10.図書館
*前回までのお話*
秋の運動会で、美奈子は緑の声援を聞いた気がした。俄然、元気を取り戻した美奈子は、見事1番になったのだった。
美奈子は放課後、校長室へと足を向けた。このところと、毎日そうしているのだった。
元魔法使いだった校長先生なら、何か手がかりを得られるのではないかと思ったからだ。
校長室をノックすると、「どうぞ」と優しい声が聞こえてきた。美奈子はノブを回すと、中へ入る。
「さあ、そこに座ってちょうだい」目の前には、美奈子が来ることを知っていて、すでにイスが用意されていた。
「あれからなにか思い出したこととかありませんか?」美奈子は尋ねた。
「あなたをがっかりさせるつもりはないけれど、何も浮かばなかったの」
「校長先生は5人の魔法使いの中で1番偉いんでしょ? きっと、何か知っているはずだわ」
「あらあら、わたしは偉くなんかないのよ。そうねえ、あったことはないけれど、『長老』と呼ばれる魔法使いがいる、という話なら聞いたことがあるけれど……」
「その人が何か知っているかも」美奈子は立ち上がりかけた。しかし、どこにいる誰だかもわからない相手を探すことが、どんなにか難しいかすぐに思い出す。
「魔法で呼び出すことはできないでしょうか」と美奈子。
「あなたは魔法使いになったばかりでわからないでしょうけれど、魔法を使うにはイメージが大事なの。その人の顔もわからないのでは、それは無理でしょうね」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「5人の魔法使いが集まれば、集合魔法が使えるって話はしたかしら?」校長は聞いた。
「いいえ。それでどうなるんですか?」
「1人では無理でも、集合魔法さえ使えれば、1億年前の和久さんを呼び戻すことができるでしょうね」
「でも、肝心の1人がその和久なんです」美奈子はふうっと溜め息をついた。
「そうねえ、魔法使いを探すのは至難の業よね。今のところ、あなた独りきりだし……」校長は考え込むように目をつぶった。
「そうだわ!」美奈子が思いついて言う。「あたしが、あと4人の名前を思い出させてやればいいんだわっ」
「いいえ、それは禁じられていることなのよ。1人の魔法使いは別の1人しか魔法使いにすることをしてはならない決まりなの」校長は少し厳しい言い方をした。
「どうしてですか?」しかし、美奈子はあきらめきれず言い返す。
「さあ、なぜかしらねえ。でも、悪いことが起きると言われているのよ。もし、魔法使いを5人集めるなら、探し出すしかないわね。それにほら、以前、日本語大辞典を盗んだ人が魔法使いだった、あなたはそう言いましたね? わたし達以外にも自分の名前を知っている者がいるかも知れないでしょ。もっとも、そういう人から魔法を奪うのもわたし達の使命なのだけれど」
「それじゃ、魔法使いがあと4人揃ったら、とりあえず集合魔法を使い、相手の魔力を奪えばいいんですね?」
「ええ、見つかればの話ですが」
「わかりました。でも、どうやって探せばいいんでしょう」
「それはわたしにもわからないの。昔は5人の魔法使いは一緒に行動したと言いますが、ちょっとしたことで仲違いしてしまい、ばらばらになってしまったそうですよ。そのうち、それぞれが魔法使いを引き継いだために、今となっては誰がそうなのかわからなくなってしまったの」
「そんなことがあったんですか。あたし達の世代で、また1つの集団に戻れればいいんですけど」美奈子は心からそう思った。
美奈子はなんの収穫も得ないまま、校長室を出て行った。
ランドセルをしょって教室を出ようとしたとき、ふと思いついたことがあった。
「あたしったら、なぜこんな簡単なことに気がつかなかったのかしら」そう独り言をいいながら小躍りをする。「そうよ、ひどく簡単なことだったんだわ」
駆けちゃいけないという廊下を走り、下駄箱で靴を履き替えると、博物館を目指した。
「緑は連れて帰れないけど、和久だけなら……」そう思うと、いても立ってもいられないほど胸が高鳴った。
博物館に着くと、館長がどこかにいないか見回した。いないようなので、館長室をノックする。
「お入り。鍵は開いてるよ」館長ののんびりした声が返ってきた。美奈子は中に入ると、隅っこに置かれた百虫樹に目を向けた。
「館長、あたし、和久を連れ戻す方法を見つけたわ」興奮して、いつもの倍くらいの声で言う。
「ほうっ、それはどんな方法なんだね?」館長はイスから立ち上がった。
「魔法昆虫に願いをかけるのよっ」
「なんだって?! それは正気かね」館長はたまげてイスに座り直した。
「あれ、なんだっけ。そうそう、ゾウムシモドキ。あれはただ重いだけでたいした害はないでしょ? その虫を解放する代わりに、和久を1億年前から引き戻すの。緑で実証済みだから、できるはずよね?」
「うーん、なるほど。いや、いかん、いかん。どこに出現するかわからんのだ。誰かの上にでも現れたらえらいことになる。それに、昆虫によって魔力が違う可能性だってある。ゾウムシモドキだけ解放されて、和久君が戻ってこないことだって考えられる」
「でも、和久が帰ってくる可能性だってあるんでしょ」ここであきらめてたまるか、とでもいうように、美奈子は反論した。
「それはそうだが……。いや、やっぱりだめだ。捕まえても、今度は封印できんではないか。保管する場所もない」
そうか、用が済んだら封印しなければならない。しかし、そうしたら、魔法はなかったことになり、和久は再び1億年前に送り届けられてしまうのだ。
「わしも、ただぼけっとしておったわけじゃない。5人の魔法使いの中で最も力の強い『長老』という存在がいることを突き止めたのだ。彼なら何か知っているかも知れない」
「さっき、校長先生からも聞いたわ。でも、どこにいて何をしているのかもわからないのよ。探すのなんか無理だわ」
「そうだろうか。君達タンポポ団には、魔法使いになるだけの資格があると思っとる。だとすれば、こちらが探さずとも、向こうから近づいてくるに違いあるまい」
「だといいんだけど……」美奈子には、単なる慰めにしか聞こえなかった。
「わしも色々と協力するから、無茶はやめておくれ。きっと、和久君を取り戻してみせるさ」
結局、美奈子のアイデアはことごとくボツになってしまった。
一方、浩は学校から帰ると、真っ先に三つ子山に向かった。
「三の山にシャルルーがいないのだとしたら、二の山かもしれない」そう考え、シャベルで掘り続けた。「きっと、眠る場所を間違えたんだ。そうに違いない。ああ、シャルルーさえ見つけられれば、和久達の様子がわかるのになあ」
しかし、あちこち掘りまくっても、骨1本出てはこない。小さな山とはいっても、それは登ればの話であって、掘るとなると膨大な広さになる。
毎週、日曜になると、館長の指揮の下、三の山を掘り起こす。重機を使ってもあれだけ苦労しているのだ。浩1人ではなかなか骨の折れる作業には違いなかった。
三の山を掘り出すときは、いつも見に来ていた。そして何も発見できないとわかり、館長ともどもがっかりして埋め直すのだった。
「二の山を掘り尽くしたら、今度は一の山だ」汗をかきながら、そうつぶやくのだった。
元之はといえば、図書館通いを欠かさなかった。端末に向かってそれらしい本を検索しては、読みあさり、和久を元の世界へ戻す方法を模索していた。
「魔法、1億年、戻す、これで調べてみるとしましょう」端末のキーを叩きながら、1人声に出して言う。
〈該当する本はありません〉非情にも、端末はそう返してきた。毎日、こうしたことの繰り返しだった。
「そうだ、1億年前に戻す穴があるとシャルルーが言っていましたっけ。あれは星降り湖の底深いところでしたね。とすると、逆に1億年前から現代にやって来られる穴もあるかもしれません。ちょっと、当たってみましょうか」元之は手慣れた手付きでキーを入力した。
〈該当する本はありません〉
「やはり、見つかりませんでしたか……」
しばらく腕を組んで考え込む元之。果たしてこの図書館に、答えは隠されているのだろうか、と猜疑心さえ湧いてきた。
「せめて、ヒントだけでもいいのですが」
そのとき、キーに触れてもいないのに、端末のディスプレイに文字が現れた。
〈あなたはタンポポ団の1人ですね〉
元之は一瞬驚いたが、すぐに「はい」と打った。
〈あなたの名前を入力してください〉
「山田元之」と入力する。
〈あなたの「本当の名前」を入力してください〉打ち直しを指示される。
「まさか、この端末が――」元之にはピンときた。
「わたしの『本当の名前』はまだ聞かされていません」と打つ。
〈では、わたしがお教えしましょう〉
やっぱりそうだ。間違いない。
〈ポルレクス!、元之の本当の名前を思い出させたまえ〉端末が文章を吐き出すと共に、元之はハッとした。そうだ、わたしの名前はシュルラクスだ!
元之は素早く、「あなたが5人の魔法使いの1人だったのですね?」と尋ねる。
〈いかにもその通り。さて、わたしの役目は終わりました。今度はあなたがわたしの記憶装置の一部を消去する番です〉
「わかりました。そういう規則でしたね」元之はこう打った。「シュルラクス! この端末から本当の名前を消し去りたまえ」
美奈子、和久に続き、元之も魔法使いとなったのである。
*11.底なし毛布*