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17.見晴らしの塔

*前回までのお話*

せっかく授かった美奈子の母の赤ちゃんが、死産するかもしれないという。

 元之が教室に入ると、まだまばらな席に美奈子がすでに座っていた。時折、ふうっと溜め息をついている。

「おはようございます、美奈ちゃん。どうしたんですか、そんな浮かない顔をして」

「あ、元くん、おはよう」ここでまた美奈子は溜め息をつく。「うちの赤ちゃん、もしかしたら死産かもしれないんですって」

「ほんとうですかっ」元之は目を丸くした。

「うん、お医者さんがそう言っていたって、おかあさんが」美奈子の目からみるみる涙がこぼれてくる。

「けれど、まだそうと決まったわけではないんでしょう?」

「そうだけど、お医者さんが言うんだから……」ハンカチで目元を拭きながら答えた。

「医者だって間違えることはありますよ」ここで元之は声を落として、「魔法で調べてみましたか?」

「いいえ、考えもつかなかった」と美奈子。

「なら、昼休みに校舎の裏へいって確かめてみましょう。きっと、思い違いですよ」


 給食を急いで食べ、美奈子、元之、そして浩は校舎裏へと急いだ。

「どうしたんだ、こんなところへ来て」事情を知らない浩が聞いた。

「美奈ちゃんのおかあさんが死産するかもしれない、そう医者に言われたそうなのです。それが真実かどうか、魔法を使います」元之は辺りを見回し、誰もいないことを確認した。「いいですよ、美奈ちゃん。呪文を唱えても」

 美奈子は目をつぶって、お母さんのお腹の中の赤ちゃんを強くイメージする。

「ピュアリス! 赤ちゃんは本当に死産なの?」すぐに頭の中に声が聞こえてきた。

〔このままでは死産〕

「このままでは死産だって。どういうことかしら」

「何が原因か聞いてみるといいですよ」元之が促す。

「ピュアリス! なぜ、死産になってしまうの?」

〔魂が入っていない〕

「魂が入っていないですって」困惑する美奈子。

「魂がなけりゃあな、そりゃ死んでるってことだろ?」と浩。

「いいえ、そうとばかりも言えません」元之が話し出した。「これはわたしの推論ですが、胎児にはもともと魂がないのだと思いますよ。段々と育っていくうちに、魂が宿るのでしょう。それが、美奈ちゃんの赤ちゃんの場合、ずっと遅れているということなのかもしれません」

「どうしたらいいのかしら?」美奈子のこの問いに、さすがの元之も答えを窮した。

「生まれるまでにまだ間があるんだろ。きっと、魂がやって来て入り込むさ」浩は慰め半分にそう言うのだった。

「だといいんだけど……」


 放課後、3人はほとんど何もしゃべらないまま歩き続けた。和久は帰らない、緑とはもう会えない、おまけに死産だと告げられては話す言葉もあるはずはなかった。

 商店街に差しかかったとき、通行人の男が突然、「うわっ、助けてくれー。身動きができなくなってしまった!」と叫んだ。

 見れば、全身にクモの糸が絡まっているのだった。

「まあ、大変!」美奈子はとっさに、「ピュアリス! あの人のクモの糸をなくしてちょうだい」と唱えた。糸はすっと消え、男は再び自由の身となった。

「どうやら、また自然魔法が発動したらしいですね」元之がつぶやく。

「よし、ランドセルを置いたら、元之んちに集合な。きっと、あちこちで被害が出てるぞ」浩は急ぎ足になり、2人もそれに従った。

 浩の言う通り、帰り道であちこちクモの糸に絡まっている人々を目にした。そのたびに、3人はかわるがわる糸を解いてやるのだった。


 ランドセルを置いて元之の家に前に集まった一同は、さっそく捜索に乗り出す。すると、至る所でクモの糸に巻き付かれたり、中には木からぶら下げられている者までいた。

 それらを解決しながら進んでいくと、どうやら一定の道筋を通っていることがわかった。

 追いかけるようにして、美奈子達はその痕跡をたどっていく。

 民家の軒先で、何か影のようなものを見た、と浩は思った。

「向こうに何かいるぞっ」こぞって走り出し、ついにその現場を目撃した。

 花柄模様のクモが、それもイヌほどもあるやつが、若い女性に向けてお尻からクモの糸をピュッと飛ばした。かわいそうに、彼女はその場でがんじがらめにされ、泣き出してしまった。不思議なのは、その女性にはクモも糸も見えていないらしいことだった。

「シュルラクス! 糸を消したまえ」糸が消えると、女性はしゃがみ込んで顔を覆った。

「わたし、病気にでもなったのかしら。急に体が縛りつけられたように動けなくなったの」彼女は訴えた。

「あのクモが見えませんでしたか?」元之が尋ねても、首を横に振るばかりだった。


 クモを追いながら、元之は浩達に言った。

「どうやら、魔法使いにしか見えないらしいですね」

「面倒なやつだな。それじゃ、逃げようにも逃げられないじゃねえか」

「とにかく、早くクモを追いかけましょう」

 クモはところ構わず糸を飛ばし、すばしっこく走って行く。おかげで、途中見失っても、その糸を手がかりにしていけば、どこへ行ったかわかる。それだけがありがたいことだった。

「あたし、クモは大っ嫌いだけど、あのクモはきれいな模様をしてるわね」

「ええ、少々悪さが過ぎますがね」

「追い詰めて、どうする? また、黄色いネズミのように魔法を跳ね返しちまうかもしれねえぞ」浩が懸念する。

「そのときはまた、あの魔法の虫取り網を使うわ」


 クモは屋根を登ったり、庭先を突っ切ったり、どうやら真っ直ぐどこかへ向かっているらしかった。とは言え、美奈子達は屋根を登るわけにも行かないので、クモの出す糸を目印にするしかなかった。

「このまま行くと、見晴らしの塔に着くな」浩が言う。

 その通り、クモはプラタナスの林を走り抜け、そのままどこかへ消えてしまった。もう、クモの糸はどこにもない。

「どこへ行ってしまったんだろう」美奈子は辺りを見渡した。

 噴水広場で一息ついていると、ちょうどそこへ公園番のおじいさんがやって来た。浩は思わず、

「おじいさん、クモを見なかった? こんなばかでかいやつ」

「おお、見たとも。ほれ、あの見晴らしの塔のてっぺんに巣を作っておるじゃろうが」


「やだわ。あんなところに卵でも産むつもりかしら」美奈子が気味悪そうに言うと、

「1匹だけでも往生しているのに、何百匹も生まれては手に負えませんよ」そう元之が渋い顔をする。「さあ、今のうち、消してしまいましょう」

「でも、公園番が見てるわよ」美奈子はひそひそとささやいた。

「なら、見晴らしの塔の裏側へ行こう。そこなら誰も見てないからな」

 一同は見晴らしの塔の裏側へとまわり、

「おれがやってみるよ。魔法を跳ね返されたら、誰か解いてくれよな」浩は呪文を唱えた。「リラディス! あのクモを凍りつかせてくれ」

 魔法は跳ね返されなかった。クモはたちまち氷の塊に閉じ込められた。「もういっちょ。リラディス! クモよ、氷ごと粉々になれ!」

 クモは巣もろとも木っ端みじんとなり、そのままパラパラと見晴らしの塔から散っていった。

「一件落着ね」美奈子は手を叩いて喜んだ。


「そうでしょうか。みなさん、変だとは思いませんか?」真顔で元之が聞く。

「なにが? クモのやつめ、バラバラになったじゃないか」浩が疑問をぶつける。

「わかりませんか? あのクモは誰にも見えなかったはずではありませんか。なぜ、公園番のおじいさんには見えていたんでしょうね」

 ここで美奈子と浩はハッと気付いた。

「あのおじいさん、魔法使いなんだ!」2人は異口同音に叫んだ。

「さっそく行って、その辺りのことをうかがうとしましょうか」

 3人は、ゴミ拾いをしていた公園番のもとへ、まるで詰め寄るかのように向かってこう尋ねた。

「おじいさん、魔法使いなんでしょ」

 てっきり否定するかと思っていたが、答えはあっさりしたものだった。

「そうじゃよ。もっとも、今までそう聞いてきた者は誰1人おらんかったがのう」

「つ、ついに5人目の魔法使いを見つけたぞっ」浩は飛び上がって喜んだ。

「でも、もう1人は1億年前にいるのよ」


「なんじゃと、1億年前だって?!」今度はおじいさんが驚く番だった。「すると、お前さん方は全員魔法使いかね?」

「ええ、実はそうなんです」

 公園番はゴミカゴを下ろすと、感慨深そうな顔をした。

「そうか、そうか。先祖代々伝わってきた話が、これでようやくつながったわい」

「どういうことですか?」と美奈子。

「はるか遠くから3人の魔法使いが現れ、1人の魔法使いを連れて帰っていく、そう聞かされてきたんじゃ。今こそ、見晴らしの塔が役に立つときじゃ」

「見晴らしの塔って、灯台じゃないんですか?」

「いや、違う。わしらはこの塔を見守って、代々公園番を務めてきたんじゃ。さあ、ついておいで。この塔の本当の目的を教えてあげよう」


 3人は何が何だかわからないまま、公園番についていった。そこは公園番の詰め所だった。人、1人が入っても窮屈なほど狭い場所である。

 公園番のおじいさんは、イスをポンと蹴って倒す。そこには梯子のついた深い穴が空いていた。

「ここから下まで、ちょうど6メートルある。いいかね、向こうに着いたら、最初に出会った人物にそのことを伝えるんじゃ。さもないと、えらいことになるからのう」

 公園番がまず降りていき、続いて美奈子、浩、元之の順であとに続いた。

 下まで降りると、手掘りの通路になっていて、周囲のヒカリゴケのおかげで隅々まで見渡せた。

 通路は真っ直ぐ続いていて、行き着いた先には銀色の壁が立ちふさがっている。


「パラミラス! 扉よ、開け!」公園番がそう呪文を唱えると、金属の壁がスーッと開いた。「さあ、中に入りなさい。わしはここで待っておるからの」

 言われた通りに入っていくと、扉がひとりでに閉まる。

 中央には太い柱が立っていた。柱にはボタンがついており、試しに押してみるとまたしても扉が開いた。

「これって、エレベーターだわ」美奈子が行った。

「乗ってみましょう」中は5人の大人が同時に乗れる広さだった。

 エレベーターはモーターの音をキーンと鳴らしながら昇っていった。

 再び扉が開き、どこか機械的な声がこう報せる。

〔最上階に到着しました〕

 外に出てみると、パッとライトが点灯し、長年眠っていたと思しき計器類が点灯する。

「なるほど、わかりました」元之がうなずいた。「見晴らしの塔の正体はロケットだったんですよ」

「ロケットになんか乗って、どこへ行くってんだ」浩は首を傾げた。

「さあ……けれど、これぞまさに乗りかかった船です。行くところまで行ってみましょう」

*次回のお話*

18.タンポポの国

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