(3)
「正一さんは摩利子さんの5歳年上で15歳の時に統合失調症っていうのかなぁ、心の病にかかって。
それから病院の入退院を繰り返していたんだが、20歳の時に摩利子さんが家出した直後だったな・・・。自殺してしまったんだ。」
「・・・」
「摩利子さんはお達者かな?」
「元気です。」
「それは良かった。君は頑張って三田村家を再興しなさい。」
「はい。」
島田は正彦の性が三田村であることについて事情を察して何も聞かなかった。
正彦は自分の名前の「正」の字は正一さんかの名前から取ったのかと思った。
島田は正彦を母の生家に連れて行ってくれた。そこは高台にある石垣に囲まれた大きな家だった。築80年の古い家だが太い木材が使われていて地震にもビクともしないという。
正彦は住む人のいない家の中に入ってみた。家具はすべて撤去されていたが、色の褪せた茶箪笥が残っていた。中を調べてみると、数枚の折りたたんだ絵が出てきた。それは何とも奇妙な絵だった。木々や花々に囲まれて1組の男女が野原の中に腰を下ろしていた。2人の顔は全く同じだったが、1人は髪が短くズボンを履いていて、もう1人は髪が長くスカートを履いているので男と女であることが分かった。
細部まで丹念に書き込まれていたが生命感といったものが欠落していた。印像というものがない絵だった。正彦は一目みて母の絵ではないと思った。
たぶん自殺した正一さんの絵だろうと思った。正彦は絵を元の場所にしまっておいた。
村は三方を山に囲まれて南に清流が流れていた。正彦はこの別天地のような美しい村に1か月滞在して札幌に帰った。
新学期が始まった。
正彦は文学部の講義にはほとんど出ず昼間は図書館で本を読み耽り、夜は新たに始めた札幌の歓楽街のバイトに励んだ。
単位が取れず2年留年して札幌で6年過ごした。酒場には様々な人生模様があった。正彦は小説のネタになりそうな話はノートにメモしておいた。
正彦の卒業論文は「自殺文学者の系譜」だった。




