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私と小隊長殿の魔族討伐  作者: 銀月
3.私と小隊長殿の事件捜査
8/28

後篇

「……まさか」


 ここの主こそが魔族かもしれないという小隊長殿の言葉に、私は呆気にとられてしまった。


「魔族がなんで? まさかこの件は魔族同士の殺し合いの結果だと言うんですか? それに、こんな人里に魔族がいるなんて……」

「……以前の討伐で、魔族がこれとよく似た魔道具を持っていた。お前が見たことがないということは、人間の魔法使いには知られていない道具なんじゃないのか?」

「たしかに、魔術師団でこれと同じものは見たことありませんが……」

「魔術師団には、魔法使いが使うすべての魔道具がそろっているはずだ。あそこにないものがここにあるというのは考えにくい。なら、人間が使わないものがここにあるとは考えられないか?」

「……そうかもしれません。けれど、魔族がこんなところに住んでいるなんて……」

「魔族が人里離れた場所にしかいないなんて、誰が決めた?」

「たしかに、そうですけど……」

「薬師スードについて、もう少し調べたほうがいいな。上に戻ろう」


 私と小隊長殿は地下室を出た。そのままアニタの家へ向かいながら、地下にあったものの話をする。村長はただただ驚いているばかりだった。


「村長、スードがこの村で何をしていたか、どんな評判だったか、思い出せることはすべて話してくれ。そうだな……騎士ギーゼルベルト、村長からスードについて聞いたことを、すべて漏らさず記録しておいてくれ。村長よろしく頼む」

「はっ」


* * *


 アニタの家は、スードのそれよりも幾分か大きく、工房を併設したようなつくりとなっていた。

 私はまた探知魔法を詠唱し、同じ要領でアニタの家を探り、魔力を感じた物品ひとつひとつを確認していく。


「……強化魔法を付与する際の道具にある魔法ばかりで、特に変わったものはないと考えます。幻術で隠されている場所もありません」


 アニタの家はとてもありふれたものばかりで、これといって目ぼしいものは何一つなかった。

 ただ、彼女が逃亡する際に重要な物品を持ち去っている可能性はあり、ここにあるものだけがすべてであると考えるのは危険だが、現状、彼女も魔族であるとはとても考えにくい。

 彼女の家を確認した後、遠見の魔法の媒体として使えそうな物品をいくつか持ち出し、準備に取り掛かった。


「……小隊長殿、遠見の魔法を使うのに、スードの家にあった水盤を使用したいのですが、構いませんか?」

「理由は?」

「遠見の魔法は専用の水盤を使ったほうが精度が上がります。今回、予定になかったため持参していません。しかし、スードの家にあった水盤はかなりよいものでした。余計な魔法もかかっていませんでしたし、あれならアニタを探すのに役に立ちます」

「わかった、使用を許可する」

「ありがとうございます。では、村長、このあたりの地形に詳しい人を何人か呼んでください。アニタと一緒に映った地形を見てもらって、彼女の場所を探ります」


* * *


 遠見を行うのは、村の広場とした。水盤を設置し、井戸から汲み上げたばかりの澄んだ水で中を満たす。村長が集めた人間を呼び、魔法を唱えたあと、水盤に映る映像からアニタが今現在どこにいるかを判別してもらうのだ。


 ゆらゆらと揺らめく水面がだんだんと像を結んでいき、覗き込んでいる誰かが「アニタだ」と呟いた。

 それと同時に、どこかの山中で何か草を集めてはごりごりとすりつぶす女性の姿が見えてくる。年のころは20代前半といったところだろうか。長く伸ばした黒っぽい髪の、筋肉質の女性だ。彼女はいったい何をしているのだろうか。誰かが「あの小屋じゃないか?」というのが聞こえる。

 私は彼女の手元に集中し……。


「これは……毒草?」

「ほんのわずかなら薬草としても使えないことはないが、量が少しでも多ければ毒になる。飲まされたら内臓が爛れて死ぬんだ……吐血もするな」


 私の疑問に小隊長殿が答えてくれた。つまり、スードは彼女にこれを飲まされたということか。

 けれど、あんなに大量にあの毒草を集めてどうするんだ。嫌な予感しかしない。


* * *


 遠見の魔法のおかげで、彼女が現在村からそう遠くない山中の小屋にとどまっていることがわかった。位置さえわかれば、私の探知魔法で捕捉しておくことができる。ただ、魔法使いが相手なので、気づかれないよう慎重にやらなければならないが。

 私は、細く伸ばした探知の糸に隠蔽の魔法を上乗せして、詠唱した。うまく彼女を捉え、逃がさないようにする。


「これで、半日程度でしたら彼女の位置を見失うことはありません」


 村の狩人を案内人として、私たちはすぐにアニタのいる小屋へと向かった。

 いくら魔法で捕捉しているといっても逃げ回られてはやっかいなので、彼女に見つからないよう慎重に近づいていく。こういう時こそ幻術や幻覚は便利なのにと、前を行く小隊長殿の背中をちらりと見た。

 彼女が強化魔法以外ろくに魔法が使えないという下位魔法使いだったら、とても楽なんだが。


 そうやって時間をかけてある程度小屋の周囲を囲み、小隊長殿の合図で一斉に彼女を取り押さえた。

 ……彼女は正真正銘の下位魔法使いだったらしく、魔法による抵抗らしい抵抗もできず、すぐに騎士たちに取り押さえられた。

 これが中途半端に魔法の使える魔法使いだったりすると双方とも多大な被害を受けることになるので、今回は運が良かったというべきか。

 そして、意外にもアニタは暴れることなく素直に捕まり、村まで連れ戻されたのだった。


* * *


「アニタ、スードを殺したのはお前で間違いないか?」

 小隊長殿が問うと、彼女はフンと鼻で笑った。

「そうよ。間違いないわ」

「理由を聞こうか」

「……私は村をあの穢れた魔族から救ったのよ? 罪など犯してないわ」

 アニタは、スードが魔族だという確信を持っていたのか。

「違う! あんたこそ、魔族のくせに!」この場を取り巻いていた村人の中から声が上がった。

「……ツィスカ、いい加減目を覚ましなさいよ。あんたはあの男に惑わされてるのよ」

「お前はなんでスードが魔族だと知ったんだ?」

「あいつが自分で言ったの。恐ろしかったわ。もう少しで、私も魔に取り込まれるところだった。だから、あいつに気づかれないように殺さないといけないと思ったのよ」

「村長他からの話によれば、スードは薬師として誠実に働いていたというが?」

「騙されてるのよ。相手は魔族よ? そうやって私たちを取り込んで、穢そうとしていたの」

「村長、どうだ?」

「信じられません。スードがこの村に来て10年余り経ちますが、そんなそぶりはひとつも……村の者が病気になったら、親身に看病してくれましたし……」

「何を言ってるの? 魔族なのよ? 気取られないようにしてたに決まってるじゃない」

「アニタ、お前はスードと恋仲だったという話だが?」

「騙されてたの。魔族とわかってたら、結婚の約束なんてしなかった……恐ろしい」

「……スードが魔族だったというのは、推測でしかないんだがな」

「墓を暴けばいいわ。あいつの身体はまだ残ってる。魔族だという証拠があるはずよ」


* * *


 ……墓を暴くというのは、それがどんなに必要なことであっても、とても嫌な作業だ。やらずに越したことなんてない。

 騎士たちが無言で墓を掘り起こし、埋葬されたスードの棺の蓋を開ける。すでに朽ち始めているスードの遺体に向けて、私は探知魔法を唱えた。


「……姿変えの魔法がかかっています」

「解除だ」

「はい」


 ああ、予想通りだ。本音を言えばやりたくない。だけど小隊長殿の命令に頷き、私は解除魔法を詠唱した。スードの身体にまだ残っていた魔法が消え、そこに現れたのは……。


「魔族か」


 小隊長殿の言葉に目をやると、スードの姿は元の……漆黒の髪に尖った耳、そして頭に生えた2本の角を取り戻し、確かに彼が魔族であることを示していた。

 アニタは蔑むようにスードへと目をやった。


「やっとわかってもらえた? そうよ、彼は魔族なの。魔族は殺さなければいけない。だから私は彼に渡した酒に毒を入れた。何が間違っているというの?」


 ……彼女のその表情を見て、ああそうか、スードは絶望したんだと、私は納得してしまった。だから、彼は甘んじて毒を受けたんだ。

 薬師をしていた彼が、飲み物に入れられた毒に気がつかないはずがない。けれど、愛し、信じていた彼女が自分を恐れて嫌悪していることに、毒を盛ったことに気づいて、そのことに絶望してしまったんだ。


「私は彼に騙されていたのよ。魔族だなんて思わなかった……おぞましい。

 彼に味方をするこの村の住民は魔に魅入られているのよ。なんて穢らわしいの。魔に穢されたなら殺すしかない。そうでしょう?」


 アニタが吐き捨てるように言う。まさか、彼女は村の人たちも殺すつもりだったのか?

 小隊長殿をちらりと見ると、いつものような仏頂面ではなく、何の表情も浮かべずに彼女を見つめていた。


「アニタ、なんてこと言うの!」

 ツィスカと呼ばれた女性が彼女に迫る。

「私は魔に魅入られていない。だから、私を惑わした穢れた魔族を殺しただけよ。私は罪なんて犯していないわ」

「でも、スードを殺して……」

「ツィスカ、あなたは魔に魅入られてるの。ちゃんと見て、スードは魔族よ。穢れた魔族は殺さなきゃいけない、そうでしょう?」

「そんな……」

「今ならまだ間に合うわ。目を覚ましなさい」


 ツィスカがへたへたと座り込み、彼女の母親らしき人間が駆け寄って助け起こした。

 アニタが、嫌な笑みを浮かべてツィスカを見下ろしている。


「……この調査は、ここで終わりだ」

「え?」

「殺されたスードは魔族だった。この国では魔族を殺しても罪にならない。つまり、この村では犯罪など無かった。

 そして、討伐すべき魔族は既に死んでいる。討伐済みだ」


 小隊長殿が私に向かって暗い笑みを浮かべ、低く掠れた声で呟く。


「……魔族は、この国では討伐対象なんだよ」


 私は、重い鉛の塊を無理やり飲まされたような喉のつかえを感じた。何故、こんなにもなんともいえない、やりきれない気持ちになるのだろう。殺されたのは魔族だ。そしてたしかに、この国では魔族は見つけ次第討伐するものとなっている。


「──だがアニタ、この村の人間は別に魔に魅入られてはいない。彼を人間だと信じていただけだ。村の人間が魔族の魔法に侵されていなかったことも調査済だ。だから村人は殺すな。殺した時点でお前は罪人になる。

 あとな……」

 小隊長殿がアニタに近づいて何かを耳元で囁くと、アニタの顔色がさっと変わった。小隊長殿は何を言ったのか、アニタは呆然と自分の手元を……その指にはめられた指輪を見つめていた。


* * *


 王都への帰り道、何故か、小隊長殿がひどく傷を負って、とてつもない痛みに耐えているように見えた。


「……小隊長殿、もしかして、騎士団を辞めようとか考えましたね?」

「……」

「辞めたらいけません」

「何故、そう思う?」

「わかりません。でも、私は、まだ、小隊長殿に聞かれた問いの答えが出せてないので、辞められたら困ります」

「……そういうものか」

「そういうものです」


 それから、ふと思いついて口に出す。


「小隊長殿、王都に戻ったら、酒でも飲みに行きますか」

「……それもいいかもしれんな」


 小隊長殿は、あの自嘲するような笑みを浮かべ、空を仰ぎ見た。



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