地獄のバイト事情 -賽の河原編-
赤鬼さんの優しさは有名である。かの名作「泣いた赤鬼」は彼の日記が流出したためだともっぱらの噂だ。
そんな赤鬼さんも、かつて憧れた人間界からは帰郷して地獄でバイト生活を営んでいる。村人相手にやんちゃしていた頃に比べれば暮らしぶりは地味だが、それなりに楽しい日々を送っている。
盆栽とか。晩酌とか。
そんな赤鬼さんの長屋へ、久しぶりに青鬼さんが遊びに来た。
「やぁやぁ赤鬼さん、元気してるかね?」
「あぁ、これは青鬼さん、ようこそようこそ」
二人はもちろん旧知の間柄。たまに会っては酒盛りをする程度の仲だ。いやいや待ってくれ。そんなの友人じゃないよ知人だよとか思った若人の諸君、歳を取ると一年に一回会うくらいが友人の標準になるのだよ。
うん、これホント。
「バイト頑張ってるかい? えっと、賽の河原だっけ?」
「いやぁ、それがねぇ……」
ちゃぶ台の脇によっこいしょと腰を下ろしながら、赤鬼さんは眉尻を下げつつポツリと漏らす。
「何だい、子供好きだから向いてるかもとか言ってたじゃないか」
向かいに遠慮なく腰を落ち着けながら、青鬼さんが嘆息する。
「いやいや、別に子供が嫌いになったワケじゃないんだよ。むしろ仕事は楽だったし、悪いバイトじゃなかった」
「じゃあまた何で?」
一升瓶を傾けて大きな杯を満たしつつ、青鬼さんが問う。
「うーん……一言で言うと、泣くから?」
「まぁ、子供が泣くのはしゃーない。賽の河原だし」
「いやいや、子供が泣くのはいいんだよ」
「じゃあ誰が泣くのが嫌なんだよ?」
「僕が」
「お前が泣くのか……」
「いや、厳密に言うと泣くこと自体はそんなに嫌じゃないんだ。でも泣くと怒られるんだよ、獄卒長に」
「いや、鬼が仕事中に泣いたらそりゃ怒られるだろ。というか、どんな仕事なんだよ、賽の河原って」
「えっと、子供が石を積むのを見守って、十個積んだら崩す仕事、かな」
「えらい簡単だな」
「うん、仕事は楽だったよ。むしろ暇だったよ。昔に比べると子供の数も減ったみたいだしさ。獄卒長の話だと昔は一人で四十人とか五十人とか受け持ってたらしいからね。大変だったらしいよ」
少子化のご時勢は地獄にも無関係ではないようだ。
「で、その楽な仕事で、どうやったら泣くんだ?」
「子供達がさ、大変なんだよ」
「まぁ、大人と違って聞き分けないし、管理はしにくいだろうな。特に最近の人間は、やれ権利だの人権だのとうるさいし。知るか。こっちは鬼だっての」
教師も鬼にやってもらおう。そうしよう。
「ははは、青鬼さんもやっぱりそういうお客さんを相手にしているんだね。でもまぁ、僕の方はそんなでもないよ。所詮は子供だからね。泣いてガチ切れすれば、難癖つけてきた子供達も大人しくなるよ。そんなことで泣いたりしないさ」
「それは子供の方が空気読んでるだけなんじゃ……というかもう泣いてるじゃねーか」
「いや、泣いてるっていうか……うん、演技、嘘泣きだよっ」
もちろんガチ泣きである。子供だってドン引きだ。
「まぁいいか。そこが赤鬼さんのいいとこでもあるしな。でも、悪ガキが原因じゃないんだったら、何で泣くんだ?」
「いい子がいてさー……」
「うん、何だって?」
「小さな女の子なんだけど、健気っていうのかな。丁寧に石を選んで気持ちを込めて積み重ねていくんだ。普通の――生意気な悪ガキなんかだと5個くらい積むと面倒になって飽きてくるんだけどさ。その子はずっと真面目に積んでいるんだよね」
「あぁ、たまにいるよな。そういう無意味なことについ熱中しちまう輩って」
「ひどいよ青鬼さんっ。あの子にとっては大切なことなんだ!」
泣く回数より怒る回数の方が少ない赤鬼さんの激レアおこモードである。
「悪い悪い。で、その子が何だって?」
「あの子が積んでいるのを見るとさ。こう、何と言うか応援したくなっちゃうんだよ。頑張れ、もう少しだって」
「……赤鬼さん、それを崩す側だよね?」
「だから困ってるんじゃないか。ホントは10個積んだら崩すことになってるんだけど、この前最高記録の13個に挑戦しててさ。つい手に汗を握っちゃったよ」
「手に汗握ってどうするの。足で蹴倒せよ」
「ひどいよ青鬼さんっ。鬼だよ!」
「いやアンタも鬼だけど」
「そうだよね。うん、ボクもわかってるよ。だから最高記録更新したところで我に返ってさ、ゴメンねって言いながら崩したよ。あ、蹴り倒してなんていないよ。指で突いて優しく崩したよ」
「そりゃ悪ガキに舐められるわ」
青鬼さんは赤鬼さんの今後が心配である。
「でも、それでも泣いちゃってさー」
「まぁ賽の河原だし、それはしょーがねーだろ」
「仕方ないから14個一緒に積んだよ」
「まてこら」
「そしたらさ、獄卒長が凄い勢いで走ってきたかと思ったら思い切り蹴り飛ばしたんだよっ。ひどいと思わない?」
「いや、むしろ正しいだろ!」
「後で聞いたら悪ガキがチクったって言うしさ。何なのアイツら」
「そのガキホントはイイ奴なんじゃ?」
赤鬼さんより大人なのは間違いない。
「せっかく最高記録が積みあがったばかりだったのにさ。アレじゃ泣いちゃうよね」
「子供を泣かすための場所だからな。仕方ないさ」
「いや、泣いたのボクだけど」
「あ、そう……」
「で、後は恒例の獄卒長直々のお説教だよ。もう聞き飽きたよ。何であんなにお説教好きなんだろうね。仏陀かよ」
「いや、きっとその獄卒長は説教とか別に好きじゃないと思うぞ……」
「まぁそんなワケでさ。もうやめたんだ、賽の河原のバイト」
「そっか。まぁ元気出せ。すぐに次か見つかるさ!」
とりあえず乾杯して誤魔化す青鬼さん。
しかし赤鬼さんが鬼である限り、この悩みの終わりは見えない。
哀れと思いつつ、それはそれで酒のつまみになるからいいかと思う青鬼さんだった。
どっとはらい。