1-6 ドロス・ゴズン
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
―ドロス・ゴズン!
リアは思いがけない登場者に驚きつつ、名を思い浮かべた。
ドロスは三十人目の到達者だった。求法院に着いたのは昨日の昼過ぎだ。昼食を終えて今のようにレガートと休んでいると外が騒がしくなり、続いて聞こえてきたのがドロスが名を告げる大音声だった。到着を高らかに知らせ、遅い理由を足のせいだと叫んでいた。重量のある体や短い脚を見るに事実だったのだろう。求法院全体に響きそうな音量は威嚇を兼ねていたからに違いない。とてつもない矜持だった。
リアがドロスを見るのは二度目だ。求法院の玄関と迎賓の間の上はテラスになっており、広間を見下ろす回廊と仕切りを経てつながっている。好奇心に駆られたリアは無関心なレガートを置いてテラスに出た。入口から中に入るドロスを見たのが最初だった。一目で体格は抜きん出ていると分かった。おそらく単純な筋力と体力なら胞奇子の中でもトップクラスだ。
「てめえかっ!?」
リアが昨日の出来事を思い出している間にドロスは少年に目をつけたようだった。広間にいる人間で制服を着ていないのは少年とドロスだけだ。その上、帯を締めていては到着したばかりだと触れ回っているようなものだった。
怒声を浴びせられた少年は怯えた風だった。立ちすくむ少年に向かってドロスは荒々しく歩を進めた。
「おい。何で今頃来やがった?」
少年の前で立ち止まったドロスが訊いた。見下ろす目も低い声も怒気をはらんでいる。密かに相転儀を駆使するリアにはよく聞こえた。これから何をするかは返答次第だと全身が言っていた。
ドロスを見上げる少年から返答はなかった。
「何で今頃来たかって言ってんだよっ!!」
ドロスが床を踏み鳴らした。重い音が響き、振動が回廊にいるリアのところまで伝わってきた。
…すごい癇癪。だけど、思った通りパワーはある。
リアは冷静に観察していた。二人の到達者の力を測るいい機会だった。訪れた機は利用するに限る。
求法院での私闘は禁じられているが、表向きだ。気の荒い魔族が一つ所に集まって何もないわけがない。表の迎賓の間や奥にいる係員もよほどの事態にならなければ出てはくまい。リアはテーブルの上に片肘をつき、唇に指を当てながら広間を眺めた。下の成り行きに感興が湧きつつあった。
そう思っているのはリアだけではなさそうだった。回廊にいる者は手すりに寄り添い、広間にいる胞奇子や調制士も遠巻きにしながら二人に注目していた。
違うところがあるとすれば表情だった。リアのようにクールに観察する者に、諍いを馬鹿にしたような目をした者。突如として開催された見物を面白がっている者に、あからさまに喜んだ表情をしている者もいる。共通しているのは心配した様子がないことだった。当然といえば当然ではあった。求法院を目指した者は、同時に魔族の頂点を目指した者なのだ。試練が降りかかるのが嫌なら最初から参加しなければいい。