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11.魔法の毛布

*前回までのあらすじ*

図書館で資料を探していた元之。突然、端末に文字が表れ、元之を魔法使いに任命する。

 土曜日の朝、元之が教室に入ると、すでに美奈子と浩が登校していた。

 さっそく2人を教室の隅に呼び寄せると、ひそひそと昨日のことを話す。

「わたしも魔法使いになりました」

「え、ほんとに?」

「まじかよっ」

「ええ、本当のことです」元之は言った。

「で、相手はどんなやつだった?」浩が聞くと、

「人ではありませんでした。なんと、図書館の端末だったのです」

 これには2人もさすがに驚いた。

「ちっ、おれだけかよ。まだ、魔法使いになってねえのは」浩はくやしそうに舌打ちするのだった。

「いいえ、おそらく近いうちにあなたも魔法使いになるのでしょう。端末はわれわれタンポポ団のことを知っていました。どうやら、タンポポ団を全員魔法使いにするつもりらしいのです」

「おれが魔法使いに――」浩は今度は夢観るような溜め息をつく。


「そういえば、博物館の館長も言ってたわ。タンポポ団こそ、魔法使いにふさわしいって。こちらが探さなくても、向こうからやって来るだろうとも。あたし、館長には自分達が魔法使いだ、なんて話してないのに」

「それで、あなた達は何か収穫がありましたか?」と元之。

「いいえ、校長先生も館長も、色々と調べてはくれているんだけれど、まだ何もわかってないの」

「おれも、二の山を掘っている最中だけどよ、骨1本出てこないぜ。で、お前の方は何か見つかったのか?」

「残念ながら、お2人と同様、まだ何も」

 3人はがっかりしたように肩を落とした。


「ところで、今日は噴水広場でフリマがあるそうですよ。気晴らしに行ってみませんか。授業は午前中で終わりですしね」元之は励ますつもりでそう言った。

「フリマ……フリーマーケットのことか。『自由の市場』って意味だろ?」浩が聞いた。それに対し、元之はこう答える。

「違いますね。『フリー』というのは英語で『ノミ』のことです。そう、血を吸われると痒くなる、あのノミです。日本語ではフリマのことを『ノミの市場』と言うではありませんか」

「フリマかぁ。あたし、行ってみようかな。何か面白いものがあるかもしれないし」

「縁の欠けた壷とか仏像とかな」浩がからかう。「でも、確かに毎日穴掘りばかりで、少し退屈してたんだ。おれも行くよ」

「決まりですね。じゃあ、ランドセルを置いて、昼ご飯を食べたら美奈ちゃんちの前で待ち合わせましょう」


 学校が終わると3人一緒に帰り、それぞれいったん、家に戻る。

 美奈子は自分の部屋に入り、ランドセルをイスに掛けた。そして、改めて周りを見回すのだった。

 緑がいなくなってから、ガランとして感じられた。幼児服はすべてタンスにしまわれてしまったが、大事にしていた縫いぐるみのクマは、今も机の上に飾られている。使う者がいなくなった二段ベッドもそのままだ。

 美奈子は急に虚しくなった。もう少しで涙があふれるところだった。

 幸いにも、1階からおかあさんが、

「美奈子-、ご飯できてるわよ。今日はオムライスにしたから、早く下りてきなさい」という声に救われたのである。


 それぞれ食事を終えて、美奈子の家の門の前に集まった。

「それじゃ、参りましょうか」元之が声をかけると、一斉にぞろぞろと歩き出す。

 ここからなら、カエデ大通りにでてまっすぐ行けばいい。銀色に輝く見晴らしの塔がランド・マークである。そのすぐ下に噴水広場があった。

 着いてみると、おのおのがゴザやビニール・シートを敷いて、家にあった不要品を並べていた。

 浩の言った通り、古びた壷や仏像も見かけたが、大抵は衣類や電化製品などだった。

「いつもの景色とは、全然違って見えるわ」美奈子は辺りを見渡して感嘆した。

「人もすごいな。ふだんは数えるほどしかいねえのにな」

「今は10月が始まったばかり。そろそろ秋物を処分して、少しでも家の中をすっきりさせたいのでしょう」


 3人は散らかったような広場を、目をキョロキョロさせながら歩いた。

「これなんか、かわいらしい宝石箱だわ。あたしのこのヒスイのペンダントを入れておくのにちょうどいいかも」美奈子は胸元にそっと手を置いた。魔法使いになった記念にと、校長先生からもらったものである。このペンダントにはちょっとした魔法があって、虹のたもとへと連れて行ってくれるのだった。

 結局、美奈子はその宝石箱を買うことにした。フタにバラのレリーフのついた赤い小さな箱だ。

 150円と値札がついていたが、おばさんは100円でいいと言ってくれた。

「得しちゃったわ」美奈子はうれしそうに宝石箱を受け取ると、キュロットのポケットに収めた。

 一方、離れて行動していた浩が、自慢げにフォーク・ギターをかついで戻ってきた。

「これでたったの500円だってよ。おれ、前からギターを引いてみたかったんだ」そう言うと、ストラップを首にかけ、じゃららーんと引き下ろしてみた。「元之は何かいいものを見つけたか?」

「いえ、どれも興味深いですが、まだこれといって」


 その後もあちこち見て回ったが、元之のおめがねにかなうものは見つからなかった。

 そろそろあきらめて帰ろうとしたところ、若い女性の座る目の前にある毛布に目が行った。紺色をしていて、星が無数に描かれている。

「これなどいいですね」初めて、元之が目を光らせた。

「これは魔法の毛布なんですよ、坊や達」女性がにこやかに言う。「掛けて寝ると、星の世界へと連れて行ってくれるの。それは素敵なところよ」

 元之を始め、他の2人もそれはないだろう、と疑ってかかったが、特に言うべきこともなかった。デザインが美しい、それだけで十分だったからである。

「おいくらですか?」毛布には値札が貼られていなかった。

「10万円」女性は即答した。そのあとでニッコリ笑って、「冗談よ、冗談。そうねえ……300円でどうかしら」

「買います」元之は財布を取り出し、小銭を渡した。

「ありがとうね、坊や。いま、ショッピング・バッグに入れてあげるから」傍らから紙のバッグを取り出すと、折りたたんである毛布を中に入れて渡してくれた。

「こちらこそ、ありがとうございます」元之は礼を言ってその場を離れた。


 帰り道、元之が言った。

「今晩、わたしの父が出張でいないのですよ。よかったら、2人とも泊まりに来ませんか」

「いいけど、おばさんが迷惑なんじゃ?」と美奈子。

「大丈夫ですよ。母は賑やかなのが好きですからね。それに、この毛布の魔法とやらを試してみようではありませんか」明らかに信じていないのに、もっともらしく言う。

「おれはかまねえぞ。うちのとうちゃんもかあちゃんも、おれが一晩くらいいなくても気がつかねえほどだからな」もちろん、そんなことはないのだが。

「じゃあ、決まりですね。荷物を置いたら、わたしの家に来て下さい」

 互いの家の近くまで来たとき、元之がそう言った。3人はそれぞれ別れていく。


 家に帰ると、美奈子はさっそく宝箱にヒスイのペンダントを収めた。それから、遠足に使うリュックに歯ブラシやパジャマを詰め込むと、台所仕事をしているおかあさんに、

「おかあさん、今晩はご飯要らないから。元君の家に泊まりにいってくるの。いいでしょ?」

「まあ、元之君のお家でお邪魔なんじゃないの?」当然の答えが返ってくる。

「今日、おとうさんが出張でいないんだって。あたし達子供だって、誰もいないよりはましでしょ」と生意気な口を叩く。

「くれぐれも迷惑をかけないでちょうだいね」

「わかってるって」美奈子はそう言って玄関を出て行った。


 美奈子が元之の家の前で待っていると、程なくして浩もやって来た。

「あんた、着替えのパジャマとかちゃんと持ってきた?」

「当たり前だろ。さ、チャイムを鳴らそうぜ」浩がピンポーンと鳴らすと、すぐに元之が顔を出した。

「入ってください。今、母がおやつの用意をしていますから」

 そこで2人は「お邪魔しまーす」と言って靴を脱いだ。

 奧から1才半になる元之の妹、江美利が駆けてきた。

「おにいたん、おねえたん、いらったい」つたない口調で出迎えてくれた。江美利には不思議な能力があって、ときどき透明になって見えなくなってしまうのだ。しかも、その間はまるで賢者のように利発になる。

 もっとも、ここ半年ばかりは影を潜めているが。

「さあ、テーブルについてください」元之が勧める。

 間もなくおかあさんがトレーを持って現れ、

「まあまあ、いらっしゃい2人とも。今日はおとうさんがいないので、ちょっと心細かったの。来てくれてありがたいわ」

 トレーからイチゴ・ショート・ケーキと冷たいココアを各自の前に置いてくれた。

「さあ、食べてちょうだい。あ、そうだ。今晩はわたし達のダブル・ベッドで寝るといいわ。広いから、あなた達3人でも十分でしょうし。わたしと江美利は元之のベッドで眠るわね」


 おやつを食べ、元之の部屋でトランプをしたり、テレビを観たりしているうちに、あっと言う間に寝る時間が来た。

「さあさ、あなた達、もう寝なさい。明日は日曜だから、いつまでも眠っていていいのよ」そうおかあさんが言うので、元之は、例の毛布を持って1階に下りていった。


 そこで3人はパジャマに着替え、まず浩がベッドに飛び込んだ。ふかふかして気持ちよかった。

 間に美奈子を挟んで、元之が毛布を横向きに掛ける。まだ暑いのでこれ1枚で十分だった。

 しばらく横になっていたが、特になんの異変も起きなかった。

「ほらね、魔法なんてかかってはいないのですよ」元之が愉快そうに笑う。

 3人とも寝付きのいい方だったので、しばらくするとうつらうつらとしてきた。


 その時だった。全員が同時にストンと落ちる感触を味わったのは。

 気がつくと、紺色の宇宙に無数の星が浮かんでいた。

「なんてこった。ほんとに宇宙に来ちまったぞ!」そう叫んだのは浩だった。

「あたし、まったく信じてなかったのに!」

「確かに本当の魔法がかかっていましたね。これは驚きです!」

 天には大熊座、小熊座、オリオン座、そしてなぜか南十字星、はくちょう座、さそり座と、季節も緯度もまるで関係なく星座が浮かんでいた。

「宇宙は宇宙でも、どうやら魔法の国のようですね。現にこうして息をしていられるのだし……」と元之。

「ほら、見て。自由に泳げるわよ」美奈子が平泳ぎで飛んでいく。


 これらがすべて夢だと気付いたのは、本物の朝日が差し込んできた頃だった。

*次回のお話*

12.美奈子の心配

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