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9.運動会

*前回までのお話*

美奈子は、緑を連れて「金の扉」へ飛び込むつもりだった。ところが、一足早く、なんとあの和久が緑と共に中へ入ってしまった!

「さあさあ、とにかく、冷たいお茶でも飲んで気を落ち着けなさいな」おばあさんは浩達に声をかけた。

 美奈子は涙を拭きながら立ち上がり、浩と元之について地下室を上っていった。

 居間のテーブルに着くと、おばあさんはさっそくコップを4つ並べ、冷やした麦茶を注いだ。

「外は暑かったでしょう。さあ、お上がりなさいな」

 そういえば、さっき走ってきたので喉がカラカラなのに気付いた3人だった。むせるような勢いで、一気にコップを空にしてしまう。


 おばあさんは尋ねた。

「それで、あの部屋の向こうには何があるのかしら?」

「おばあさん、そのことを知らないの?」美奈子が不思議そうに聞き返す。

「ええ、わたしのおばあさんから、別の場所に通じていると聞いていたけれど、それがどこかまでは知らないのよ。ただ、あの子達は、『必ず帰ってきますって言うものだから、あえて止めなかったのだけれど」

「帰れるわけないですよ。だって、1億年前に飛ばされっちまうんだからさ」浩は興奮して、少々語気を荒くした。

「まあっ、1億年ですって?!」おばあさんは目を丸くした。

「しかも、一方通行なので、帰ってくることはできないのですよ」元之が付け足した。


「あらあら、なんてことでしょう。それだったら、なんとしてでも行かせなかったのにねえ」おばあさんは気の毒そうに言った。

「いいえ、これしか方法はなかったんです、おばあさん」美奈子は鼻をすすって答えた。「あの小さい子――緑っていうですけど――あの子は、もともとそこから来たんです。あたしがうっかり魔法樹の木に触れてしまったもんだから、現代に来てしまって……そのこと、前にお会いしたときに言いませんでしたっけ?」

「緑が来たんで、ラブタームーラの町は歪みまくって、大変なことになっちゃってたんだ。それで、仕方なく元の世界へ帰すことになったんだ」

「まあ、そうなの」とおばあさん。

「しかも、2人同時に部屋へ入らないとだめだったの。それって、本当はあたしの役目だったのよ。だって、あたしに責任があるんだもの」

「そうかい、そうかい。それであんなに泣いたりしたのね。でも、自分を責めてはいけませんよ。もう済んでしまったことなんですもの。さあ、どうしたものかしら。緑ちゃんでしたっけ? あの子のことはともかくとして、もう1人の子はなんとしてでも取り戻さなくてはねえ……」


「それができれば、どんなにかいいかわからないわ」美奈子はまた、涙をポロポロとこぼす。

「方法がないんですよ、おばあさん。過去に送り届けることができても、そこから連れ戻すことはできないのです」元之は肩を落とした。

「いいえ、きっと何か手段はあるはずですよ。あなた方はそれを調べなくてはならないでしょう。さあ、希望を持って前にお進みなさい」

 この言葉が美奈子達をどれだけ励ましたかは計り知れない。少なくとも、絶望の一言は消え去った。

「せめて、シャルルーがいてくれたらなあ」浩がぽつりと口にした。「シャルルーが1億年前の様子を、おれ達に教えてくれたに違いないんだ」

「そのシャルルーも見つからないじゃないの」と美奈子が浩を横目で見た。

「まずはあきらめず、色々と調べてみましょう。もしかしたら、何か方法があるかもしれませんからね」元之がそう締めくくる。


 帰りはすっかり暗くなっていた。森の中をあちこち、ホタルが光の筋を残しながら飛んでいる。

 戻る道は、わざわざ遠回りまでして思い出の小路を行く必要はなかった。少なくとも、もう歪みは収まったはずなのだ。現に、商店街を行くと、布団屋はちゃんと肉屋に、八百屋は魚屋に戻って、いつもの通りだった。

 通りを歩いている人々は、「ああ、歪みがなくなった。きっと、魔法使い達が修正してくれたんだ」などと、のんきに話している。もちろん、それが美奈子達タンポポ団のおかげとも、大事な友達と緑を失ったことも知らずに。


「さて、和久君と美奈ちゃんのご両親にはなんて話します?」元之が聞いた。

「本当のことを言うわ。だって、それ以外に言いようがないんですもの」

「みんな悲しむだろうな」浩が暗い声で洩らす。

「仕方ないわ。しらばっくれたって、ろくなことにはならないでしょ?」

 そういうわけで、まず和久の家により、両親を連れて美奈子の家に行くことにした。

「ただいま……」美奈子が戻るなり、おかあさんが額に縦皺を作って、

「美奈子、こんな時間までどこへ行ってたのっ」と怒りかけた。しかし、その後ろに和久の両親と浩、元之がいるのに気付き、驚いたような不思議な顔に変わった。


「あら、和久ちゃんの――」美奈子のおかあさんは戸惑った声を出す。

「お宅の美奈子ちゃんが、どうしても来てくれって言うもので」と和久のおかあさん。

「何やら、重要な話があるらしいんですよ」そう引き継いだのは和久のおとうさんだった。

 一同、居間のソファーに掛けると、美奈子が切り出した。

「今日、いえ、いつになるかわからないけど、和久君も緑も帰ってこないわ」

 双方の両親はそれを聞いたたまげた。

「美奈子、それは一体どういうことなんだ?」とおとうさんが尋ねる。

 そこで、美奈子はこれまでのあらましを話して聞かせた。もちろん、自分が魔法使いであることは省いて。

 美奈子がうっかり、博物館の百虫樹に触ったため、緑がやってきたこと、そのために町が歪んでしまったこと、緑を元の世界へ戻すには2人で金の扉に入らなくてはならないこと、そこは1億年もの昔であること、などなど。


「本当は、あたしが責任を取って緑を連れて行くつもりだったの。でも、和久――和久君が先に入ってしまって……」

 それを聞いて、和久のおかあさんが泣き崩れた。それを和久のおとうさんがなだめている。

「なんてこと――」おかあさんは呆然として、それ以上言葉が出なかった。おとうさんは、ただ黙って考え込むばかり。

「奥さん、うちの子が本当にとんでもないことをしでかしてしまい、申し訳ありませんでした」おかあさんは手をついて謝った。

「ああ、どうか頭を上げてください。うちの和久が勝手にやったことですから」和久のおかあさんはハンカチで目頭を拭きながら言う。

「そうですよ、奥さん。あの弱虫で臆病者だと思っていた息子が、まさかそんな勇気を絞り出すなんて、わたしとしても誇りに思うくらいです」和久のおとうさんもそう言って、おかあさんの腕を取って立たせた。

 みんな泣いていた。かつて、美奈子の家がこんなに悲しい雰囲気になったのは初めてのことだった。


「あたし達、絶対に和久君を取り戻してみせるわ。そのための方法を色々調べてね」泣きながらも、美奈子は健気に言ってのけた。

 その後、色々と話し合いが続き、警察には2人とも行方不明ということで届け出を出すことに決めた。話が余計にややこしくなるからだ。

 それぞれが帰っていくと、遅めの食事が出されたが、美奈子にとって、それは灰でも食べているような味気ないものとなった。

 部屋に入ると、夏だというのにどこか寒々として感じられ、心から寂しさが込み上げてくるのだった。

 緑のために買った二段ベッド、お気に入りだった縫いぐるみ、幼児用の服、どれを見ても悲しみばかりが込み上げてくるのである。

 美奈子はいつも緑が寝ていた下のベッドに突っ伏すと、声を出して泣いた。

 緑はもういないのだ。例え連れて帰る方法があったとしても、そうすることさえできないのだ。こんなにつらいことはなかった。緑と過ごした日々が、まるで映画のように次々と蘇ってきた。それがまた、悲しみを深いものにするのだった。


 やがて夏休みが始まり、タンポポ団である美奈子、浩、元之らは、毎朝早くから、町中を歩き回り、何か手がかりがないかと調査に当たった。

 この夏は、緑がいたら、あっちこっちを案内するつもりだった。ピラミッドに登ったり、おとうさんに頼んで海へ連れて行ったり、遊園地へも行きたかった。

 以前、自然魔法によって近所の空き地に海ができたとき、あの緑の楽しそうだったこと。それを思い出すと、またしても悲しみが湧いてくるのだった。

 しかし、その緑は美奈子の元を永遠に去ってしまった。こんなことになるのだったら、もっと遊んであげればよかった、そう後悔するのである。

 町の電柱には、和久と緑の写真が載ったポスターが貼ってあり、「行方不明者、情報求む」とあった。

 警察が貼ったものだが、こんなことをしても決して見つけ出すことはできない。ポスターを見るたび、虚しくなるばかりだった。


 美奈子は校長先生のところや博物館に入りびたりになり、少しでも情報を得ようと必死だった。

 浩は、毎月掘り出しにかかるナナイロサウルスの現場に必ず顔を出し、シャルルーと出会えることを熱心に祈った。

 元之は毎日図書館へ通い、魔法に関する本をひたすら読みまくった。

 けれど、依然として和久を現代に連れ戻す方法は見つからなかった。

 そのうちに、あんなに長いと思っていた夏休みも終わり、秋が訪れた。


 9月最初の日曜日は運動会があった。美奈子が出るのは50メートル走である。

 スタートの時、美奈子はちらっと観覧席を見た。おとうさんとおかあさんが見に来てくれている。しかし、当然のことながら緑はそこにはいない。それがなんとも言えず寂しくてならなかった。

 先生が「位置についてーっ」と言い、次の瞬間、ピストルの音がした。

 初め、美奈子はどうせ緑がいないのでは、頑張っても仕方がないとあきらめていた。1位になっても、もらえるのはどうせ鉛筆とノートである。

 当然ながら、他のクラスにどんどん引き離されていく。それでも別にいいや、そう思ったとき、緑の声が聞こえてきた。「お姉ちゃん、頑張って!」

 空耳に違いなかった。しかし、美奈子はそれを聞いて急に力が湧いてきた気がした。「見てて、緑。あたし、絶対に負けないから」そう自分に言い聞かせると、不思議なほど力が湧いてきた。

 緑がどこかで見ていてくれる気がする。ようし、頑張ろう! 絶対に1位を取ってやる!


 美奈子の足が見る見る速くなっていく。1人抜かし、2抜かし、最後の最後で全員を追い抜いた。

 美奈子のクラスからワーッと歓声が沸き起こる。

「やったよ、緑。あたし、勝ったよ!」そうつぶやいた。ここしばらくの間で、最もうれしい瞬間だった。「きっと、あたしのことを1億年前から応援してくれたに違いない」

 美奈子はそう信じて疑わなかった。たとえ身は離れていても、心は繋がっている、美奈子にはそう思えた。

*次回のお話*

10.図書館

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