1-1 リーゼリア・バザム
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
あれは…。
大広間を見下ろす回廊にいたリーゼリア・バザムは、一つの人影に気づいた。
求法院には舞踏会を開けるほどの大広間があり、回廊は大広間を取り囲むように頭上高く設けられていた。天窓のあるドーム状の天井はさらなる高みにある壮大な造りだ。広間と回廊は磨きぬかれた石の床で、直線と曲線が絡み合った紋様が大きく描かれていた。並ぶ窓にも優雅な装飾がある。回廊を縁取る手すりも同様の装飾を施してあり、大きなスリットのために下の広間を見通すことができた。回廊にはいくつかの丸いテーブルと二組の椅子が置いてあった。リーゼリアは、その一つに座って朝食の後の時間を過ごしていたところだった。
人影は大広間正面の入口から入ってきた。広間には他にも朝食を終えた人間たちの姿があり、人影は注目を一身に集めることとなった。漂っていたひそやかなざわめきが消える。戸惑うように視線を落とした人影は扉を閉めても入口から離れようとはしなかった。遠慮げに広間の様子や壁際にいる人間たちを窺っている。
人影は一人の少年だった。歳は同じぐらいなのに女性種のリーゼリアよりも背は低い。小柄な体にフードのついた革のジャケットを着ている。土色のボトムに同色の靴を履き、手には口紐のある布袋を携えていた。どれも着古し、使い込んで傷んでいる上にひどく汚れている。過酷な旅の果ての姿だ。腰にはジャケットを押さえつけるようにバックルのついたベルトをはめ、その上から緋色の帯を締めていた。緋色の帯は胞奇子の身分を証明する臨時の装いだった。求法院に到着して間もない胞奇子はみな、一時的に身につける。
胞奇子とは森の試練に挑み、決められた期限の間に求法院に行き着いた者だ。到達者と呼ばれることもある。正式に胞奇子を名乗るためには、ある条件を満たす必要があったが、求法院にたどり着いた者は胞奇子と同等の扱いを受ける。衣服が少年の素性を雄弁に物語っていた。
あれが、最後の到達者。三十一人目か…。
リーゼリアは沸き起こった関心のままに少年を眺めた。
体と同様に小さな頭を包む髪の毛は栗色だ。額は前髪で隠されてわずかにのぞく程度だった。黄色種の肌は東方の出自を想像させた。
ケシャフかゼーナゴアあたりだろうか?
求法院のある中央大陸ギデルの東には多数の島が存在する。思い浮かべた二つの島は比較的大きく、住人には黄色種が多い。少年のまとう衣服も海辺の住民を思わせた。頭から被るタイプのジャケットは激しい作業に適している。
今日は魔王を選出するための『王選び』、別名『血の一年』に属する日だった。正確には魔王の後継者を選ぶための期間のうち、最初の七日間の最終日に当たる。魔王の座を望む魔族は、求法院を取り巻く深い森を七日という期限の間に自らの足で踏破しなくてはならない。森はギデルの過半を覆い、内部は獰猛な鳥獣、毒虫、人さえも糧とする食肉植物の巣だ。その剣呑な森を制覇することが胞奇子となるための最初の試練なのであった。昨日の到達者は二名。初日から数えてきっかり三十人だった。最終日の今日、求法院にたどり着いた者がいるという噂は、朝早くから胞奇子と調制士たちの間を駆け巡っていた。リーゼリアでなくとも関心を持つのは当然だった。
調制士は胞奇子のパートナーとなるべく選ばれた存在であり、全員が十代の女性種だった。リーゼリアも求法院で待機する三十名の調制士の一人だった。調制士は有力者の推薦や王宮のスカウトによって選抜され、どのような経緯であっても幾重ものチェックを受けるため資質や能力を備えた者のみがなることができた。胞奇子が胞奇子たるためには調制士をパートナーとして獲得する必要があった。
調制士を得た胞奇子は一年間訓練の時を過ごす。持てる魔力を磨いて最終試練に挑むためだ。魔族は魔力の探求や練磨を調制と呼んでいた。