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2.校長室

*前回のお話*

星降り湖で年に1度の星降り祭が始まった。流れ星が一斉に星降り湖に注ぐのだ。ラブタームーラの住人はこれ以上ないほど盛り上がる。

 星降り祭から帰ってきた美奈子に、博物館の館長から電話がかかってきた。明日はちょうど日曜日なので、ナナイロサウルスの発掘をしようと言うのだ。

 ナナイロサウルスのシャルルーは、いったん、故郷である1億年前に戻り、存分に楽しんだ後、また再び三つ子で長い眠りにつくことになっていた。

 前回掘ったところは埋めてしまったが、もう1度掘り返せば、また現れるはずだった。今回は心を閉ざしたまま眠ると言っていたので、失っている骨は1本もないはずだった。

「じゃあ、今度は骨じゃない元の姿で眠っているのね」美奈子が言うと、

「うむ、そのはずだ。いつでも星降り湖から1億年前に帰れるのだから、きっと今度はしばらくこちらにいることだろう。なんなら、博物館で世話をしてやってもいいしな」

 それを聞いて、美奈子は大喜びだった。考えてみれば、星降り湖の底と向こうの世界とは繋がっているのだし、三つ子山を掘り返してやれば、いつだってシャルルーに会うことがで来たのである。緑がどんなにか喜ぶことか。


 日曜日の朝、美奈子は元之を初めとするタンポポ団を呼び出し、三つ子山へと出かけていった。もちろん、緑も一緒である。

「お姉ちゃん、シャルルー、ちゃんといるかな。気持ちよく寝てるかなあ」緑がせっつくように聞く。

「いるに決まってるわよ。だって約束したじゃないの、向こうの世界に飽きたら、三つ子山の同じところでぐっすり眠るって。しかも、今度はわたし達、失くした骨を探さなくて済むのよ。心を閉ざしているんだって。だから、骨のままじゃなく、生身の体で見つかるわ」

 緑は小躍りをして喜んだ。

「やったあ、シャルルーとまた会えるんだ!」


 三つ子山に着くと、ブルドーザーなどの重機が数台置いてあった。ナナイロサウルスを掘り出すのと、そのあとまた穴を埋めるのに使うのだ。

「初めはスコップでゆっくりとな」館長が、緑の分も含めてスコップをクルマから降ろす。「傷を付けたりしたら大変だからな。ある程度掘ったら、ショベルカーなどで少しずつ掘っていく。わかったかね?」

 一同は「はーい」と返事をし、スコップをかついで、前にナナイロサウルスの骨を見つけた場所に見当を付け、サックックと土をどけていった。


 ところが、だいぶ掘り進んだはずなのにナナイロサウルスの骨1本、出てこない。

「よし、ショベルカーで一気に進めてしまおうっ」館長が指図すると、ショベルカーが岩山をガツガツと掘っていった。

 けれど、いくら掘っても何も出てこなかった。

「確かにここだったよな、君達」少し焦りの表情を見せながら、館長はタンポポ団にそう確認した。

「ええ、間違いありませんよ。何しろ、掘った本人がそう言うのですから」元之が少しムッとして答えた。

「そうよ、絶対にここ。反対側で別のグループが穴掘りをしていたから、わざわざこっちまでよけて掘っていたんだもん」美奈子も汗を拭きながらそう言い返す。

「それじゃ、いったい、どういうわけなんだろう」館長は首を捻った。「ナナイロサウルスはここで眠らなかったのだろうか。それとも、そもそも帰らなかったのか……」


 念のため、更に掘り返してみたが、結局爪の先も見つからなかった。館長と学術研究員達はあきらめ、穴を元通り塞いでこの日は終了となった。

「シャルルー、どこに行っちゃったの?」緑が悲しそうな声を出す。

「時期が早かったんじゃねえのか? 日を改めてもう1度掘ってみようぜ」浩が元気よく言った。

「それは考えられますね」と元之。「まだ、向こうの世界で遊び回っているのかも知れません。どうです、館長。あとひと月ほどしたら、もう1度見に来ませんか」

「うーむ、そうだなあ。きっと、元之君の言うとおりなんだろう。よし、ひと月と言わず、毎月、見つかるまで調査しよう。もしかしたら、何年もかかるかも知れないがね」


 帰り、緑のがっかりした顔を見るのがつらい美奈子だったが、「大丈夫よ。そのうち、きっとヒョコッと顔を出すから。それまで、我慢、我慢」

 そう言いながら、その小さな手をギュッと握って家まで歩いて帰るのだった。

 後ろの方で和久が、

「きっと、途中で死んじゃったんだ。例えばさ、ほかの肉食恐竜に食べられちゃったとか……」と言ったときなど、和久を見る美奈子の目は、鬼のように恐ろしげに見えた。美奈子が剣幕を爆発させる前に、静かな口調で浩がこう言った。

「和久、そんなこと言うもんじゃねえよ。第一、シャルルーは魔法の生き物なんだぜ。そう簡単に死にゃあしねえって。おれが故郷に帰ったとしたら、すぐには眠らないな。うんと楽しんで、それから三つ子山にいくよ。シャルルーだってきっと同じだと思う。館長も言ってたじゃねえか。ナナイロサウルスが発掘されるまで続けるって。だから、緑、美奈子、心配するなよ。今はおれ達が信じてやらなくてどうするんだ」

 緑の顔が、ほっとしたように緩んだ。


 月曜日、いつものように授業が始まり、いつものように下校の時間となった。

 そのとき、ランドセルをしょって帰ろうとする美奈子の耳に、こんな放送が聞こえてきた。

〈3年3組の鈴木美奈子さん、至急、校長室へいらしてください〉

 あら、あたしだわ、と美奈子はドキッとした。あたし、何かやらかしたかしら。普通のいたずら程度なら職員室に呼ばれるのに、なんでよりにもよって校長室なんだろう。よっぽど悪いことなのだろうか……。

 背中のランドセルが、まるで米俵のように重く感じられながら、美奈子は暗い気持ちで校長室へと向かった。

 ドアをノックすると、優しい声で「お入りなさい」と返事が返ってきた。

 そっとドアノブを回すと、「失礼します」と蚊の鳴くような声であいさつをする。机の上には「青石麗子校長」と書かれたプレートが置かれている。

 60はとっくに過ぎているが若々しく、銀縁めがねの奥の瞳が陽気にこちらをじっと見ていた。ただし、口元は真っ直ぐで、少し厳しそうにも思える。


「さあ、そこにお座りなさい」校長は真剣な物言いで美奈子を促した。美奈子はランドセルをおろして下に置くと、校長の正面に腰掛けた。

「あのう、一昨日の星降り祭のことでしょうか。ええ、小学生は夜の9時までに帰らなくてはならないことは知っていましたけれど、ちょうどたくさんの星が降ってくる時間だったんです。30分、帰るのが遅れたのはお詫びします。でも、本当に悪気はなかったんです。すぐに帰るつもりだったんですが、いつの間にか時間が経っちゃっていて――」緊張のあまり、早口でまくし立てた。それを校長は指で制止、

「そんなことではありませんよ、美奈子さん。実はお願いがあって、今日はここへ呼んだのです」と校長。

「お願いですか?」美奈子はキョトンとした。少なくとも、叱られることはなさそうだった。

「そう。あなた方はタンポポ団と名乗っている5人組だそうですね」

「え? あ、はい……」不良の集団だと思われているのだろうか。

「魔法昆虫を捕まえたり、ナナイロサウルスを発見したりと、ラブタームーラに貢献しています。そんなあなた方にこそ、資格があると思うのですよ」

「資格――ですか? それって、なんの資格なんでしょう?」

「魔法使いになる資格です」校長は厳かに言った。


 それをきいて、イスから飛び上がりそうになるほど驚いた。

「あたしが魔法使いですって?」

「あなただけではありません。元之君、浩君、和久君、それに緑ちゃんです。もっとも、この4人はまだはっきりとした資格があるわけではないのですが。もし、かれらが自ら今の魔法使いに出会うことがあれば、それこそ運命ともいえるもので、魔法使いの資格を持つ者と認められるでしょう」

「でも、あたしはなぜ特別なんですか?」

「あなたは、すでに魔法を使ったことがあるからです」

「あたしが?」美奈子は記憶を総動員して思い出そうとしたが、さっぱりだった。

「博物館の館長から聞いていますよ。あなたは、百虫樹の繭に触れてしまったそうですね。もちろん、わざとじゃないことは知っています。その時に5つの魔法昆虫を逃がしてしまいました。言い方を変えると、魔法を5つ使ったことになるのです。だから、あなたは魔法使いにならなくてはなりません」


「でも、どうやったらなれるんですか?」なんという驚くべき展開だろう、と美奈子は思わずにはいられなかった。

「それはかんたんなことです。さっきも言ったとおり、魔法使いに会えばいいのです。そして、その魔法使いが、相手を魔法使いとしての資格を認めればいいのです」

 美奈子は一瞬、考え込んだ。この部屋には今、校長と美奈子しかいない。ということは……。

「校長先生が魔法使いの1人だったんですか!」思わず声を上げてしまう。

「ええ、その通りです。先だって、通学路で火事がありましたね。あなたが放課後帰ろうとしていたときです。わたしはこの部屋からそれを知りましたが、ひと目見て魔法火事だとわかりました」

「じゃあ、あの火事を消したのは校長先生だったんですね!」

「ええ、そうです。それがわたし達5人の役目ですからね」なんでもないことのように言う。「あなたは、自分が魔法使いになる覚悟はありますか?」

 美奈子はとっさに「ええ、もちろん!」と答えるつもりだった。しかし、たっぷり5分は考え込んでしまった。何を怖じ気づいているんだろう。あんなに憧れていた魔法使いに、今、自分はなれるのだ。


「どうですか?」再び校長が促してきた。美奈子は改めて、魔法使いの重荷を知った。だが、同時にやる気も出てきた。自分は魔法使いになろう。そして、ラブタームーラから魔法災害を失くそう!

「はい、覚悟はできています」美奈子はきっぱりとそう答えた。

 

 校長はニッコリと笑い、

「そうですか。それはよかったです。わたしもだいぶ歳を取りました。そろそろ誰かに引き継いでもらおうと、以前から考えていたのですよ」

「あのう、1つお尋ねしてもいいですか?」と美奈子。

「なんでしょう?」

「魔法使いはお互いに誰が魔法使いかわかるんですか?」

 すると校長はゆっくりと首を振り、

「残念ですが、例え魔法使い同士であっても、相手がそう名乗らない限り、わかりません。もしわかっていたら、あなたにその人達がだれか教えてあげられるのですが」

「そうですか。あ、そうだ、もう1つお聞きしたいんですが、あたしが魔法使いになったら他のタンポポ団に教えてもいいですか?」

「本来ならば魔法使い同士でなければ許されませんが、今回は特別に許しましょう。なんと言っても、彼らもまた、いずれは魔法使いになる可能性があるのですからね」


「それじゃ、あたしを魔法使いにしてください」美奈子が頼むと、校長はゆっくりとうなずき、こうささやいた。

「リリアス、この者の本当の名前を思い出させたまえ」そう言って、美奈子のおでこに指を触れた。「リリアスがわたくしの本当の名前です。まず、本名を名乗り、魔法を使う宣言をしてから5大元素を操るのです」

 美奈子は、自分の本当の名前がピュアリスであることを思い出した。これで、彼女も立派な魔女になったのだ。

「さあ、美奈子さん。今度はわたくしの本名を忘れさせてください。そうしないと、ラブタームーラの魔法使いが6人になってしまいますから」

「わかりました」美奈子は、教えられたとおり、「ピュアリス」と自分の名を宣言し、「校長先生の本当の名前を忘れさせたまえ」と唱えた。

 見たところなんの変化もないが、校長はただの人間に戻ったのだった。

「今、あたしが校長先生の前の名前を口にしたらどうなります?」試しに聞いてみた。

「聞いただけではなんにもなりませんよ。本名を識るとは、心が思い出すことです。いくら言葉に出しても、わたくしはもう魔法使いではないのです」


 ラブタームーラに古い魔法使いが1人消え、そして新しい魔法使いが1人増えたのだった。 

*次回のお話*

3.海の家

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