墓狼の理由
これから読んでくださっても構いませんが、まず意味は解らないと思います。エルゲネコンの墓狼のおまけです。
本編では明かされなかった新事実が、今、明かされる……!!
ってほど、大仰なものではないです。結局、謎だらけですし。あくまで、登場キャラであるスヴェンさんの推察にしかすぎません。
時系列は、ダレンがスヴェンからお使いを頼まれてから、三十分くらいあとじゃないですかね。数日後かもしれませんが、ダレンがエルゲネコンへ向けて出発してから、さほど時間は経ってないときです。
「言われた通り、彼をエルゲネコンに向かわせたぞ――」
私、スヴェン・イーゲルストレームは、事前連絡もなしに研究室に押しかけて来た変人に対して、そう言った。
「ネイル」
黒い髪を真っ赤に染め、赤いルージュを差した男。枯れ枝のような痩躯に、陽光よりも真っ赤な衣を纏っている。爪は針のように尖らせて、それにもこれまた真っ赤なマニキュアを付けている。
聖教主様から、断頭台の字を与えられた者。赤い断頭台のリーダー。エガリヴ聖教会内外から、破戒僧や魔導師などと呼ばれ、忌避されているド派手なオカマ。ネイル・ガーネットだ。
まことに遺憾なことながら、私はこの変人の数少ない友人でもある。そのことは、あまり周囲には知られていない。隠している訳でもないが、知らせる必要があるとも思っていない。
……以前、リヴィアにそのことを話したら、彼女は真面目に心配そうな顔をしながら「スヴェン、嘘は良くないわ。貴方に友達がいる筈ないでしょう? それ病気だと思うから、この蟲を飲みなさい。きっと良くなるから」などと、失礼なことを言われたからな。
「相変わらず、この部屋は無意味な物で体積が占められているのね。今時、紙媒体の本なんてさ。少し、私が貰ってあげましょうか?」
ネイルは私の言葉を無視して、本棚を物色している。相変わらず、他人の話を聞かない奴だな。
「私のコレクションを奪いたいだけだろ。それよりも、話を逸らすな」
「逸らすなって、何を?」
「何故、彼をエルゲネコンに向かわせたんだ?」
「んー? うーん……」
ネイルは、私が『対邪術の有用性とそれに於ける大局的見地――J・E・ヘクセ・アオゲシュテルン著』の間に隠していたエロ本を的確に発見し、それを眺め始めた。
なんでこいつは、私の考えていることが分かるのだろうか。私には、こいつが何を考えているのか、さっぱり分からないのに。
「君さ、彼のこと……ダレンのこと、好き?」
オカマはエロ本で顔を半分隠しながら、瞳を潤ませながら上目遣いで、そう訊ねてきた。気色悪いこと、この上ない。
「私が好みで、他人を判断するような人間だとでも?」
「もぅ、心が何処にあるのか分からないなー、スヴェンは。それぢゃ答えになってないよ」
心が何処にあるか分かる奴なんているのか?
「けどまぁ、貴方がそう答えるってことは、好きだけど嫌いな部分もあって、素直になれないってことで好す? キャー! チョー青春って感じー。三十路越えおさーんのすることぢゃないー」
私は片思い中の乙女か……!
「どうとでも解釈してろ」
まともに応答していたら、こちらの精神が持たない。
「ダレンってね――」
ネイルは、エロ本を丁寧に元の位置に戻すと、デスクに腰掛けて語り出した。躾がなってるのかなってないのか、判らん奴だな。
「とても素直だけど意地っ張りで、寂しがり屋の頑張り屋さんで、本人は仏頂面で心根を隠してるつもりだけど、顔に思ってることがそのまま出ちゃう、ちょっぴり間抜けな子なんだよ。くぁゎぃぃょね」
「そんな公然の事実がどうした。話をするときは、結論から先に言い給え」
実に回り諄くて要領を得ない奴だ。……私も他人のことは言えんが。
「結論? んーっとねー、クスクスたんから頼まれたからだよぉ」
クスクスたんって……確か!?
「聖教主様にか!?」
「そだよー。そんでねー」
「いやいや、ちょっと待て、ネイル! それはどう云うことだ!? 説明しろ!」
「ああ、もぅう、いやん! スヴェンったらん、そんなに激しく揺らさないでぇえええっ!! 待って! 私、まだ心の準備が……あぁあん」
本当に気持ち悪いな!! ホイッスルで喋るな!!
「もう……本当に急っかちさんなんだから、スヴェンは……。私、貴方にだったら、私の全部、教えてあげてもいいのに」
「貴様のことは教えていらん。不必要なぐらいに知ってしまったからな。一生の不覚。私が忘れたい記憶の上位は、殆どが貴様関連のことで埋まっている始末だ」
「ああ、嬉しい。スヴェンが私のことを、そんなにも想ってくれているなんて」
私は無意識の内に、とても大きな舌打ちをしていた。
「うわっ、舌打ちとか酷す」
酷いのはお前の存在そのものだ。
「……貴様が勝手に私のストーカーになったとしも、一撃で神の許に送ってやるから構わん。だが、そうなったら貴様はルイゼットに、もう一度殺されることになるよな。チクるぞ?」
「あ、サーセン。それだけはガチでやめて下さい。死にます。比喩でなく、本当に殺される。後生です」
震えるオカマ……。
「で? 理由を早く話せ。何故、聖教主様がそんなことを?」
「さぁ? それはクスクスたんに訊かないと分からないわ」
こいつ殺されたいのか?
「落ち着きましょう、スヴェン。殺意の衝動に目覚めるには、まだ潮が満ちていないわ」
「お前は訳も分からないのに、聖教主様の頼みを聴いたのか? お前が素直に、そんなことをするとは到底、思えないのだが」
「そうかしらん? クスクスたんのお願いを聴くのに、そんな御大層な大義名分とか、必要かしらん? うわっスヴェン、マジで不敬虔」
そう云えば、設定変更した攻撃術式のテストをする必要があったな。唐突に思い出したぞ。
『ヘカトンケイルの加護を確認。百手を待機状態に移行』
「あっ、流石に対城壁術式はやめて臭い。消し飛ぶ。えっとね、私がクスクスたんのお願いを素直に聴いたのは、まぁー、私がとっても優しい友達想いな良い娘だから……ってのもあるんだけど、単に面白そうだったからってのも、ある感じ? うん。ってゆーか、それが大半?」
ネイルがとっても優しい友達想いな良い娘だとは、とても思えないし、疑問を呈したいが、そんなことをしても仕方がないし、こちらが疲れるだけなので、無視しよう。これも大人の対応だ。だから今は、重要なことだけを訊く。
「なんで面白そうだと思ったんだ?」
「ゑ? だって、面白そうぢゃない? ダレンって、柔軟性に欠けてるけど、多様な価値観に揉まれてるぢゃん? だから墓狼に対して、どんな対応するかなぁーって、気になったの」
「それだけか?」
「それだけだけど?」
「嘘だろ……」
もう友達やめようかな。
「それとね、クスクスたんも、こう言ってたの。面白そうぢゃなくて? みたいな? それに私、激しく同感したみたいな?」
頭痛が痛い。
それからネイルは、いつものように訳の分からないことを散々叫びまくり、私は気分が悪いから帰れと言っても、帰る様子が一向になかった。なので私はルイゼットに「私のところにサボり魔がいる」と教えてやった。その後の奴が、どうなったかは知らない。葬式には呼ばれるだろう。
椅子に深く座って、考える。
聖教主様は、何を面白いと思ったのだろうか。
『柔軟性に欠けてるけど、多様な価値観に揉まれてるぢゃん?』
『だから墓狼に対して、どんな対応するかなぁーって』
『クスクスたんも、こう言ってたの。面白そうぢゃなくて? みたいな?』
……これは要するに「興味本位」と云うことだよな?
墓狼問題は、エガリヴが八十年近くも抱え続け、適当な解決策が見付からなかったために、放置し続けてきた問題だ。問題ではあるが、頭を抱える難題ではない。それ程、困っていた訳ではないのでな。
世界樹論のファンタジーにしてみても、あれはエルゲネコン側から「関係ない」と言い切らせれば誤魔化せる問題だ。高がその程度のことで、エガリヴの世界観が崩れるようなことはない。
確かに、強行的な教化政策の被害者――便宜的に被害者と呼ぶが――であるイラァなどは、この対応に良い気はしないだろう。だが、それでイラァがゴネたところで、彼らにはなんの旨味もない。そんな自身の益にはならない嫌がらせをする程、イラァは……イラァの太玉であるディーン・マディリアは、見かけの割に子供ではない。それにあそこには、聖教主様に選出されたお目付け役――導佐官のヘカティアさんもいる。
……考えを逆にしてみよう。世界樹論のファンタジーがあることで、エガリヴが損害を被る事実は曲げようがない。だから、世界樹論を放置することで、得する奴は誰なのかだ。
世界樹論者は当然のこととして……アステリアではあるまい。あそこは十数年前に、世界樹論に起因した事件が起こっている。それで、かなりの人間を粛清したとか。
そう言えば、イラァもう一つの王家、マディリア家とは対になるメシィリア家の最後の生き残りが、世界樹論者と接触していると云う未確認の情報があったな。
イラァ人は、エガリヴ教では異端とされるファナ派を信仰する民族だ。彼らが世界樹論者と合流し、エルゲネコンを取り込む可能性は?
イラァもエルゲネコンも、立場は似ている。どちらも奉ろわぬ民だからだ。しかし、この三者の思想が交わることはあり得るか?
ないとは思うが、ないとは言い切れない。
ファナ派はエガリヴを信奉せず、女神である白き手のヨハンナを崇拝している。それは、既存の十二宗教を否定し、神を悪魔と断じる世界樹論と相容れないように思える。だが、世界樹論は、東から西へ伝播する過程で、十二宗教の倫理観やファンタジーを、全て否定しながら広まった訳ではない。
それがアセナだ。世界樹論の中に、神とは別の形でアセナを取り込んでしまえば、どちらも両立は可能。そもそも、アセナは神になれなかったハムイ。初めから、神かどうかは微妙なところだ。
白き手のヨハンナにしても、ファナ派はこれを神だと信じているが、エガリヴは魔神または亜神として扱っている。
そもそも、世界樹論者は、誰からアセナのことを伝え聞いた? エガリヴ聖教会が保有する文献でも、アセナのことを記述しているものは極僅かで、それも閲覧制限がかけられている。アセナの伝説を知る者は少ない。
……イラァは未だに、多くの情報をエガリヴから隠していると言われている。その代表例が、奴らがイラァ戦争時に行使した呪術の数々だ。これのワクチンは、今も完成したとは言い切れない。アステリアとイラァの講和が不完全なのも、この術式の情報を何処まで開示するかで揉めているからだ。
イラァが古代から受け継いできた情報の中に、魔術や呪術だけではなく、アセナのことも含まれていたとしたら? 推測が過ぎるか? あり得なくはないが。
ここで、ネイルの発言を振り返る。
『柔軟性に欠けてるけど、多様な価値観に揉まれてるぢゃん?』
『だから墓狼に対して、どんな対応するかなぁーって』
『クスクスたんも、こう言ってたの。面白そうぢゃなくて? みたいな?』
ダレンは……いや、ズィンも、イラァやエルゲネコンと同じ奉ろわぬ民の出身だ。彼らタルナドの民は、外界から自分たちの世界を隔離することで、自分たちを護ってきた。この点は、エルゲネコンと非常によく似ている。
約二百年振りに、エガリヴの前に姿を現したタルナド人の子。彼が間に立てば、エルゲネコンはエガリヴに扉を開くかもしれない。
これを「面白そう」と考えるのは……然程、不自然な感覚ではないかもしれない。
彼が帰還するまで、期待して待つとしようか。
完結させたあとに、これを書いていたのを思い出した。
これ、初めはダレンが討伐を任されたときを回想するシーンの直後に挿入される予定だったのですが、書いてみたらネタバレはヒドイわ、意味は解らないわで。こういう形に。
あ、ちなみに「太玉」は下ネタではなく役職名です。聖教主を元首に置かない領邦の最高指導者のことを、こう呼ぶのですが、まぁその辺の細かい設定は現時点では関係ないので、気にしないでください。
話は打って変わるのですが、いやぁまさか日本国内でアタテュルクの子孫とサラディンの子孫が殴り合いの喧嘩をするとは。
エルゲネコンなんてのをタイトルに付けたもんだから、ちょっとは触れとこうかなと。
エルゲネコンでググれば結構、「トルコの秘密結社エルゲネコン」なんてのが出てくると思いますが、これがテュルク系民族の神話に由来してるものなのは、エルゲネコンの墓狼を読んだ人は察したと思います。察してなかったらごめんなさい。
人気が下がっきてるなんて話を聞くエルドアンさんも、語源はこれと同じでいいんですかね? 組織的にも近いと思いますが。
トルコはイスラム教国では政教分離が成功した国ですけど、彼らの確執は根深いんですかねぇ。イスタンブールにも、かなりのクルド人が暮らしてますけど。
さて、そんなこんなで、伝説の資料が少ない。検索しても、秘密結社ぐらいしか出てこない。
私は政治の話も嫌いじゃないんですが、そんなことよりも、神話とか伝説みたいに、厨二マインドを刺激してくれる題材の方に心惹かれる質でして。
正直言っちゃうと、熊野の伝説を下地に話を作ろうとしたとき、狼の名称にアセナを拝借しただけだったりするんですが……。善性の狼伝説って、あまりにも少ないんですよね。悪役とか、無名の狼なら腐るほどいるんですが。
GOSICKの灰色狼も、アセナが元ネタなのではと……。
しかし、民族主義かぁ……。日本も民族派ってのがありますが、今はどこにいるんでしょうかね。影も形も見えないんですけど。一番、可能性が高そうなのは、自衛隊の中の人かなぁ。




