~過去~優しい暴言
目が覚めると私はベッド上にいた。
ここは保健室だ。
何度かこの部屋の天井を長い時間眺めていたことがある。
だから、ここが保健室だということはすぐにわかった。
能学が妙に静まりかえっていたのは起きてすぐに気づいた。
「やっと、起きたか。」
隣の椅子に腰かけていた雄介に声をかけられる。
ちょっと冷たくて、突き刺さるような口調。
雄介?
「2日も寝てたよ。」
「2日…?…」
雄介の後ろで優しく、でも悲しげに微笑む保健の先生を見て、記憶が一瞬で頭を巡った。
そうだ…
麗衣香さんが死んだんだ。
涙がこぼれる。
「お前が気にすることじゃない。
麗衣香が死んだのは、麗衣香自身の意志だ。」
「でも、何で公開文化祭を拒否されたくらいで…
こんなのわかってたことじゃん?」
そう、冷静になればわかりきっていたこと…
簡単に受け入れらるわけがない。
涙が止まらない。
「あいつはまだ、わかってなかったってことだよ。」
「そんな…
でも、だからって死ぬことじゃないよ!」
雄介に言ったってムダなことなことぐらいわかってる。
それでも感情的になってしまう自分がいた。
「わかっちまったからに決まってんだろ?
危険能力者に未来なんて無い。」
雄介の口調が荒くなる。
「雄介くん、落ち着いて!」
保健の先生が雄介をなだめる。
「それでも生きてて欲しかった。」
それでも、死んでほしくなかった…
また溢れだす涙。
それからは涙が止まるまで雄介も保健の先生もただ黙って待っていてくれた。
といっても、雄介はイライラを堪えているようにも見えた。
それでも、私が泣き止むまでずっと待っていてくれた。
母が死んだとき私はまだ幼かった。
泣いたけど、どこかで死というもの理解しきれてなかったのは確かだった。
今も『死』を明確に理解しているかと言われると、していないのかも知れないが、それでも母が死んだとき以上に泣いたし、ショックだった。
私が落ち着いた頃、雄介が静かな、でも冷たいトーンで聞いてきた。
「夢は?」
「見なかった…」
そう見なかった…
「見てれば助けられたのにね…」
保健の先生が呟く。
「こいつは夢で見てても助けねぇよ。
そうだろ?
それとも、さすがに今回は助けたか?」
雄介のその言葉で私の心臓は体に響き渡るほど大きく鳴った。
麗衣香さんが自殺する夢を見ていたら私はどうしたのだろう?
今までの私なら何もせずにいただろう。
辛いと、悲しいとわかっていなかったとしても…
でも、今回はそんなことできただろうか?
私はどうしたのだろう…
「ま、今回の問題点は夢を見てたらどうしたかじゃねぇ。なんで夢を見なかったかだ。」
私が黙ったまま考えているのを見かねた雄介が口を開いた。既に怒りを抑えられない状態だった。
「必要な時に夢を見ないのは、お前が能力をめったに使おうとしないから。
あいつがあの教室を死に場に選んだのは、お前が余計なことまで話したから。
公開文化祭だって、最初に話を聞いた時点で、お前ならこの結果を予測できたはず。
なのに止めなかった。
止めてればショックを受けることなんてなかった。
ショックを受けなければ、自分の危険能力と冷静に向き合えた。
違うか?」
まったくその通りだ。
反論する言葉が一切見当たらない。
「もう、お前は関わるな。
お前は能力を隠して生きていける。
だったら関わる必要ねぇーだろ?
てか、そもそもあいつの教育係になんぞならなきゃ、俺を止めること以外何もしてこなかったもんな?
もう二度ここには来るな。
隠して、生きてろ!
俺ももう能力を自分でコントロールできる。
お前の力は必要ない。
もう、そばに居なくていい…」
迷う様子なく、雄介の口から私への暴言が吐き出されていく。
でも、目は本気じゃない。
ただ、悲しみには満ちていた。
私は傷ついた。
でも、私をここから離すためにやっていることだというのはすぐにわかった。
そんな優しさが更に私を傷つけた。
私は能学を去った。