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王子帰還

遂にアトランティス編です

 昨夕に王都エンリルを出発したアウグストは、アトランティスとニンリルの国境上空でブラディスラウスと別れ、鞍上で仮眠をとって空が稜線を浮かび上がらせる頃には、王都クリティアスを一望に収めていた。


 「遂に帰って来たか。」

 昨日から長距離移動を強いられているアウグストは、蒼い瞳を細めて四年振りの祖国の王都を一望し、白い息を吐きながら気怠そうに呟き、懐かしさに感動を禁じ得なかった。


 災厄以前の栄華を興そうと先人達によって、フレイア山の東の麓の丘に築かれた王都クリティアスは、高い城壁に狭間付き胸壁の内側には尖塔を含む三重の天守塔を有し、集中式城郭の様相を呈し中層の天守塔北と南面には飛竜が発着可能な、吹抜けの広い露台が設けられた。

 そして城を中心に内側に行ほど高くなる、狭間付き胸壁を有する三つの環状城壁によって守られ、内側から旧市街、新市街、多目的用地に分けられ、放射状に延びる石畳が敷かれた通りがあり、計画的に整備されていた。

 旧市街には国の要所を多く含み、神殿や闘技場等があり、通り沿いには煉瓦造りの家々が所狭しと立ち並び、住人が疎らな多目的用地には耕作地と軍事教練施設等を有する城塞都市であった。

 また、城の西側にはフレイア山から伸びる、狭間付き胸壁を有する水道橋と結ばれ、引き入れた鉱泉を都市全体に張り巡らせた上水道で各城壁の外堀、生活用水、大衆浴場、噴水等に供給し、一定の浄化した後下水道でそれを排していた。


 アウグストは愛騎の翼膜に孕んだ大気に任せ、眼下にラルダ川と王都を一望しつつ、城の南側を旋回し緩やかに北側の露台に降下した。

 「御帰りなさいませ、殿下。」

 「御帰還、御待ちしておりました。」

 「相変わらず見事な手綱捌きで。」

 「御勇名は兼ね兼ね・・・。」

 アウグストは城の北側の露台に降下し、アーチ状の高い屋根を持つ城内の駐騎場に愛機シュバルトローゼを乗り入れると、その姿を見ていた銀の甲冑に、赤地に黒十字の膝丈サーコートに身を包んだ露台の衛兵二名と、駐騎場の衛兵二名が駆け寄り、一様に恭しく跪き頭を垂れ、笑みを浮かべて口々に王子の四年振りの帰還を祝した。

 「騎体を頼む。」

 「はっ。」

 アウグストは長旅だったにも関わらず、疲労を微塵も感じさせず、涼やかな瞳と笑みを以って愛機を託し、衛兵達がそれに従った。

 夜が明け切らないうちに帰還したアウグストは、壁に掛けられた燭台やランプの灯す灯りを頼りに、正方形に切出された石廊を歩き中層上階の自室に歩を進めた。

 

 王族のそれらしい装飾と調度品で飾られた、天守塔中層上階にある南面の自室に戻ったアウグストは、不意に滅多に見ない鏡に映し出された、アトランティス人特有の黒髪に蒼い瞳、アリシアから贈られた純白のスカーフが目に入った。

 「流石はアリシア姫だ。」

 我ながら洒落た贈り物が似合っている事に気付かされ思わず呟いた。

 鏡に映った我が身を一目した後、アウグストは纏った全てを脱ぎ放なつと、フレイア山から水道橋を介して引き入れ、獅子の胸像の口から溢れ出る鉱泉の湯に浸かり、身を清め長旅の疲れを癒した。


 湯から上がったアウグストは何時帰国しても良い様に、予め天蓋付き寝台に準備されていた衣類を身に着け、今は黒革に金のステッチが施されたダブレットとズボン、同色の拍車付きのブーツを履き、肩まで伸びた髪を無造作に織紐で結わえ、開け放たれた胸元には純白のスカーフが覗いていた。

 

 南面の窓から朝日が部屋に差した頃、不意に机に置かれていた手紙に気付き中を検める。

 笑みを浮かべてその日の予定に組み込み、帯剣した後そろそろ目覚めたであろう天守塔上層にある父王カールスの私室へと向かった。


 石造りの細い螺旋階段を上り、王の私室がある階層には赤い絨毯が敷かれ、その扉の前には銀の鎧に身を包み、王室基本色である黒地に金の縁取り、胸と背中には金の刺繍で誂えた王家の紋章である、兜に盾その二つを支え上げる両の翼を配した、サーコートにマントを羽織り、帯剣した王室付き近衛騎士二名が配置されていた。

 「御久し振りです殿下。」

 配置された近衛騎士はそれぞれアウグストの姿を一目すると、恭しく頭を垂れ静かな物腰で各々歓迎の意を表した。

 「息災の様だな、オットー、コンラート。」

 アウグストもまた懐かしい面々に蒼い瞳を向け微笑みを浮かべた。

 オットー・フォン・ザルツァは近衛騎士団団長を務め統率力に富み、白髪交じりの髪と口髭、彫りの深い皺が印象的な男だった。

 また、コンラート・フォン・オステルナはアトランティス人特有の容姿を持つ次代を担う騎士である。

 「殿下も御変わり無い様で。

 ・・・立派な若武者になられましたな。」

 オットーは少年時代のアウグストを顧みて、感慨深気に目を細め一言添えた。

 「陛下は。」

 「既に御目覚めの御様子で、今レオン宰相閣下と面会中でありますが、入室されても問題無いかと。」

 「すまない。」

 コンラートがアウグストの質問に速やかに答え、扉をノックした後、応答を待って王の私室に招き入れられた。

 「おぉ、アウグスト殿下。

 よく戻って参られた。」

 王の私室に相応しい調度品の数々が並ぶ部屋に入るや、帰還した王子を一目して王の天蓋付き寝台の傍らの椅子に座っていた、白髪に青を基調としたローブを纏った男が、驚嘆し目を丸くして飛び上がってアウグストの手を取る。

 「御久し振りです、レオン老。」

 アウグストもまた、自分より背が小さくなった老宰相に蒼い瞳を向けて、その手を重ねた。

 レオン・フォン・ラフバリーはその才知を以って長年王を支え、瞳を覆うほどの眉毛と蓄えられた立派な髭、歳を重ねた皺が印象的な男だった。

 「よく戻ったアウグスト。」

 「只今、戻りました陛下。」

 そして、弱々しい声の主の方へ向き直ると、そこには病に臥せ寝装に身を包み、上体だけを起こした父王カールスの白髪交じりの弱々しい姿があった。

 そんな父を目の当りにアウグストは恭しく跪き頭を垂れた。

 カールスはアウグストの出国以前、王妃ベアトリスの死後から体調を崩し、ここ最近は床に臥す事を多くしていた。

 「彼の地では、相当の働きだったようだな。」

 「はっ、盟邦の義に準じ、王家の名に恥じぬ様、この身を粉にして戦って参りました。」

 カールスは寝台に身を預けたまま、帰還した王子に労いの言葉を掛け、アウグストもまた跪き頭を垂れたまま、厳かに王に答えた。

 「どれ、面を上げてもっと良く顔を見せてくれ。」

 不意にカールスは震える両手を差し伸べて乞うと、アウグストは徐に立ち上がりそっと顔を近づけた。

 「・・・本当に良い男になったな。これで次代のアトランティスは安泰だな。」

 「・・・父上。」

 カールスは震える手を成長したアウグストの頬に当て、親指で優しく撫でると、僅かばかりの劣等感を吐露し、この国の未来に安堵した。

 アウグストもまた、衰弱し震えるカールスの手に手を添えて、王を父と呼んだ。

「何を仰いますか陛下。

次代ではなく、次代ですぞ。」

 レオンは弱気な王を気遣い、稍身を乗り出し語気を強めた。

 「ふふ・・・。

 本当に良い男になった。

 すまんが、もう少し休ませてくれまいか・・・。」

 カールスは未来の王の成長に満足し微笑みを浮かべると、アウグストの手を借りて再び床に臥して瞳を閉じた。

 そして、アウグストは以前より衰弱したカールスの容態を、唯実感し然程残された猶予が無い事を悟った。


 近衛騎士を残してアウグストはレオンと共に王の私室を後にし、老宰相の歩調に合わせて、歩廊の赤い絨毯を踏み締めながら中層を目指す。

 「国の現状はどうだレオン老。」

  カールスの現状と南方の盟邦の危機を考慮すると、帰還して間もないアウグストにとって問題は山積みに思えた。

 不意にアウグストは並歩するレオンに質問を投げかけた。

 「はい、経済、治安、軍事共に恙なく。

 特に貿易面ではここ数年、飛竜の生産を可能としている我が国に、追い風になっております。

 得られた外貨で砲の整備も、近いうちに列強に肩を並べられますでしょうな。

 それとここ数年、得られた外貨は冬季の食料難にも、歯止めを掛けております。

 後は南方の戦が、どこで落ち着くかでしょうな。」

 「ほう。」

 レオンはここ数年の王子の知らない情報を明快に答え、アウグストを唸らせた。

 古くから飛竜と共にあるアトランティスは、一大生産地となっており、飛竜騎兵の導入を急ぐ国々が相次ぎ、相場の高騰を押し上げていた。

 ただそれらを駆る騎手が少ないのは、アトランティスも含めどこの国も同じであった。

 故に一定の鋳造技術で量産可能な、大砲を欲する国も少なくは無かった。

 「ですから、これからは殿下には、もっと政治にも力を注いでいただかなければ・・・。」

 「その話はまた聞くとしよう、レオン老。」

 螺旋階段に差し掛かった頃、不意にレオンが説教めいて声音を上げると、アウグストは察して微笑みを零してそれを制した。

 「・・・殿下は、これから何方へ。」

 「フレイアの工房へ行く。」

 まだ話足りないレオンが怪訝に眉を顰めると、アウグストは蒼い瞳を向けてさり気無く行き先を伝え、螺旋階段を足早に降り始める。

 「で、殿下、まだ話は終わってませんぞ。」

 「すまない、レオン老。」

 階段の手摺に手を掛け、一歩一歩降りるレオンは語気を荒げるが既に王子の姿は無く、唯螺旋階段にアウグストの声が響いただけだった。


 アウグストは一度自室に戻ると、黒皮のオーバーコートに身を包み、一際大きな革袋を片手に持って肩に担ぐと、革の手袋を持って颯爽と駐騎場を目指す。

 駐騎場に着いたアウグストは、愛機の背中に一際大きなそれを結わえると、天守塔の南面の露台から愛機を馳せらせ空に舞い上がった。

 何処までも澄み切った蒼空が広がり、眼下に城下町を一望し、通りを埋める人々の往来が王都の活気を象徴した。

 そしてアウグストは西に騎首を巡らせると、既に山腹まで雪を冠したフレイア山の工房を目指し、水道橋に沿う様に愛機を飛翔させた。

 

 王都の西側に建設された石造りの水道橋は、西のイルス王国と結ばれた街道沿いに面し、各環状城壁の上を経由して城の天守塔下層に直結していた。

 水道橋はアーチ状の無数の高い橋脚に支えられ両端の楼門とは別に、衛兵詰所を兼ねた三ヵ所の楼門と狭間付き胸壁を有し、馬車が対面通行しても不都合の無い、坑道との輸送路としても使われていた。

 やがて水道橋の端の楼門まで来ると、峻険な岩肌の各所から蒸気を伴った温水が幾つもの滝を作り、やがて一本の川となってアトランティス国内に流れ、ネグロクカ海に注いでいた。

 端の楼門前は岩肌を刳り抜いた荷役場と、急勾配に設けられた折返しに登っていく階段が見え、その上方に坑道があった。

 工房入口には飛竜が止まれるほどの露台があり、そこには何時も開放された巨大な鉄の二枚扉がぽっかりと口を開き、下界との荷役用に手動の滑車付きクレーンと、ロープの巻取り機が備えられていた。


 アウグストはその露台に愛機を降下すると、手際良く我が身と愛機を繋ぐ安全帯ハーネスを外し、荷物を降ろして露台に降り立った。

 その刹那、アウグストは唯ならぬ気配を感じた。

 「あ、アーグ、お帰りなさーい。」

 声の主はアウグストを一目するや両手を広げ、満面の笑みと厚くした唇を以って襲い掛かった。

 「いたたた・・・。」

 その者の奇襲にアウグストは咄嗟に身を屈めると、肩に担いだ荷物とぶつかり、鉄の鈍い音と同時に地面に堕ち、額を押さえて苦悶の表情を浮かべて呻いていた。

 “アーグ”とは、この工房に住まう者達だけが口にする、アウグストの呼び名だった。

 「アーグ、今、ワザと避けたでしょう。」

 襲い掛かって未遂した少女の様な声の主は、涙を滲ませてアウグストに口を尖らせ、更に口撃を試みる。

 「エイン・・・。

 エインセル、君だったのか。

 今のは事故だよ。

 私とした事が気が付かなかったよ、すまない。」

 アウグストはその声と後姿を一目し、恐らくその者で間違い無いと思われる名を呼んで、エインセルに謝罪し蒼い瞳を向け、苦笑を浮かべつつ手を差し伸べ掛た。

 「私の熱い抱擁を避けるなんて、絶対ワザとよ。

 ふん。」

 エインセルは確信犯であった事を自白して、今はアウグストの足元で立腹して座り込み、両足を放り出して腕を組んでそっぽを向いてる。

 「困ったな、ここの主に会いに来たんだが、私一人では・・・。

 せめて案内の者が居れば・・・。」

 工房は複雑に入り組んでおり、一人では行けない旨を示唆して、エインセルの背中越しにアウグストは、ぽっかりと開いた工房の入口を見つめて呟いて見せる。

 「私が案内してあげても良いのだけど・・・。」

 エインセルは微かにアウグストを捉える程度に碧い瞳を向け、そっぽを向いたまま両腕を組んでいる。

 「そうか助かるよエイン。」

 アウグストは腰を曲げて左手で拾い上げると、エインセルは満面の笑みを浮かべた。

 エインセルは赤髪に碧い瞳、細身で白い肌を持ち、人間であれば容姿端麗な少女と言ったところではあるが、アウグストの掌に座るそれは、少し尖った耳と白く輝く二対の透きとおった昆虫翼を有し、腰に織紐を巻いて背中側で蝶結びし、百合の花房を逆さました様な、白色のドレスを纏った妖精族だった。

 「久しぶりだなエイン。」

 「久しぶりねアーグ。」

 再会を果たした二人は、漸くまともな挨拶に漕ぎ付け、アウグストもまたエインセルを親しみを込めて、工房で呼ばれている“エイン”の愛称で呼び、互いに笑みを浮かべ工房に歩を進め、愛機に暫しの自由を与えた。 

 アウグストとこの妖精は十年来の仲であり、好奇心旺盛なエインセルは王都探検中に、隼に不意を突かれて襲われた所を、ここの主に救われ勝手に住み着いたピクシーであった。

 「随分と背が高くなったわねアーグ、まるで人間の大人みたいだわ。」

 エインセルはその掌から立ち上がると、白く輝く昆虫翼を羽搏かせ、白く輝く鱗粉を飛ばしながら、アウグストの周りを泳ぐ様に、そして嬉しそうに飛翔し、少し調子外れな事を言っているが、何時もの事だった。

 「そう言うエインも、綺麗になったみたいだな。」

 「やだ、アーグ、何処見てんのよ、エッチ。」

 アウグストもまた同様に、少し背が伸びた妖精を褒めてみるが、エインセルは頬を朱に染め、胸元を両手で庇い背中を見せて、再び調子外れな反応を見せていた。

 「いや、以前と服が違うから・・・。」

 「あ、これね、アルヴィスに作ってもらったんだー。

 いーでしょー。」

 以前のエインセルは衣を纏っただけの、申し訳無さ程度の着衣であったが、ここの主であるアルヴィスに、作ってもらった服に得意気に笑みを零す。


 工房内は天井が高く熱気に満ち、暗く至る所に篝火や燭台が置かれ、灯りが灯されていたが、それ等が無い場所ではエインセルの放つ白い輝きが際立った。


 ここには二種類の匠が居り、豪快な性格な者と寡黙に仕事に集中する者、ここの主のアルヴィスは前者である。

 炉に鞴で火力を調整する者、金床で剛腕を振るい鉄を打つ者、形を整えられたものに精密な細工を施す者、それらが皆一心不乱に作業を行い、それらの音が工房に反響する。

 「おお、アーグ、帰って来たか。」

 不意に工房内の作業音に負けない位の、野太い大きな声が背後からアウグストを呼んだ。

 「帰ってきました。アルヴィス北王。」

 声の主に視線を向けると、そこにはアウグストの胸の高さ程の背丈のアルヴィスが、金槌を持って立って居た。

 アルヴィスは赤黒い髪に同色の太い眉と蓄えられた髭、茶色の瞳と浅黒い肌、筋骨隆々の勇ましい戦士を思わせる面構えのドワーフである。

 アウグストが北王と呼んだのは、この世界の東、西、南、北の端にドワーフの工房が在る事を聞かされていた事に起因していた。

 そしてここに居る匠達は皆、彼の同族ではあるが容姿はそれぞれであった。

 「すっかり大きくなりやがって、国を出る時は儂と背が変わらんかったのにのぅ。

 ・・・彼の地での武勇は聞いておるぞ。」

 アルヴィスは四年振りに再会した若い王子を見上げ、その成長ぶりに目を細め、皺を作って白い歯を見せて喜んだ。

 「アルヴィス北王も息災の様で。」

 アウグストもまた、我が子の様に喜ぶドワーフ王の歓迎ぶりに唯々苦笑いに終始した。

 エインセルは二人の遣り取りに水を差す事無く、嬉しそうに眺めている。

 「北王はよせ。

 以前と同じアルヴィスで構わん。

 さあ、アーグこっちじゃ。」

 アルヴィスは早速とばかりに手招きして、先頭を歩いてアウグストを促した。

 今朝自室で読んだ手紙はアルヴィスからのもので、『見せたいものがある。』と書いてあっただけで、ここに訪れる切っ掛けになっていた。

 少年時代から通ったこの工房は、アウグストが知らない事や知りたい事を教えてくれる場所にもなっていた。


 工房内はその資材となる鉱物を掘り進めた、坑道が無数に掘り進められており、また約千年前の災厄の際に没した、工房発掘の場にもなっていた。

 「ここじゃ、アーグ。」

 三つ目の工房を通り過ぎて、暫くしてアルヴィスは立ち止まり、振り返ると親指を立てて方向を差し示し、不敵な笑みを浮かべた。

 「第四工房じゃ。」

 「第四工房。」

 アルヴィスは新しく発掘した工房を誇らしげに紹介し、アウグストは初めて耳にする工房に眉を顰めてアルヴィスに視線を送った。

 「ふふふ・・・。そうじゃ、ビビるなよ、アーグ。」

 「いや、絶対にビビるわ。」

 アルヴィスは更に不敵な笑みを強め警告し、エインセルは目を閉じ肩を竦め、首を振ってドワーフ王の逆を唱えた。

 「解りました臆せぬよう、努力しましょう。」

 二人の思わせ振りに興味が湧き、大抵の事には動じない性格のアウグストもまた、不敵な笑みを浮かべた。

 アルヴィスはアウグストの表情を一目すると、作業音の響く工房に手招きで誘い歩を進めた。

 「これは・・・。」

 「どうじゃ、ビビったかアーグ。」

 アウグストは招かれた第四工房で、鉄を打つそれを一目して感嘆の声を洩らし、アルヴィスは腕を組んで誇らしげに工房を自慢する。

 「驚きましたよアルヴィス。」

 「ね、言ったでしょ。」

 視界に入る後ろ姿のそれは、ドワーフの持つ容姿とは懸け離れて巨大で、上半身は裸で青褐色の肌、尖った耳と頭頂部に角を持ち、筋骨隆々の肉体を以って一心不乱に鉄を打っていた。

 アウグストは驚きよりも興味が先行し瞳を輝かせ、エインセルが片目を瞬いて相槌を打って微笑んだ。

 不意にそれは一同の気配に気付き、手を止めて振り向くと、顔の中央に大きな瞳を持ち、相応の厚い唇からは牙を覗かせ、一同を一瞥し再び作業に取り掛かった。

 「彼はいったい・・・。」

 「サイクロップスじゃ。」

 アルヴィスはその者の背中まで歩を進めると、若い王子に向き直って、ここに初めて訪れた時やエインセルの時と同じように、明らかに脅威的な反応では無い事を窺い知った上で、アウグストに種族名を紹介し不敵な笑みを浮かべる。

 「・・・これが、サイクロップス。」

 ただ情報的に知っているその種族は、凶暴且つ残忍で人里に在っては討伐の対象であり、異国では彼等を戦の道具として使役する事を聞き知っていたが、実物をその目で見るのは初めてであり、凡そ鉄を打つ等とは想像だにしていなかったアウグストは、唯蒼い瞳を輝かせ見惚れるだけだった。

 「なぁに、最初は儂等もビビったさ。

 五カ月前の話じゃが・・・、朝起きたら何時も開いてる扉から入ったんじゃろうが、第一工房の前に座ってやがってな、皆で武器を持って追い出そうとしたんじゃが、反撃しようともせずただ怖がるだけで、身を庇っておったから、暫く様子を見る事にしたんじゃ・・・。」

 「本当にあの時はビックリしたわ。」

 「それで・・・。」

 アルヴィスは静かに熱く、このサイクロップスとの出会いを語り始め、エインセルは同感とばかりに腕を組み頷き、アウグストは一層目を輝かせ、好奇心に駆られて話の先を促した。

 「来る日も来る日も、ずっと儂等の作業を見ておってな、ある日遂に立ち上がって皆警戒したんじゃが、そしたらよ片言じゃが『自分にも打たせろ。』って言いやがってな、試しに打たせたんじゃが、そしたらどうよ、この剛腕から作り出される品物は、皆不純物が少なくてな、儂等では到底作り得ない品物を打ち出すのよ。

 それで儂はピンと来たんじゃ、災厄以前に儂等の御先祖さんと同様に、神々に品物を献上するサイクロップスが居った話をな・・・。

 それで儂はそいつの再来ではないかと、な。

 ・・・もっとも儂等の御先祖さんは、神々と対等に交渉して、品物を収めとったんじゃがな。」

 口承に伝え聞く伝承を交え、これまでの経緯をアウグストに披露し、アルヴィスは誇らしげに腕を組んで白い歯を見せた。

 「災厄以前にはその様な事が・・・。」

 アウグストは右手で顎を支える様な仕草で、暫し災厄以前の神々の居た、古の悠久の時代に思いを馳せ呟いた。

 「何じゃ、アーグはそんな事も知らんかったのか。

 名前も付けたんじゃぞ、その神々に仕えし者の名をとってステロペースとな。

 ま、儂等は家族の一員として、ステロと呼んでおるがな。」

 アルヴィスは感慨に耽るアウグストに、誇らしげにその者の名を紹介した。

 「宜しくなステロ。」

 アウグストはアルヴィスの言葉に我に返ると、親しみを込め作業に没頭する、ステロペースの背中に優しい言葉を掛けた。

 ステロペースはアウグストの言葉に反応し、一時手を止めただけで再び作業を続けた。

 「ふふ、ステロは恥ずかしがりやさんなのよねー。」

 鉄を打つ事を喜びとし、薄い反応を示した寡黙なステロペースの上を飛んで、エインセルはアウグストに微笑んだ。

 アウグストは掌に乗る小さな妖精ピクシーと、一角単眼鬼サイクロップスが醸し出す不思議な光景を、暫し眺めていた。

 「アルヴィス北王が『見せたいとものある』とは、ステロの事だったんですね。」

 不意にアウグストは、手紙に書かれた内容を思い出し、アルヴィスに視線を戻す。

 「ふ、アウグスト、実はこれだけじゃないんじゃ。」

 「え・・・。」

 アルヴィスは不敵な笑みを見せ、若い王子に視線を向けると、徐に工房の壁に立て掛けられた武具の数々の方に歩を進め、アウグストはサイクロップスを見れただけでも、十分にここに来た甲斐が有ったのだが、眉を顰めドワーフの王を視線で追う。

 「これじゃ。」

 「これは・・・。」

 アルヴィスはその数々の中から、アトランティス王室基本色の鞘に収まった一振りの片手半剣と、もう一本を取り出し、王室のそれを若い王子に差し出して不敵な笑みを浮かべ、アウグストは手にした荷物を置き、一見何の変哲もないそれを両手で受け取り見詰めながら困惑する。

 「ま、抜いてみれば分かる。」

 「おぉ・・・。」

 アルヴィスは困惑する若い王子を一目し鞘から抜く事を促し、鞘から剣を抜いたアウグストは青白い光を放つ剣身に感嘆の息を洩らした。

 その剣は王族が持つには質素なものであったが、何処と無く洗練された気品を備えていた。

 「ちょっと、この剣を撃ってみろ。」

 徐にアルヴィスは、手に持っていた剣を鞘から抜いて、切先を横に構えるとアウグストを促した。

 「これは・・・。」

 アウグストは三度軽く小手先で素振りし、その剣の特性を確かめる。

 その剣は軽く振るだけで、大気を容易に切り裂き小気味良い快音を放ち、一度胸元で剣を構え捧剣の姿勢をとると、アルヴィスが持つ剣を斬撃音も無く容易く両断し、刃毀れ一つない事に感嘆の声を漏らした。

 「ステロが打って儂が仕上げた。

 この剣なら古代竜エンシェントドラゴンとも対等に戦えるじゃろうな。

 ・・・どう見るねアウグスト。」

 アルヴィスは若い王子の驚く表情を一目し、恐らくこの世界の全地上種の中で、最大最強にして最悪とされる生物を引合いに出した上で、アウグストに意見を求めた。

 「・・・オリハルコン。」

 アウグストは未だ先程の切れ味が信じられず、唯青白い光を放つ剣身に見惚れ、嘗てアトランティスが一大帝国を築き栄華を誇ったとされた時代に、精製された最強と呼ばれた鋼の名を呟いた。

 「ふ、そう来たか。

 名付けるなら“レーバテイン”じゃな。」

 「レーバテイン・・・。」

 「そうじゃ、嘗て神々の時代に名を残す宝剣にして、誰も手にした事が無いとされる剣の名じゃ。」

 若い王子が呟いた鋼の名はアルヴィスも知っていた。

 今となってはこの剣が、神々の時代の物と比較する事は出来なかったが、畏敬の念と絶対的な自信が、ドワーフの王にその名を付けさせた。

 「帰還祝いじゃ、くれてやる。

 ・・・じゃが、御主がこの剣を抜く時、善意を以って抜かれる事を、儂は切に願うがな。」

 アルヴィスが真に見せたかったものとはこれであり、次代の王が持つに相応しい剣だと考えていたが、同時に人の心は移ろい易い事を見越して、ドワーフの王は若い王子に、啓発する事を忘れなかった。

 「この文字の様なものは・・・。」

 不意にアウグストは見惚れる剣身に刻まれた、精密な模様の中に文字らしきものを見つけた。

 「ああ、儂が刻んだルーン文字だ。」

 「ルーン文字・・・。」

 「ルーン文字は魔力を秘めた文字でな、災厄を起こした堕天使達は、この世界から魔法を奪ったが、我々から文字までは奪えなかったんじゃよ。

 さっきも言ったが儂等の御先祖さん達は、神々と対等に交渉しこの文字を刻んだ品々を、収めておったのよ。

 探せばこの大陸の何処かに、似た様な物が落ちとるかもしれんがな。」

 アルヴィスは若い王子が知りたい事を、災厄前後の時代を交え分かり易く説明し、ドワーフ族が如何に神々と縁が深かったかを、吐露して笑みを零した。

 「文字には何と・・・。」

 「その昔、神々の運命さえも左右したと言われた過去、現在、未来を司る三女神を祈願してな『運命の女神の祝福あれ』とな。」

 アウグストの興味は絶えなかったが、知識を欲する若い王子にアルヴィスは惜しまずに文字の意味を教え、微笑みを浮かべた。

 「さて、後は儂がアーグの出発の時に渡した、武具を検めさせてもらうかの。」

 アルヴィスは地面に置かれた、若い王子が持参した革袋を拾い上げると、木製の作業台に無造作に置き、中身を一つずつ出して並べていった。


 エインセルはアルヴィスのその無骨な手が、作業をするのを見るのが好きな妖精で、今や作業台に寝そべり頬杖を付いてそれら観察していた。

 そして、レーバテインを手にしたアウグストは、偉大なドワーフ族の末裔の言葉も相俟って、途方もない力を手にした事に一抹の不安を覚え、暫し身動ぎもせず佇んだ。

気が付くと10000文字(;^_^A

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