2-7 儀典堂
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
中は暗かった。リアは文礼員と同じように何かを払うような仕草をした。四方の壁に灯が燈る。
儀典堂の中はあらかじめ知らされていた通り、何もない空間だった。通路と同様に石を敷き詰めた床の上に祭壇がただ一つ置いてある。黒色の金属でできた祭壇は部屋の中央にあり、人の腰ほどの高さを備えていた。四角く鋭利な直線で構成された姿に脚はなく、床から突き出ているかのように見える。側面には曲線と直線の絡み合った陣魔紋が描いてあった。祭壇の陣魔紋は微細な魔力を供給し、儀式の進行を補助する。
祭壇の周囲は広い空間を設けて石積みの壁だった。収納庫という来歴のために広さも高さも十分にあり、あまりに大きな何もない空間が重みとなって場を支配していた。灯火は影を残しながらも部屋全体に明るみをもたらしている。空気には匂いも息苦しさもない。階段や通路と同じ相転儀を応用した灯りだった。
後ろにいたアルに扉を預けるとリアは祭壇に近づいた。靴の裏側が床を叩く音が響いて聞こえた。
祭壇の横に立ったリアは様子を窺った。方形をした平らな上面にも、陣魔紋のある側面にも血の痕跡はなかった。匂いもない。文礼員たちは惜しみない作業をしてくれたようだった。
振り返ってアルに声をかけた。
「どうしたの? 入ってきなさい」
「う、うん」
アルが緩慢な動作で中に入り、慎重過ぎるほどの態度で扉を閉めた。気後れしているのが明白だった。
「荷物は壁際にでも置いておくといいわ。ここにはあたしたちしかいない」
近づきながら言うとアルは無言で従った。緊張が口を重くしているのかもしれない。リアは思った。
扉に近づき、付属の閂をスライドさせる。これで万が一にも邪魔は入らない。
もう一度、祭壇に目を向けた。暗がりを残す部屋の中の祭壇は重々しく見えた。これから行なう儀式の厳粛さのためなのか、それとも未知の領域に踏み込む恐れのためなのかリアには分からなかった。
「さ、やるわよ」
言って、足を踏み出した。アルが遅れてついて来る。
リアが入口の側から見て左に立つと推し量ったアルが右に立った。
「手に傷をつけるんだよね?」
不安そうな目で尋ねてくる。気持ちを和らげようとリアは微笑みを送った。
「大丈夫よ。間違っても死んだりしないわ」
リアの心の中にも不安がないわけではなかった。儀式のやり方は知ってはいても実際に行なうのは初めてだ。
そんな状態でもリアは気丈に振る舞った。儀式を先導するのは調制士の役割だった。そのために調制士は試練が始まる前に召集され、求法院でレクチャーを受ける。胞奇子を見つける前から調制士の仕事は始まっているのだ。