黒太子
盟邦の飛竜騎兵団を指揮するアトランティスの王子の活躍です。
イシュタル大陸歴九九八年九月。
冬の足音が聞こえはじめたイシュタル大陸極北地方。
アトランティス王国の東方の盟邦ニンリル王国の空に、漆黒の飛竜に騎乗したアトランティス王国第一王子アウグストの姿は在った。
アトランティス王室の基本色である、黒地に金の縁取りが施された板金甲冑に身を包み、同色の友軍と敵を識別する為の制服を甲冑の上から纏い、風に飛ばされない様に腰部に帯革で留めている。
制服の胸背部、両腕部にはアトランティス王室の紋章、王冠と盾、その両脇に翼が配され金の刺繍が施されていた。
猛禽を模した兜の面当ては開け放たれ、速やかな命令伝達の観点から顎当ても外され、アウグストの武勇と知性を併せ持つ精悍な白い顔が覗いている。
愛機シュバルトローゼも主同様に、黒地に金の縁取りを施された面当て、錣造りの頸当て、胸甲を身に着け、両腕を大きく広げ翼膜に大気を孕んで今は悠然と飛んでいる。
飛翔するに洗練された騎体は、全身を筋肉と硬皮に覆われ、長い首と尾、鼻頂部に反り返った衝角、頭頂部に二本の長い角を有し、獰猛な性格と敏捷性は猛禽類を連想させた。
アウグストの騎体が他の騎体と決定的に違うのは、顎の後ろから首の中ほどにかけて主翼とは独立して機能する小翼が生え、敏捷性に拍車を掛けていた。
アウグストがこの地で戦うのには二つ理由があった。
盟邦ニンリル王フィリアスの要請を受け、既に祖国アトランティスで数々の実績を残す飛竜騎兵団の創設と、祖国が地形的にアウグストの初陣に続く実戦の機会を奪っていた事に端を発し、自ら進言しての事だった。
アトランティスは、北はネグロクカ海に面し、東のニンリル王国、南のシュルティス王国との同盟関係にあって久しく、西のイルス王国とは五年前に休戦条約を結んでいた。
また、西北の鉱物資源豊富な名峰フレイア山と、南西に広がり一国の国土に匹敵する面積を有し、生きとし生けるものを拒む漆黒の森シュバルツバルトが自然の要害となって、建国二八〇年の長きに渡って、アトランティス王国に繁栄をもたらしていた。
「殿下、間もなくですね。」
低空で飛行する友軍本隊と、既に布陣を終えた地上部隊を眼下に収めつつ、二段に伸縮する手持ちの単眼鏡で周囲の状況を確認していたアウグストを、風に掻き消されぬ様やや大きな声が不意に呼ぶ。
「そうだレム、もうすぐ君たちの努力が実を結ぶ。」
右手に持った単眼鏡を左手で縮めながら、上げてあった兜の面当てからアウグストの蒼い瞳が向けられ、若干十七歳ながらも王室の威厳を保ちつつ穏やかな口調で、八つ年上のレムリクールを愛称で呼んだ。
レムリクールは典型的なニンリル人に多い茶髪に青い瞳の容貌を持ち、銀色の甲冑に身を包み、まだ飛竜騎士の叙任から間がなく、未だ新しい緑色の制服を誇らしくもぎこちなく纏っていた。
制服の胸背部と両腕部には王家の紋章の金の刺繍が施されており、王冠と盾を向合った獅子が支える構図が配されている。
乗騎はこの地域で良く見られる、景色に溶け込みやすい灰色と白色の迷彩模様である。
アウグスト騎同様に頭、頸、胸に装甲を纏っていた。
アウグストを先頭に二番騎のレムリクールは右後方に位置し、その更に右後方に四騎が続き隊形を維持している。
後続の四騎の飛竜騎兵はレムリクール同様の装備をしているが、制服の刺繍部分は白色の物を纏っている。
「あくまでも希望的観測に過ぎないが、アウリンダの城を落とせば敵の王都は目前だ。
この地に残された敵の戦力は決して多くは無い。
アスボルス王国に対し、有利な条件を突き付ける事が出来るだろうな。
講和が成立すれば一五年に及んだこの戦いも終結するだろう。
現実を見、民と国を思えばアスボルス軍にとって多少不利益でも、休戦というのが最善の策だろうな。
・・・もっとも国を亡ぼす積もりなら、話は別だろうがな。」
アウグストは微笑を浮かべながら皮肉を付け加える。
「殿下が我が国に来られて四年。
平民出の私をここまで教導して下さった事に、私は感謝しております。」
戦争終結が近い事を耳にした生真面目な性格のレムリクールの言葉に、アウグストは照れ臭さを禁じ得ず、思わず口許が緩む。
思えば征旅と称し一三歳からこの地で戦って既に四年の歳月が流れていた。
「水臭いぞレム、共に死線を潜り抜けてきた仲じゃないか。
飛竜騎兵が平民で構成されているのはアトランティスとて同じ。
最前線の空で戦う兵種故に、既に富と名誉を手にした貴族が募兵を躊躇うのは当然だ。
だが、君の様な人材を活かせない様では、一国の主は務まらないだろうな。」
「勿体無きお言葉・・・。」
「だが、その言葉は互いに生きて、この戦いを終わらせた時まで取っておくよ。」
アウグストが言葉を繋ぎ、恭しく頭を垂れかけたレムリクールの制する。
「ですがそれでは・・・。
死んでからでは思いが伝わらないではありませんか。」
思いを遂げられず死んでいった多くの戦友を見て来たレムリクールは、アウグストの言葉に何時に無く熱く反論していた。
「正論だな。だが我々にこれ以上の戦力を失う余裕は無いぞ。
多くの犠牲の上に我々が居る事は一瞬たりとも忘れた事は無い。
だが戦場は無情だ。如何なる英雄でも死神に魅入られたら逃れる術は無い。
感傷に浸っている余裕は無いぞ。」
「殿下は御心が御強いですね。私は死んでいった戦友を思うだけで・・・。」
冷たいとも取れるアウグストの言葉に、レムリクールは俯き肩を震わせ、手綱を握る手に力が入る。
「心が強い・・・か。私も最初からこうじゃ無かったさ。
戦友を失う度に何度辛酸を嘗めさせられた事か。
一軍を率いる身の重圧に擦り潰されかけた事もあった。
全てを放り出して故郷に帰る事も出来た。
だがこの国の命運は我々の肩に掛かっている。
ならば全てを受け入れ、前進しこの戦いに勝ってこそ、尊い犠牲への手向けになると私は信じている。
君なら分かってくれると思うが・・・。」
普段と変わらぬ口調ではあるが、明らかにレムリクールの言葉に対抗したアウグストの本音であり、立場の違いが浮彫になる言葉でもあった。
「なぁなぁレムよ、殿下にそこまで言わせちゃイケねぇぜ。
死んだ奴は帰って来ねぇ。
そもそも殿下はこの国の人間じゃねぇんだぜ。
だけどよぅ、ここまでして俺達と共に戦ってくれるのは何だ。
一国の主に成ろうともする人が、盟邦の義や慈善じゃここまで出来ねぇよ。」
二人の会話を見兼ねて三番騎のニールが口を開き、レムリクールが我に返り顔を上げる。
「政治や戦争の事は良く分かんねぇけど、けどよ祖国の為に戦うって道理は俺達にも分かるぜ。
死ぬのは怖いさ、否定はしねぇ。
だが命令が有れば戦う覚悟は出来てる。
祖国の為愛する者の為、戦って死ねるんなら本望ってもんさ。
なぁ皆っ。」
「おぉ、いいぞニール。」
「期待してるよレム。」
ニールが身振り手振り熱弁し右翼の三騎に拳を上げて見せると、拳を上げる者、拍手をする者、口笛を鳴らす者、様々盛大な同意が返ってくる。
「・・・皆すまない。」
どこか一人で戦場での悲運を背負っていたような気でいたレムリクールは、この国の帰趨を背負って飛ぶアウグストに向き直り己の思い上がりを悔いる。
「申し訳ありません殿下。分を弁えない発言を・・・。」
「良い戦友を持ってるじゃないかレム。
仲間の為にも生きてこの戦争を終わらせるぞ。」
謝罪を申し入れかけた言葉をアウグストが手を翳して制し、凛とした瞳をレムリクールに注いだ。
「はっ、殿下。」
レムリクールは恭しく頭を垂れた。
「失言序に教えて下さい殿下。
我々ニンリルの飛竜乗りも、アトランティスのインメルマン卿や、ヴェルケ卿の様なエースになれますでしょうか。」
レムリクールは顔を上げると自身の出自と資質が気になるのか、畏れ多くもといった面持ちで少し俯きながら、同じ平民出身のアトランティス二大エース飛竜乗りを引合いに出した。
前者は自身の名を冠する空戦軌道を編出し、五年前のアトランティス西方のリール城塞攻防戦の際に名を馳せ、“リールの荒鷲”と異名をとるマキシミリアス・フォン・インメルマン。
そして後者は“空戦の八箇条”を提言した事で名を知られるオスヴァレス・フォン・ヴェルケだった。
二人は互いに固い友情で結ばれており、アトランティス国内トップの一〇騎撃墜の記録を有する飛竜騎士であった。
「難し質問だな。戦いは時の運も有るが、一瞬の判断力と愛機との意思の疎通で決まる。
功を焦る必要は無いが、迷いは禁物だぞ。
君も五騎撃墜したニンリル王国の飛竜騎士の一人じゃないか。
もっと自信を持つんだ。レムリクール・ド・グリュヌ。」
アウグストは穏やかな口調ではあるが、親しみを込めてレムリクールの騎士の名を呼び、弱気を一蹴した。
「はっ、殿下。
このレムリクール・ド・グリュヌ、今目が覚めましてございます。」
鞍上ではあるが、この異邦の若い王子の言葉に心打たれ、レムリクールは恭しく頭を垂れるとアウグストを真直ぐ見つめ返し、改めてその瞳に光を宿した。
ニンリルに国の常備兵として飛竜騎兵団新設の際、費用と騎手の待遇面で諸侯の反発があった事を、アウグストは昨日の事の様に覚えていた。
騎体と騎手の養成には莫大な時間と費用を要した。
特に騎体の確保にはそれまで害獣扱だった飛竜が、アトランティス王国西部のリール城塞攻防戦で飛竜騎兵による機動戦術が遺憾なく実力を発揮し、新式の大砲を備えたイルス王国を撃退した例から脚光を浴び、近隣諸国が積極的に飛竜騎兵団の導入を開始した為、乱獲が横行し市場で異常な高騰を見せていた。
騎手の待遇面に関しては最前線で戦う兵種柄生還率も低く、士気向上の為貴族も平民も問わず、その戦果に応じて名誉騎士号を付与するものであった。
既に地位と富と名誉を有する貴族にしてみれば、国に多額の導入費を工面した上で、常備兵と言うこともあって、新たな領地の割譲や爵位の付与が望めない事から利害が一致せず、更に平民と同じ扱いではとても承服しかねる内容とばかりに反発を受けた。
しかしアウグストは、諸侯の非難の風当たりの強い中臆する事無く、「大地を雄々しく一騎駆けする騎士が淘汰されて久しい時代に、空での戦いはそれの再来であり『空を制する者は陸を制する。』と声高に説き、平民の中に優れた人材を発掘するのに有用な手段である事と、利権が国政を左右する事を嘆き訴えた結果、諸侯が渋々アトランティス式の飛竜騎兵団導入の承諾に至った経緯があった。
「レム、私はこの国に二人目の飛竜騎士が誕生した事と、この国の飛竜騎兵が戦力として、昇華しつつある歴史に立ち会える事を誇りに思うぞ。」
アウグストは我ながら無謀だった四年前の自分を顧みて、苦笑を浮かべつつ労いの言葉を掛けた。
「勿体無きお言葉、身に余る光栄に存じます。更に精進して参ります。」
レムリクールは、ニンリル王国の為に尽力する異邦の王子に、改めて恭しく頭を垂れた。
アウグストが正面に向き直り、暫くしてその時は訪れた。
アウグストは右肘を直角に曲げ拳を握り“注視”の合図を後続に伝える。
一同が緊張に包まれ、騎体と騎手を繋ぐ安全帯を確認し、順次目視による全周囲索敵を開始する。
アウグストは眼下を飛行するもう一人の飛竜騎士ウィリス・ド・カウプフェンが指揮する友軍の本隊三〇騎の先に、同高度で進行する銀色の板金甲冑に、黄色地に青十字の制服を纏った敵編隊を見つけ、素早く伸縮する単眼鏡を伸ばすと覗き込み、敵編隊の後方と上空の別動隊の有無を確認する。
「敵騎三〇・・・。」
アウグストの言葉を聞いたレムリクールは後続に対し復唱する。
「数は揃えた様だが、別動は無しか・・・。」
更に敵編隊の観測を続けていたアウグストは呟き、敵が友軍の本体を発見し、抜刀又は弓鞘から弓を取り出した後に増速したのを確認すると、縮めた単眼鏡を手早く鞍に固定した革袋に押し込み、全騎に発令した。
「諸君。我々は間もなく大いなる勝利を得るだろう。
だがこれ以上の犠牲を払う余裕は一人分たりとも無い。
今一度気を引き締め、任務に当たって貰いたい。」
「おぉっ!」
一同が猛ぶ。
「全騎抜刀っ。」
アウグストの次の号令で、各自が面当てを正位置に下し、帯剣の鞘と刃の摩擦音を発し、抜身の白刃の切先を天に向け、胸元で構える。
アウグストも王室基本色で飾られた兜の面当てを下した。
猛禽を模した兜の耳元には、翼を模した細工が施されており、更に精悍さが際立つ。
甲冑同様の装飾が施された鞘から抜かれた片手半剣の飛竜乗りの剣は、長剣より長く大剣より短く帯して程良い長さで、下鍔の中央には王家の紋章が配され、瞳を閉じてそれを胸元で構えると、陽光に晒され輝きを放った。
アウグストは儀式的な一連の動作を終え、体を捻り右翼に連なる面々を見渡す。
「諸君の奮励努力に期待する。」
再び一同が猛ぶ。
何時もこの瞬間、アウグストが願うのは戦果では無かった。
各員の無事である。
生還出来ればそれまでの経験が次に活かされる。
が、戦場が無情で残酷な事は、この空で学んでいた。
時に犠牲者の数に狼狽する事もあった。
また、一軍の将が兵の死を顧みる事は許されず、その屍を踏み越えて前進しなくてはならない事も。
「では参るっ。」
言い放つと、アウグストは剣を右肩に担ぐ様に持ち、左の鐙に僅かに体重を掛ける。
それに対して愛機が小気味良く反応し、騎体が左横転し垂直を保つと、同時に僅かに手綱を引き、騎首を上げ隊列から距離を取る。
後続の騎体もそれに倣い順次続く。
騎体の制御は至って単純だった。
馬術同様に騎首を向けた方向に騎体は進行する。
騎体に拍車を掛けて前進し、手綱を左右に引いて左右の旋回。
手綱を引くことで制止し、引き続けると後進する。
それに加え空中では手綱の引き加減で上昇し、鐙の踏む力加減で左右の横転。
頭絡と革帯で繋いだ鐙を後方に引く事で騎体を下降させる事が出来た。
敵騎との位置と距離を測ると、更に愛機を左横転させ、一瞬天地が逆さまになりながら騎首を上げ、背面飛行から急降下の姿勢に移行し、高度を速度に転換する。
更なる速度を求める主の意を解した愛機は、二回羽搏くと翼を小さく折り畳み、風の抵抗を最小限にする。
アウグストは暴力的な風圧に備え、半ば愛機に張り付くように姿勢を低くした。
一連の機動を後続騎も展開する。
アウグストは風が唸りを増す急降下の最中、標的を絞り鐙に力を掛け、愛機に微妙な軌道修正を加えていく。
それを愛機は小翼を小刻みに動かし、主の意思を忠実に実行する。
眼下の敵の編隊は、今や眼前に捕らえた友軍の本体に釘付けになっており、未だこちらには気付いていなかった。
飛竜の速度は、個体差にもよるが伝え聞く例では、水平飛行ではアマツバメより遥かに早く、降下速度はハヤブサより早いと伝えられており、故に地上種の中では最速の飛翔生物と伝えられていた。
また、降下時の飛竜の速度は水平飛行時の倍以上の速度を有している事から、今回のアウグストの奇襲作戦に採用されていた。
「願わくばこの速度域での空中接触は避けたいところだな。」
アウグストは急降下の最中小さく呟いた。
「敵機直上っ。」
標的との距離が詰まる中。
遂にアウグスト率いる奇襲部隊は敵に捕捉され、同時に警笛が鳴らされた。
内心で舌打ちする。
「遅いっ。」
標的である敵兵が警報に応じて、青褪め驚愕の表情で頭上を見上げたのとほぼ同時だった。
擦れ違いざまの一瞬の衝撃と同時に、アウグストの剣が標的の左の首筋から腹に掛けて切り裂き、吹き出した鮮血で黄色い制服が紅く濡れていく。
稍あって、標的となった名も知らぬ騎手は、脱力し前のめりに鞍の左側方に落ち、騎体と繋がれた安全帯で宙吊りになる。
一騎撃墜である。
アウグストは尻目に撃墜を確認しつつ、敵編隊の右翼に急降下の勢いそのままに、剣の血を払い手綱を引いて騎首を上げ、速度を上昇力に転じる。
呼応して愛機が翼を広げ翼膜に大気を孕み、騎体を垂直上昇から宙返りに移行し、宙返りの頂点でアウグストは右の鐙に力を加え、一八〇度騎体を右横転させると、空戦機動の一つインメルマンターンを決め、次の標的に備える。
後続のレムリクールも一騎を撃墜しアウグスト騎に追従する。
上方からの奇襲を受け、混乱に支配された敵編隊は右往左往し、味方同士で騎体の翼が触れ合う程度の、空中接触を起こし大混乱を招いていた。
それを見た三騎目以降の奇襲は攻撃の機会を逸し、敵との空中接触を回避しつつ下方に擦り抜けるに留まり、回避に専念するあまりそれぞれが四方に散った。
「“黒太子”が来たぞっ。」
上空から飛来した奇襲部隊に、敵兵が口々に叫ぶ。
アウグストは敵兵から、畏敬の念から“黒太子”と呼ばれていた。
黒い甲冑に黒い騎体。
見たままの異名ではあるが、今や王族や貴族が戦場で剣を振るうなど久しく、戦場の後方に鎮座し軍を指揮する印象の強い王族の人間が、最前線の空を飛竜を駆り、剣を取って雄々しく華麗に戦場を舞い、前線の空を支配し辛酸を嘗めさせらていたのだ。
アウグストの活躍が、否が応にも何らかの呼称を必要とさせていた。
「流石は殿下、見事な戦術と機動だぜ、惚れ惚れするぜ。
口先だけの陸の貴族達にも見せてやりたいわ。」
本隊を率いて敵の正面に展開していた飛竜騎士のウィリスが絶賛し、目の当たりしたアウグスト率いる別働隊の躍動に、否が応にも興奮し士気が高揚する。
「カウプフェン卿。殿下はあんな飛び方をするんですか。」
不意にウィリスの左翼を飛行する飛竜騎兵が口を開く。
「ん、格の違いに怖気づいたか新兵。
殿下は別格だよ別格。
本人は口にしないが、この戦争に参戦して三年余りだが、撃墜数は百騎を下らんからな。」
「しかし、あんな飛び方の訓練なんか受けてませんよ。」
「殿下は何時も新しい事をやる御方なんだよ。訓練通り飛べば問題ない。
分かったか。分かったら私語を謹んで目の前の敵に集中するんだ。」
ウィリスは場違いな所に来てしまったと言わんばかりの新兵に、我が事の様に饒舌に振舞って励ましの言葉を掛けつつ、興奮冷めやらぬ心を自制し本来の武人の顔に戻って戦いに備えた。
既に本体は抜刀し、混乱に陥っている敵編隊の目前に迫っていた。
「皆の者、殿下に遅れをとるな。
勝利は我等にあり。全騎突撃っ。」
「おぉっ。」
ウィリスの咆哮が友軍を鼓舞し、呼応して友軍が猛ぶ。
間もなくして両軍の飛竜乗り達が入り乱れた。
ある者は一撃離脱を試み、またある者は格闘戦を挑み、またある者は弓で狙撃した。
混乱していたアスボルス軍の飛竜乗りもまた、迫りくる敵に対し是非も無しと言った状況で戦闘に突入する。
空中戦は騎手の技量が試された。
騎手は不意に攻撃が当たる事は有っても、あからさまに敵騎体を狙う事は無く、飽くまでも武人として、敵騎手を討つ事で名声が得られた。
飛竜には自己防衛本能が有り、標的となる騎体には翼が触れない程度にしか接近する事は無かった。
故に空中戦では互いの騎体がⅤ字以上の傾き角で飛翔し、安全帯に身を任せ、一撃離脱や格闘戦を演じた。
格闘戦では、並走飛行や互いの騎体が円を描く機動を描き騎手が剣を交えた。
また、円を描く格闘戦では、速度が死んでいる状況になる為、背後への警戒を要した。
そして主を失った騎体は、帰巣本能に従って戦場を離脱していった。
斬撃と怒号響く中、アウグストとレムリクールが次の標的を定める矢先、左翼から三騎がこちらに向かって来るのが見て取れた。
恐らく奇襲時に、アウグスト達を捕捉し味方に警告を与えた者達だろう。
「黒太子、覚悟っ。」
敵兵が猛び、アウグストは一睨し騎首を巡らせ、愛機に拍車を掛ける。
アウグストの素早い判断に、レムリクールは翻弄されつつも必死に続く。
「レム、一騎任せるぞ。遅れるな。」
「はっ。」
アウグストが冷静な指示を出し、レムリクールが了解を示す。
敵機と向き合ったアウグストは、右の鐙に力を掛け敵機とⅤ字の姿勢に移行する。
一騎目との擦違いざま、最初に仕掛けたのは敵騎手だった。
「貰った。」
自信と気迫に満ちた敵兵の言葉だった。
安全帯に身を任せ騎体から身を乗り出し猛び、振り被った一撃をアウグストに見舞う。
斬撃音と同時に火花が散り、アウグストは受け止めた剣を舐めらせ、互いの剣に更に火花を走らせると、勢いそのままに敵兵の胸元に剣を突き立て引き裂いた。
敵騎手は苦痛に表情を歪め後方に仰け反るも、張詰めた安全帯に引き寄せられ、そのまま鞍から落ちた。
「凄い。」
無駄の無いアウグストの動きにレムリクールが呻く。
「おぉ。」
仲間の死を目の当りにした続く二騎目の敵騎手は、焦燥の色を滲ませながらも、己を鼓舞するように猛び間合いを詰めるが、次の瞬間我が目を疑う機動を見て絶命した。
「バレルロールアタック。」
この場に居たレムリクールと、三騎目の騎手が同時に驚嘆して声をあげた。
その機動は騎手上げと横転を同時に行い、仮想の樽を螺旋を描くように舞う様から、そう呼ばれていた。
アウグストは騎首を上げ右横転し、この機動の背面飛行の頂点から敵を討ったのだ。
まるで降り掛かる火の粉を払うかの様に。
意表を突かれ絶命した騎手には、成す術は無かった。
二騎目を討った後、アウグストは即座に三騎目の鼻面を掠める様に左急旋回すると、レムリクールの名を叫び、敵の後方に回り込む様に浅い角度で右旋回する。
案の定レムは、敵の三騎目の騎手同様に、アウグストの機動に見惚れていたのだ。
名を呼ばれて先に我に返ったレムリクールは、呆気にとられている三騎目の敵騎手を、擦違いざまに切り捨て、通算七騎目の撃墜を記録し、右旋回してきたアウグストと合流する。
「申し訳ありません殿下。」
一瞬とはいえ集中力を欠いたレムリクールは、アウグストに謝罪した。
「気に病むなレム。だが油断は禁物だぞ。」
アウグストは部下を宥めつつ、釘を刺すことを忘れなかった。
「残存二五騎か・・・。」
会敵早々三騎を撃墜したアウグストは戦闘空域より少し高い位置で戦場を見やり、この戦の帰趨を見据える。
既に十一騎を失っていたが敵は半数を失い、戦死或いは手傷を負って、更に一騎、また一騎と戦場を離脱していくのが見えた。
今や、友軍二騎が敵一騎を追い立てる様相を呈していたが、不意にウィリスが格闘戦で苦戦しているのが目に映る。
次の瞬間、間合いを空けたウィリスを援護して死角から飛び込んだ友軍騎が、寸でのところで腕に手傷を負わされ離脱していくのが見えた。
その剣捌きは目を見張るものがあった。
「私はウィリスの援護に回る。
君は友軍と残敵の排除に回ってくれ。」
レムリクールが了解を示した後、アウグストはウィリスの居る空域に騎首を巡らせ、愛機に拍車を掛けてレムリクールと別れた。
構想有っても、文字にするのが辛い事が判明しました。