1-7 嵐
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
リアが突き放した思いで見ていると下に動きがあった。少年が口を開いた。
「…船が…嵐で遅れて」
「船ぇ?」
思いもよらない答えだったのか、ドロスが大仰に顔を歪めた。
「船が何だってんだよ?」
聞き返す声はボリュームを抑えているにもかかわらず場を渡った。広間は静まり返っていた。
「…ジャーライルからゼーナゴアまで行って、そこからギデルに渡る船に乗るんだけど、嵐のせいで五日も足止めされたんだ。遅れたのはそのせいだよ」
少年の小さな声も細工をしたリアにはよく聞こえた。
ジャーライルはゼーナゴアの近くに位置する小さな島の集まりだ。どうやら少年はそこから来たらしい。最初に少年を見た印象は間違っていなかったようだった。
でも、あの子の言う通りだとすると、とんでもない能力の持ち主ってことになるんだけど…。
少年を眺めながらリアが思案しているとドロスが同じ疑問を口にした。
「何言ってやがんだ。五日も足止めされただあ? それが本当なら、てめえは森を含めて一日で踏破したことになるじゃねえか。あの森はそんな生易しいモンじゃねえんだよ!」
ドロスが前のめりになりながら威嚇した。
確かに求法院を取り巻く森は試練に相応しい難所だった。通り抜けるだけでも命が危ない。自身の言葉を照明するかのように、むき出しになったドロスの腕や胸には無数の傷があった。傷跡が派手に残っているのは、相転儀の治療を受ける前に固着してしまったためだろう。中には大きく抉れている傷もいくつかあった。森に巣食う巨大獣との格闘の跡かもしれなかった。
…もっとも動作が鈍重で逃げられなかっただけかもしれないけど。
リアは思った。
危機とは、何も正面から立ち向かうばかりが能ではない。身に迫る危険をかわしたり、予測や慎重さによって危機との遭遇自体を回避することも立派な対処の仕方だ。戦い方にはいくつもの答えがあり、正解は結果によって示される。ドロスの言い分は一つの回答を提示しているに過ぎなかった。
リアを含む観衆に取り巻かれて二人の言い合いはさらに続いた。
「大体、てめえがギリギリに着いたモンだから、男が一人余っちまうじゃねえか。どうすんだ、あ?」
ドロスの主張が核心に触れたようだった。あぶれるのを危ぶんでいるのだ。
森の試練に挑む男性種は多数に及ぶ。対して求法院に待機する調制士は三十人。経験則で到達者となる者の数は同程度に収まるらしい。今回の王選びにおいては一人多くなってしまったが、期限内に辿り着いた以上は少年も到達者だ。ドロスは難癖をつけているとしか思えなかった。