僕とスタート
僕は五角形の真っ白な部屋にいる。
あたりを見回してみる。
正五角形のこの部屋にあるものは僕。
僕自身、服、鞄、赤く伸びた絨毯─────穴。
絨毯を目で追えばそこにあるのは底の見えない穴。
底が知れない僕が入って余裕があるくらいの穴。
この世界を僕は知らない。
持ち物も服装も僕の顔も分からない。把握していない。
僕は肩から下げていた茶色いポーチみたいな鞄を開けた。
中には表紙の黒い一冊の本があった。 外面には特になにもない。
本の表紙を開けた。薄い頁…見返しを越して本編を見た。
一番最初の頁には縦書きで世界と書かれているだけだった。首をかしげつつ次の頁を捲る。
「・立ち位置から後ろ、振り向く」
書かれている意味を深読みしそうになって一度瞬いた。僕は文章通りに後ろを振り向く。
ちょうど正五角形の下の辺に当たる壁に等身大くらいの鏡が存在していた。実際、綺麗な硝子窓なのか鏡なのかは断定できないためこの場では鏡と呼ぶことにする。
鏡に近づいて鏡に手を延べ指先を合わせた。 顔を上げて僕の顔を見た。本の通りに、思惑通りに鏡に映った僕の顔。
身長はどのくらいだろうか。150cm程度だろうか。小学校の中学年…つまり3、4年生くらいなのだ。
双葉のように別れた頂点の髪はどういう仕組みなのだろうか。黒い耳にかからない程度の髪を少し撫でた。
児童らしい長めのまつ毛は何度か揺れた。暗いブラウンの目は自分を見ていた。
甚平のような服は落ち着いた緑で、どうにも統一性がない気がしてならない。自分自身の姿見を確認したところでその場のまま本を捲った。
「・鞄には何も入っていない事を確認」
承知している。サイドポケットなんてない本だけが入る鞄なんだから。
「・本のポケットにペンがある事を確認」
ポケットといえば一番最後の頁だろうが、膨らみも頁の歪みもない。よく見れば背の部分と頁の部分の間に隙間がある。蓋のような厚紙を開けて本を逆さにして見ると鉛筆が出てきた。十分尖った鉛筆だ。今は使わないので隙間になおして本の続きを見た。しかしその続きはなく最後の頁まで何も書かれていない真っさらな形で残されていた。
ただ裏の見返りが2枚ある事に違和感を覚える程度だった。特になにも無いのだろう。もう一度 自分を見てから本を鞄に入れ直してその場を離れて絨毯に足を踏み入れた。
何歩か歩いて穴の前に足を揃えた。
深呼吸をする。
何度か瞬いてから両足に力を入れる。
意を決して跳んで、僕は穴に吸い込まれていった。