3-15 逃げたんじゃ駄目
―!
アルは光球に身を包むと同時に高速移動した。後方に退き、弧を描いて敵の側面に回り込む。移動しながら手には剣を出現させた。いきなりの攻撃がアルの精神を戦闘モードに移行させていた。訓練の賜物だった。剣はわずかに手の先に伸びている。
ゲフィラ・オルが俊敏な動作で身体の向きを変え、周囲の樹木をなぎ倒しながら爪を突き出した。アルは移動方向を急速に変えてかわした。巨大な爪が地面を叩き、森を揺るがした。
アルは相手を注意深く観察しつつ、木々の隙間を抜けた。頭の中では今後の方策を練っていた。手の剣を見やり、すぐに前方の敵に戻した。
…同時に出せただけでも上出来だな。厄介なんてモンじゃないから、逃げてもいいけど…。
逡巡する胸の内にリアの顔が浮かんだ。ギーツの提案を受け入れた時と同じだった。アルの迷いは消えていた。
逃げたんじゃ駄目だ。ここで何とかしないと。
表情を引き締めると光球の速度を上げた。木々の合間に飛び込み、縫うように逃げた。速度は全く落とさなかった。ゲフィラ・オルが樹木をなぎ倒しながら追いかけてきた。樹の倒壊する音と巨獣の足音が、重く、低く森を揺るがした。
―まずは、ギーツに。
アルは剣を収めると救援を求める瞬間を探った。ギーツの言葉を信じていた。
迫り来るゲフィラ・オルの追撃を、アルは相手の意表を突くことで受け止めた。木々の合間をすり抜ける回避行動に敢えて隙を作った。移動にしくじったかのように見せかけ、樹の一本を背にして停止した。
ゲフィラ・オルは獲物の窮地を見逃さなかった。間に立ちふさがる樹を小枝のごとく跳ね飛ばしながらアルに迫った。
右の首がアルを狙った。口を大きく開き、粘液がまとわりつく鋭い牙でアルを噛み砕こうとした。アルは狙いすまして首の攻撃をかわした。わずかな動きで右の首を避けると防御を解き、残った首をかすめて光の球を打ち上げた。光の球は森の左へと空を目指した。三つの首は衝撃と眩さによって怯み、ゲフィラ・オルの動きが瞬間、止まった。