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別離

ニンリルの人々との別れです

 ニンリル王国王都エンリルにて、使者ブラディスラウスよりアトランティス王国南方の不穏な情勢の報せが齎らさられたアウグストは、決意を胸に要人控室で沈黙を以ってその時を待っていた。

 「殿下お迎えに上がりました。」

 扉の向こうで先程の小姓からくぐもった声で、陛下への拝謁の準備が整った事を告げられた。

 「では殿下、私は後ほど。」

 窓の外を流れる景色を眺めるアウグストを尻目に、徐に立ち上がるとブラディスラウスは扉を開き先に部屋を後にする。

 稍あってアウグストもまた足取り重く部屋を後にし、小姓の後に続き玉座の間に歩を進めた。


 広間では先程より貴族や商人の姿は少なく、ブラディスラウス、ウィリス、レムリクールの三人が合流しているのが見えた。

 ブラディスラウスはアウグストを気遣って談笑し、未だ本題には入っていなかった。 

 赤い絨毯が敷かれた手摺付きの階段を、一歩ずつ踏みしめて上るとそこには、槍と盾を持った衛兵が二枚扉の前に胸を張って立って居た。

 「アウグスト殿下を御連れしました。」

 玉座の間の手前で小姓が立ち止まり、厳かな声音で伝えると両扉は内側から開けられ、向き直おり右方に身を退いた小姓が恭しく頭を伏せ、手振りでアウグストに中に入る様に促し、玉座に続く赤い絨毯を踏みしめ中に入った。


 正方形に切出された大理石で造られた白亜の間、金箔を以って造形が映し出される装飾、天上から吊るされ無数の灯りが灯された三つの懸架式蝋燭台シャンデリアが、その一つ一つを効果的に照らし王の権威を象徴していた。

 開かれた幕の二段上がった先に向かって左からフィリアス王、パオラ王妃、そしてその傍らにマリー、ルイーズ、アリシアの三姉妹の姫が立ち、玉座の後方の鏡が配された暖炉は炎が燃え盛り、その上の壁には王家の紋章が施された綴れ織りが掛けられ、その全てがアウグストの瞳に飛び込み懐かしい記憶が蘇る。

 

 内側から扉を開いた衛兵がそれを閉ざして席を外し、気が付けば宰相エラスムの姿はここには無く、極めて限られた者だけの拝謁となっていた。

 「よく戻った、アウグストよ。」

 衛兵が席を外すや未だ歩を進めるアウグストに、玉座に深く腰掛け肘掛けに両腕を置き、白亜の間に響く王の威厳に満ちた野太い声で、フィリアスが労いの言葉を掛ける。

 真紅の厚手の外套ローブに、光沢のある青を基調とした豪奢な衣装で身を包み、頭には王の証である金色の王冠を冠し、ニンリル人特有の茶髪に青い瞳、切り揃えられた髭、武で成らした王に相応しい面塊が印象的な男であった。

 またその隣に座るパオラは王と同様の外套に、紫を基調とした控えめな装飾が施されたドレスに身を包み、銀色の宝冠ティアラを冠し、ニンリル人特有のそれと端麗な容姿が印象的な婦人である。

 「御久し振りですフィリアス王陛下、パオラ王妃。

 ・・・僭越ながら此の度は暇乞いに参りました。」

 大理石の床に敷かれた赤い絨毯を踏みしめ、拝謁に際しての間合いに着いたアウグストは、跪き頭を伏せて神妙な面持ちで重い口調で切り出した。

 「アウグストよ、暇乞い等と申すな。」

 「いいえ陛下、私はこの国で未だ成すべきを成しておりません。

 ですので暇乞いを・・・。」

 不意に切出された暇乞いに王は眉を顰め困惑していた。

 「そもそも儂と其方は主従の関係では無い。

 既に使者より齎された情報で事情は察しておる。

 望めば快く送り出す積もりじゃ。」

 アウグストは一時帰国の暇を示し、健気にもアトランティス南方の情勢と、ニンリルの飛竜騎兵団の未来を、この異邦の王子は一人で背負おうとしていた。

 「立てアウグスト。其方はもう十分に我が国に尽くしてくれた。

 だのに暇乞い等と・・・。」

 「いいえ陛下、私は盟邦の義に準じたまで・・・。」

 フィリアスは外套を振り乱して玉座から身を乗り出し、跪き伏したままのアウグストの肩に手を掛けて、この異邦の王子に遺恨を残させまいと、王の威厳を保ちつつ我が子を思う父の様に諭すが、アウグストは頑なまでに義を通し暇を乞うていた。

 「そうですよアウグスト。貴方は十分に戦ってくれました。

 今まで本当に、良く尽くしてくれました。」

 不意にこれまで静観していたパオラであったが、見るに見兼ねてこの地に残した、痛いほどの無念を醸すアウグストに、王妃の気品を保ちつつ、力強くも優しく我が子を思う母の様に凛とした声音で、義に囚われ身を滅ぼしそうな異邦の王子を諭した。

 「勿体無き御言葉、痛み入ります。」

 これまで戦に身を窶し兵を纏めてきたアウグストにとって、女性であるパオラの言葉は絶大であった。

 不意に揺らぐ王族の威厳、盟邦の義を唇を噛み締める思いで、思いが晴れる事は無かったが、その言葉に屈した。 

 「どれ面を上げてもっと見せてみよ。

 ・・・本当に立派な若武者になったな。」

  フィリアスはアウグストの小脇に腕を回して立たせると、二年半前とは比較出来ないほど身も心も大きく成長した異邦の王子に、鋭くも今は温かい眼差しを一心に向けた。

 「本当に立派になりましたわ。」

 「其方をどれほど実の息子だったらと思うた事か。」

 「御褒めの言葉、有難き幸せ。」

 パオラもまた我が子を思う母の様な、温かい瞳を注ぎ微笑を浮かべ、フィリアスが本音を吐露し、それを一身に受けたアウグストは、唯々恐縮するだけだった。

 「陛下、飛竜騎兵団の事ですが・・・。」

 平静を取り戻しつつアウグストは、漸く戦力として開花しつつある一抹の心残りを切出し、凛とした眼差しをフィリアスに向ける。

 「解っておるよアウグスト。

 其方が育てた兵だ、無駄にはせんよ。」

 フィリアスもまた何時終わるとも知れないアスボルスとの戦いに於いて、砲を採るか飛竜騎兵を採るかが叫ばれていた時代に、早期に決着をつけた飛竜騎兵が示した戦果に十分満足していた。

 「カウプフェンとグリュヌの処遇は。」

 「それも其方の胸の中では決まっておるのだろ。

 ならば其方から伝えてやるがよい。

 その方があの者達も納得しよう。

 余はその後に・・・。」

 「はっ、有難き幸せ。

 ・・・ではカウプフェンを。」

 「うむ。良きに計らえ。」

 アウグストは自ら直接率いて戦い、今日共に王都に招かれ残して行く戦友の、新たなる道筋を残しておきたかった。

 空の戦いを知らない、貴族等に任せては本末転倒だからであるが、フィリアスはその大任を授ける事で異邦の王子の不安を払拭させた。

 「それはそうと大きい声では言えんが、今日は其方目当てに三人の娘が、珍しくここに揃って居るのだった。」

 「聞こえてますわ、父上。」

 「わっははは・・・。ほれもっと近くに寄らんか。」

 フィリアスはこの国に尽力した異邦の王子に一通りの誠意を示した後、思い出したかのようにアウグストの肩に手を回し、玉座に向き直り娘達の存在を仄めかした。

 右端に立つアリシアが頬を染めて口を尖らせ、フィリアスは豪快に笑ってアウグストを伴い、玉座に歩を進めた。


 アリシアはアウグストと歳が近く、装飾性に富む薄桃色を基調としたドレスを纏い、ニンリル人の容姿を持ち、王妃の若かりし頃を彷彿とさせる少し大人びた少女だった。

 「余は遂ぞ男子には恵まれなかったが・・・、一人ぐらい連れて帰っても良いのだぞアウグスト。」

 「そんな大事な事を推し付けては、アウグストが困ってますわ陛下。」

 「わっははは・・・。」

 フィリアスは悪気も無く、土産にどうだとばかりに一家団欒の雰囲気を醸し、義に熱い異邦の王子が早まらぬ様パオラが王の手綱を引き、笑って誤魔化す王にアウグストは唯困惑するだけだった。

 「ねえねえ、アウグスト様帰っちゃうの。」

 「すまないマリー姫。私は故郷に帰らなくてはいけなくなったんだ。」

 玉座の段下まで近づくと、王妃の玉座の左方の肘掛けに寝そべり、大人達の遣り取りに退屈し少し眠そうな面持ちの末の姫が、アウグストに視線を向けてたどたどしく声を掛けた。

 アウグストもまたその幼い姫の目線に合わせて、腰を落とし優しく語りかけた。

 「やだやだ、マリーも行く。」

 年頃に合わせた白いドレスを纏ったマリーは、玉座の壇上から駆け下り、腰を落としたアウグストの腕にしがみ付き、幼いながらも力の限りを以って体で表現した。

 「では、マリー姫もアトランティスに来るかい。」

 「やだー。」

 フィリアスの話ではないが、アウグストが故郷の妹を思わせるこの幼い姫に、珍しく冗談を言うと家族と異国の地を天秤に掛けたのか、唯行ってほしく無かったのか一瞬きょとんとして、愈々その幼い顔を赤く染めて、大粒の涙を零して泣き出した。

 「ほらマリー、アウグスト殿下が困ってるでしょ。」

 「すまないルイーズ姫。」

 「やだ、やだ。」

 これはいけないと、薄青の年頃に合わせたドレスを纏い、面倒見の良い次女のルイーズが飛び出し、大きな縫い包みを抱えるかの様に、マリーの両脇から腕を回して抱き抱え、玉座の壇上に上がるとマリーはその腕の中で、涙を零しながら暴君の様に手足をばたつかせた。

 幼子の予想だにしない暴挙に、解放の手を差し伸べてくれたルイーズに、安堵してアウグストは言葉を掛けた。

 「再び御目に掛かれて光栄ですわ殿下。」

 「御久し振りですアリシア姫。」

 ルイーズに抱かれたマリーを見送って徐に腰を上げると、そこに居たアリシアと視線がぶつかった。

 アリシアは白く透き通る様な頬を少し朱に染めて、輝く眼差しをアウグストに向け微笑みを浮かべながら、互いの二年半ぶりの再会を祝した。

 アウグストがこの国に来た当初は、度々城壁の内側を歩いて回ったものであったが、その頃に比べると十五歳になったアリシアは母に似て一段と美しく成長していた。

 「今日は殿下に贈り物が有りますのよ。

 殿下はあまり御洒落に興味が無いようですが・・・。」

 「あ、姉上、狡い、いつの間に。」

 四年前と変わらなず飾り気の無いアウグストを、一目しながら後ろ手に持った紙箱を開けて呈した。

 すると今は愚図るマリーを抱っこしているルイーズが、抜け駆けされたとばかりにアリシアに目を丸くして、口を尖らせて頬を膨らませた。

 「私が織りましたのよ。」

 「これは・・・。」

 アリシアはさり気無く自分で誂えた事を吐露し、ルイーズに片目を瞬いて見せる。

 当のアウグストには折り畳まれた光沢のある布にしか見えなかったのだが。

 「絹のスカーフですわ。」

 「スカーフ。」

 「御婦人方が戦地に向かわれる、殿方の武運と長久を願って送る襟巻ですの。」

 「その様なもの頂けるとは・・・。」

 確かにアウグストは御洒落とは無縁の男だった。

 昔から有るがままを受け入れる気質で、身に着けるもの等は何でも良かった。

 現に纏っている制服カソックコートの裾は、綻ぶに任せたままのものを纏っていた。

 そしてアリシアもまた笑みを零しながらも、この御婦人方が送るそれは、“好意”を抱いた殿方にだけ送られるという事実を、様々な思いから伝えられずにいた。

 今のアウグストには御守りを“厚意”で贈られるものと思っていた。

 「殿下は黒しか着ないから白にしましたの。

 巻いて差し上げますので頭を下げて。」

 アリシアは誇らしげに、紙箱から純白のスカーフを取り出すと器用に細く纏め、玉座の壇上に立ってアウグストと背丈が合い、異邦の王子は言われるままに腰を稍曲げて頭を下げると、二人の距離が縮まった。

 生地の両端を持ってアウグストの首に掛けると、その視線がアリシアの胸元を見る形になり、身動ぎ出来ず熱く背中に吹き出す物を感じながら、異邦の王子は静かに瞳を閉じるしか無かった。

 互いに年頃になって異性に衣類を着ける事も、着けられる事も初めての経験だった。 

 「あ、あれ、おかしいわ・・・。

 手が震えて上手く巻けないわ。」

 スカーフを首に二巻し、後は胸元で軽く結ぶだけであったが、我ながら背伸びをして緊張した事と、これが終わるとアウグストが行ってしまう、不安から手が震えていた。

 この国に居れば何時でも逢えると思っていたものが、何時かは逢えるに代わる瞬間だった。

 そして、やっと逢えた日が最後の日になるとは、思いもしていなかった。

 「・・・アリシア姫。」

 不意の言葉に瞳を開けると目の前のアリシアは、涙を零しながら気丈に笑顔を見せる。

 戦地では男の涙は見てきたが、そこでは得られない経験だった。

 アリシアの思いが痛いほど伝わったが、今のアウグストには何の手立ても無かった。

 「百戦錬磨の“黒太子”も女子の涙には形無しじゃのう。」

 「陛下、茶化すものではありませんよ。」

 玉座に座り娘達との遣り取りを、微笑ましく眺めていたフィリアスは、初々しい二人の緊張を解すべく親心から、敢えて“黒太子”の名を借りて助け舟を出したのだが、パオラに肘掛けに置いた左の腕を軽く叩かれた。

 「出来ましたわ殿下。」

 フィリアスの助け舟は十分に功を奏し、アリシアは気を取り直し一度後ろを向いて涙を拭き、胸元で結び目を付けて、スカーフの端の長さを調整して仕上げ、満面の笑みを浮かべた。

 「ありがとうアリシア姫。

 この様な品を頂けて、私は果報者だ。」

 そして今でこそアウグストは、この贈り物は心を込めてアリシアが織った、唯の御守りで無い事を知って、温かい眼差しと微笑みで返礼した。

 「そんな事は有りませんわ殿下。」

 「悔しいけど、お似合いですわ殿下。」

 アリシアは小さく頭を振って頬を染めて笑顔で返し、姉が織った黒衣に映える純白のスカーフに、ルイーズは幼心に嫉妬した。

 「さあ行けアウグストよ。

 カールス王を待たせては悪いからな。」

 「はっ、陛下。」

 アリシアの初陣を見届け満足したフィリアスは、徐に立ち上がり父の顔から王の顔に戻り、白亜の間に響く野太い声で異邦の王子を促し、アウグストもまた凛として応えた。

 「では皆様、行って参ります。」

 アウグストは王族の威厳を以って、恭しく頭を垂れ凛とした声音で、ニンリル王家の者に別れを告げ、踵を返して玉座の間を後にした。

 そして、異邦の王子の背中を見送って、アリシアが再び涙を流した事に、アウグストは知る由も無かった。


 玉座の間を出ると広間にはブラディスラウス、ウィリス、レムリクールが待っていた。

 時間帯に因るのだろうが貴族と商人の数が増えていた。

 その中には突然王都に現れた異邦の王子を、一目見ようと訪れた者も少なくは無かった。 

 「殿下。」

 「すまない、待たせたな。」

 アウグストは足早に階段を降りると、同時にウィリスとレムリクールは神妙な面持ちで歩み寄り、階段の最後の広くなった一段を残した所で立ち止まった。

 既にブラディスラウスから事情を聴かされ、快く送り出して欲しい旨を伝えられていたが、一様にアウグストに注ぐ二人の瞳には光が失われていた。

 そんな二人に視線を向けながら、アウグストは拝謁が長くなった事を詫びた。

 そして今、永遠に共有されると思われた時間が終わりを迎えようとしていた。

 「そんな、待っただなんて・・・。」

 正直、二人とも何から話して良いか分からなかったが、アウグストの言葉に咄嗟にレムリクールが答える。

 「今日まで良く私に付いて来てくれた。

 心から礼を言おう。

 感謝する。」

 二人を見回した後、凛とした声音で謝意を表し、人目も憚らずアウグストはウィリスとレムリクールに心から頭を下げた。

 「ちょっと殿下、御止め下さい人が見ていますよ。」

 これには流石に二人とも度肝を抜かれ、アウグストの姿勢を両手で押し戻そうと試みるが、唯でさえ目立つ異邦の王子は注目の的になって、今や貴族や商人達の関心を集め騒めき出していた。

 「本当に殿下は困った御人だ。

 戯れが過ぎますぞ。」

 ウィリスは、漸く頭を上げてくれたアウグストに口を尖らせて見せるが、当の本人は笑みを零し二人の神妙な面持ちは一蹴されていた。

 ウィリスはこの笑みを見て、『また、してやられた』と心の中で呟いた。

 「殿下には未だ教わる事が山ほど有ったんですがね・・・。」

 「何を言う、君達はもう立派な飛竜騎士ではないか。

 私から学ぶ事など、もう残ってはないよ。」

 平静を取り戻したウィリスが、絶対的な指導者を失う事を惜しんで吐露するものの、言い終える前にアウグストが二人を見回して言葉を重ねた。

 「ですが殿下、余りにも急すぎて・・・。」

 もう少し時間が有ればとばかりに、レムリクールが珍しく稍声を荒げアウグストに訴えるが、情勢がそれを許さなかった。


 そして次の瞬間それは行われた。

 それは戦地若しくは、玉座の間で厳かに行われるものだった。

 「ウィリス・ド・カウプフェン。

 並びにレムリクール・ド・グリュヌ。

 両名に辞令を申し渡す。」

 アウグストは王室の威厳に満ちた、凛として毅然とした態度で二人の騎士の名を呼んだ。

 そして再び貴族と商人の注目を集める。

 「はっ。」

 統制された二人の飛竜乗りが姿勢を正し胸を張り、稍斜め上を見上げる様に直立した。

 「ウィリス・ド・カウプフェン。

 貴公を初代ニンリル王国飛竜騎兵団団長に任ず。」

 「はっ。謹んで御受け致します。」

 ウィリスは戸惑いながらも覇気を以って答えた。

 偶然に居合わせた善意ある観衆の中から、少数の拍手と歓声がウィリスに向けられた。

 「レムリクール・ド・グリュヌ。

 貴公を初代ニンリル王国飛竜騎兵団副団長に任ず。」

 「はっ。謹んで御受け致します。」

 レムリクールもまた覇気を以って答え、先程より多い拍手と歓声が贈られた。

 今や偶然居合わせた観衆が、次代を担う飛竜乗り達の任命式に立ち会っていた。

 ウィリスとレムリクールは目頭に熱いものを感じていた。

 「ニンリルの安寧は、貴公等の双肩に掛かっていると言っても過言では無い。

 辛く厳しい激務では有るが、諸君ならば必ず困難を乗り越えられると、私は信じている。

 ・・・諸君の健闘に期待する。」

 尚もアウグストは観衆の喝采を、両手を挙げて制し言葉を続けた。

 それはウィリスとレムリクールに対しての最後の激励であった。

 アウグストの言葉が終わると再び喝采が湧き、それは最高潮に達しウィリスとレムリクールは止め処無く涙を流した。

 「全騎抜剣。」

 喝采鳴り止まぬ中、アウグストは抜剣を促した。

 自らも腰に帯びた飛竜乗りの剣ルフターソードを鞘から抜き放つと胸元で構え捧剣し、ウィリスとレムリクールがそれに倣う。

 「翼と共にあらんことを。」

 「翼と共にあらんことを。」

 アウグストの言葉を号令に二人が復唱し、輝きを放つ白刃を三人の頭上に掲げ交差させ、出撃前の儀仗を行った。

 「アウグスト殿下に対し捧剣。」

 儀仗が終わるや否や、不意に陸兵上がりのウィリスが、飛竜騎兵団では未だ採用されていない敬礼を、割れんばかりの声で号令する。

 当初はレムリクールだけに向けられたものであったが、今や帯剣を許された貴族や商人が抜剣し、衛兵までもが敬礼に参加していた。

 二人は姿勢を正し両手で剣を持って胸元で構え、その他の者は片手で持って胸元で構えた。

 衛兵は手持ちの盾を置いて、両手で槍を持ち切先を上に向けて両腕を突き出して捧槍し、アウグストもまたそれ等に倣い片手捧剣で返礼した。

 「陛下が君達を待っている。

 ・・・では、また会おう。」

 先に剣を収めたアウグストであったが、『捧剣止め。』の号令は無く、唯ウィリスとレムリクールは稍斜め上を向いたまま視線を合わさず、涙を流し沈黙を以って異邦の王子を見送っていた。

 アウグストが扉に歩を進めると、そこに居た観衆達が赤い絨毯の端に寄って、儀仗兵の様に捧剣のまま道を空け、衛兵が捧槍を解いて重厚な扉を開いた。

 喝采鳴り止まぬ中、アウグストはブラディスラウスを伴って広間を後にし、扉は閉ざされた。


 そしてアウグスト、ウィリス、レムリクールの永遠に共有されると思われた時間が終わりを告げ、

 扉が閉ざされた後、ウィリスとレムリクールが崩れ落ちて泣いた事を、アウグストは知る由もなかった。


 天守塔の正面玄関を出たアウグストとブラディスラウスは、天守塔沿いのアーチ状の屋根を持つ歩廊を、鉄靴と拍車を鳴らしながら、颯爽と駐騎場を目指していた。

 日は傾き薄暗くなっている。

 「殿下、あの様な別れ方で良かったのですか。」

 「ああ。」

 ブラディスラウスから見てニンリルの友との別れは、少し味気ない様なものに思え、その鋭い視線が王子に注がれたが、アウグストはあれで良かったのだと納得しており、小さく頷くだけだった。

 「殿下は良き御友人を持たれましたな。」

 統制された飛竜乗り、儀仗、捧剣、そして壮行がアウグストがここに来て四年間の集大成を、垣間見たブラディスラウスは唯々感心して称えた。

 「ああ、私には過ぎた友人達だったよ。」

 アウグストもまた、飛竜騎兵導入当初から今日まで苦楽を共にし、生き残ったのは彼等だけであり、頭を下げ誠意を見せたのは偽りの無いものであった。

 ただ彼等のこれからの苦労を鑑みるに、もっと多くの飛竜騎士を育てられなかった事が心残りであった。

 「殿下、御似合いですよ。」

 「有難うブラド。」

 任務の特性上、鋭い洞察力のブラディスラウスはアウグストの首から掛けられた、純白のスカーフを世事抜きに称えると、漸くアウグストに微笑みが生まれた。


 駐騎場に着くとブラディスラウスは、飛竜にしか聞こえない人差し指程の大きさの、竜笛を吹いて愛騎を呼んだ。

 王都到着時点で、アウグストもブラディスラウスの騎体を、ここで見れていれば使者が誰だか分っていたのだが、彼の騎体は上空待機を命じられていた。

 稍間があって、ブラディスラウスの騎体が飛来した。

 「おお、ベルクート、私を覚えているか。」

 「勿論ですよ殿下。」

 アウグストは四年前に会ったきりのその騎体に、驚きと喜びで童心に返り、笑顔を浮かべて両腕を広げ、ブラディスラウスが相槌を打つ。

 基本的にアウグストの騎体と同種ではあるがブラディスラウスの騎体は、頭から尾の上面は黒で下顎から尾下の下面が白である。

 飛竜は人語を解し記憶力も良かったが、獰猛さが仇となって駆逐対象の害獣とされていたが。

 「元気そうだなベルクート。」

 ベルクートと呼ばれた飛竜もまたアウグストを覚えており、その頭を両腕に抱かれて甘え、独特の音を発して喉を転がしている。

 「殿下のシュバルトローゼも元気そうで。」

 ブラディスラウスは衛兵から駐騎場に引き出され、アウグストと共にベルクートと戯れるシュバルトローゼを一目した。

 今では二頭にアウグストが潰されそうな勢いだ。

 「殿下これを。

 夜風は体に障ります。」

 「すまない、ブラド。」

 ブラディスラウスは暫く王子の一時の休息を微笑ましく眺め、頃合いを見て愛機の背中から、祖国から持参した厚手の黒い外套マントを下しアウグストに掛けた。

 その外套は王室の基本色を配した黒地に金の縁取り、右胸に王家の金の刺繍で紋章が施されている。

 アウグストは外套を羽織りながら童心の笑顔が絶えなかったが。

 「早速だがブラド、シュルティスの前線に飛んでくれ。」

 「了解しました。

 三、四日頂ければ敵の全容を、暴いて参りましょう。」

 不意に童心から王子の顔に戻ったアウグストが、その蒼い瞳をブラディスラウスに向けて命令した。

 流石は聖飛竜騎士と言ったところだろうか、アウグストの意図を解しブラディスラウスは即答で返し、淀み無い動きで頭を垂れる。

 「頼む。

 ・・・くれぐれも派手に飛ぶなよ。」

 アウグストは愛機の鞍の持手ホーンに手を掛け騎乗しながら、ブラディスラウスの任務の特性を考慮し、微笑みを向けながら念を押す。

 「はっ。

 では、国境までお供します。」

 既に鞍上のブラディスラウスは俄かに微笑みを浮かべて、アウグストに了解を示した。

 「すまない、では参ろう。」


 出発の準備が整いアウグストが言い放つと、二人は愛機に拍車を掛け王都を後にした。

 街の灯りが灯り始める中、沈みゆく夕日に二騎が映える。

 アウグストはこの王都エンリルの夕景を望みながら、祖国アトランティスへの帰国の途に就いた。

次回からアトランティス編です

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