12.美奈子の心配
*前回までのお話*
フリマで買った毛布をかぶった途端、美奈子、元之、浩は不思議な宇宙へと落ちてしまった。
朝、美奈子が学校へ行こうと玄関を開けると、あちらこちらにキノコが生えていた。
「何かしら、いったい。夕べ雨が降ったからかなぁ」特に気にもせず、教室に入る。
すかさず、元之が駆け寄ってきて、
「美奈ちゃん、見ましたか? ところかまわずキノコが生えているのを」と聞いてきた。
「見たわ。でも、キノコぐらいどうってことないじゃないの。そのうち無くなるわよ。それに、前なんかバナナが降ってきたことがあったじゃないの。それに比べたらなんでもないわ」美奈子は取り合わなかった。
「わたしは1本取って、じっくり見てみたのですが、マツタケにそっくりでした。でも、微妙にどこか違うのですよね。マツタケだと思って、食べてしまう人もいることでしょう。それがもし、毒キノコだったら大変なことになりますよ」
「まあ、じゃああたし達魔法使いの出番ね」美奈子は両手を組み、目をつぶった。町中にはびこるキノコをイメージしているのだ。魔法はイメージが大切なのである。
それから、クラスの誰にも聞こえないように、こうささやいた。
「ピュアリス! ラブタームーラの町中に生えているマツタケもどきをすべて消し去りたまえ」
「これで安心ですね。あれも一種の自然魔法なのでしょう。願わくば、食べた人がいませんように」元之は心配しながらも、ほっと息をつくのだった。
帰り道、どこを見てもキノコは生えていなかった。その代わり、クスクス笑いながら、あるいは大笑いしながら歩いている者がやたらと多い。
「まさか、あの人達はキノコを食べたのかも知れませんよ」と元之。
「ということは、ワライタケ?」
「そういうことになりますね。そのうち、症状も治まるでしょう。まあ、あの程度でよかったということです」
「あたしだったら、そこら辺に生えているキノコなんか、絶対に食べないわ。だって、なんだか汚らしいじゃない」
「それに、本物のマツタケは松の木にしか生えないのですよ。食べた人はうかつでしたね」
その翌日、玄関を出るとまたしても昨日と同じキノコがはえていた。それも、前よりももっといっぱい。
「どういうこと? 昨日、魔法で消したはずなのに」美奈子は電柱の陰に隠れて、こっそりと呪文を唱えた。
「ピュアリス! 町中のマツタケもどきを消してちょうだい」マツタケもどきはたちまちのうちに消え失せた。「こんどこそ生えてこないでね」
けれど、その次の日もマツタケもどきが群れるように生えていた。美奈子は教室で元之に相談することにした。
「あたし、2度も魔法で消したのよ。でも、次の日になると、また出てきちゃう。どうしてかしら?」
「うーん」元之は、生えてもいないあごの髭をなでるそぶりをし、考え込んだ。「きっと、どこかに元凶があるのでしょう。それを消さない限り、これはいつまでも生えてきますよ」
「それ、どうやったらわかる?」美奈子が聞いた。
「たぶん、マツタケもどきが生えているその中心にあるのでしょう。胞子をばらまいているんですよ。放課後、それを探しに行きましょう。
そのうち、マツタケもどきは教室の中にもニョキニョキと生え始めた。
「先生、教室の隅っこにキノコが生えてきました」鈴木健二がそう報告する。
「あら、これマツタケじゃない。こんなところに生えているなんて不思議ねえ。これ、料理して食べるとおいしいのよ」小倉先生はいった。ふだん、クルマで通勤しているので、町中に生えていることに気付かなかったのだ。
「なぁんだ、食べられるキノコだったのか。うちの周りにもいっぱい生えてるよ」吉岡秀樹がそう言うと、うちもうちもと大賑わいになった。
元之がすっくと立って、
「みなさん、このキノコを食べてはいけません。マツタケに似ていますがよく見ると違います。これはワライタケです。しかも、どうやら思い出し笑いをさせるキノコのようですよ。いいですか、絶対に食べてはいけません」そう毅然として警告した。
誰もが、なんだ、食べられないのか、と残念がるのだった。
放課後になり、美奈子と元之は、誰も来ない学校の裏へと行った。
「わたしが元凶を見つけてみましょう」そう言うと、「シュルラクス! このキノコたちはどこからやってくるのか教えたまえ」と唱えた。
目の前にパソコンのモニターのような地図が表れて、その真ん中に赤いバッテンが描かれていた。
「あ、ここ知ってる! ラブタームーラ幼稚園のすぐそばにある廃屋だわ」
「とにかく、今あるキノコを消しておくべきでしょうね」と元之。
美奈子は「ピュアリス! マツタケもどきをすべて消したまえ」と呪文を言葉にした。辺りにびっしりと生えていたマツタケもどきはきれいに消えてなくなった。
「さあ、その廃屋へ行きましょう。いったい、何が潜んでいるのやら」
小学校から幼稚園まで、カエデ大通り沿いにそって30分ほど歩く。浩はといえば、今日も相変わらず三つ子山で穴掘りをしていた。シャルルーが見つかれば、和久を元の時代に戻す方法もわかるかも知れない、そんな希望があったからだ。
そちらは浩に任せ、自分達魔法使いは、この混乱を鎮めるのが今の役割だった。
カエデ大通りは今のところキノコのきの字も見当たらない。けれど、明日になれば今日よりもどっさり生えているに違いなかった。
自然、2人の足取りは速くなる。
「まさか、人喰いの怪物ってことはないでしょうね?」美奈子はこわごわそう言った。
「それはあり得ますね。自然魔法は何が起こるかわかりませんから」この言葉に、美奈子はいっそうゾッとした。
ようやく幼稚園に着き、さらに1ブロック先に問題の廃屋を見つけた。
蔦が覆い被さるように絡んだ、今にも崩れ落ちそうな家である。
「ああ、ここでしたか。幼稚園に通っていた頃、いつも気味の悪い家だなと思っていましたよ」元之が覚えていて当然である。何しろ、美奈子とは同じモモ組同士だったのだから。
「さあ、開けてみましょう」恐る恐る、取っ手に手を伸ばす美奈子。
「気をつけてください。何が出てくるかわからないのですからね」
美奈子は忠告に従って、そっとドアを開けた。中はマツタケもどきでびっしりだった。その中心に、天井まで届くかと思われる、色もけばけばしい怪しいキノコが立っていた。ときどきブルッとカサを揺らすと、黄色い胞子がばさばさと落ちて広がった。
「今度はわたしがやりましょう」元之が呪文を口ずさむ。「シュルラクス! この化け物キノコを永遠に消し去りたまえ!」
巨大なキノコは、まるで塵のように粉々に砕け、同時にマツタケもどきもしおれて無くなっていった。
「やったわね! あたし達、魔法使いになって初めて、魔法使いらしいことをしたんじゃない?」
「そうですね。とにかく、これで一件落着です。町中で笑い転げている人々も、魔法が解けて元に戻っていることでしょう」
美奈子と元之は肩の荷が下り、ほっとして家へ向かった。
美奈子が家に着くと、おかあさんが夕食の準備をしていた。けれど、いつもなら鼻歌を歌いながら楽しそうに支度をしているのに、今日はやけに疲れた顔をしている。
「おかあさん、どっか具合でも悪いの?」美奈子がそう尋ねると、
「うん……さっきから吐き気がして調子悪いのよね」
「あとはお鍋を煮るだけでしょ? だったら、あたしが火を見てるから、ちょっと休んできたら?」美奈子は心配してそう言った。
「そう? 悪いけどそうしてくれると助かるわ」そう答えると、自分の部屋と向かった。
皿や茶碗をテーブルに並べ、鍋の具合を確かめ、いいあんばいだと判断して火を止めた。
けれど、しばらくしても、まだおかあさんは起きてこない。
「よっぽど調子が悪いんだなあ。こんなおかあさん、初めて見たわ」美奈子は心配になった。
更に時間が経ち、おとうさんが仕事から帰ってきた。
「あれ、おかあさんは?」とおとうさんが聞く。
「それが、気持ちが悪いって言って、さっきからずっと自分のベッドで寝ているの」
「そうか、ちょっと様子を見てくるとしよう」おとうさんはおかあさんの様子を見にいった。
奥の方で声がする。
「大丈夫か? 病院へ行った方がいいんじゃないのか」
「いいえ、平気よ。寝てれば治るから」
「そんなこと言って、お前。たちの悪い病気だったらどうするんだ。保険証はどこにしまったっけ? クルマで連れて行ってやるから、早く用意をしなさい」
美奈子はますます不安になった。悪い病気ってなんだろう。まさか、このまま治らず、死んじゃうのかなぁ。
そんな泣きたい気持ちになっていると、おとうさんはおかあさんに肩を貸してやりながら部屋から出てきた。
「美奈子、おとうさん、おかあさんを連れて病院へ行ってくるから、留守番を頼むな」
「うん……」美奈子はいても立ってもいられない気持ちだった。泣いてしまおうか。その方がすっきりするに決まっている。でも、泣くと悪い思いが現実になってしまうような気がして我慢した。
美奈子は食事も摂らず、両親が帰ってくるのをじっと待っていた。
けれど、1時間経っても、2時間経っても帰ってこない。いよいよ、不安が的中して、このまま入院してしまうんじゃないか、そう思えてならなかった。
3時間が経とうとした頃、ようやく2人が戻ってきた。相変わらずおとうさんの肩を借りてはいたが、その表情はうって変わったように明るかった。
「おかあさん、どうだった? 大丈夫?」たまらなくなって、美奈子はきいた。
それに答えたのはおとうさんの方だった。おとうさんもにこにこと明るい笑顔を浮かべている。
「あのな、美奈子。お前に弟か妹ができるんだ。今、おかあさんのお腹には赤ちゃんがいてな、それで具合が悪くなっただけなんだよ」
「赤ちゃんが?!」美奈子はびっくり仰天した。同時にはしゃぎたくなるほどうれしくなった。
「美奈子、ごめんね、心配かけちゃって。今、5ヶ月なんだって。来年の春には生まれるのよ。生まれたら、緑の時のように可愛がってあげてね」
緑のことを言われ、美奈子は急に複雑な気持ちになった。そうだ、緑は行ってしまったんだっけ。そして、もう2度と帰っては来ないのだ。
そう思うと、自分が悲しいのかうれしいのかわからなくなってきた。
もし、生まれてきた赤ちゃんが緑の生まれ変わりだったら、どんなにかいいことだろう。けれど、そんなことが起きるわけがない。
遅くなった食事を口にしながらも、緑のことを思い、自分がどんな気持ちなのかわからずにいた。
もちろん、赤ちゃんができたことはとてもうれしい。けれど、その子を見るたびに、きっと緑のことを思い出すだろう。
美奈子の心から、悲しみが消える日は果たしてくるのだろうか。
*次回のお話*
13.別世界へと続く洞窟