2-13 胸の鼓動
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
アルは驚いて顔を上げた。リアがすました視線を向けていた。
「ま、あたしもハンカチ一枚で魔王になってもらえるとは思ってないわ。これから、あたしが提供するものの一部ってこと。そのためにあなたを選んだんだから」
…ああ。そうだよね…。
心がかすかに沈むのをアルは感じた。
傍にいてくれるのは何がしかの感情のためではない。ただ、調制士としての義務だからだ。旅の果てに出会った人物が遠ざかったような気がしてアルは寂しく思った。
「…分かったよ、リーゼリアさん」
気落ちした気分で返事をするとリアがいきなり立ち上がった。まなじりを吊り上げている。
「それはいいけど、アル」
「は、はい?」
声に棘を感じたアルは動揺した。
「その呼び方やめて。これからずっと一緒にやっていくのに、そんな呼び方されてたら困る」
「そんな呼び方って、『リーゼリアさん』?」
「決まってるじゃない」
憮然とした表情で言ってから、リアは表情を緩めた。
「あたしのことはリアでいい。リズって呼ぶ人もいるけど、あたしはリアの方が好き」
リアが身を屈めて顔を近づけた。
「呼んでみて」
「リ、リア?」
「うん」
嬉しそうにリアが笑った。アルの胸が一つ、大きく鳴った。無邪気で魅力に溢れた笑い顔だった。アルは頬が熱くなるのを感じた。
「さあ、次は制服ね」
アルの変調に気づくことなく、リアは体を返すと布袋を手に取った。文礼室に向かって歩き出す。
「どうしたの? 早く来なさいよ」
廊下の先から声がかかった。アルは慌てて後を追った。
駆け出した時も、胸の鼓動は足の運びのように速かった。