~過去~能力者の過去と今
私は次の日も、その次の日も放課後、ちゃんと能力学園に行き、麗衣香さんの部屋を訪ねた。
少しずつ麗衣香さんに能力のこと、能力の使い方を教えた。
麗衣香さんの覚えは早かった。
しかし、問題は別のところにあった。
麗衣香さんは2週間くらいして慣れると、『表』と『裏』の争いに介入するようになっていた。
多分だけど、麗衣香さんは麗衣香さんの正義というか良心に従っているだけなのだと思う。
毎回毎回、
どっちの意見が正しいだの
どっちが間違ってるだの
能力者は社会に馴染んで生きていくべきだの
能力者は力が有るんだから、持たない人たちより優位に立たなきゃいけないだの
今まで通り隠れて生きていくべきだの…
そんな、生徒だけじゃどうにもならない問題を争っては幼い子達も時に巻き込む。
それが麗衣香さんは嫌だったし、学校生活をそんな争いだけで終わることにも反対していた。
能学以外の学校を知ってるからこその思いだと思う。
ただ、転校してきたばかりの麗衣香さんが、この問題に関わることを周りは良くは思っていなかった。
私は、雄介を止めることより、麗衣香さんを止めることが増えていた。
ある日の夕飯時
麗衣香さんが転校してきて2ヶ月が経っていたこの日、多くの生徒が食堂に集まるなかで争いは起きた。
おにぃと、おにぃの同級生の裏グループの生徒数名。
最初はその人たちがおにぃに、下等種族(能力を持たない人たちのことを彼らはよくそう呼んでいる)とつるむなという、私たちにとっては聞きなれた発言。
おにぃもいつも相手にはしてなかった。
が、麗衣香さんが相手にしてしまった。
「あなたたちね、能力を持ってるか持ってないかなんて関係ない。私たちはみんな人間なの。それに、ここ(能学)以外でも生きてる人をバカにするなんて。ここでしか生きてないあなたたちに彼をバカにする権限なんてないわ。」
はぁ~
能力を暴走させてしまった時のあの弱々しい姿はいったい何だった?
そう思いながら、麗衣香さんを止めようと立ち上がる。
「っるせーよ。」
低い声が響き渡り、全視線は窓際の端の席にいた雄介をとらえた。
「テメーら、黙って飯食えねぇのか?」
言っておくがおにぃの同級生ということは、雄介より年上だ。
だが、この一言で彼らは黙ってしまった。
これも見慣れた光景。
だって彼ら裏グループのリーダーは雄介だし、雄介の能力の怖さ、性格の危うさもみんな知っていた。
「おい、転校生!お前も少し黙れ」
フォークを指で器用に回しながら、冷めた目の雄介。
さすがに麗衣香さんも一歩後退りしていたし、周りの空気は一気に張りつめた。
だが…
「嫌よ!だいたい私はもう転校してから2ヶ月経ったし、あなたより年上なの。そういう口の利きかたは
社会にいったら通用しないって言われなかった?」
以外と麗衣香さんて面倒なタイプ。
ここ最近、私はよくそう思っていた。
「社会、ね…」
雄介が麗衣香さんに近づく。
「おい、梓!この人、確か赤い目の能力。つまりは危険能力保持者だよな?」
このときはまだ、麗衣香さんより背の低かった雄介が、下からえぐるように麗衣香さんの顔を覗き込んだ。
「そう…だけど…」
雄介、怒ってる。
あの目は本気だ…
「オレら危険能力者に社会なんて関係ねぇーよ。オレらには未来なんて与えられない。未来のないオレらには社会なんて関係ない。」
最後にニヤッと笑ったせいで更に空気が悪くなる。
何も言い返せなくなってしまった麗衣香さんの横を雄介が通りすぎていく。
「てめぇが何か言ったって、何かしたって何にも変わらねぇ。
それがこの世界だ。」
思えば、雄介と麗衣香さんが向き合うのはこれがはじめてだった。
それまで、生徒会のメンバーや裏の他のメンバーに今みたいな調子で張り合ってきた麗衣香さん。
でも、さすがに雄介には言い返せなかった。
それは、怖いとかじゃない。
あいつが発する何か重い、暗い空気。
そして、『危険能力者に未来はない』という言葉。
麗衣香さんはまだ知らなかった。
能力者の歴史を…
これから私たちが辿る未來を…
私はその夜、麗衣香さんに説明した。
「昔、といっても本当に大昔、能力者と能力を持たない人たちは共存していました。
もちろんその国によって異なり、能力者を迫害して、能力者は殺されないようひっそり暮らすしかなかった所もあったし、その逆、能力者が他の人たちを力を使って服従させていた所もありました。
でも、それは一部の国の話。
ほとんど国は、能力が有る無いに関わらず、一緒に生活していたり、能力者に特別な仕事を与えることで能力を上手く活用して共存している国も有りました。
でも、そういう国が少しずつ減っていった。
それに憤りを感じた能力者たちが争いを起こした。
能力は確かに強い。
でも、能力者よりはるかに大人数でいろんな武器を使って戦った能力を持たない人たちの方が、どこの国でも勝ってしまった。
それにより能力者は社会から消え、能力者たちは隠れて生きていくようになりました。」
「今みたいに?」
麗衣香さんが通っていた学校でも、私が通っている学校でも、能力者の存在を知っている人なんていなかった。
そんなの迷信だろ?
その言葉で全てが片付けられてしまう。
「そうです。
今のこの国も、基本的にはみんな能力のことなんか知りません。あなたも、能力者になるまではそうだったでしょ?」
麗衣香さんが頷く。
「知られてない。
てことは、一般社会で生きていくには能力を隠すしかない。その自信が無い人はみんな能力関係の仕事に就いています。研究者とか、能力者が能力を悪いことに使ってないか調べる調査員とか…。自分たちで組織を作ってる人たちもたくさんいますけど…。
黒田先生や保健の先生だって、他に理由はあるみたいですけど、一般社会からは逃げた一人ではある。
今のこの国では、ていうかほとんど国で、能力者が能力者であることを明かして生きていくことはできないんです。
そして、危険能力者はもっと…」
危険能力者に未来はない
雄介の言葉がフラッシュバックする。
「これは話したことは内緒にしてくだい。」
麗衣香さんは一瞬戸惑った後で頷く。
「雄介はここに来る前、簡単にいうと牢獄みたいなところで生活していたんです。」
驚いた顔しかできなくなる麗衣香さん。
「さっき言った調査員によって能力を悪用していると判断された能力者が入れられる施設。一般社会には知られてないし、政府の上層部が管理している秘密施設です。
施設とは言っても、コンクリートの壁と塀で囲まれ、窓は鉄格子で覆われた牢獄みたいなところなんですけどね…。
能力者が能力を使えないような仕掛けも施されてます。
雄介は能力が出現した2才のときから、能学に来る8才までそこにいました。
別に能力を悪用したわけじゃない。ただ、危険能力者というだけで、入れられたんです。
とは言っても、昔、能学ができる前は、危険能力者の扱いとして当たり前だったらしいんですけど…」
麗衣香さんは言葉失っていた。
「そして…。
いや、これは黙っておきます。本人も知らないことなので…」
私の目からはいつの間にか涙が流れていた。
ここに来たばかりの荒れた雄介。
施設の中でどんな扱いをされていたのだろう…
それを想像するたび、辛かった。
雄介が荒れていても仕方ないと思った。
「そこから、どうして雄介くんは能学に?」
麗衣香さんは涙を浮かべ、しゃくりあげる状態で質問してきた。
「早川先生」
「数学と能力のコントロール授業を受け持ってる先生よね?私は教えて頂いてはいないけど…」
早川先生は黒田先生、保健の先生とともにここの卒業生だ。
「早川先生が連れてきたんです。
どうやって連れてこれたのかは知りませんけど…。
でも、まあ、他の危険能力者たちは学園の監視下に置かれているけど、この中でなら自由に生きられるのに、雄介だけ違うっていうのはおかしいですからね…。
そこを突っ込んだんだと思います。
私なんか一応危険能力者だけど、一般の学校にも行ってるし…」
「危険能力者なの?」
「一応、危険能力をコントロールできる能力ですからね。雄介の能力限定ですけど…」
「そうなんだ…」
そう呟いた中には今の解答に対する思いだけではない含みが有るように感じた。
「能力者の歴史はここまでです。」
「えっ?」
急にテンションを変えて話始めた私に麗衣香さんは戸惑っていた。
「過去がどうであれ、今を私たちは生きていく。一般社会に戻るにしても、能力者の社会で生きていくにしても、能力をコントロールできなきゃ認められません。
みんなの前であれだけのこと言って、目立つことしてるんで、もう、能力を使わない状態のコントロールは大丈夫そうですね。
あとは、使っている状態でのコントロールです。」
「うそ!教えてくれるの?」
麗衣香さんの目は輝いていた。
「でも、みんなの前では使わないで下さいね。危険能力者だってこと忘れないで下さい。」
「あっ、はい…」
私は地下の能力訓練室に麗衣香さんを案内した。
「この地下は、誰も来ないし、来ても能力訓練室にはアル、この猫が鍵をかけているので、特定の人しか入れません。」
私はアルにキャットフードをあげながら説明した。
「アル、麗衣香さんのことはこれから入れてあげてね。」
慌てて麗衣香さんもアルに「よろしくお願いします。」というが、アルはそっぽを向いてしまった。
「多分、大丈夫です。
慣れれば…
ここならいくらでも練習に使って下さい。
ただ、無理はしないで下さいね。」
「ありがとう!」
訓練室の中を興味津々に見て回る麗衣香さん。
と、大きな布に覆われた、大きな家具に目をやった。
ゆっくりと布を引く。
麗衣香さんの全身を余裕で映し出すほどの大きさの鏡。
麗衣香さんはその迫力に圧倒されていた。
「麗衣香さんの場合は布、かけたままの方がいいですよ。」
「えっ?どうして?」
「赤い目の能力を使った状態で自分を映して見つめれば、死ぬのは麗衣香さんですよ。」
麗衣香さんはそうだよね、と慌てて布を戻した。
それから私は能力を使った状態でのコントロールのやり方を説明し、実際に練習をした。
やっぱり麗衣香さんの覚えは早かった。
このまま練習を続ければすぐにコントロール度Bなんて取れてしまうかも知れない…
でも、Bを取ったところで麗衣香さんは前の暮らしをしたいと言うだろうか?
前の学校に通いたいと言うだろうか?
麗衣香さんは自分の能力の怖さをちゃんとわかってる。
そして、この学園内でいろいろ言うのは、ここで生きていく覚悟を決めたからこそ、自分の思いをみんなに知ってほしい、この学園を良くしたい、そう思っているからなのではないか。
麗衣香さんが何を思い、何を考えているかはわからない。
でも、この人はもう元の居場所には戻らないような気がする。
そうやって生きていく覚悟を決めているような気が私にはしていた。
私がそんなことを考えていた練習の合間の休憩時間に、麗衣香さんは私の様子も見ずに聞いてきた。
それなりに重い空気出してたはずなんだけどな…
質問の内容は、どうしてこの地下とこの部屋は使われなくなったのか?
「だってさ、能力訓練室っていうぐらいだから、訓練に最適な環境につくられてるんでしょ?」
「まあ、そうですけど。
地下が使われなくなったのは、この学園ができた時に想定された人数より多い生徒が次々に入ったからです。改装、増築していき、大幅には改装できないこの地下空間は使われなくなった。
ただ、この部屋だけは別の理由もあって使われなくなったそうです。」
「別の理由?」
私は気が重かったが話すことにした。
「ここで一人の生徒が昔、自殺したらしいんです。
危険能力者で…」
「未来に絶望した。」
麗衣香さんの脳裏には雄介や私が話したことがあったのだろう。
だからこそ、つい口に出てしまった。
「それもありますけど、諦めろと言われたんです、夢を。その人は医者になることが夢だった。医者になって多くの人を助けたいって。頭も良くて、医学部に受かるのは間違えないだろうと言われてた。
でも、人を殺す能力を持つ人間が、人を助ける医者になる?
笑わせるな!
そう言われたそうです。」
しばらくの沈黙…
いつも重たい話になってしまう。
それが能力者の歴史で、現実なんだということはよくわかってる。
でも、ゲームやマンガ、小説の中では能力者は英雄だったり、主人公を助けるキーマンだったり…
みんなで楽しく冒険したり…
一丸になって、ドラゴンや妖魔を倒したり…
そういう面白要素が無い。
「ねえ、どうして、そういう話を梓ちゃんは知ってるの?」
「お母さんがここの創設メンバーの一人で、その自殺した人もそのメンバーの一人だったそうです。」
「そうなんだ…。
お母さん、辛かったでしょうね。仲間が死んで。」
母にその時の気持ちを聞いたことはない。
聞けるわけが無かった。
でも、辛かったと私も思う。
私だったら辛いから…
もし、また大切な人を失ったら…
もうお母さんだけいい。
「死なないで下さい。」
麗衣香さんが驚いた顔をする。
自分でも自分の発言に驚いた。
何でこんなこと言ってるんだろう…
でも、言わなきゃいけないような気がした。
なぜか…