1-9 恵まれた不遇
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
「気持ちは分かるけど、それでも焦ってはいけないわ。焦りは心の隙間を作り、知らぬ間に行動に影響を与えるの。雑になった訓練じゃ、効果も落ちるわよ。第一、危ないわ」
アルが深く息を吐いた。納得し切れていないように感じられた。
日々の練磨は確実に変化を生む。周りの人間はもちろん、本人も気づかないほどの微細な変化だ。変化は積み重ねられて、ある瞬間に大きな飛躍に変わる。
だが、厄介なことに変化は直線的には起こらない。どんな人物でも伸び悩む瞬間が必ずあるものなのだ。踊り場と呼ばれる時期があることをリアは知っていた。調制で失敗する人間は、その停滞期―実際には内部で着実に変化が積み重ねられている―に、諦めるかクサってしまう。現在のアルは可能性が見えているがゆえに焦れている。いわば恵まれた不遇の状態にあった。
「大丈夫。未来は決して見えないけれど、兆しは常に現れているものなのよ。あなたはちゃんと成長してる。そばで観察してるあたしには分かるわ。自分では少し分かりづらいだけよ。何度でも言うけど、焦らないで。心のコントロールも訓練の内よ」
ようやくアルが一つ頷いた。リアも表情を明るくした。
「おいしいものでも食べましょ」
リアの動作に応じてアルが立ち上がる。部屋を渡ると動きを止めたヴァン・キ・ラーゴの前まで歩いた。
「次は、勝つ」
拳をヴァン・キ・ラーゴに突き出した。
ヴァン・キ・ラーゴは、彫像のように動かなかった。