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私と小隊長殿の魔族討伐  作者: 銀月
2.私と小隊長殿の魔物退治
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後篇

 小隊長殿が何度も小剣を突き立てて、ようやくキマイラが倒れてくれた。

 私は近寄るのも恐ろしくて、簡単な探知魔法でキマイラが絶命していることを確認した。


「……小隊長殿、生きてますか?」


 キマイラが倒れるときに投げ出されて、小隊長殿は少し離れたところに横たわっている。呼びかけたが、気を失っているのか反応がない。

 私の足の負傷はかなり酷いらしく、どうも歩けそうにない。折れてないだけマシという状態だ。このままここで2人とも転がってたら、そのうち別な魔物に見つかって死ぬだろう。なんとか小隊長殿に目を覚ましてもらわないと。


 私はじりじりと這い寄って小隊長殿の状態を確認した。

 ……気を失っているが、呼吸と脈はしっかりしている。頭を打ったのだろうかと考えて触ってみると、ちょうどこめかみのそばに瘤……にしては手触りが変なでっぱりがあった。もしや頭に負傷かと慌てて髪を掻き分けて確認すると、それはどう見ても……。


「角……?」


 よく触ると、頭の両横に同じようなものがある。なんで、角? 獣人の中には角があるものもいると聞いたことがあるけど、牙や尻尾はないし、小隊長殿の見た目はどう見ても人間だ。敢えて言えば、耳が少し尖ってるように見えないこともないが……。


「……魔族?」


 小隊長殿の髪も目も魔族の色ではない。けれど、姿を偽った魔族だとしたら? 私は慌てて小隊長殿に探知魔法を掛ける。王都に、それも騎士団に魔族が紛れ込んでいるなら、私は何としても報告しなければならない。まさか、まさかと心臓が冷える。


 ……けれど、私の探知魔法に小隊長殿が姿を偽っていると示すものは何も反応しなかった。じゃあ、小隊長殿はいったい何なんだ。少なくとも、角のある人間など存在しない。


 なんとも言えない気持ちで呆然としていると、小隊長殿が意識を取り戻した。


「……キマイラは?」

「倒れました。絶命は確認してます」

「お前の状態はどうだ」

「足を負傷しました、歩けません」

「見せてみろ」


小隊長殿は身体の痛みに顔を顰めながらもゆっくりと起き上がり、私に手を差し出した。私が右足を小隊長殿に示すと、腫れ上がった部分を確認するように触ったあと、癒しの魔法を詠唱した。


「これでどうだ?」


 足の痛みは完全に消えたわけではないが、歩くのに支障はなさそうだ。


「歩けそうです。小隊長殿はどうですか」

「歩くだけならなんとかなりそうだな」

「……転移魔法で行ってしまってもいいんですよ」

「……俺は、長距離の転移魔法は使えない」


 小隊長殿はものすごく嫌そうな顔をして、私を見た。


「お前、置いていってほしいのか? 魔の森に?」

「そういうわけではないですけど……小隊長殿こそ、なぜ私を助けるんですか」


 小隊長殿の射抜くような視線に、私は目を逸らしてしまう。小隊長殿は大きく溜息を吐いて俯いた。そして、ぐしゃぐしゃと自分の頭をかき混ぜて小さく舌打ちすると、もう一度私を見る。


「それは、俺の質問だ」

「──!」


 驚いて視線を小隊長殿に戻してしまう。冷や汗が私の背を伝った。


「お前、俺を信用していないだろう。なら、どうして放っておかなかったんだ? あそこまで追い込んだんだ、俺が死んでもキマイラは仕留められただろう」

「……それは……たぶん、人に、目の前で死なれるのは、嫌だからです」


 小隊長殿が口の端だけで笑う。それは、自嘲するような笑みに見えた。


「そいつは、“人”に見える何かに目の前で死なれると後味が悪いということか、それとも、俺を“人”だと思っているからなのか」


 図星を指されたような気がして、思わず息を呑んだ。どう答えればいいのかまったく思いつかず、私の視線はぐるぐると辺りを彷徨う。


「……わかりません。小隊長殿は、いったい何なんですか?」

「──フォルトゥナーティス」

「え?」

「お前が俺を害悪だと思うなら、その名前で俺を縛って殺せばいい。お前が魔力を込めてその名前で呼べば、俺は抵抗できない」

「……は?」


 名前で縛る? 魔力を込めて名前を呼ぶと……まさか、真名? 小隊長殿は、真名持ちなのか?


「どういうことですか。一方的な生殺与奪の権限を私に与えていいんですか? 今すぐこの場で殺されるかもしれないのに? いや、死んだ方がマシなことになるかもしれないのに?」

「俺は、人を見る目には自信があるんだ。それにお前の公正さと自律心は信用している」


 これで小隊長殿は少なくとも生粋の人間ではないのだろうとわかった。自分の真名を知る種族は限られていて、そこに人間は含まれていない。

 しかも真名を魔法使いに知られるなんて、すべてを握られたも同然じゃないか。何故そんなものを私に明かすんだ。

 ……小隊長殿は、だから自分を恐れるな、信用しろとでもいうつもりか。

 呆気に取られる私をよそに、小隊長殿は立ち上がった。


「そろそろ移動しないと、魔物が来るぞ」

「でも、どこへ向かえば……」


 私も小隊長殿も、まともに魔法が使えるほど、魔力も体力も戻っていない。むろん、戦いも無理だ。少なくとも、数時間は休息を取らないとだめだろう。

 小隊長殿は何かに集中するように目を瞑った後、ある方向を指差した。


「この方向へ向かう。多分、さほど距離は無いはずだ」

「小隊長殿? こっちに何が?」

「……俺が一番得意なのは魔力感知だ。この方向に魔王の守りの結界がある」

「はあ? 魔王ですか?」

「魔王は騎士カーライルが討伐しただろう。今は何もいないはずだ。魔王の守りの中なら、魔物は来ない。行くぞ」


 小隊長殿が有無を言わせず歩き始めるが……魔王!? 魔王の結界を目指す!?


* * *


 そこは、とても静かな場所だった。

 あのキマイラは、小隊長殿が言う魔王の結界にかなり近い場所まで走りぬいてたようで、歩き始めてほんの一時程度で到着できた。あれほどあった魔物の気配も、ここにはない。


「詠唱もなしで、よくわかりましたね」

「これだけ強い結界なんだ、集中すれば気配を感じるくらいならできる」

「いや、普通できませんよ」

「……俺は、魔力を人より敏感に感じ取れるらしい」


 静かな森の中をどんどん歩きながら、小隊長殿が言う。

 この場所を覆う結界は、探知魔法を使うまでもなくひしひしと感じられるほどに強い魔力を帯びている。だが、少し離れてしまえば、さすがに探知魔法なしにはわからないだろう。

 確かに、何かひとつの魔法だけに特化した素養を持つ魔法使いはいるけれど、そうそう多くはない。


「小隊長殿、本当に、どうして魔法使いにならなかったんですか」

「性に合わないからだ」

「それだけ強い感覚があるのに、もったいなさすぎです」

「……魔法より、剣のほうが合ってるんだ」

「探知魔法を専門にしてる自分から言わせてもらうと、宝の持ち腐れです」

「そういうものか」

「そういうものです」


 森が切れて、開けた場所に石の館があった。魔王の結界の中というから、もっとすごい城があるのかと思っていたが、意外に普通だ。ぽかんと眺めていると、小隊長殿は無頓着にどんどん館に近づき、扉に手を掛けた。


「ちょっ、小隊長殿!」

「なんだ?」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「……ちょっと留守の間、休ませてもらうだけだ」

「いや、だって魔王の館なんじゃないですか!?」

「なんとかなるだろう」


 小隊長殿が扉を開ける。なぜ躊躇がないんだ。


「黒森の長子に王都の魔法使いか。何ゆえここにおるのだ?」


 ……誰もいないはずの館の中から、声がかかった。とっさに身構えて、魔法の準備をする。小隊長殿は、苦虫を噛み潰したような顔でぴたりと動きを止め、それから再び慎重に扉を開ける。

 扉の内には、長身の人間が立っていた。


「ここの主は不在だと思っていたんだが……少々休ませてほしいだけだ。

 で、あなたのことは、何と呼べばいい」


 その人の、小隊長殿の問いにおもしろそうに笑う姿を、どことなく怖いと感じる


「ここの留守を預かる魔法使いとでも。休息なら好きなだけ取ればよい」

「そうか。魔法使い殿、感謝する。俺たちがここにいるのは……事故だ」

「ほう。お前たちが倒したキマイラを見たぞ。あれは、見た目に寄らずこの森でもなかなかに古株のキマイラでかなり強い魔物だ。よくぞ倒せたものだ」

「……確かに、死ぬかと思ったな」

「それはいかん、黒森の娘が泣く。あの人間も、わたしに何故放っておいたと文句を言いにここへ来てしまうではないか」

「そこは、俺の自己責任だとでも応えておいてくれ」

「ところで、黒森の長子。指輪はどうした?」

「あれは人に預けてある」

「ほう、それでか」


 この魔法使いは小隊長殿の知り合いなのだろうか。知り合いだとしたら、どういう知り合いなのか。私の不審な視線に気づいたのか、小隊長殿が言う。


「この魔法使い殿は……俺の祖父の知り合いだ。俺も会ったのは3度目だが、まさかここにいるとは思わなかった」


 小隊長殿の祖父ということは、この魔法使いは相当な歳ということで、つまり寿命を引き伸ばせるのは相当な高位の魔法使いでないと無理で……と考えていたら、魔法使いが私のほうへと寄ってきた。なぜか怖いと感じるあの笑みを浮かべながら。

 私は思わず小隊長殿の後ろに隠れてしまう。

 小隊長殿が、魔法使いに「あまり脅さないでくれ」と言った。


「王都の魔法使いよ」

「は、はい?」

「お前にこれをやろう」

「は……?」

「ここを訪れた記念品だとでも思えばよい」


 魔法使いから指輪を渡された。銀の透かしに赤い石の指輪だ。かすかに魔力が込められていることはわかるが、どんな魔法なのかまではわからない。

 思わず小隊長殿を見上げると、苦虫を100匹くらい噛み潰したような渋面になっていた。


「では、わたしはまた少々留守にする。お前たちはゆっくりしていくといい」


 魔法使いはそう言うと館を出て行った。

 私はようやくほっと息を吐けた。小隊長殿も、ようやく緊張を解いたように見えた。


「小隊長殿……これ、どうしましょう」

「……もらっておけ。捨てたりすると、あとが怖いぞ」

「はあ……」


 とりあえず、この指輪を調べるのは王都へ戻ってからにしよう。


 それから、さらに数時間の休息を取って、私たちは魔の森を出た。帰り道では不思議なくらい魔物の気配はしなかった。


 拠点にした村に戻ったときにはすっかり夜で、朝まで私たちが戻らなかったら捜索に出るつもりだったらしい。

 エルネスティに何があったのかを尋ねられたが、小隊長殿とあらかじめ打ち合わせたとおり、キマイラを倒した後にうまく魔の森は出たものの、消耗が酷かったので休息をとる必要があったのだと説明した。


 これで、私も共犯というわけか。


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