかっていた。
だから、父も「あのな〜」と言いながらも微笑んでいた。
「じゃあ、梓はどうだ?優がどうしても行く気無いなら2人で!」
「私も却下。コウちゃんとデートの約束があるの」
私がそう言った瞬間2人の箸が止まった。
これだから男親も兄もまったく…
そんなに娘や妹に恋人ができることに敏感になるものなのか?
でも、幸せな空気は止まらずに流れ続けていた。
私達は多分、能力のことさえなければ幸せになれる。
言い争いも
意見の食い違いも
きっと無くなる…
今日みたいに…
2日後の夕方
明日はデートという浮かれた気持ちで過ごしてた私のスマホが着信音とともにバイブで揺れる
画面に映し出された名前を見て私の心は激しく鳴った
心臓が飛び出たのではないかというぐらい、はっきりと聞こえた