制空の黒太子
続・盟邦の飛竜騎兵団を指揮するアトランティスの王子の活躍です。
レムリクールと別れてウィリスの許へ制服の腕部を靡かせ、愛機を馳せらせるアウグスト。
ウィリス・ド・カウプフェンは平民出身の、所謂陸兵上がりの飛竜騎士だった。
ニンリル王国とアスボルス王国の開戦当初から従軍しており、今年で三〇歳を迎えていた。
ニンリルの飛竜騎兵団設置当初から在籍し、戦場での経験豊で快活な気質と責任感の強さが仲間からの信頼も厚く、剣技に長け飛竜の手綱捌きにも定評があり、また的確な戦況把握が出来る事から、今回の作戦で本体を預けられる程に、アウグストも一目を置く男だった。
そのウィリスが今、対峙している眼前の敵飛竜乗りに気圧されていた。
ウィリスが苦戦を強いる者に、アウグストは怪訝な表情を浮かべる。
見るからにアウグストが認識している敵騎手の格好はしているものの、兜の鶏冠後部には凡そ飛竜乗りには適さないと思われる白い獣毛を垂らし、それでいて豪胆な戦い振りを披露していた。
今までこの者の存在に気付かなかった事に、アウグストは己の未熟さを呪った。
ウィリスはこの豪胆な飛竜乗りに対し、互いに円を描く様に右旋回しながら、Ⅴ字の姿勢を維持し果敢に攻撃を繰り出しては、間合いを空け勝機を探っていたが、それを豪胆な飛竜乗りが許さなかった。
「少しは出来るようだな、ニンリルの飛竜騎士よ。」
豪胆な飛竜乗りがウィリスに称賛を浴びせながらも、しかし我が敵では無いという雰囲気を醸す。
「ふっ、あんたもな。」
眼前の敵はウィリスが出会った敵の中では強敵の部類に入った。
未だ手傷を負わせる事も出来ず、しかもアスボルスの飛竜乗りが次々と戦線を離脱していく中、この豪胆な飛竜乗りは平然と戦っているのだから、ウィリスは焦燥と苦笑を禁じ得なかった。
そしてウィリスは再度間合いを詰め、一撃見舞っては跳ね返され、豪胆な飛竜乗りの鋭い反撃を、既の所で剣で躱し間合いをとる。
手に汗し豪胆な飛竜乗りの重圧に耐え、逸る気持ちを抑えつつ、危うい格闘を演じていた。
「ウィリス、退け。」
「殿下。」
アウグストは警醒の声を発し愛機を寄せ、ウィリスは眼前の敵を睥睨し、剣の切先を向けたまま応答する。
「黒太子か。」
豪胆な飛竜乗りが口を吐いて、アウグストを異名で呼ぶ。
「控えろ、アスボルスの飛竜乗り。」
ウィリスがこの無礼極まりない豪胆な飛竜乗りを一喝し、アウグストが両者の間に愛機を滑り込ませ、半ば頭に血を登らせるウィリスを、左手を上げてそれを宥める。
「私はアスボルスの騎士レイフ・ド・シェスターク。
御初に御目に掛かれて光栄ですよ、黒太子。」
「貴様、殿下を愚弄する気か。」
徐にこの豪胆な飛竜乗りが名乗り、再びアウグストを“黒太子”と呼び捨てる眼前の騎士に、ウィリスが噛みつく。
彼の者が騎士と名乗ったのは、所謂陸騎士を指し、飛竜騎士の叙任規定の五騎未撃墜者を示した。
アウグストは怪訝に思っていたこのレイフと名乗る騎士の、豪胆な戦いぶりと兜の獣毛に合点がいった。
「愚弄とはとんでもない。
我軍は雄々しく華麗に戦うアウグスト殿下を、畏敬の念からそう御呼びしているのですから。」
心外だとばかりにレイフはウィリスに弁明したが、王族であるアウグストを“黒太子”と呼ぶレイフの言葉に、ウィリスは耳を貸さなかった。
「私は空で戦うアウグスト殿下の姿に憧れ、今日この空に上がった者。
是非とも殿下との手合わせを所望したい。」
「今日空に・・・。
その割に見事な戦い振りであるな。」
レイフはウィリスの顔を立て、“黒太子”から“殿下”と言葉を替えて一騎討ちを望み、興味深い言葉にアウグストが訝しみ反応した。
飛竜騎兵を養成するには相当の時間を要すると言うのに、このレイフはいとも簡単に空へ上がり、戦える状態に己を引き上げ一騎討ちを望むのだから、アウグストの興味を惹かずにはいられなかった。
「いけません殿下、この様な者の話に耳を傾けては・・・。
危険です。」
ウィリスが軽率にもレイフの前面に出るアウグストを諫めるも、再びアウグストの左手が上がりそれを許さなかった。
「なに飛竜も慣れれば軍馬の如く働いてくれる。
翼を手に入れるとは実に爽快ですな。」
天性の才を思わせる口振りに、アウグストは不意に口許が緩むのを禁じ得なかった。
「それで騎士シェスタークとやら。
既に勝敗は決しているようだが、それでもまだ私との勝負を望むと。」
アウグストはこの空域を見やり、既に数騎を残すのみとなったアスボルス軍の状況を見て、改めてこの豪胆な騎士レイフの真意を問う。
「私を倒しても名誉を得られるとは限らんが。」
加えて現空域の状況が、それを許さない事を示唆した。
「騎士に二言は有りませんよアウグスト殿下。
それに平民より先に帰ったとなれば、騎士の名折れ。
喜んで殿を務めさせて頂きましょう。」
余程アウグストとの手合わせに焦がれているのか、死を覚悟している者の様な振る舞いに、ニンリルの飛竜乗り達が固唾を飲む。
「殊勝だな。」
言い放つとアウグストは愛騎を一時退いた。
「ウィリス、他の者に手出しさせるな。
アウグストは一騎討ちを了承し、ウィリスに指示を出した。
「いけません殿下。
奴は今日一日でトレイとデルを討ち、ファルに手傷を負わせた者。
殿下の御身に何か有っては・・・。」
ウィリスは戦場にあって、異例にも王族の人間が敵兵と会話した上に一騎打ちを行う等、この異常な事態に困惑し、必死の形相でアウグストを諫めようと半ば早口になっていた。
「だからだよウィリス、私はこれ以上戦友を失う訳にはいかない。」
ウィリスが言い終える前に、アウグストは左の人差し指を口許に寄せてウィリスを制した。
「すまない、我儘を許せ。」
我が身を案じ必死のウィリスに手短に謝罪した。
ウィリスはこの異常な状況と、雲の上の存在の様な王族の人間が兵を“戦友”とさらりと言い、言い出したら聞かない性格のこの異邦の王子に、頭を抱え歯噛みし我が身の無力を醸した。
ウィリスの困り顔に僅かに笑みを零し、アウグストは再び愛騎を豪胆な騎士レイフに寄せた。
「話は着いた様ですな殿下。」
アウグストとウィリスの遣り取りを、眺めていたレイフが不意に白い歯を見せ、心から焦がれたこの空の勇士との勝負に心を躍らせた。
「強引ではあるがな。」
まるで旧知の間柄の様な応答で、アウグストもまた笑みを零し、この空で出会った猛者との勝負に臨む。
「まだ話は終わってませんぞ殿下。」
ウィリスが水を差すが、二人は聞こえない振りを装って互いに笑みを零す。
「良いのですかウィリス。」
アスボルスの飛竜乗りの駆逐を終えたレムリクールが、この異様な光景を見て訝しみウィリス騎に騎体を寄せる。
「言い出したら聞かぬ御人だ。
それともお前が止めてくれるかレム。」
ウィリスは腕を組み同僚を一瞥し、深く溜息を洩らし己の無力を醸し、レムリクールは肩を竦めるに留め、それ以上は何も言わなかった。
今やニンリル軍の残存する23騎が、アウグストとシェスタークを囲む様に、騎体の翼膜に風を孕ませ緩やかに右旋回し、一種の闘技場を形成し固唾を飲んでその時を待った。
「聞け諸君。
これは私とアスボルスの騎士、レイフ・ド・シェスタークとの一騎打ちである。
この戦いを汚す者は生涯に渡って、その名誉を地に貶めるであろう。
また勝敗後の蛮行は厳とする事をここに宣言する。」
アウグストは蒼空に剣を掲げ、ここに居合わせた者達を見渡しながら高らかに宣言し、誰もがアウグストの勝利を確信し賛同の声が響き渡る。
「下級騎士である私に、殿下の御心遣いと機会を御与え下さった事に感謝致します。」
レイフは右手を胸に当て、恭しく頭を垂れ感謝を表した。
「良いなウィリス。」
振り向き様にアウグストは、“君が宣言の証人だ”とばかりにウィリスに視線を送る。
「仰せのままに。」
未だ納得していないウィリスだったが、是非も無しと右手を胸に当て恭しく頭を垂れた。
「そう言えばレム、殿下が格闘戦やってるの見た事あるか。」
不意に沸き立つ疑問をウィリスが投げかける。
「否、私は殿下が格闘戦を演じてるところは見た事が無い。」
レムリクールは肩を竦めウィリスと顔を見合わせ、一抹の不安を覚えこの勝負の行末を見守る事となった。
アウグストとレイフは向合い、騎士の作法に従い剣を胸元で構えると、互いの健闘を称え合い右側方に剣を払った。
「参る。」
アウグストが雄々しく言い放ち、愛機に拍車を掛け戦いの幕は切って落とされた。
レイフもそれに呼応し、騎体に拍車を掛け加速させて間合いを詰める。
互いの騎体の鼻面が接触し兼ねない程の距離で、右の鐙に力を掛け騎体が右翼側にⅤ字に切り立ち、二人が交差した瞬間、風を斬って斬撃が火花を散らした。
両者が互いの力量を測るべく、擦違い様の挨拶代わりに交わした斬撃に、ここに居合わせた者達が感嘆の声を上げ、両者は騎首を巡らせ再び向かい合う。
馬上槍試合を思わせるこの状況に、レイフもまた一抹の勝機めいたものを胸に秘め、無策でここに居る訳では無かった。
思えばアスボルスに飛竜騎兵団が創設された当時は、既に騎士の称号を授かり軍馬を駆ってニンリル軍と戦っていた為、然程飛竜乗りに興味を示さなかった。
平民が騎士になるには高い倍率の中、貴族や騎士の従者となり、従軍して戦功を挙げて立身する他道は無かった。
そんなに甘い道程では無かったが、漸く手柄を立て貴族の最末端である騎士になれたものの、吐いて捨てる程居る騎士が、更なる出世を目指すには多くの戦功を要した。
そんな矢先に仕えていた主が2カ月前に戦死した。
レイフは主の戦死を機に更なる戦功と出世、国が直面する危機を顧みた時、巷を騒がす“黒太子”に辿り着くのに時間は要さなかった。
連日敵情視察と称して、単眼鏡片手にアウグストの空戦機動を観察し、独学でその理論を学び、時にはアウグストの強さを見て、不謹慎ではあるが味方の前で感嘆の声を洩らした。
そして空戦理論を熟知した上で、ある一つの答えに行き着いた。
アウグストは高速による一撃離脱は得意だが、未だ見せた事が無い速度が死んだ状態の格闘戦は不得意であり、その状況が作り出せれば勝機が見出せるのではないかと。
何時しか出世欲よりも、アウグストとの空戦の機会に思いを馳せる様になっていた事に、自分でも驚いていた。
その上で飛竜の騎乗訓練を行い、手足の様に操って見せて、指導官を驚かせたのは遂一週間前の事であった。
アウグストもまた眼前の敵が、我が身を討って名を挙げようとの魂胆は明白だった。
だが、初の空戦で自軍の飛竜乗り二人を討って、一人に手傷を負わせた事実と、今交わした斬撃でレイフ・ド・シェスタークが本物である事を確信した。
思えばアウグストがこの地での戦闘に参加した当初、アスボルス軍の飛竜乗りは戦力としてでは無く、単なる移動手段か偵察任務としての扱いで、空戦機動の“く”の字も知らない酷いものであった。
飛竜に騎乗した騎士等も居たが、余程の偏差射撃の精度が無ければ当たらない矢を放ち、その矢で自軍の飛竜乗りに被害を与えたり、また騎体に炎の息を吐かせ、その騎体の騎手が風に煽られた炎に焼かれる自傷行為が頻発し、アウグストが認識している飛竜騎兵とは掛け離れたものであり、それらは容易に撃墜する事が出来た。
アスボルスに本格的な飛竜騎兵団が創設されたのは2年前の事であった。
そんな中、漸く現れたアスボルスの本物の飛竜騎兵に出会えたのだから、アウグストがこの男の実力を試したい、という胸に秘めた熱い衝動は誰にも止められなかった。
改めて向かい合ったアウグストとレイフは、拍車を掛け全力で騎体を馳せらせ、再び二騎が右翼側にⅤ字に切り立つと、気迫のこもった斬撃が火花を散らし、その刹那アウグストが仕掛けた。
その場の観戦者達から『捻り込。』と口々に漏れ、続けてシェスタークに対し感嘆の声が聞かれた。
アウグストは先程の攻撃の後の様に距離を取るのでは無く、シェスタークとの擦違い様、愛騎がⅤ字に切り立った状態から、手綱を左に引いて僅かにシェスタークより高度を取り、更に手綱を以って騎首上げと騎首右一杯を伝達すると、愛機は主の意を解し頭を支点に騎体を投げ出す様な挙動を見せ、敵の上後方に騎体を滑り込ませた。
本来であればこの機動の後、愛機を相手の左翼に寄せ、利き腕を封じたいところであったが、当のレイフがそれを許さなかった。
「軍馬で鍛えた手綱捌きは伊達では無い。」
レイフが吠え素早く騎首を巡らせ、背後を取らせなかった。
そればかりか、失速気味に陥って高度を速度に転換しようと、降下してくるアウグストを迎え、更に斬撃を交わし火花を散らした。
互いが間合いを取って翼膜に風を孕み、緩やかに騎体を右に旋回させ睥睨し合いながらも、口許には笑みが零れていた。
「やりますな殿下。」
シェスタークは不敵な笑みを浮かべながらも、期待を裏切ってアウグストが格闘戦も出来る事を、認識せざるを得なかったが、三度剣を交えた中で健闘出来ている事に、安堵する。
「期待に添えられて光栄だよ、レイフ・ド・シェスターク。
だが君は更に凄いものを見る事になるだろうな。」
アウグストは王室の威厳を保ちつつ、至って穏やかな口調で戯心に皮肉を交え言い放つと、素早く騎体を寄せて切り込み、レイフがこれを迎え撃つ。
再び騎体が切り立ち、凡そ間合いとは言えない近距離でアウグストが鋭い斬撃を放ち、レイフが防戦に努める。
「私はニンリルへの出国前、散々空戦における戦闘術を叩き込まれて、この地にやって来たのだが・・・。」
「それがどうしたのですか殿下。」
斬撃を打ち交わし合いながら、互いに冷静を装う。
「私と君の経験の差が、この勝敗を分けるだろう。」
アウグストが確信的に言い終えるや、不意に互いの騎体の翼が触れ、瞬間的に騎体が揚力を失い姿勢を崩し、アウグストとレイフが鍔競り合いの状態を醸す。
その場の観戦者が固唾を飲み、ウィリスが『まずい』とばかりに身を乗り出し冷汗が吹き出す。
「私には殿下が仰っている意味が分かりませんな。」
レイフは未だ互角に戦っていると思われるこの状況下に有っては、最早アウグストの戯言とも受け取れた。
「貰ったっ。」
次の瞬間レイフがアウグストを押し返し、間合いを空けると勝利を確信し鋭い突きを放った。
が、アウグストはその至近距離から放たれた剣の切先を自剣の下鍔に絡め、相手の剣の下鍔に切先を当てて薙ぎ払い、レイフは憮然とした表情で、手元を離れて空を舞い落ちる我が剣を見送った。
刹那、アウグストが風を斬って振り下ろした剣が、高い金属音を立ててレイフの鎧の右肩を叩き、我に返った。
そして再びアウグストが天高く剣を掲げると、歓喜が沸き起こった。
「読んでいたのか。」
レイフは項垂れ、瞬時に我が剣を奪われた事が、未だ信じられないと言う面持ちでアウグストを見上げた。
アウグストは唯不敵な笑みを浮かべるに留めた。
「これが経験の差か。」
レイフは嘆息した。
「最早これまで、これで思い残す事は無い、さあ私の命を奪うがよい。
最後の敵が貴方で良かった。」
レイフは潔く敗北を認め、徐に兜を脱ぎその神妙な面相を露にし、先程までの威勢が鳴りを顰めた。
歳の頃はレムリクールと同じ位だろうか。
額に汗し短く刈上げた金髪に青い瞳、豪胆な騎士に相応しい精悍な顔付が印象的な男だった。
勝敗が決まるやウィリスとレムリクールは、真っ先に騎体をアウグストの許へ馳せらせていた。
「殿下、肝を冷やしましたぞ。」
「お見事でした殿下。」
ウィリスとレムリクールが笑みを零しながら、各々賛辞を呈しレイフを一瞥する。
「さてこの者の沙汰は如何致しましょうか殿下。」
ウィリスがレイフの沙汰に対しアウグストに伺いを立てる。
「我々は敗者に蛮行を行う血生臭い陸の兵士では無い。
誇り高きニンリル王国の飛竜乗りだ。
丸腰の者を討ったと有っては名誉に傷が付く。」
アウグストが毅然とした態度で沙汰を言い渡すと、笑みを浮かべた。
「だそうだ、騎士レイフ・ド・シェスターク。
殿下の寛大な御慈悲に感謝するのだな。」
ウィリスにはアウグストの思考が読めていたばかりに、アウグストの勝利も相俟って、したり顔を禁じ得なかった。
「何、命を取らんと言うのか。」
レイフは驚嘆し、アウグストの宣誓にその意味が有った事に、今更ながら理解を深める。
「しかし、私はまた武器を取って、この空に返ってくるぞ。」
「そんなに死にたいのか貴公。」
レイフ怪訝な表情で後々の禍根になる事を示唆し、ウィリスが本意を問う。
「その時は私が、君を真っ先に討たせてもらうよ。
さあ行きたまえ、君の迎えが待っている。」
アウグストが宣告すると、南の空にレイフの安否を気遣う飛竜乗りを指さした。
「忝い。
では御免。」
レイフはアウグストの寛大な沙汰に触れて、言葉を詰まらせながら恭しく頭を垂れ、兜を被り直して騎体に拍車を掛けると、友軍騎が待つ南の空へ飛び去った。
冷空の中、未だ鳴りやまぬ歓喜が辺りを支配していた。
アウグストは剣を鞘に納め、徐に鐙の上に立つと右腕を直角に曲げ拳を握り、全軍に注視を促した。
それまでの歓喜がぴたりと鳴りやみ、残存二三騎が静粛してアウグストに視線を注ぎ傾聴した。
冷風が吹き抜け、遠方で低くくぐもった砲声が鳴り響いている事に気付く。
「諸君、この空域は我々が制した。
最早我らの翼の望むところを、阻む者は居ないであろう。
だがしかし、陸の兵達が今や遅しと我々の登場を待っている。
目指すはアウリンダ城だ。
今暫く、諸君の奮励努力を期待する。」
アウグストは王族の威厳を保ちつつ、凛とした声が全騎に号令を掛けた。
全騎の士気が高潮に達し、ある者は剣を掲げ、またある者は拳を上げて雄叫びを上げアウグストに陶酔する。
「ウィリス、君は四騎を率いて敵の直掩騎警戒と、我々の上空援護を頼む。」
「仰せのままに。」
「レム、君は私と敵の地上部隊の掃討だ。」
「はっ。」
アウグストは鞍上に腰を掛け矢継ぎ早に指示を出すと、ウィリスとレムリクールは了解を示した。
「四騎、我に続け。」
ウィリスは即座に命令を実行し号令を掛けると、騎首を巡らせ乗騎に拍車を掛け下降し、高度を速度に変え加速した。
同時にウィリスの号令を受け、我こそはと思う者が四騎飛び出し、ウィリスに続き右後方に列を作った。
「レム、我々も参るぞ。」
アウグストはレムリクールを促すと、愛機の頭絡と帯革で連動した鐙を後ろに引いて、騎首下げを行うと、ウィリスの機動をなぞる様に緩やかに下降を開始した。
「全騎、殿下に続け。」
レムリクールは少し戸惑いを見せ、アウグストが己に号令の機会を与えてくれた事に気付いて、飛竜騎士の威厳を以って残騎に初の号令を掛けると、残騎の面々が口々に親しみを込め、レムリクールに励ましの言葉を掛けてそれに従った。
アウグストを追うレムリクールに、残騎が続いて右後方に隊列を作った。
斯くして、低く高度を取ったニンリル王国の飛竜乗り二四騎の影が大地に映え、最早阻む者の無い空を、アウリンダの城を目指して疾駆した。
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