3-34 近づくことすら容易ではありませんよ
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
「…では、どうする?」
不満げな呟きが聞こえたのも一瞬、四つの影がナヤカに躍りかかった。
頭上から三つ、背後から一つ。
死角を突いた必殺の攻撃は、しかし、ナヤカには届かなかった。標的を見もしないナヤカの反撃は四つの影を瞬時に葬った。球形に肉体を穿ったのは黒い相転儀だった。上から跳んだ三つの影は削り取られながら落下し、空中で滅失した。血の飛沫さえ消し去られた。背後の影も同様だった。丸く抉られて分断された肉体は地上に届くまでに消え果てた。地面に丸い窪みだけが残った。
間を置かずに三本の矢がナヤカに向かって飛んだ。地を這うような低空を異なる方向から飛ぶ軌道は人の手によるものとは思えなかった。だが、次の一手もまた、黒い相転儀によって阻まれた。矢はナヤカに届く遥か手前で消滅した。
森の空気が変調した。おののきのようだった。
「姑息な手を使っても無駄です。あなた方には見えないように、周囲に無数の相転儀を配置してあります。わたくしに近づくことすら容易ではありませんよ」
ナヤカの冷静な語りかけは取り囲む人間の矜持を刺激したようだった。動揺の沈静化は現実に空気の低温化となって表出した。
静かな声が言った。
「一斉に仕留めるぞ」
「生け捕るのではなかったか?」
「予定変更だ。説明を省いた、やつが悪い」
提出された疑問を最初の声が否定すると、あらゆる音が森から消えた。凄愴な気が凝縮した。
「殺れ」
声と同時に無数の攻撃がナヤカに集中した。
あらゆる方位から寄せられた攻撃は熾烈だった。実体をともなった各種の物理攻撃に混ざり、雷撃や風の斬撃がナヤカを襲った。火炎や水流のような相反した要素もお構いなしだった。ナヤカを包囲した人の群れは持てる力を遮二無二叩きつけていた。轟音と爆煙がナヤカがいたはずの場所を中心に巻き起こった。
攻撃が止むと静寂が訪れた。徐々に薄れていく砂塵と爆煙の霧を、包囲した人の群れが眺めていた。