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第一章 惑星セリオン・1 救出

 深夜、ワー・セーブル(クロテン)のパルクは、太いシッポの毛をいじりながら、イライラと大型の軍用ジープを運転していた。


「あぁー、ムチャクチャだよほんとに……」

 長いヒゲと胴をくったりとシートに沈ませて、ため息をつく。短い足が乱暴にアクセルを蹴っ飛ばして、エンジンが大きくわめいた。


「あれだけ言ったのに、銃身どころか機体が溶けるまで発砲(シュート)するなんて、ありえない……。あいつがいっつも無鉄砲だから、おいらがこんな目にあうんだ。いい迷惑だよまったく……」


 車はときおり大きく揺れた。走っているのは広大な砂地で、街灯なんぞは無論、見当たらない。かわりにあちらこちらに人の頭ほどの石が転がっているくらいだ。

 かなりのスピードが出ているはずだが、驚いたことにその車はヘッドライトを点けていない。パルクは夜目がきく体質だった。彼に言わせれば、『ライトを点けると照らしている場所しか見えなくなる。消せば全部見えるんだから消した方がいいじゃないか』ということらしい。


 あたりは真っ暗闇というわけではない。だが、曇っているとも思えない空には星(あか)りというものがなく、ただオーロラのような不思議なかがやきがうすく天を覆っているばかりであった。どうやらそれがこの惑星(ほし)の夜空であるらしかった。


『おい、パルク! 今どこだ! 位置が見えねえぞ、N・GPS(スナッチャー)はどうした!』

 突如、通信機が甲高い声を響かせた。パルクはうんざりしたような顔になった。

 〈スナッチャー〉は、惑星上に七箇所あるニュートリノ発信基地と専用の超高感度受信機からなる測位システムだ。人工衛星の使えないこの惑星では、軍用から民間まで幅広く用いられている。


「バカ! 受信機(それ)もビャッコが壊したんだろ! 今は予備を使ってること、伝えてあるはずだぞ! 検索IDを変えておけって言っただろ!」

『お、そうだった? 忘れてたぜ』

 通信機の向こう側から、ガチャガチャと機器を操作する音が響いた。ビャッコと呼ばれた声の主は、いや失敬失敬などと言いながら鼻歌を歌っている。まるで悪びれた様子がない。パルクはわしわしと頭の毛をかきむしった。


『っておい、もう墜落地点(ポイント)に着くじゃねえか、敵がいたらどうすんだ! いいか、俺が行くまで待ってろよ!』

 慌てたような声が聞こえてきた。パルクはフンと鼻を鳴らした。

「なに言ってんだい、ビャッコを待ってたらあと二時間はかかるじゃないか。大丈夫だよ、エネルギー反応もほとんどないし、戦闘になることはないだろ。それより〈パイフー〉は動かせるのか?」

 言いながら、パルクはハンドルを切った。燃えさかる航宙艦の残骸が見えたのだ。

「や、目標発見」

『バカ、バカ、ヘタに近づいて奇襲でもされたらどうすんだ。パイフーなら全速力でとばせば、30分もあれば着いてみせる。お前はそこで待ってろ』

「やめてくれ! これ以上ムチャして壊されたらかなわないよ。大丈夫だって。奇襲どころか、このありさまで動いてる戦闘ロボがいたら見てみたいくらいだ」

 そうこうしているうちに、航宙艦が近づいてきた。パルクは車を停止させ、携帯通信機を腰に、ヘッドセットを頭に装着する。エネルギー銃を手に、運転席から眼前の光景を見やった。

 そこには、墜落の衝撃で広範にわたって散らばった航宙艦の残骸が黒い煙を上げながら燃えさかる様があった。


「全滅だよ。まったく、なんで帝国のやつらはこんなムダなことを続けるんだか……」


 ぶつぶつ言いながら、ひょいと運転席から飛び降りると、シッポでバランスをとりながら器用に着地し、そのままシッポを左右に振りつつ、二足歩行でトコトコと歩き出した。


「……まずいな、陽鬼草(ポイズン・ドーン)だ」

 パルクは足元の感触が砂地でなくなったのに気付いてつぶやいた。

 多くの獣人がそうだが、彼もまた例に漏れず裸足であった。

「ビャッコ、ガスマスク持ってる?」

 ヘッドセットのマイクに向かって呼びかけると、すぐさま応答が返ってきた。

『あ、陽鬼草か? 無いな。どうする、夜が明けたら面倒だぞ』


 陽鬼草はほぼ一年中咲いている多年草で、夜明けとともに開花し、有毒の花粉を霧のように周囲に撒き散らす。夜行性の小動物と相利共生関係にあると見られているが、詳しいことはよくわかっていない。

 その毒性は強く、平均的な人間タイプの獣人であれば一時間程度で脈が低下して失神し、放置すれば死に至る。

 パルクは以前、知らずに陽鬼草の群生地に入り込んでしまったことがあった。そのとき彼は花畑の真ん中でぶっ倒れたまま動けなくなり、死にかけていたところをビャッコにたすけ出されるという、それはそれは屈辱的な体験をしたのであった。


「まあ……夜明けまであと三、四時間はあるさ。さっさと終わらせて帰ろう」

 シッポの毛が逆立つのをおさえながら、パルクは調査を開始した。


      *


「……やっぱり戦艦か。大きさから言って高速艇かな」

 破断した艦体からのぞく粒子砲の砲身を見やる。どうせ使い物にならないので、パルクはすぐ興味を失い、視線を艦体の向こう側へと移動させた。

 墜落の衝撃を物語るように、そこには無数の残骸が散らばっていた。


 まだ燃えている艦体からは有害な煙とともに強烈な熱気が放たれていて、容易に近づけそうにはない。パルクは周囲をぐるりと歩きながら、慎重に調査を進めた。

「妙だな……」

 パルクは立ち止まってヒゲをなでた。

 普段ならもっと戦闘用オートマタの残骸が散らばっていていいはずなのだが、辺りはガレキと化した艦体ばかりで大した脅威は感じられない。艦自体が戦闘に特化しているというわけでもなさそうだ。

(何かを運んできた……? だとしたら、荷物はいったいどこに……)


 そのとき、チョッキの胸ポケットに入れてある探知機が長く信号音を立てた。

(生体反応……!)

 パルクは慌てて探知機を取り出すと、感度を上げた。画面に表示されていた光点がわずかに明るくなる。だが、信号音の間隔は長いままだ。

(近い。けど、弱い……死にかけているのか)

「おーい! 誰かいるのか!」

 パルクは大声を上げると、ヘッドセットのマイクを口元に寄せた。

「ビャッコ! おいビャッコ、急げ! 生存者がいるぞ!」

 わずかなノイズとともに、甲高い声が返ってきた。

『あ、マジか!? 帝国軍じゃなかったのか?』

「いや、間違いなく帝国の戦艦だ。ひょっとすると、獣人の捕虜がいたのかもしれない。とにかくすぐに……」


 そのとき、大きな音を立てて艦体の一部がパルクに向かって崩れかかってきた。

「うわ……っ! ッチ! アッチ!」

 驚いて飛びすさる。と、信号音がわずかに大きくなった。生体反応が強まったのだ。

(そこに、いるのか? ……しかし、これは……なんだ?)


 崩れた艦体の内側には、『何か』があった。パルクは銃を使っていくつかガレキを破壊すると、熱気を避けながらどうにか内側にすべりこんだ。

 思ったよりも大きな空間と、黒い影がそこにあった。目をこらして見つめる。パルクは思わず息を詰まらせた。

 そこには、巨大な人型の機械がおさまっていた。


『おい、どうしたパルク! 大丈夫か?』

 パルクはそれに答えず、生体探知機のスイッチを切った。信号音が途絶える。銃を構えると、音を立てないようにして後ずさった。

「何か……おかしいぞ、ビャッコ。機動装甲だ」

『なんだって!? 間違いないのか?』

 ヘッドセットから聞こえる声すら、大きく聞こえる。パルクは小声で続けた。

「間違いない、生体反応はあの中だった。自律戦闘ロボじゃない。見たこともないタイプだ」

『まさか……帝国軍の航宙艦に機動装甲なんて聞いたこともないぞ』

「ひょっとして、人間が乗ってる……のかな?」

『ありえねえ……。考えたくないが、獣人の裏切り者がいるのかもな。いいかパルク、とにかく今すぐにそこを離れろ。お前ひとりじゃ、危険すぎる』

 ビャッコの物言いが妙に頼もしく思えた。だが、パルクは急いでその場を離れようとして、見てはいけないものを見てしまった。


 それは、腕だった。


 機動装甲の背中、おそらくコクピットと思われる部分が大きくひしゃげ、中から真っ白な細い腕がのぞいていた。

「……まさか」

 それはぴくりともしない。パルクは吸い寄せられるようにその細い腕を見つめた。

(人間だ)

 妙な確信とともに、恐ろしい衝撃がパルクの背を駆け抜けた。だが、不思議なことにその白い腕から視線を逸らすことはできなかった。気付けば、パルクはコクピットに歩み寄り、その腕の主がおさまっているシートを覗きこんでいた。


「ビャッコ、人間だ……まだ、生きてる……」

 パルクは震える声でつぶやいた。ノイズ混じりの音声がそれに応えた。

『……おい、何言ってんだパルク……生きた人間がこのセリオンにいるわけがないだろう。それより、機動装甲から離れたのか? お前、いったいどこにいるんだ!』


「人間だよ、ビャッコ……」

 パルクは、人間を知っていた。体毛の薄い肌、凹凸(おうとつ)の少ない顔。それは、まぎれもなく人間だった。その人間は、生気を失ったような青い顔で、弱々しく息をしていた。

(死にかけている。出血がひどいんだ。すぐに手当てしないと……)


『パルク、そこを離れろ』


 パルクの思考を、冷めた声がさえぎった。


『何を見ているのか知らないが、忘れるんだ。あと数時間もすれば、そこは毒の霧に包まれる。ほっときゃいいんだ。わざわざ面倒をしょいこむことは、ないぜ』


 パルクは眉間にしわをよせて押し黙った。締め付けるように胸が痛んだ。

「……だけど、死にかけてるんだ、ビャッコ」


 パルクが言うと、通信機の向こうからゾッとするような冷たい気配が伝わってきた。

『だったらなおさらだ……パルク、お前は人間からどんな扱いを受けた? お前が死にかけていたとき、人間はお前を助けてくれたのか……?』

 恐ろしく冷徹な声だった。パルクは思わず言いよどんだ。

「ビャッコ、だけど、おいら……」


『……むしろ、人間はお前を殺そうと、皮をはいで売り飛ばそうとしたんじゃなかったか? 笑いながら、汚い目で値踏みをして、金のためにお前を殺そうとしたんじゃなかったのか? おい、どうなんだ、パルク!』


 パルクは突っぱねるように叫んだ。

「だけど、女の子なんだ!」


 はらはらと散らばった、腰まではありそうなつややかな金髪。

 苦しげにゆがむ小さなくちびる。

 その少女は自らの血で真っ赤に染め上げたシートに、倒れこむようにして座っていた。


『だからどうした……!』

 ビャッコの声は怒りに震えていた。

『男も女も関係ねえ、人間はみんな敵だ! なに考えてんだパルク! 殺せとは言わないから、早くそこを離れてくれ!』

 そのとき、重い爆発音が響いた。そう遠くない。

『聞こえたか、パルク。そこはおそらく格納庫だ。機動装甲以外にも、武器や燃料が積んであるかもしれない。引火すれば、ただじゃすまねえぞ』


 パルクは思い出していた。セリオンにやってくる以前の自分を。街の一角で修理屋をやって、どうにか食いつないでいた頃の自分を。始人たちに違法な銃器の改造を強制させられたあげく、摘発されて夜の街を逃げ回ったことを。


(……どうしたの? お腹すいてるの?)

 獣人と見れば暴力をふるおうとする乱暴な始人たちから逃げのび、公園の片隅で横たわっていた自分に、おそるおそる声をかけてきた始人の娘がいたことを。


『パルク!』


 その声にパルクは体を震わせ、顔を上げた。

 そのとき、パルクの耳に聞き慣れぬアラーム音が飛び込んできた。

「なんだ?」

 音はコクピットから聞こえてくる。パルクは少女が横たわるシートの端に足をかけ、いくつもの計器が並ぶフロントパネルに目をやった。

「おいおいヤバいぞ……」

 始人たちと生活していたこともあるパルクは、そのアラームが周辺大気の成分について警告していることにすぐ気がついた。

(……陽鬼草か!)

 舌打ちしてパネルを操作する。夜明けが近いのか、少しずつ有毒花粉の濃度が上昇しているようだ。計器はあと一時間たらずで濃度が致死量に達することを示していた。

(早すぎる。おいらたち獣人にとっては許容範囲でも、人間にとっては致命的(フェータル)なのか! このままじゃまずいぞ……)

 パルクは死にかけている少女を見た。


(運べるか……?)

 少女の身長は150センチ弱といったところか。人間タイプの獣人であれば担いで運ぶところだが、そうでないパルクには難しい注文だった。パルクは二足歩行こそ可能だが、一見すれば巨大なイタチ――つまりどちらかといえば動物寄りのタイプで、身長も100センチ程度しかないのだ。

 自分の1.5倍の体格を運ぶ困難さを想像して、パルクは歯ぎしりした。


『……ちっ。パルク、まわりをよく見るんだ。そこは格納庫なんだろ、台車のひとつもあるんじゃねえのか?』

 ぶっきらぼうな声が聞こえて、パルクはハッとした。


「ビャッコ……」

『いいか、グレイプの予報だとそろそろ西風が吹く。回り道してでも、いったん風上に向かえ。煙にまかれちまうからな』

 また近くで爆発音がした。思ったより火が回っているのかもしれない。あせるパルクの耳に、頼もしい怒鳴り声が聞こえてくる。

『あわてんじゃねえ! 格納庫なら頑丈にできてるはずだ。そうそう吹っ飛んだりしねえから安心しろ!』

 耳がキーンとして、パルクは顔をしかめた。それから、大きく息をつくと、フッフと小声で笑い出した。

『なに笑ってんだよ』

「いや、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるって」

 パルクは台車になるものを探して、あたりを見回し始めた。

 いくつかガレキをひっくり返すと、大きめのキャスターが付いた机があった。少し天板がへこんでいるが、どうにか使えそうだ。


『ふん。てめえ、そいつを助ける気なんだろ。決めたんなら、腹くくれよな』

 すねたような声が返ってきた。

「いや、まったくだ。助かったよ、ビャッコ」

『なに言ってんだ、まだ全然助かってねえよ。いいか、あと20分でそっちに到着する。パイフー(こいつ)がオーバーヒートしなけりゃの話だけどな。それまでにできる限りそこを離れろ』


「ハルに連絡して救命艇を飛ばしてもらえないかな。出血がひどいんだ、このままだと基地までもたないかもしれない」

 パルクが言うと、ビャッコは楽しげに答えた。

『ああ、人間が乗ってきたらなんて言うだろうなあいつ。まあ、了解だ。……おい、これだけやらせといて死んだりするんじゃねえぞ。ムチャしやがったら承知しねえ』

「ビャッコに言われたくはないね」

「うるせーばか」

 それ以上の会話はなかった。ふたりはそれぞれに作業を開始した。


 パルクは持っていた銃を背負うと、苦労して少女をシートから引きずりだし、机の上に寝かせた。

 少女は血の気を失って真っ青になっている。長い髪が机の上に広がり、炎の光を反射してつやめいた。

(綺麗な子だな)

 パルクはほんの少しの間、その始人の娘に見とれた。


(間違っているのかもしれない)

 一瞬の葛藤が、胸の裡をよぎる。


 この選択が、もたらすものは、なんだ――?


 この惑星(セリオン)に降り立つことのできる人間――

 それはすなわち、この獣人世界にくさびを打ち込む存在になり得るのではないだろうか。


 そんな存在をたすける――いや、むしろ救けたところで、いずれこの娘は――


「……知るもんか」

 振り切るように、パルクはガレキをどかし始めた。


(とにかく今は退路を確保する。考えるのは後だ)


 しばらくして、ビャッコの言ったとおり西風が吹き出した。パルクは空気にわずかな雨の匂いが混じったのを感じて目を細めた。

(長い夜になりそうだ)


 遠くで雷鳴がとどろいていた。

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