未来は寝て見るもの
いつも目が覚めるとそこには見慣れ過ぎてなにも感じない自分の部屋の景色がある。
私はいつものように両手を上げて全身を伸ばす。
体の中に風と音が入り込むのがわかる。
鳥の鳴き声
風で草や木の葉が揺れる微かな音
車のエンジン音
近所の人の話す声
おにぃとお父さんの足音
料理を作る音
そして、すっとうつ伏せになり枕元にあるノートを広げる。
まだ覚えている今さっき見たばかりの夢を書き出す。
シャープペンの芯と紙が擦れる音を響かせながら書き込む。
そしてノートを閉じる頃には夢の中身は鮮明に覚えていない…
今日は2度寝したい気分だなぁ
そう思って頭を一旦は伏せる自分。
だめ、だめ、学校なんだから
「梓、ご飯!」
自分に言い聞かせているそばから、おにぃの声が聞こえる。
私は仕方なく起き上がり、そのままの格好で階段を降りる。
あぁ、頭痛い
だる〜い
目の前に現れたテーブルの上には、朝からこんなに食べるのか、と大盛りのご飯や焼き魚、味噌汁、2種類の玉子焼き、大皿にこれでもかとのせられたサラダが隙間なく並べられている。
「これ誰が食べるの?」
いつものことながら、取りあえず聞いてみる。
「オレ」
いつもと同じ返答。
もう少し大きなテーブルを買うべきだと思う。
既に食べ始めているおにぃの前に座り、とりあえず食べられそうなサラダから食べ始める。
横からニュース番組の音が聞こえてくる。政治家の汚職がどうだとか、昨日どこで事故があったとか、明け方どこで火事があったとか…
おにぃはテレビ画面に顔を向けて、それなりに真剣に聞いている。
『続いては能力者の差別解消法が日本でも定められようとしている件で…』
パチン!
いきなり破裂音がする。おにぃが指をならしてテレビを消したらしい…
「そのニュースは見ないんだ?」
私はおにぃの顔も見ずにそう聞いた。
「お前は気になるのか?どんなニュースにも興味無いお前が…。だいたいこんな法律できたところでなんになる?能力者が注目されて、差別が増えるだけだろ!」
「偉い人たちはそう思ってないからこの法律を作って賛成してるんでしょ。」
私は小海老入りの玉子焼きを食べながら、若干怒り口調になったおにぃに返す。おにぃは黙り込んでそのまま何も言わない。
おにぃは私なんかよりずっと知識も有って、物事を理解するのも速い人だ。この時、勢いのまま発言してしまった事を後悔していたのだろう。だから私はそれ以上は何も言わずに食事に集中した。
口の中で玉子焼きやご飯が噛まれる音、箸が食器に当たる音だけがただ響く。
あぁ、ついでに言うなら遠くで慌ただしい足音も…
私の父は車の鍵を同じ場所に置いたり、しまったりしないため、すぐ失くす。
そんな父のために幼い頃小物入れを作った記憶もあるが、それもどこに行ったのか、それとももう無いのか…
今となってはその小物入れの行方に興味も無い。
ドタ ドタ ドタ ドタ
父の足音が近づいてくる。どうやら鍵は見つかったらしい…
私とおにぃはそのまま朝食を続けている。
「じゃあ、オレは行ってくるからな。梓、今日はちゃんとご飯、タッパにしまってけよ!」
「はーい」
取りあえず、返事をしておく。
「じゃあ、俺も」
と言っておにぃが立ち上がる。
「優」
突然、父の低い声が家中に響き渡る。
嫌な予感しかしない
「今日も学校終わったら行くのか?」
「行くよ」
おにぃも機嫌が悪い声を出す。
「いい加減、梓を見習え!お前たちは能力者でもそれを隠して生きていくことができてる。わざわざ能力者の面倒な問題に振り回されなくていいんだ。自分から関わってなんになる?将来の事を考えろ!能力者だってことが周りに知られれば就職先だってあるかどうか…。お前は優秀なんだから…。未来が有るんだぞ!それなのにお前は」
「能力者じゃない父さんには関係ねぇよ!」
あぁ、なんでこの二人なお互いが傷つくってわかってる言葉をはっきり口に出すのだろう
親子だから?
いや親子だからこそ、今のは口にするべきじゃ無かった。
能力者差別解消法のニュースが取り沙汰されて以降、ほぼ毎日こんなケンカを二人はしている。
現在この国の約一割の人間が能力者である。私と兄はその1割。父は他の9割の人間だ。9割の中には素質は有るが出現していない人も含まれている。
能力の素質自体は遺伝する場合としない場合で約半々だ。私達兄妹は亡くなった母からの遺伝。母も能力者だった。しかし、能力自体が遺伝することは珍しく、実際、母と兄と私は全く違う能力を持っている。素質は有るが出現していない親から能力が出現する子供が生まれることも多い。また、大概は10歳前後までに能力は出現する。それ以降は素質が有っても一生現れないことのほうが多く、ある程度の年齢になってから現れるのは少ないのだ。私も兄も幼少期に出現した。
しかし、能力者差別解消法のせいでこれらの数は変わるかもしれない。
この法律では国に能力者であること申請を義務とするとともに、能力コントロール度がA以上でなくてはならないと決められる予定になっている。
能力コントロール度とは1つの能力に対し感情や環境に左右されず使う時も使わない時もコントロールできるかを測り、上からS,A,B,C,Dの5段階評価で決めるもの。今までの法律ではB以上だったけど。偉い人たちもいろいろ言われるから、大変なんだと思う。まあ、危険な能力もあるからね…
もう一つ今までの法律との違いは申請が義務づけられたということ。今までは黙っていた人もいただろうし、わかりにくい能力だと自分自身気づかない人もいた。そういう人たちも申請の対象となり、法を犯せば当然罪になる。能力者を全員炙りだすため能力研究所や海外の似たような機関も協力するらしい。だから、今現在の能力者の数も素質がある人の数も、その出現の統計も変わると思われる。
能力の説明は一旦後にしよう
険悪な雰囲気のまま家を出た2人
その後で私はおにぃが消したテレビをリモコンのスイッチでつけ直した。まだ、能力者差別解消法のニュースの話だった。
ニュースをBGM感覚で聞きながら、ご飯や僅かに残ったおかずをタッパ入れ、更にそれを冷蔵庫に入れた。
リモコンでテレビの電源を切る。
2階に戻り、制服に着替えて鏡に掛かったカーテンをめくる。
黒髪を結び、いわゆる身だしなみというのを確認して、鏡のカーテンを元に戻す。
もう一度時間割りを確認し、カバンに教科書やノートを詰め込む。
そのカバンを持って私はまた一階に降り、玄関の扉を開けた。
今日も快晴!
いい天気!
やっぱり朝はこうじゃなくっちゃね
話しの続きというか、どうして2人がケンカするのかを話さなくちゃね
この国には能力者専用の学校が有る。「夢の華学園」通称「能力学園」。能力者でも華麗に咲き誇る日が来ると言う意味合いからつけられた名前だ。もっとも私達は「能学」と通称の方を略して呼んでいる。「能学」では基本的には18歳つまりは高校3年生までの生徒がいる。能力の勉強、コントールの仕方だけではなく、一般の学校で習うことも教えている上、寮もあるので、そこで暮らし、学ぶ生徒が多い。
コントロール度がB以上の生徒の中には私や兄のように一般社会で暮らしている者もいるが、生徒の約2割程であろう。しかも大半は自分が能力者であることを周りに話していない。
無論、私も兄もそうだ。ただおにぃは一般の学校が終わると「能学」に顔を出している。何てったって副生徒会長さんだからね。それが父は気にくわないのだ。
今は能力者差別解消法が取り沙汰されたことにより能力者がこの世にいること、どんな能力が存在するかなどが一般の人々にも浸透したが、それまでは能力の存在自体知らない人が大勢いた。知っていてもただ恐れたり、反対に興味津々になって私達を困らせる人もいた。
そんな状況の中、能力者だと名乗って周りの人と同じ扱いをされるわけがなかった。それを心配した父は幼い頃から私達に能力者であることを隠して生きるよう言った。
私はどちらの社会で生きることにも興味が無かったから、その都度生きやすい方を選んできたけど、おにぃは能力者として能力者が生きやすい社会を目指していたため、父の望み通り一般社会で生きる反面、父に逆らい「能学」に関わり続けてきた。そのため父は兄が「能学」行くことをよく思っていないのだ。
とは言ってもこの二人の争いも今回の法律でどうなるか私にはわかない。
一応、国への申請は義務づけられているが、一般への公開は義務づけられていない。つまり今まで通り隠して生きて行くこともできる。しかし、この法律は能力者が一般社会でも当たり前のように能力者として生活できることを目指した法律。まだ中身が完成されていない今の状態では変更もあり得る。そもそも一般の人たちがなんていうか。能力者が能力者であることを隠して隣にいて何かあったら…
きっとそう言う人は現れる。
そうしたら、私と兄の生き方は変わる。父も考え方を変えなくてはならない。
私達の未来はすべて能力者差別解消法の中身に左右されているのだ。
まっ、私はどっちでもいいんだけどね。
そうこう言っているうちに高校に行くためのバス停に辿り着いた。バス停に着いて思った。
やっぱりさっきの言葉撤回
私は今のまま生きたい
だってここには…
「おせーよ、梓。また、寝坊か?」
「バスには間に合ってるんだからいいでしょ。」
「おーおー、朝からケンカですか?お二人さん。」
「はぁ?」
だってここには茶化してるれる友達も大好きなコウちゃんもいる。やっぱりこっちの方が楽しい。
何気ない話で笑い合える
そんな小さいけど目の前にある幸せの方がやっぱり大切に感じてしまう。
将来とか、能力のこととか、正直考えられない
というより、よくわからない
難しすぎてさ
楽しければ今は何だっていい
ちょっと待った
待って…
この雰囲気…
このみんなの立ち位置
前にいるスーツ姿の男性
スボンの右のポケットから落ちそうなペン
これって…
“前の男性が到着したバスに乗り込む
その瞬間音を立てて落ちたペン
だけど男性には聞こえていない
私は慌てて拾い上げ、バスの中に入ってから男性のところに行ってペン渡す
「あの…これ…落としましたよ」
「何だテメー!盗ったのか!」
いきなりキレだす男性
微かに感じるお酒の匂い
2日酔い?
でも、それだけじゃないキレよう…
「おじさん、梓は拾っただけだ。しかもペンぐらいで…」
フォローしてくれるコウちゃん
「これは大事なペンなんだよ!大体今のガキは拾ったから何かお礼をしてくれだとか、拾った私って優しいとか言い出すんだ。最終的にはお前も痴漢されてないのに『触られたんです〜』とか言って金をふんだくる悪女になるんだろ。」”
あぁ、あの夢の事件か…
どうしようかな…
私はこれからどうするべきかを考える
バスが来る
「すいません、ペン落ちそうですよ」
「なんだよ!」
男性はやはりキレ口調になってしまう。
「お」
話し出そうとしたコウちゃんの前に出る
「すいません、気になってしまったもので。おせっかいでしたよね…。」
私はそう言いながら頭を下げる。
「あ~いやー」
男性は急に大人しくなって困った表情を浮べる。
「そのペン大切な物なんですよね?」
私が笑顔でそう聞くと男性も穏やかな表情になった。
「あぁ、そうなんだ。ありがとう。」
後からコウちゃん達には、関わらなければ良かったのに、と言われた。
でも、多分あのペンは本当に大切なものなんだと思う。
あの夢の中での怒りよう
そして、現実の時の私が大切な物なんでよね?と聞いたときの穏やかな表情
きっとあの人にとっては思い入れのあるものなんだと思う。
でも、落ちてしまいかねないところに入れている
それはどうしてなのだろう?
私の推理力ではわからない…
それとあの人は痴漢に間違えられたことでもあるのだろうか?
あの夢の中での怒りよう
ちょっと気になる
とは言っても、その答えを知ることは無い。
それでいいのだ。
もし、あの夢を見ていなかったらコウちゃん達の言う通り私も関わらなかったか、夢の通りになっていたかもしれない…
だから、あの人のここから先の未来にも、あの人の過去に何が有ったのかも、関わる必要なんて無いのだ。
そうやって今まで生きてきた。
きっとこれからも…
私はそうやって生きていくのだ思う。