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招かれざる者

この世界観に触れる様な回です。

フレイア山にあるドワーフの北の工房にて、アルヴィスに啓発を促されながらも、古の宝剣の名を冠する“レーバテイン”を託されたアウグストは、一人その重圧に耐えていた。


 第四工房ではドワーフの王アルヴィスが、以前アウグストに託した武具の一式を作業台に並べ検分していた。

 その傍らで妖精エインセルは作業台の上に寝そべり、頬杖を付き足を交互にバタつかせながら、アルヴィスの作業を楽しそうに眺めている。

 「甲冑一式は傷一つ無い様じゃが、調整帯革はもう一杯じゃな。」

 一通り検分を終えたアルヴィスが不意に呟く。

 若い王子がニンリルへ出発の時に渡した板金甲冑は、少し大きめに作り、内側に張った帯革で伸縮させる事で大きさを調整出来る様にしていたが、伸びきった帯革が成長したアウグストの体に、その限界値に達している事を物語っていた。

 「どれ、腰の剣も見せてみろ。」

 アルヴィスは腕を伸ばし若い王子に視線を送ってそれを促すと、手に持ったレーバテインを作業台に置いて、腰に帯びた飛竜乗りの剣ルフターソードを鞘から抜き、アウグストは柄頭を向けて両手で手渡した。

 「ふむ、こいつは少し手入れすれば未だ使えるな。

 どれ、体の寸法を測ってやるから上を脱いでみろ。」

 アルヴィスは片目を閉じ匠の眼差しで、下鍔から切先まで両の刃を手際良く検分し、太い紐を取り出すとアウグストに視線を送り上着を脱ぐ様に促した。

 言われるままにアウグストが服を脱ぐと、戦場で鍛えられた肉体美の上半身が露になる。

 「きゃっ。」

 不意にエインセルが悲鳴に似た声を上げ両目を掌で覆うが、隙間だらけの指の間から、しっかりと碧い瞳が覗き、アウグストが苦笑しながら両手を広げて立った。

 アルヴィスは用意した木製の踏み台に乗ると、手にした太い紐で若い王子の体の寸法を測りだした。

 「アーグの背中は何時見ても痛々しいのう。」

 その傷は肩甲骨に沿う様に二本の裂傷が伸びており、アウグストの成長と共にその傷も大きくなっているのを見てアルヴィスは呟いた

 「え、何、傷。

 ・・・おぉ。」

 アルヴィスの呟きにエインセルが興味を示し、アウグストの背中に白く輝く昆虫翼を羽搏かせ回り込み、その痛々しさに目を丸くして驚きの声を漏らす。

 「そうか、エインは見た事無かったんだったな。」

 エインセルの反応にアウグストは身動ぎもせずに答える。

 「これは抜翼の儀の痕でね・・・。」

 「抜翼の儀・・・。」

 アウグストが断片的に傷の理由を教えると、エインセルは不思議そうに首を傾げた。

 「話すと長くなる・・・。」

 「聞きたい。」

 小さな妖精の反応に、アウグストは傷の理由を話すのは気乗りしなかったが、エインセルは若い王子の正面に回り込むと、小さな両手を組んで瞳を輝かせた。

 「これは災厄以前の話なんだが、アルヴィス王の御先祖が神々と振興が有った頃、アトランティスが未だ国を持たなかった時代に、天使の寵愛を受けた一人の女性が、有翼の男の子を生んだんだ。」

 アウグストは俯き重々しい口調で、アトランティスに伝えられる歴史を語り始め、エインセルは作業台に膝を抱える様に座り、若い王子の話に耳を傾けた。


 「当時の先祖達は成長したその男の子を王にして、彼の統治の下で繁栄を築き、小さな島だったその国は近隣の小さな島々を繋いで、何代にも渡って版図を広げ、やがてその国は諸国に大陸と、言わしめる程の栄華を誇ったらしいんだ。」

 今や若い王子の体を測り終えたアルヴィスも、手を止めてアウグストの話に聞き入っている。

 「でもその帝国は例の災厄に因って、今で言うイシュタル大陸の東、アフロディーテ大陸の北にあるアタランタ海に一夜で沈んで、辛うじて少数の民と生き残った当時の王は、この大陸に上陸しはしたものの、先住の民にその翼が、堕天使を思わせると忌み嫌われてね、その時の王が血を絶やすまいと、已むに已まれず遂にその翼を斬ったのが“抜翼の儀”の始まりらしいんだ。

 だけど王の血を引く者は皆、生まれながらに翼が生えて、その都度新しい王族が生まれる度に翼を斬ったけど、結局先住の人々は堕天使の血が何れ災いを齎すと、今度は迫害をはじめ、好からぬ噂が尾をひいて、私の先祖は安住の地を求め、七百年に及ぶ放浪を余儀なくされて、漸くこの地に辿り付いたんだよ。」

 語り継がれるアトランティスの歴史を、語り終える頃には既に着衣を整え、レーバテインを背中に帯び、ふと顔を上げてアウグストは辺りを見回す。

 「うう・・・。

 アーグの御先祖様は苦労したんだね。」

 目に焼き付いたアウグストの背中の傷と、アトランティスの先祖がこの地に辿り着いた理由に、エインセルは肩を震わせ涙を流していた。

 「アーグ可哀そう・・・。」

 「災厄以降も多くの種族の血が絶やされてきたが、一族の血を守ったんだ並大抵の苦労じゃねえさな。」

 アトランティス人の為に涙を流すエインセルの頭を、太く無骨な指で優しく撫でながら、一族を率いる者としてアルヴィスは、その当時の王の決断を称賛し、悠久の歴史に思いを馳せた。

 「ありがとう・・・。

 エイン、アルヴィス王。」

 アウグストは当時のアトランティスの人々の苦労に、泣いてくれる優しい小さな妖精と、それを称えてくれたドワーフの王に心から礼を述べた。

 不意にエインセルの腹が鳴り、若い王子とドワーフの王の視線が小さな妖精に注がれる。

 「何よ、泣いてても、お腹は空くのよ。」

 エインセルは瞳に涙を残しつつ、恥ずかしさと立腹で顔を赤くしながら、口を尖らせ両手を突き上げて空腹を訴えた。

 「違いねぇ。

 わははは・・・。」

 小さな妖精の訴えに同意を示しながら、アルヴィスが野太い声で豪快に笑い、若い王子の笑顔を誘って、湿った空気を一蹴した。

 「さあ、飯じゃ、飯じゃ。」

 ドワーフの王の言葉に小さな妖精は、涙を拭って瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。

 ドワーフの王は作業台の隅に、第四工房に貯蔵された食料を並べると、皆に食事を振舞った。

 若い王子の異国での土産話を肴に、丸太を切っただけの椅子に座り、談笑し止め処無い時間が流れた。

 少年時代から通っているこの場所は、若い王子にとって背負った全てを、忘れさせてくれる憩いの場でもあった。


 談笑続く中先に席を立ったアルヴィスは、匠の眼差しでアウグストの飛竜乗りの剣を、手にした砥石を刃に当てて微調整していた。

 「時にカールス王の様子はどうじゃ。」

 「はい、あまり思わしく無いかと。」

 不意にアルヴィスはアトランティス王を気に掛け、作業を続けながら若い王子に言葉を掛け、アウグストはドワーフの王に蒼い瞳を向けて、今朝会った王の様子を述べた

 「私の力でも駄目だったわ。」

 二人の会話に乗って、小さな妖精がぼんやりと、その時の光景を思い出しながら呟く。

 「エイン、王都に行ったのかい。」

 「うん。アルヴィスに付いて行ったの。」

 聞いていなかった事実を耳にしたアウグストが、小さな妖精に視線を注ぎ問いかけ、エインセルが小さく頷いて若い王子に視線を合わせる。

 「アーグが出て行って直ぐ、たまたま王都に用事が有ってな。

 妖精の鱗粉は傷は治せるが、ありゃ心の傷じゃ・・・。

 心の傷は誰にも、どうしようもねぇ。

 大丈夫じゃ、王にはエインは見えておらんかったよ。」

 アルヴィスは小さな妖精と若い王子に、視線を向けて経緯を語った。

 「そんな事が、・・・有難う。」

 アウグストは知らなかった二人の気遣いに心から礼を述べた。

 「気にするなアーグ。儂等は持ちつ持たれつの関係じゃ。

 何せ儂等が作った品々を、高値で捌いてくれるんじゃからな。

 わははは・・・。」

 アルヴィスは気に病むアウグストを一目し、互いの交易を絡めて笑い飛ばしたが、彼等が生み出す武具や調度品は独特の美と気品を備え、それは諸国が認める所であり、高値で捌けるのは必然であった。

 そんなアルヴィスの心遣いにアウグストは心から感謝した。


 と、その時不意に第四工房の外で、争う物音の後誰かが呻き声を上げて地面に倒れる音が響き、三人は徒ならぬ不穏な空気に包まれた。

 ドワーフの王は徐に立ち上がると工房の外に注視しつつ、手にした飛竜乗りの剣を若い王子に投げ渡す。 

 アウグストはドワーフの王から投げ渡された剣を、起用に受け取ると工房入口の壁に背中を預け、剣を両手に持って外の気配を窺う。

 アルヴィスは壁に立て掛けられた武具の数々から、戦斧と木製の円盾を持つと、若い王子と入口を挟んで壁に背中を預けた。

 エインセルもドワーフの王に倣う。

 アルヴィスはアウグストの手際の良さに、心強さを感じほくそ笑んだ。


 アルヴィスの胸に一抹の不安が過ぎる。

 この工房は盗賊からすると宝の宝庫であり、格好の標的となって度々襲撃を受けていたが、その尽くは外の入口に近い工房付近で撃退しており、最深部の第四工房付近となると話は別だった。


 アルヴィスが壁から薄暗い工房の外の様子を窺うと、坑道に誰かが倒れているのに気付くと同時に、白地に赤い縁取りがされた、マントを羽織った灰髪に碧い瞳の者が、倒した獲物を見下していた。

 「誰じゃ。」

 アルヴィスは工房から躍り出ると、白マントを纏った灰髪に碧い瞳の者を睥睨し、野太い声で猛んだ。

 白マントを纏った灰髪に碧い瞳の者は、ドワーフの王を一瞥すると細身の長剣を抜き放って駆け出し、その刹那姿を消した。

 「何と。

 ・・・問答無用か。」

 不意に灰髪に碧い瞳の者が姿を消し、アルヴィスが目を疑がい呻き、眼前に迫る気配に合わせ盾を翳すと、同時に斬撃音が工房に響き一気に緊張に包まれる。

 「ふ、流石ドヴェルグの王よ。」

 気配だけでアルヴィスに盾で攻撃を防がれ、眼前に居ると思われる姿無き侵入者が、低く押し殺した声で称賛を与え、坑道から工房内にドワーフの王を押し込んだ。

 「ん、儂をその名で呼ぶとは、貴様漆黒の森シュバルツバルトの者か。」

 不意に姿無き侵入者に、古の種族の名を呼ばれたアルヴィスは、その名で呼ぶ者の正体に目星を付け、眼光鋭く吐き捨てる。

 「アルヴィス王。」

 姿無き侵入者に第四工房に押し込まれたアルヴィスを見て、アウグストが眉を顰め気遣い声を発する。

 「侵入者に問う。

 何が目的じゃ。」

 姿無き侵入者の攻撃を再び盾で受けてアルヴィスが咆哮する。

 「お前の所に居るサイクロップスは我々が預かる。

 ・・・それとお前等が作った剣もな。」

 アルヴィスの問いに姿無き侵入者が理由を告げた。

 「断るっ。

 しかし何故それを知っている。」

 姿無き侵入者の答えにアルヴィスが眉を顰め語気を荒げて問う。

 「我等が王が、神託を授かった。

 それらは後々災いを齎すとな。

 大人しく従うなら悪い様にはせん。」

 アルヴィスの疑問に姿無き侵入者が答える。

 「何、オベロンが神託を授かっただと。

 奴め世界の秩序を保つとか何とか言って、儂等にもそれを押し付ける気か。

 残念じゃが、儂の家族と剣には指一本触れさせんっ。」

 威圧的な姿無き者の声に、漆黒の森の妖精界の王の名と共に、アルヴィスが吐き捨てる。

 「交渉は決裂だな。」

 アルヴィスの予想通りの回答に、姿無き者は開戦を示唆する言葉と共に行動を開始する。

 「不可視の魔法ね。」

 皆より少し高い所に飛翔し、状況を飲み込んだエインセルが声にする。

 「これが魔法。」

 エインセルの言葉に、アウグストが魔法の効果を初めて体験し口にする、と同時に地面の気配を察知して敵の斬撃を、手持ちの剣で受け衝撃と火花が散った。

 アウグストもまた手にした片手半剣で反撃を試みるも、切先は虚しく空を切った。

 「ん、何故ここに小さき者が。」

 姿無き者がエインセルに気付いて動揺の声を発した。

 「ふん姑息な侵入者め姿を表せ。

 如何にエルフであろうと、儂等三人を相手に二人とは、ちと少ない様じゃがな。」

 アウグストと戦う気配を見て二人と判断し、姿無き者の一瞬の隙を見たアルヴィスが押し返し、不敵な笑みを浮かべた。

 「うがぁぁぁ・・・。」

 工房の奥から異変に気付き、アルヴィスの言葉に反応したステロペースが咆哮し、牙を剥いてこれまでとは明らかに違う表情で、ドワーフの王が押し返したと思われる、侵入者に対し鈍くも重々しい拳が風を巻いた。

 「ふ、そう言えばステロ、お前も居ったな。

 だが、あんまり派手に暴れて工房を壊すなよ。」

 ステロペースの咆哮と躍動を一目したアルヴィスが、声にして詫びつつ釘を刺す。

 「可視のヴィジブル光線レイ。」

 エインセルはこれまでに見せた事の無い凛とした表情で、右手を翳し発した言葉と同時にその刹那、光の粒子が収束しその体に青白い稲光と歪んだ空間が纏わり、甲高い単音の響きと同時に、衝撃が一陣の風と共に広がり、埃を巻き上げて魔法が発動した。

 青白い稲光を纏った歪んだ空間は何処までも広がり、不可視の魔法を以って姿を消していた全ての侵入者を暴いた。

 「凄い。」

 エインセルから発動された魔法の効果を、初めて目の当りにしたアウグストが巻き起こった風と埃に目を細めながら息を飲む。

 先程アルヴィスが認識していた、白地に赤い縁取りのマントを纏った侵入者は、細身の長剣エストックを携え三人に、そして揃って目に焼き付く程の眉目秀麗、尖った耳が印象的であった。


 「何っ。」

 エインセルの魔法の効果に驚き、アルヴィスと対峙していた灰髪碧瞳のエルフが眉を顰め呻く。

 「こんなの聞いてないぞ。」

 同時にアウグストと対峙していた金髪碧眼のエルフも、動揺を隠せず口にする。

 「姿が見えれば・・・。」

 アウグストは侵入者を視認し猛び、動揺の一瞬の隙を突いて、鋭く踏み込むと剣の柄頭を懐に突き入れたが、金髪のエルフは既の所で素早い足捌きを以って躍動し、後方に身を退いて躱した。

 金髪のエルフはアウグストに、左の人差し指を立て左右に振って挑発する。

 「侵入者は三人の様じゃが、これで仕切り直しじゃな。」

 「てへ。」

 エインセルの魔法が効果を発揮し、周囲を一目し侵入者を視認したアルヴィスは、その視線を小さな妖精に向けて、良くやったと片目を瞬いて見せると、その妖精も笑みを浮かべながら親指を立てて見せた。

 「アーグ分かっているな。」

 「はいアルヴィス王。」

 一戦を交えるにあたって二人には一種の取り決めがあった。

 この坑道では何人たりとも命を奪わないと言う約束だった。

 アルヴィスの問いにアウグストは手短に了解を示す。

 「さあ侵入者よ覚悟しろ。」

 戦斧と盾を構えたアルヴィスの言葉を合図に、アウグストもまた対峙したエルフに斬りかかる。

 エルフ達もまた携えた細身の剣で突きを主体とした攻撃で応戦する。

 「エルフ共よそんな細い剣で儂等を倒せるのか。」

 「心配無用だドヴェルグよ。

  我等の剣はミスリル鋼を鍛えて仕上げた逸品。

 お前達の武器では傷一つ付くまいよ。」

 開始早々アルヴィスは対峙する灰髪のエルフ鋭い突きを巧みに躱し挑発するも、エルフはそれに応じる事無く冷静にドワーフの王を煽ってみせる。

 「突き一辺倒の攻撃しか芸の無い剣で大丈夫かと聞いておるのじゃ。」

 アルヴィスは対峙したエルフとの一戦を半ば愉しんでいた。

 「ならば見せてやろう、我が一族伝来の高速剣を。」

 「ほう見せてもらおうか、一族伝来の技とやらを。」

 灰髪のエルフは言い放つと一旦間合いを取り、剣を胸元で構え一呼吸置いた刹那、見紛う程の速度で間合いを詰め、上段から下段に掛け常人では躱しきれない程の、高速の連突きを繰り出した。

 「少しは出来る様じゃが掠りもせんぞぃ。」

 「ちっ、よく動く口だ。」

 「そもそもその剣は相手の速さを凌駕してこそ真価を発揮する武器じゃ。

 その程度の動きでは儂は倒せんぞ。」

 「貴様こそ木製の盾など使いおって、我等を嘗めているのか。」

 「木の盾にはちゃんと意味が有るのじゃよ。

 相手の攻撃を逸らす以外に、武器を喰い込ませて動きを封じると言う意味がな。」 

 刹那、灰髪エルフの凄まじい高速の連突きの一刺しが木製の盾を貫き、剣の切先がアルヴィスの鼻先を掠めながらも、宣言通りに円盾が相手の動きを封じた。

 「なにっ、剣が。」

 「おっと、こんな風にな。」

 瞬間的に灰髪エルフは円盾からの離脱を試みるも、好機とばかりにしたり顔を見せるアルヴィスの戦斧が頭上から振り下ろされる。

 が、灰髪のエルフは冷静な判断力で円盾を足掛かりに、反動を利用し剣を引き抜きながら宙返りを見せ、その上でアルヴィスの戦斧が虚しく空を斬ったのを見遣って、着地と同時に油断しているドワーフに対し反撃を試み、疾風の如き二連突きを浴びせるも、何れも刺突剣の切先を垂直に受けぬよう、巧妙に木製円盾の角度を変えて軌道を逸らされ阻まれる。

 「ふん、甘いわエルフよ。

 如何にミスリルの剣と雖も、そう易々とドワーフ手製の盾を貫けると思うなよ。」

 アルヴィスは不敵な笑みを浮かべ、自身と威厳に満ちた鋭い眼光で灰髪のエルフを睥睨する。

 「ふ、ドヴェルグ如きが私を本気にさせるとは・・・。」

 半ば灰髪のエルフの所謂“鎧通し”の異名を持つ刺突剣の攻撃の手は出し尽くされたかに見えた。

 「正直エルフの実力がこの程度で落胆したが、勝負は着いた。

 ステロと剣は諦めて大人しく森に返る事を推奨するが。」

 「調子に乗るなドヴェルグよ、これは盾の使い道を教えてくれた礼だっ。」

 

 「ほう、まだその様な奥の手を持っているとは・・・。

 それでこそ儂の知るエルフよ。」



 一方ステロペースは一発二発と両の拳を振るって金髪碧眼の女エルフに攻撃を試みるも、華麗な体捌きのエルフを捕らえるには、致命的な程に速度が遅く攻撃が当たる事は無かった。

 「数多の精霊達よ、我が命に従いて我が眼前の敵を深い眠りに誘い給え。」

 女エルフが十分な間合いを空け、不意に冷静かつ速やかに魔法を詠唱し、右手に持つ細身の長剣を正面に翳した刹那、エインセルのそれとは威力の弱い歪んだ空間の波動が放たれた。

 「うがぁぁぁ・・・。」

 ステロペースが雄叫びを上げて、何かに抗いながらも抗しきれず、脱力して地響きを起こしアルヴィスの後方に倒れる。

 同時にアルヴィスとエインセルがステロペースに視線を送り、更に異変を察知する。

 「これは・・・。」

 ステロペースと同時にアウグストが、極度の脱力感と睡魔に襲われ剣を突き立て膝を屈し、抗いながらも違和感に眉を顰め口にする。

 アウグストの眼前の侵入者は、その瞬間を見逃さず細身の長剣を突き出し踏み込み、アルヴィスとエインセルに緊張が走る。

 「いかん、間に合わん。」

 アルヴィスは若い王子の危機に、焦燥し顔が強張るのを禁じ得ずも、咄嗟に躍動し叫んでいた。

 「いけない・・・。

 覚醒アウェイキング。」

 エインセルもまたアルヴィスと同じ思いで、若い王子に向け右手を翳し魔法の言葉を発し、アウグストに向けて放つと、先程と同様の現象が起きた。

 エインセルよりも早くアルヴィスが左手の円形の盾を、遊具を投げるかの様に縦回転を掛けて投げ放った。

 アウグストの眼前の金髪のエルフは勝利を確信し、僅かに不敵な笑みを浮かべた。

 同時にアルヴィスの眼前の灰髪のエルフも、この隙を逃してはいなかった。


 刹那、ドワーフの王が投げ放った円形の盾が、剣身に直撃を受けた金髪のエルフは、細身の長剣の軌道を反らされ、アウグストに触れる事は無かった。

 同時に小さな妖精の魔法が若い王子を覚醒に誘い、既の所でアウグストは睡魔から脱し、鋭い踏み込みで金髪エルフの懐に剣の柄頭を打ち込み、苦悶の表情と共に後方に吹き飛んで背中を壁に叩き付け、呻き声を残して気絶した。

 「ちっっ。」

 倒れた味方を一瞥し灰髪のエルフは舌打ちしながらも、突き出した細身の長剣は的を違わなかった。

 円形の盾を投げて直ぐ、アルヴィスは態勢を立て直し、侵入者の斬撃を戦斧で払い流し、互いに身を退いて間合いを取った。

 「すまない皆。」

 無様にも皆の足を引っ張った事に、アウグストが謝罪を述べて、剣の切先をドワーフの王と対峙する灰髪のエルフに向けた。

 エインセルは宙に佇み、アウグストを危険に晒した工房入口の女エルフを監視し、開放した魔力で赤い髪とドレスの裾が靡いていた。

 「魔法が相手じゃ、気に病むなアーグ。

 それよりその盾を使え、儂の御先祖様がヴァルハラに持って行き忘れた、由緒正しいルーンの加護が有る盾じゃ。」

 アルヴィスは若い王子の無事に笑みを零しただけで、視線は油断ならぬ眼前の灰髪のエルフを睥睨していた。

 若い王子の足元の盾は、木製の円形盾に金属枠がはめられ、表面と枠に鋲打ちされた少し頼りない物だったが、アウグストは言われるままに拾い上げ、それの裏側の帯革に左腕を通し、握柄を握って構えた。

 「くくく・・・、ドヴェルグ如きがヴァルハラとは笑止。

 まさかその戦斧も先祖の忘れ形見と、戯言を言うのではあるまいな。」

 ドワーフの王の眼前の灰髪のエルフは、英華秀霊が集う神聖なる聖地を穢された事に、声を荒げ明らかに侮蔑し嘲っていた。

 灰髪のエルフがアルヴィスを蔑むには因縁めいた理由があった。

 嘗て災厄以前に同じ神々の下で、光のエルフと称された侵入者の祖先と、闇のエルフと称されたドワーフ族の祖先は、種族の棲み分けを強いられ、前者は後者の上位種族とされていたからだった。

 「ふ、ほざけ姑息な盗賊風情めが。

 笑っていられるのも今の内じゃ

 その程度の腕では半神と謳われた、古のエルフの血が泣いておるわ。」

 アルヴィスもまた不敵な笑みを浮かべ余裕を醸し、灰髪のエルフの言葉に負けてはいなかった。

 内心では災厄以前に神々に仕え、ドワーフ族の上位種族にして半神であるが故に長寿、魔力も豊富と伝え聞いていたが、初見ではエインセルの存在もあって、然程の手応えを感じていなかった。

 さながら神々に仕えし半神のエルフ族と、神々と対等の立場で交渉が出来たドワーフ族の、対決の様相を呈していた。

 「痛っ。」

 アウグストとアルヴィスが灰髪のエルフが睨み合う最中、工房入口で手した細身の長剣を翳しかけた女エルフが、エインセルが発した甲高い単音の響きと同時に、その剣を落とし手を抱え苦悶の表情を浮かべ、苦痛の声を漏らした。

 「何故です、何故邪魔をするのです、小さき者よ。

 そして何故、詠唱もせずに魔法を行使出来るのですか。」

 工房入口の女エルフは同じ漆黒の森に住む、同胞である筈の小さき者の行動に、解せず怒りを露わにした。

 これまで魔法とは詠唱し、精霊と交信する事でその恩恵を受けられると考えられていたが、目の前の小さな妖精はそれを覆し、手を翳すだけでそれを可能にしていた。

 加えてこれまで魔法は、漆黒の森に住む限定された種族のみが行使出来る業であり、互いにその魔法の脅威を向けられる事は無かった。

 「何故って、ここが私の家だし、家族を守るためよ。」

 エインセルは実に明快な答えを侵入者達に返し、質問の意味に稍首を傾げ、家族と言ってくれる小さな妖精の言葉にアルヴィスがほくそ笑む。

 「それと詠唱って何・・・。

 よく分からないけど私が魔法を使えるのは、五大精霊に愛されし妖精界の王、オベロンと同じ眷属だからなんだけど。

 エルフの人達はそんな事も忘れちゃったの。」

 「五大精霊ですって。

 小さき者よ四大精霊では無いのですか。」

 エインセルの言葉に女エルフが困惑し声を荒げる。

 「そうよ地の精霊グノームは肉を。

 風の精霊シルフは呼吸を。

 水の精霊ウンディーネは血を。

 火の精霊サラマンダーは体温を。

 そして雷の精霊エーテルは全ての生命活動の維持を。

 それらの五大精霊は肉と知性を持つ者なら、この世に生を受けた瞬間からこの身に宿しているのよ。

 どれか一つ欠けるだけで私達は生きていけないわ。

 そうね言い換えるなら、馴染みの無い言葉かも知れないけど小宇宙よね。

 複雑な光と闇の力や召喚魔法じゃあるまいし、初歩的な身に宿した精霊の力を開放するのに詠唱だなんて。」

 エインセルは言葉を重ね、やはり質問の意味を解せずに首を傾げ、当の侵入者達に明らかな衝撃を走らせた。

 「次元が違いすぎるわ。」

 明らかに魔法の発動方法の違いに女エルフは愕然とした。

 言われてみれば、同じ光のエルフ族に属していたオベロンは、災厄以前からその名を知られ、絶大な魔力を以って妖精界を築き、外界からの干渉を受けずに現在に至っていた。

 その眷属であるピクシーのエインセルは、オベロンに勝らなくともエルフには劣らない存在である事を窺わせた。

 「上には上が居るって事よエルフ共。」

 アルヴィスが挑発めいた言葉を発し、下卑た笑みを灰髪のエルフに向けた。

 「黙れ。ドヴェルグ。」

 灰髪のエルフがアルヴィスの言葉に、眉を顰め過剰に反応を示し、細身の長剣で鋭く突き込むが、アルヴィスが巧みに逸らす。

 「そうね・・・、私を倒せるとしたら、ハーフエルフのスクルドぐらいじゃないかしら。」

 「ほう、それは頼もしいなエイン。」

 不意にエインセルは顎に人差し指を当て、虚空を眺めて思い当たった答えを口にし、アルヴィスは随分大きく出たなとばかりに、小さな妖精に半ば感心を示す

 「ハーフエルフ・・・。」

 徐にアウグストはこれまでのアルヴィスとエルフの会話に、朧気に付いて来れたものの、遂に知らない単語に興味を惹かれ眉を顰め口にした。

 「ああ、ハーフエルフってのは、人間とエルフの混血でな、儂等を含めた人族の中では最強の存在じゃろうな。」

 アルヴィスはアウグストの疑問に、もてる知識の範囲で語る。

 「黙れと言っている。」

 灰髪のエルフは不快感を露わにし、語気を荒げ高速連突きをアルヴィスに見舞う。

 アルヴィスもまた戦斧の柄の中心を両手で持って、器用に回してその連突きを躱す。

 「おっとと。

 スクルドってのはな、人間の王とエルフの混血児の名でな、絶世の美女にして戦場を駆け、絶大な魔法を以って兵を従え、無敗の戦姫であったらしいが・・・。」

 灰髪のエルフの攻撃を躱しつつ、更にアルヴィスはアウグストに知識を注いだ。

 「えぇぇぃ、黙れ。」

 愈々灰髪のエルフは攻撃の尽くを躱され、アルヴィスの良く回る舌を止められない歯痒さから、激昂し撓やかな剣捌きを更に加速させる。

 「女であったが故にヴァルハラに入れられず、代わりに英華秀霊を招集する戦乙女ヴァルキューレに列せられ、あの剣にも刻んだが、その後運命の女神の一人に列せられたと、伝えられておるよ。」

 アルヴィスは半ば灰髪のエルフとの斬撃の撃ち合いを愉しみ、アウグストの知識を満たし満足の笑みを零す。

 「何だと。

 その様のものを剣に刻むとは、畏れを知れドヴェルグよ。」

 灰髪のエルフはこのアルヴィスの言葉に愕然として一喝する。

 「ハーフエルフにその様な力が・・・。」

 新たな知識はアウグストのみならず、工房入口に居た女エルフをも同時に唸らせ、不意に視線が合ったが互いの存在を認めるに留まった。

 「ふん、こんな話を知ったら、各国の王がエルフの血を欲するかもしれんな。

 なぁ、アウグストよ。」

 アルヴィスは仮定の話を持ち出し、意図的にアウグストを本名で呼び同意を求め、この戦いを終わらせる為の、ドワーフの王の計略でもあった。

 「何。

 アウグストとは、アトランティスの王子の事か。」

 アルヴィスの言葉に、二人のエルフは案の定と言った反応を見せ、アウグストに視線が注がれ灰髪のエルフが慄き、死者が出なかった事に安堵する。

 この場に妖精や半神の血は既に顕現されていたが、悪戯に未知数であるアトランティスの血を、刺激したくは無かったのであった。

 「そんな事も知らんで剣を向けとったのか、エインを見習ってもっと外の世界に目を向けるんじゃな。」

 アルヴィスは二人のエルフを諭す様に話すと、エインセルにしたり顔を見せる。

 「てへ、褒められちゃった。」

 不意に褒められたエインセルは、頭をかく仕草で身を捩って照れ笑いを浮かべた。

 「オベロンと漆黒の森に縛られ、秩序を保つとか人間や我々を蔑視しておるから、こう言う事になるんじゃ。

 その点儂等は災厄のお陰で神々の呪いが解け、陽の光を浴びれる様に成ったからのう、お前等より実にこの世界を愉しんでおるよ。」

 アルヴィスは更にエルフを畳み掛ける様に諭した。

 闇のエルフのドワーフ族は陽の光を浴びると、石化して死ぬ定めにあったのだが、彼等が呪いが解けた事を知ったのは、災厄に因る工房崩落の難を逃れようと、外に出たその日の夜明けだった。

 「く。

 シドレス、ベルンを連れて撤退だ。」

 エルフにとってオベロン王と漆黒の森は全てであったが、ここに居る小さき者とドワーフが生き生きとした様と、アルヴィスの言葉に心打たれるものを感じた灰髪のエルフは、徐に後方に居る女エルフに指示を出した。

 「・・・良いのか、ディートリヒ。」

 シドレスと呼ばれた女エルフは、負傷した右腕を庇いつつ眉を顰めて、灰髪のエルフに問い質す。

 「彼の者達は我々の手に余る。」

 形勢が不利である事を認め、ディートリヒと呼ばれたエルフは、決断に迷いは無い事をシドレスに伝える。

 「分かった、ディートリヒ。」

 ディートリヒの指示に理解を示したシドレスは、互いに警戒を解かず気絶したベルンを両脇から支えると、工房入口まで後退した。

 「また来る。」

 ディートリヒは剣の切先をアルヴィスに向け睥睨したまま言い捨てる。

 「断る、二度と来るな。」

 ディートリヒの言葉にアルヴィスも睥睨し、戦斧を地面に立て仁王立ちして吐き捨てた。

 「またねー。」

 エインセルは笑みを浮かべ手を振って見送り、その刹那三人のエルフは魔法を行使し、その身を光の粒子に変えて姿を消した。

 「消えた・・・。」

 「今のは瞬間移動の魔法ね。」

 アウグストは稍身を乗り出し、光の粒子化して姿を消したエルフ見て、眉を顰め感嘆の声を漏らし、エインセルがそれを補足した。


 斯くして招かれざる者達の脅威は去り、工房に平穏が戻った。

 「やれやれじゃわい。とんだ帰還祝いになったのうアーグ。」

 アルヴィスは戦斧を担いでアウグストに向き直り、若い王子を気遣って言葉を掛けた。

 「いえ、アルヴィス王。私は今日この場に立ち会えて、光栄に思っているくらいですよ。」

 アルヴィスの言葉に我に返ったアウグストは、手にした剣を鞘に収めドワーフの王に向き直って、蒼い瞳を輝かせ熱く込み上げる衝動を訴えた。

 「ふ、それでこそアトランティスの未来の王じゃ。

 わははは・・・。」

 アルヴィスの心配を他所に、瞳を輝かし肝の据わった若い王子に、ドワーフの王は野太い声で豪快に笑った。

 「しかしアーグ、お前さんがその剣を所持していれば、何れまた奴らが襲ってくるとも限らんが、どうすね。

 置いて行っても良いんじゃぞ。」

 更にアルヴィスは一抹の不安を若い王子に警告し、その判断をアウグストに委ねる。

 「いえ、この剣は私が。」

 アウグストは徐に背中の宝剣の柄に手を当て、今日一日の工房での出来事を顧て、理由は分からなかったが、この剣の必要性を強く感じて手放す事を辞した。

 「そう来るじゃろうと思ったわい。くれぐれも気を付けるんじゃぞ。

 それと甲冑は暫く時間を貰うぞ。」

 「解りました。」

 アルヴィスは予想していた若い王子の決断に、口を挟む事無く唯重ねて警告を促し、重ねて甲冑製作に時間を要する事を伝え、アウグストはその両方を受諾した。

 アルヴィスはアウグストに背中を向けると、左手を上げ別れの合図を送った。

 「さあエイン、一族の者を起こしに行くとするか。」

 「うん、分かった。」

 アルヴィスは小さな妖精に視線を向け、残った仕事を片付けるかの様に促すと、魔法で眠っているステロペースに歩を進め、エインセルもまた満面の笑みを浮かべ、ドワーフの王に寄り添って飛翔する。


 アウグストは今日出会ったエルフ達と違って、光のエルフのエインセルと闇のエルフのアルヴィスの、仲の良い後ろ姿を、微笑ましく見送って工房を後にした。

 乾燥し冷風吹く工房の外では、愛騎が主の戻りに待ち倦んでその頭を摺り寄せ、見上げた空には満天の星が輝きを放って広がっていた。

イメージを文字にするのは本当に難しいですね(;^_^A

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