前篇
「ええと、今度は魔物討伐ですか」
今日も魔術師団師団長の執務室に呼ばれ、今度は何かと思ったら魔物の討伐だった。
やはり住民から嘆願書が届いたのだが、それがなんと魔の森から出てきた魔物が相手だということで、即騎士団出動となり、私とエルネスティの2人が魔術師団から派遣されるのだそうだ。
魔の森の魔物は強いものが多いので、私だけでは手に余るだろうとのことだった。
私は探知とちょっとした精霊魔法しか使えないため、あまり荒事向きじゃないのは確かなんだが、だったら違う魔法使いがいいんじゃないかと思うんだよ。
ちなみに、エルネスティは見かけに寄らず魔物討伐は3度目だが、私は魔物討伐は今回初めてである。
そして派遣される討伐小隊は、いつものフォル小隊長殿率いる討伐小隊である。
……横にいるエルネスティがやけに嬉しそうに見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
「はあ……」
「エディト、憂鬱そうね?」
いつものように溜息を吐きつつ騎士団へと挨拶へ向かう私に、エルネスティが不思議そうに言う。
「……あんまり気が進まないのよ」
「魔物が怖いの?」
「魔物は関係ない。あの小隊長殿が苦手なだけ。むしろなんでエルネスティがそんなに嬉しそうなのかを聞きたい」
「あら、だって評判がアレなんだもの、ずっと気になってたの。
要請が来るのって、いつも探知魔法の使える魔法使いが対象じゃない? わたし、防御はできるけど探知はいまいちだからなかなかチャンスがなくて、エディトがうらやましかったのよ?」
小首を傾げてかわいく言うな。
「まあ、確かにねえ。だいたい、魔族討伐っていつも調査が中心だし」
あの初めての魔族討伐から、さらに数回要請が来て私は出動した。その、どの討伐でも魔族や魔物は現れず、騎士団メンバーも溜息モノのつまらない結果で終わった。小隊長殿の魔法もあれ以来見ることはまったくなかったし、私の探知魔法も、なんでここに必要なのかよくわからないという程度の役にしか立たなかった。
平和といえば平和でいいんだが。
そして討伐に呼ばれてわかったことがある。
あの討伐小隊は、小隊長を筆頭に銀槍騎士団の中でも叩き上げと呼ばれるような騎士ばかりが集まってる小隊だ。実力主義と言えば聞こえはいいが、毛並みのいい騎士たちからは「雑用部隊」などと揶揄されている部隊でもあった。
……メンバーの騎士たちはここに配属されたことを喜んでいるように見えたけど。
それがわかって、なるほど、だから皆あんな気安い態度なんだなあと、バリバリ庶民出身の私でもそりゃなんとかなっちゃうはずだわと妙に納得した。
今回、いいとこのお嬢さん出身であるエルネスティは馴染めるのか……なんて考えてみたけど、彼女はああ見えて荒事に怯むタイプでもないから、あまり心配しなくても大丈夫そうだ。
ちなみに、毛並のいい騎士で使えないヤツは、もっと派手でわかりやすく目立てるが有事にはまったく期待されないような部隊に配属されている。ぶっちゃけ、お飾り部隊と揶揄されるような部隊である。
そういう部隊を見ていると、騎士団長も苦労が多そうだなと思う。
「魔術師団第2隊エディト・ヘクスターとエルネスティ・ヴァレンホルストです。この度、魔物討伐小隊に派遣されました」
「よろしく頼む」
小隊長殿は相変わらずの仏頂面で、標準装備の眉間の皺も健在だ。
「では、エルネスティ・ヴァレンホルスト。お前の使える魔法について説明しろ」
私の時と同じように、小隊長殿はエルネスティの魔法について微に入り細に入り、やたらと細かく説明させた。いわく、何をどのくらい防御できるのか、を中心に。対魔法やら対物理やらと超細かいレベルでだ。魔法の詠唱速度まで確認されていた。そこまでチェックするものなのか。
エルネスティが一通り説明し終わると、小隊長殿が任務について軽く説明を……。
「フォル・マンスフェルダー! 私も討伐に参加するぞ!」という怒鳴り声とともに、いかつい騎士が部屋に入ってきた。
「騎士ギルベルト……それは断ったはずですが」
あ、小隊長殿の眉間の皺が増えた。
「団長殿の許可と指示は既に降りている。私を入れろ!」
小隊長殿の仏頂面がパワーアップしている。よほど入れたくないらしい。
「団長命令なら仕方ないですね……出立予定は2日後です。それまでに準備をお願いします」
まるで地獄の底から響いてくるような声で、小隊長殿は騎士ギルベルトとやらの入隊を了承した。エルネスティが、こそっと私に耳打ちをする。
「……そこそこ実力あるけど、脳筋の中の脳筋と名高い騎士よ。たぶん、魔物討伐ってことで舞い上がったんじゃないかしら。いいとこの次男だから、無理やりねじ込んだっぽいわね」
うわあ……。わはははと高笑いを上げながら出ていく脳筋騎士の背中を見ながら、私は小隊長殿をちらりと見やった。舌打ちしそうな顔で、扉のほうを睨んでいる。
「……話が途中だったな」
脳筋の横やりから立ち直った小隊長殿が、先程言いかけていた今回の任務についての説明を再開する。
「今回は、魔物討伐任務だ。既に先行隊を出して魔物についての調査を開始しているが、相手は……キマイラと予想される」
「えっ……」エルネスティが息を呑んだ。
「知っての通り、3本首で多彩な攻撃をしてくる魔法への耐性が高い魔物だ。頭も悪くないうえに、かなり強い部類に入る。今回は厳しい任務となると思われるので、覚悟してくれ。
エルネスティには、戦闘中の防御を担当してもらう。エディトには対象の捕捉と周囲の索敵を中心に、場合によっては精霊魔法での援護もやってもらう。
先程言ったように、出立は2日後だ。それまでに十分な準備を済ませてくれ」
* * *
小隊長殿の元を辞すると、さっそくエルネスティがしゃべりだした。
「本当に噂通りの仏頂面なのね。でも、仕事ができそうなタイプよね」
「そう?」
私はなんというか、あの仏頂面はマジ怖い上に笑顔も怖かったし、いろいろと裏ありクサイところがあまり関わりたくないと思ってしまうんだけど。
「騎士団には珍しいじゃない。あんなに調査きっちりなタイプ。ちゃんと任務やる前に、いろいろ考えてる騎士って、結構少ないのよ。討伐任務なんて特に。
私は防御担当で他の騎士たちの補助とかやるけど、だいたいとりあえず現地行って魔物見つけたらとにかく斬りかかれってタイプばっかり。それでいて、しわ寄せは全部私たち魔法使いに来るの。お前たちがうまくやらないから逃げられたじゃないかって、冗談じゃないわ。
そのうえ、うまいこと倒せたら騎士のおかげなのよ。逃げられたり失敗したら全部魔法使いのせいなのに、やってられなくなるわよ? 師団長ががんばってくれるから魔術師団も続いてるけど」
「そういうものなんだ……」
「エディトは探知専門だから、あまり騎士団についていく機会がなかったのよね。正直言って、ラッキーなのよ? フォル小隊長殿はちゃんと調査の重要性をわかってるもの」
「うん……」
でもね、エルネスティ。そのフォル小隊長殿はどう考えてもまともな人間と思えないのよ、と心の中だけで言う。
あの魔族を逃がした時の小隊長殿を思い出すと、正直私は怖いんだ。殺気を込められて剣を突き付けられて、ほんとに殺されると……たぶん、私を含めて皆、小隊長殿の邪魔をすると判断されたら迷わず殺されるんだろうなと、実感として感じている。
「エディトが何を気にしてるのかわからないけど、この任務が終わるまでは私たち一蓮托生なんだから、がんばりましょう。私はキマイラについてもう少し調べておくわ。確か、第2隊の先輩の中に実戦経験のある魔法使いがいたはずよ」
「じゃあ、そっちはお願い。私は、念のため魔法薬とかを用意しとくね」