17.タンポポの国
*前回までのお話*
ついに、5人目の魔法使いと出会う。それはなんと、慣れ親しんでいた公園番だった。彼は、美奈子達に見晴らしの塔に登れという。
見晴らしの塔の最上部は、まるで飛行機のコックピットのようだった。四方をぐるりと小窓が並び、操縦席は4つあり、全面には巨大なスクリーンが設置されている。
その操縦席の真後ろには、なにやらカプセル状のベッドが並んでいた。
「どうやら、これらのカプセルは冷凍睡眠装置のようですね」元之がつぶやく。すると、それに答えるかのように、例の機械的な声が告げた。
〔その通りです。カプセルには帰りに入っていただきます。まずは操縦席に着いてください〕
3人が言われた通り、操縦席に着くと、
〔揺れますので、シート・ベルトをお閉めください〕
それぞれ、カチャカチャと音を立てながら、シート・ベルトを締める。
「まるで、クルマにでも乗っているようだな」浩がつぶやいた。
「ほんとうね。でも、あたし達が行くのは道路ではなく、宇宙なのよね」
〔この宇宙船はオート・パイロットとなっています。操縦席の各種ボタンには一切手を触れないよう、ご注意願います〕
「いったい、どこの星へと連れて行かれるのでしょうね」元之は、誰ともなしに言った。
〔これより、「タンポポの国」へとまいります。準備はよろしいですか? ではエンジンをスタートさせます〕言い終わるが早いか、室内にウィーンと音が響き、軽い振動が起こる。
スクリーンには地上の風景が映し出された。見慣れた噴水広場、プラタナスの林、まだ発進もしていないのに、なんだか急に懐かしく感じられた。
次の瞬間、ガクンというショックがあり、ロケットの埋まっている辺り一面に白い煙がもうもうと立ちのぼる。地上がどんどん遠くなり、あっと言う間に空へと舞い上がっていた。
「いよいよね。あたし、なんだかドキドキしてきちゃった」
「おれもだ。本当に帰ってこられんのかなあ」
「あまり怖いことを言わないでください、浩くん。わたしまで不安になってきましたよ」
ロケットはみるみる速度を上げていき、あっと言う間に大気圏を抜け、真っ暗な宇宙空間へと飛び出していた。全員の体が軽くなり、シート・ベルトをしていなかったら、そのままふわりと浮き上がってしまうかと思われた。
「どこへ向かっているのですか?」元之がコンピューターに尋ねる。
すると、スクリーンが切り替わり、金色に燃える太陽を映し出した。
「えーっ、あそこに行くわけ? ねえ、コンピューター、方向間違ってない?」美奈子が心配になって聞く。
〔いいえ、座標に1度の狂いもありません。目的地までおよそ15分ほどで到着します〕
「太陽まで15分ですって?」元之が驚いて聞き返す。「すると、このロケットは亜光速で飛んでいるというわけですか!」
〔はい、光の速さのおよそ半分の速度で飛行しています〕
間もなくすると、周囲の小窓のシャッターが閉じた。太陽の強烈な光を遮断するためである。
一方、スクリーンに映る太陽はどんどん大きくなっていく。間違いなく、太陽に突き進んでいた。
「ここまで太陽に近づいたら、普通のロケットなどひとたまりもないでしょうね」と元之。
「そうなのか。じゃあ、このロケットは特別仕立てってわけだ」浩はちょっと安心したような声を洩らした。
「でも、太陽になんか行ってどうするつもりかしら?」
「さあ」元之は肩をすくめる。「少なくとも安全なのは確かなようですね。それに、あの公園番――たぶん、彼が『長老』と呼ばれる人物のようですね――が、見晴らしの塔の本当の目的と言っていたのを覚えているでしょうか。きっと、すべては正しいのでしょう」
ロケットは太陽のプロミネンスに触れるかどうかのところで、急速にスピードを落とした。スクリーン上には、もはや真っ赤な色しか映っていない。もしも、スクリーンにフィルターがついていなかったら、一瞬にして目が潰れていたであろう。
炎の壁を通り抜けたらしく、スクリーンには再び映像が現れた。それは青い大気に包まれた1つの惑星だった。
「なんと! 太陽の中に惑星があったのですかっ」またもや元之が叫んだ。
「まっ、考えてみりゃあ、誰も太陽になんか行ったやつはいねえもんな。本当のところ、わかってる気になっていただけなんだろうよ」
惑星に近づくにつれ、それが地球にそっくりだということに気がついた。そっくりなんてものではない。大陸も海も、地球そのものだった。
ロケットは日本そっくりな陸地を目指していた。形は日本列島だったが、どこもかしこも黄色い。
〔ほどなく、タンポポの国へ到着します。重力が戻りますので、お気を付けください〕
そう言えば体が重くなってきた。スクリーンは到着地点を映し出す。逆噴射なのだろう、強い振動が船内を駆け巡り、ロケットはいったん、宙に停止した後、反転した。
〔着陸します。タンポポの国ー、タンポポの国ー〕操縦席ごと跳び上がりそうなショックと共に、ロケットはついに着陸した。
「降りてみましょうよ」美奈子はシート・ベルトを外した。ほかの2人もそれに倣い、エレベーターに乗って下った。
「えーと、この辺りだったかしら。ピュアリス! ドアよ開けっ」音もなくすーっとドアが開く。辺りはまぶしいほどの黄色い世界だった。よく見ると、タンポポが咲き乱れているのだ。
「そういえば言っていましたね、緑くんが。自分の元いた世界はタンポポでいっぱいだって」元之が口を開いた。
「それにしてもわかんねえな」浩が腑に落ちない顔をする。「光の速さでここまで飛んできたんだろ? なんで、帰りは冷凍睡眠なんだ?」
それに答えたのも、やはり元之だった。
「わたしはすべて合点がいきましたよ」
「なんなの、元くん?」美奈子が聞いた。
「空をごらんなさい」言われて、美奈子と浩が見上げた。さんさんと太陽が輝いている。「わたし達は、あそこからやって来たのですよ」
「ますますわかんねえ」と浩。
「つまりですね、わたし達が太陽と呼んでいた星こそ、1億年前の地球なのですよ。和久くんも緑くんもここにいます。そして、帰るためには1億年のコールド・スリープをしなくてはならないということです」
「ねえ、もし、このロケットに乗ってあの太陽に行ったらどうなるのかしら?」今度は美奈子が尋ねた。
「ここが地球なわけですから、さらに1億年昔に行くことになるのでしょう」
「なんだか不思議な話だなあ。だけどよ、実際にここに来ちまったわけだし、信じねえわけにはいかないよな」
美奈子はロケットのそばを指差し、「あそこに噴水広場ができて、向こうの方に町があるわけね」
その方向に目を向けると、確かに集落が見えた。後にラブタームーラと呼ばれる町が、そこに拓けるのだ。
そこへ、1人の老人がやって来た。
「お前さん方、あの塔に乗ってやって来たのかね?」
「ええ、そうなんです。1億年先から来ました」美奈子が答える。
「1億年だって?! それじゃ、あんたらも魔法使いなのか」老人はびっくりしたような顔をした。
3人はなんと返答したらいいかわからず、互いの顔を見合わせた。浩が思いきって、
「ええ、まあ、そうです。おじいさんの村は魔法使いがいないんですか?」
「ああ、誰もおらんかった。数ヶ月前に1人、坊主を連れ帰ってきてくれた以外にはな」
「和久と緑だわ!」美奈子は手を叩いて喜んだ。けれど、すぐに首を傾げ、「でも、変ね。ラブタームーラの住人って、昔はみんな魔法使いだって聞いたけど」
「館長がそんなことを言っていましたね。あれはわれわれの時代から見て数百年前のことだったのでしょう。誰かが生まれつき魔法使いだったか何かで、すべての人々に本当の名前を教えてしまい、広まったのだと思いますよ」
「ああ、そういうことかあ。ところで、おじいさん。その魔法使いと子供はどこにいるの?」
「村はずれの小屋に住んどるわい。ばかでっかい生き物と一緒にな」そう言って、あごで指し示した。
「シャルルーね。なんだ、やっぱりこっちに来てたんだ」ホッとして胸をなで下ろす美奈子。
「ところでお前さん方、やはりあの塔に乗って帰っちまうのかね?」
「いいえ、今後、ずっと置いたままです」こう言ったのは元之だった。「少なくとも、いつか遠い先、必要になるまでは。そうだ、忘れていました。あの塔の、ちょうどこっちを向いている方、その真下に地下通路を作っていただきたいのですが。そう、深さは6メートル。ついでに、出入り口は人の目に触れないよう、隠しておいて欲しいのです」
「ああ、かまわんよ。どうせ暇じゃしな」老人は快く承諾した。
「なあ、元之。なんだって、そんなことをするんだ?」
「それはですね、ロケットは1億年もの間に自重で沈んでしまい、出入り口が土の中に埋もれてしまうからですよ」
「あ、そうか。おれ達が眠っている間に潜っちまうからか」浩はやっとそのわけに気がついた。
「わしは、子々孫々までこの塔を見守っておることにするよ。何しろ、あんた方より先に来た魔法使いには、色々と世話になっておるからのう」
「助かります。いつか――1億年も先ですが――、3人の魔法使いが、1人の魔法使いを迎えに来た、そう伝えてもらえますか」
「お安いご用じゃ」老人は意気揚々と村にとってかえした。お偉い魔法使い、しかも3人に用事を頼まれ、誉れと感じているらしかった。
「さて、わたし達も和久君を迎えに行くとしましょうか」
「ちょっと待って、緑はどうなるの? 一緒に連れて帰ったらダメかしら。だって、今度は魔法で無理やり連れて行くわけじゃないんだし」
「残念ながらそいつは無理だぜ」浩が首を振る。「だってよ、冷凍睡眠の装置はは4つしかないんだぞ。それにあいつはもともとここの人間だろ? この世界にいたほうが幸せに決まってらあ。シャルルーもいることだしな」
「そっかあ……残念だわ」美奈子はがっくりと肩を落とした。
「あまり落胆しないでください、美奈ちゃん。これで何もかも解決したのですからね」元之は慰めるつもりで言ったのだが、緑は失う、元の世界では赤ちゃんが死産するかもしれない、などと過酷な現実に対し、実際、なんと言っていいやらわからなかった。
*次回のお話*
18.永い眠り