3-5 母親の死
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
「…おおよその想像はつくと思うんだけど、村の暮らしは豊かとは言えなくて。母さんと二人で暮らしてたのに―父さんはぼくが小さい時に死んじゃったんだ。で、その母さんも病気になって冬が越せなかった」
「…そう」
リアは沈痛な表情を滲ませた。
魔族といえども感情は存在する。同胞の死に涙もすれば、恋もする。過酷な社会で暮らすがゆえにつながりのある者への思い入れも深い。肉親を失ったアルへの共感が声にもこもった。今回の王選びが行なわれている現在は秋だ。アルの母親が亡くなってから一年も経っていない。
「それで、残されたぼくが家と持ち場を引き継いでやってたんだ。何とか暮らすことはできてたよ」
「それがどうして、と訊くのは野暮よね。魔王になる気になったんだろうから。島での暮らしが嫌になったの?」
リアの言葉にアルは首を横に振った。リアは怪訝な表情を浮かべた。
「じゃあ、なぜ?」
「今年は不漁だったんだ」
「食べられなくなった、ってこと?」
アルは再び首を横に振った。
「村預かりから言われたんだ。王選びに出てみてはどうかって」
アルの言葉を聞いたリアは表情を深くした。
村預かりは村という共同体の長だった。正式には村守と呼ばれる職務で、着任は令主の任命による建前だ。現実には地域の有力者が兼ねることが多い。
王選びに参加する者の出身地がどのような場所であろうと有力者の推挙がきっかけとなる事例は珍しくない。しかし、それは参加者が推挙に足る能力を有している場合の話であり、相応の仕度をするのが慣わしだった。広間に入ってきた時のアルの風体はどう見ても推挙を受けた者の姿ではない。ましてや生活の状況の悪さを聞かされた後では素直に受け取れるものではなかった。