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3.海の家

*前回までのお話*

校長先生に呼ばれた美奈子は、驚くべき話を聞かされる。

 今日も見晴らしの塔は、太陽の光を受けてキラキラと銀色に輝いていた。

 不思議なことに、この塔は学者にもわからない金属でで来ていて、試しにダイヤモンドで引っ掻いてみても、傷ひとつ付かないのだった。

 ときどき落書きをされたりもするが、公園番が毎日ピカピカに磨いてきれいにしているので、まるでついこの間作ったばかりのように見えた。

 その見晴らしの塔の下に、タンポポ団が集まって、何やらこそこそと話をしている。

「いい? これから言うことはとても重要なことなのよ。絶対、ぜーったい、誰にも話しちゃだめだからね」そう美奈子が釘を刺す。

「こんな人気のないところへ集めて、いったいどんな話だっつうんだよ。おおかた、クッキーを作ろうとして真っ黒に焦がしたとかそんなんだろう」浩が皮肉たっぷりに言った。

 そんな浩を睨み付けながら、美奈子はもう1度辺りを見回した。よし、誰もいないな。

「実はあたし、魔法使いになったの」唐突にそう言った。一瞬、全員がシーンと静まり返る。まるで、今の美奈子の言葉が聞こえなかったかのように。


「えーと、なんと言いました? わたしには美奈ちゃんが魔法使いになったとか、そんなふうに聞こえましたが」慌てず騒がず、元之が聞き返した。

「おれもそう聞こえたなあ」耳をほじりながら、くだらなそうに浩が言う。

「魔法使いって、あの5人の仲間に入ったってこと?」和久だけは半分だけ信じているようだ。

「お姉ちゃん、魔法使いって、魔法が使える人のことだよ」緑にまでそう悟される始末。

「ほんとだって。あたし、校長先生から魔法使いの資格を受け継いだの。そう、5人の魔法使いの1人って、校長先生だったのよ」

「美奈ちゃん、申し訳ないですが、にわかには信じられませんね。校長先生が魔法使いだというのは本当だとしても、どうしてあなたに引き継がなければならないんでしょうか」

「そんなに疑うんだったら、見せてあげるわよ、本物の魔法を」ちょっぴりカッとなった美奈子がそう宣言した。「ピュアリス! 浩の頭に大きな毛虫が落ちてこいっ」たちまち、ナマコほどもあろうかと思う毛虫が、浩の頭に落ちてきた。

「うひゃっ!」あわてて振り落とす浩。しかし、毛虫は髪の毛に絡みついて、払ってもまったく落ちる様子がない。「わかった、わかった。信じるよ。だから、この毛虫をなんとかしてくれ!」

 涙声でそういうものだから、美奈子の腹の虫も治まり、毛虫を消してやることにした。

「ピュアリス、毛虫よ、消えて無くなれっ」毛虫は煙のようにかき消えた。


「元君、さっきの質問に答えるね」と美奈子。「校長先生は、もう歳だから次の魔法使いを探しているんだって。そんでもって、わたし達タンポポ団は、これまでにもラブタームーラでいろんな発見や貢献をしてきたでしょ? だからふさわしいだろうって、決めなさったの。あたしだけじゃないわ。あんた達だって、十分にその資格があるの。ただし、まずは今の魔法使いを見つけなきゃならないのよ。向こうから来るかも知れないし、自分達で見分けなきゃならないかはわからないけどね」

「なるほど、話はよくわかりました。そうなると、わたし達は『互いに見知った魔法使い』になるわけですね。これまでになかったことです。なって見せようじゃありませんか、魔法使いに」元之はそう言うと、こぶしをギュッと握りしめた。

「おれが魔法使いか。わるかないな。魔法が使えたら、あれもできるしこれもできるぞっ」浩がそう言うと、

「だめよ、浩。魔法使いは、私的なことに魔法を使っちゃいけないんだから」

「自分だって、さっき毛虫を出したろ」浩が言い返すと、

「あれは、あたしが本物の魔法使いだってことを示すために使ったから私的とは言わないわ。あんたが初めから信じてればそうしなくてもすんだんだから」


 そのごも、校長先生から聞いた魔法の規律をあれこれと説明し、縁の下でラブタームーラを支える5人にならなければならないことをとくとくと伝えた。

「一番大事なのは」コホンと軽く咳払いをして美奈子がえらそうに言う。「想像力よ。イメージがとっても大事なの。そうしないと、自分の思ったとおりの魔法が使えないばかりか、とんでもないことを引き起こすことになりかねないんだから」

「どうしよう、ぼく、想像力なんてかけらもないよ」臆病な和久が怯えた顔をする。

「練習だな。いざという時のために、人のいない場所で練習するしかない。おれはまあ、そこそこ想像力があるからへっちゃらだがな」そう言って、浩は鼻の下をこすった。

「想像力は論理性から生まれるものです。わたしもその点では自信があります。ですがみなさん、過信は禁物です。しばらくは練習をした方がいいでしょう。それで十分に自信が持てたときこそ、わたし達は本当の魔法使いになれるのです。もっとも、まずは魔法が使えるようにならなければ話になりませんが」

「ぼくも魔法使いになれる?」4にんを順々に見上げながら、緑が尋ねた。

「もちろんよ。あんたはいたずらもしないし、いい子だから、きっと一番立派な魔法使いになれるわ」そう言って、その小さな肩をポンと叩く美奈子だった。


 そんなことがあってから数日後、美奈子が浩達と別れて自分の家に向かう途中で、「海の家」というのをみつけた。

「こんなのあったっけ?」見たところは銭湯にそっくり。ただ、旗がいくつか風に揺らめいていて、それぞれに「焼きそば」とか「トウモロコシ」、「イカ焼き」など、いかにも海辺の家にありそうな文字が躍っていた。

「なんだか楽しそうね。きっと、中は海のように作られた施設なんだわ。明日は土曜日で半日だし、緑や元君を誘って行ってみようかな」


 翌日、タンポポ団5人は、さっそく海の家へ行ってみた。昨日読んだ説明には水着、浮き輪は持参のこと。ただし、店内でも販売あり、と書いてあったので、各自、水着を中に着込んできた。

 和久と緑だけは浮き輪を持ってきたが、浩はシュノーケル付きのゴーグルをかぶってやって来た。

「まだ5月なのに海の気分を味わえるなんて、なかなかおつですね」と元之が言う。

「あたし達の学校は普通のプールだけど、ちょっといい学校だと室内プールらしいわよ。もちろん、1年中プールの授業があるの。うらやましいわねえ」

「ぼく、プールも海も始めて。どんなところなの?」と緑。

「プールはな、いつも入っている家の風呂の何十倍もあるんだぞ。もっとも、緑はまだちいさいから、お子様用プールにしか入れてもらえないだろうけどな」

「海はですね、それよりはるかに大きくて、泳いでも泳いでも先が見えないほど広いんですよ。まるでプールがおもちゃのように見えることでしょうね」


 美奈子は1人女湯、あとの4人は男湯と書かれのれんをくぐり、子供料金を20円ずつ払って中へ入る。見たところ、どこにでもあるような銭湯だった。1つ違うのは、湯船のあるガラスが鏡になっていることだけだった。

「変わったところに鏡があるなあ。とにかく着替えて入ってみようぜ」そう浩が促す。

 ロッカーキーを腕に付け、鏡張りの戸をガラガラッと開けると、なんとそこは太陽のさんさんと照りつける浜辺だった。

 反対側から美奈子が現れる。

「あら、出るところは一緒なのね」美奈子はまずそう言い、慌てたように「ううん、驚くところはそこじゃないわ。なんてこと、ここって本当の海じゃないの!」

 遠く続く水平線、潮の匂い、白く輝く砂。店も色々並んでいて、どれもおいしそうだった。

「こういうところで食べるラーメンってうまいんだよな」浩がふらふらと店へ歩いていく。

「ちょっと泳いでからにしない? お腹が重いと沈みやすいわよ」浩をそうからかう美奈子も、すっかりワクワクした気分だった。


 美奈子は、髪の毛の後ろをボンボンで結っていた。桜色をした丸いボンボンである。そして、誰より先に海へと向かっていった。足の下の砂を波がさらっていく感触がとても懐かしく感じられた。

 そういえば、美奈子が海に連れて行ってもらったのはいつの日だったろうか。今の緑と同じくらいだったかも知れない。

 緑も、きゃっきゃと騒ぎながら渚で走り回っていた。波が来ると逃げだし、引くとまた追いかけるの繰り返しである。それがもう、楽しくてたまらないのだった。

 そうした光景も、美奈子が始めて海に来たときとそっくりだった。美奈子の口元に、思わず笑みが浮かぶ。


 多少は泳げる美奈子は、ザブザブと海の中へと入っていき、潜ったり顔を出したりして楽しんだ。

 ふと浜を見ると、浮き輪を付けて緑と和久が後を追ってきた。

「いい、緑。浮き輪から手を放さないでね。もう、あんたの足が着かないくらい深いんだから」和久にはあえて注意しなかった。むしろ、ちょっと溺れたら面白かろう、とさえ思っていたほどだ。

 クロールでスイーッと泳いでいく者がいた。浩だ。成績はともかく、運動にかけてはクラスで一番なのだ。美奈子でさえ、ちょっとかっこいいと思ったほどだった。

 一方、元之はといえば、いつの間に持ってきていたのか、エアーマットを浮かべ、その上で仰向けに寝そべっていた。

「やるわね、浩っ」美奈子が叫ぶ。

「着いてこれるもんなら来い。競争だ」浩も叫び返す。

「いいわ、あたしの得意技を見せてあげる」

 こうして美奈子と浩の競争が始まった。浩はお得意のクロール、美奈子はこれまたよくこなれたバタフライで。


 一時は互いに並ぶところまでいったのだが、結局は美奈子の息切れの方が早く、最後は圧倒的な差で負けてしまった。

「どうだ、まいったか」と高笑いする浩。

「この次は絶対にまけないから」悔しいのに、なんだか楽しい。これが海の醍醐味なのだ。


 西の空に太陽が傾いてきた頃、一同はこの不思議な銭湯、あるいは本物の海を上がることにした。半日遊んでいただけですっかり日に焼けて、もうヒリヒリしてきた。今晩はきっと、背中や手足が痛くて眠れないだろう。

 気がついたら、美奈子の後ろ髪に付けていたボンボンがなくなっていた。浩との競争でなくしたに違いない。ちょっぴりがっかりしたが、ボンボンならまだほかにもあったし、すぐにあきらめが付いた。

「明日も行く?」美奈子が誰にともなく聞く。

 もちろん、答えは全員「行くっ!」だった。日焼けの痛みも、明日になればすっかり治まるだろう。多少痛くとも、海に入ってしまえば気持ちがいいくらいだ。


 翌日、5人は昼前に美奈子の家の前に集まり、海の家へと出かけていった。

 しかし、そこには空き地があるばかりでのれんも何も立ってはいなかった。

「おっかしいなあ。たった1日でなくなるか、ふつう」浩がぼやく。

 砂利だらけの敷地を歩きながら、美奈子は「あ」と小さく声を出した。足元に桜色のボンボンが落ちていたのだ。昨日失くした、あのボンボンに違いない。

 やっぱり、ここは海だったのだ。それも、たった1日だけの。


*次回のお話*

4.虹のたもと

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