18.永い眠り
*前回までのお話*
見晴らしの塔、実はロケットだった。美奈子達3人はそれに乗って1億年前へと発進する。向かった先は、なんと太陽だった!
美奈子達は、老人が促したほうへと足を向けた。村を抜けたその先に、緑達の住んでいる小屋があるらしい。
村の中にある家は、漆喰で塗り固められた平屋ばかりがまばらに建っていた。畑や果樹林が目立ち、キャベツ、ネギ、ジャガイモ、イチゴ、リンゴ、オレンジ、バナナ、と季節に関係なく実っている。何しろ、ここは常春の時代なのだ。タンポポばかりであっても、自給自足ができるようになっていた。
3人が道を行くと、村の人々が好奇の目でこちらを見る。姿格好が珍しいようだ。美奈子達が現代ふうの服を着ているのに対し、村人達はタンポポ色のローブに身をまとっていた。
中には、ひそひそと声を潜めて、
「あのお方達が、長老の言っていた魔法使いに違いない」
「和久様のお知り合いだそうだ」
「坊っちゃんを連れ帰ってきてくれた和久様のお連れなら、きっとお偉い魔法使いだろう」
などと話しているのが聞こえた。
「おれ達がお偉いってさ」浩がまんざらでもない顔で言う。
「何といっても、魔法使いが珍しいのですからね。無理もありません」
「それにしても、ここってあたし達の時代でいうとどの辺りかしらね?」
「太陽と見晴らしの塔の位置からすると、北東の方に向かっていますね。ということは、2丁目辺りでしょうか」そう元之が答えた。
さらにしばらく歩くと、唐突に村が終わり、モモ林が広がっていた。どの木にも、大きなモモがたわわに実っている。
「うまそうだな。1つ取って食うか」浩がモモを枝からもいで、皮をむいて食べ出す。
「じゃあ、あたしも」
「わたしもいただくとしましょうか」
3人がモモを食べ終わると、ちょうど林が終わるところだった。
「見て、小さなうちがあるわ」と美奈子が指差す。
「きっと、あれですね、緑君達の住んでいる小屋というのは」
「あいつら、驚くぞっ」と浩。
その通り、ドアをノックすると、まず和久が現れた。そして、目を白黒させて、仰天するのだった。
「な、なんで、君たちがここにいるの? 君たちもあの扉を通ってきちゃったの?」和久の言う「あの扉」とは、「魔女の家」にある、金の扉のことだった。それは、2人で入ると1億年前に行くことのできる不思議な扉なのだ。
「違うって。外に出て、見てみろよ」浩が和久を引っ張り出して、今来た方角に目を向けさせた。
「あっ、見晴らしの塔がある!」
「そう、見晴らしの塔」元之がもったいをつけながら言う。「しかしながら、本当はロケットだったのですよ、和久君。我々は、あれに乗ってやって来ました」
そうこうしていると、奧から緑が出てきた。彼もまた驚いた顔をし、目を何度もこすったあと、
「夢じゃないっ。夢じゃないんだ。お姉ちゃんっ!」そう叫んで美奈子にしがみついてきた。
「そうよ、緑。これは本当のことなの。あたしも会いたかったわ!」美奈子も緑の背中に手を回し、ギュッと抱きしめる。
「おれ達、どこから来たと思う?」浩が和久に聞く。
「どこからって、1億年先からじゃないの?」反対に聞き返される。
「もちろん、そうよ」と美奈子。「でも、それってあたし達がいつも見ているものだったの。ほら、そらにまぶしく輝いているでしょ? 太陽よ。あたし達、あの太陽からやって来たんだから」
「じゃあ、帰りもあそこに向かって、飛んでいくんだね」
「それが、そう簡単な話ではなくてですね」今度は元之が説明を始める。「わたし達があの太陽に向かって飛んでいくと、さらに1億年昔に行ってしまうのですよ」
「つまり、どういうこと?」もし、ハテナ・マークが目に見えるとしたら、和久の頭の周りをぐるぐる回っていたことだろう。
「太陽というのは、昔の地球なのですね。要するに、そこがどこであれ、太陽に向かえば、こちらが地球、あちらが太陽になるわけです。言い換えれば、1億年前の地球ですよ」
「なんだか、頭がこんがらがってきちゃった。でも、君たちが来てくれてうれしいな。で、帰るときはどうするの? 帰れるのかい?」
「もちろん、帰れるぞ。おれ達は、あの見晴らしの塔の中にある、冷凍睡眠装置で1億年きっかり眠るんだ。それってよ、帰ったのと同じことだろ?」
「そうかあっ、じゃあ、ぼくも帰れるんだね?」和久は踊り出さんばかりに喜んだ。「緑ちゃんも一緒に帰っていいんだよね。だって、今度は魔法で連れてこられたんじゃなく、ちゃんと1億年眠ってたどり着くんだもんね」
この質問に、3人は気まずそうな顔で黙り込んだ。
なんとか口を開いたのは美奈子だった。
「それがダメなの。冷凍睡眠装置は4つしかないんですもの。それに、緑がいなくなったら、シャルルーが悲しむでしょ。もちろん、あたしはその何倍も寂しいけれど……」
「そう言えば――」元之が辺りを見回しながら、「シャルルーはどこですか? 一緒に住んでいると、さっき長老から聞いたばかりなのですが」
「うん、昨日から見かけないんだ。たぶん、ちょっと遠出してるんだと思うけど」
「シャルルーがいないと寂しいね」と緑がうつむく。自分がラブタームーラに戻れないことを知って、ますますシャルルーが恋しくなってしまったのだ。
「あいつにひと目会ってからじゃないと、おれは帰らないぞ」とは浩の言葉である。「もっとも、1億年後に再会するはずなんだがなあ」
「浩君、それってぼく達の世界の三つ子山で、シャルルーが発見されていないってこと?」和久は思わず尋ねる。
「そうなんですよ、和久君。この浩君など、シャルルーを探して二ノ山まで掘り返していたんですからね」
「きっと、シャルルーに何かあったんだわ。和久、あんた魔法で彼女を探すべきだったのよ」美奈子はそうとがめた。
「まさか、そんなことになってるなんて知らなかったよ」和久は肩を落とした。
「まあ、いいじゃありませんか、美奈ちゃん。今から魔法で探しましょう。きっと、どこかで眠り込んでしまったのでしょう」
「じゃあ、ぼくに探させて」と和久が買って出た。「こっちに来てから数ヶ月、魔法の使い方もけっこう上達したんだ。なんてったって、村の人達が毎日のように、頼み事をしに来るんだからね」
「そうなのか。じゃあ、和久を連れ帰っちまうのはまずいかな」浩は額にしわを寄せる。
「いいえ、魔法にばかり頼っているべきではないのですよ。それに、もう十分役立ったじゃありませんか。そうでしょう、和久君?」元之が促した。
「そうだね、ぼくも本当はそう思ってたんだ。これからは自分達の力だけでやっていってもらいたいってね」
「それに、どの道、自然発生的に魔法使いが生まれるのよね。もっとも、そのおかげで悪い魔法使いも現れちゃったわけだけど」美奈子の言う悪い魔法使いとは、魔法昆虫を作り出した張本人のことである。「まあ、緑と出会えたのはそのことが原因でもあるのよね。そう考えると、なんだか複雑な気持ちになるわ」
「じゃあ、シャルルーを探すねっ」和久は目をつぶり、シャルルーをイメージすると、呪文を唱えた。「シノラアス! シャルルーの居所を教え給え」
すると、タンポポの絨毯の上に虹色の足跡が現れた。とても大きな足跡である。明らかにクビナガリュウのものだった。
「西に向かってますね。跡を追ってみましょう」5人は、いつかそうしたように、シャルルーの足跡をたどった。
20分ほど歩いただろうか、どこからか聞き覚えのある美しい歌声が聞こえてきた。
「あの声、あの歌、シャルルーだわ!」美奈子は声のなるほうへ走り出した。そのあとを4人が続く。
ふいに浩が美奈子の腕を掴んだ。「危ねえっ!」
そこは深い谷間だった。浩が止めなければ、美奈子は真っ逆さまに落ちるところである。
「どこもかしこもタンポポだらけで、全然気がつかなかったわ。ありがとう、浩」
「いいって。それより、この谷はもしや――」
「そうですよ、浩君。ここはわたし達が星降り湖と呼んでいたところに違いありません」
「へえー、この時代はまだ水がなかったんだ」そう言いながら、和久は底を覗き込んだ。「あ、いた。シャルルーだ」
シャルルーは星降り湖の底で、やんごとなく歌を唄っていた。
「おーい、シャルルーっ」浩は自慢の大声で呼んだ。シャルルーはすぐに気がついて、こちらを見上げる。
「ああ、みなさん。来て下さったんですね。でも、どうやってこの時代に?」シャルルーは聞いた。
「それより、あなたはなぜそんなところにいるのですか?」元之は口に手を当てて声を張り上げた。
「好きでいるわけではないんです。散歩をしていたら落ちてしまいました。できましたら、ここから引き上げてはもらえないでしょうか」
そこで美奈子は、「ピュアリス! シャルルーを星降り湖から出してちょうだい」と魔法を投げかけた。
シャルルーはたちまち、みんなと並んで立っていた。
「助かりました。美奈子さん、ありがとうございます」シャルルーはそう言って長い首を下げる。
「そういうことだったのですね、シャルルーがこれまでわたし達の時代で見つからなかったのは」
「ええ、うっかりしていました。いつもは気をつけているんですけれども」
「ねえ、シャルルー。あたし達、和久を連れて、これから1億年の眠りに入るの」美奈子はそう言って、見晴らしの塔を振り返った。「でも、緑を連れて行けないのよ。あなた、この子のこと、ずっと守ってあげてくれる?」
「そりゃあ、もちろんですわ。もし、なんでしたら、坊っちゃんも1億年後にお連れしましょうか?」
これには一同が驚いた。
「そんなことができるのかよっ」
「ええ、わたしには、人に感性を与える力があることをご存じでしょう?」眠っているシャルルーに引き寄せられるようにして、ある者は本を書き、ある者は歌を作った。それらは、シャルルーの感性を受け継いだためだった。
「ええ、もちろんだわ。全部の感性を探し回るのに、どれだけ苦労したか」美奈子は当時を思い出し、同時に懐かしい気持ちにすらなっていた。
「反対に、その人を『感性』として取り込むこともできるんですの。ただ、1人だけに限られているので、今までそうしませんでしたけれど」
「つまり、緑を『感性』として宿すわけですね」元之が確認する。「それはいい方法です。わたし達の時代まで眠り続け、目覚めたときに緑君を元の姿に戻す、これで万事が解決しますね」
「ねえ、シャルルー、それじゃ今すぐにぼくをそうして。だってぼく、いつまでもお姉ちゃんの弟でいたいもん」緑は熱心に頼んだ。
「いいですとも、坊っちゃん」シャルルーは4つ足を折ってしゃがみ込んだ。「さあ、わたしの胸に触れて下さい。坊っちゃんをわたしの心臓の中にしまい込みますよ」
美奈子達が固唾を飲んで見守る中、緑はためらう様子もなくシャルルーに近づいていくと、そっとその胸に触れた。すると、緑の体が虹色に輝き始め、次第に薄れていった。
すっかり消えてしまう刹那、緑は残された全員にこう言うのだった。
「向こうでまた会おうね」
「緑っ!」美奈子は思わず駆け寄ったが、もうそこに緑の姿はなかった。
「わたし、このまま三つ子山まで行って眠りにつきます。あなた方もよい旅を」シャルルーはのっしのっしと歩いて去って行った。
シャルルーを見送ると、元之はみんなを振り返り、
「では、わたし達も行くとしましょうか。心の準備はいいですか? 1億年は永いですよ。さて、その間に見る夢はいかがなものでしょうか」
シャルルーとタンポポ団は、お互い別の道を歩き始めた。ラブタームーラに戻るために。
*次回のお話*
最終回・春満開