2-5 挑戦の始まり
長文なので分割してアップしてあります。
枝番のあるものは一つの文章です。
サブタイトルは便宜上付与しました。
儀典堂は特別な儀式のための部屋だった。元々は儀式にまつわる資料や用具を収納するための場所で、現在では何もない空間に一つの祭壇が鎮座する特異な場所だ。
儀典堂は求法院に一つしか存在せず、係員の許可がなくては使えない。互いをパートナーとして認め合った胞奇子と調制士が正式に盟約を結ぶための場所だ。盟約の儀は重要な儀礼なので妨げが入らないよう配慮されている。進行に際して相転儀を使うこともあり、能力を人目に晒さない目的もあった。
アルを連れたリアも儀式を執り行うためにこの場に来た。それでも、最終日のこの日に儀典堂を使用する人間がいるとは思っていなかった。
「…実は」
困り気味の笑みを見せて文礼員が話した内容によると儀典堂が血で穢れたらしかった。何でも直前に利用したペアがおり、儀式を進行する過程で祭壇と床が血で染まったとのことだった。係員の不在と文礼員のせわしげな理由が判明した。
…どんなマヌケがいたんだろ?
リアは思った。
確かに盟約の儀では儀式に挑む者の血が流れる。だが、必要な量はわずかだ。通常、祭壇に血が落ちはしても染まったりはしない。床ならなおのことだ。リアが呆れる理由だった。
ドロス…じゃないわよね。
広間での騒ぎからさほど時間は経っていない。この短い時間で調制士を探して儀式まで行なうには無理があった。
片付けが終了するまでの待機を要請され、リアが承諾すると係の女性種は駆けるようにして文礼室の中に消えた。片付けのために何か必要な物があるのだろう。
リアは振り向いてアルに声をかけた。
「聞いてた? 少し待ちましょ」
アルが頷き、リアは窓口の横に並んで壁を背にした。
もう最終日なので空いているかと思ったら直前に利用した組がいて、その上、待たされるとは。意外な成り行きだった。
空いた時間を利用してリアは儀式の内容を説明することにした。どうやらアルは試練に挑む際の大まかな説明しか受けていないようだった。知識は事前にあるに越したことはない。
リアが儀式の詳細を伝えている間にも幾人かの文礼員が廊下を行き来し、文礼室と向かいの扉との間で出入りを繰り返した。聖なる場所なので入念に穢れを払っているものと思われた。
アルと話していると声がかかった。手順について一通りなぞり終えた頃だった。
「こちらにお二人の名前をお願いします」
先ほど応対してくれた係員が一枚の紙を指し示した。儀典堂の使用願いだった。名前を記入する欄の下に、同時に王選びにおける組み合わせとして登録する旨が記載されていた。
リアに促され、まずアルが名を書いた。続いてリアがペンを取る。
ここから、魔王を目指したあたしの挑戦が始まる。
髪を手で押さえ、リアは見慣れた綴りを書き記しながら、いつにない高揚を覚えた。