閑話:弟が来た
昨日の出来事だ。
母と2人、いつものように乾燥させた薬草から薬を調合していたら、突然、家に黒い子供が現れた……うん、黒髪といい角といい深紅の目といい、どこからどう見ても魔族の子供だ。歳の頃は10か11といったところだろう。
その子供は少々薄汚れていて、きょろきょろと周りを見渡した後、不安げな顔で私と母を交互に見あげた。「ここどこ?」という泣きそうな声に「どこから来たの?」と問えば、おずおずと「フォルが送ったって言えって言われた」と指輪……母が兄に渡した“守りの指輪”を差し出した。
……兄さま、あなたはいったい王都で何をやっているのか。
そして今、父と母が渋い顔をして話し合っている。私は現れた魔族の子供……デルトをとりあえず風呂にいれて着替えさせた後、予備の姿変えの腕輪を付けさせた。とりあえず、これで誰かに見られても大丈夫だろう。
デルトの話によると、母親と2人で山の中で暮らしていたが、母親が病で亡くなって生活に支障が出始めたころ、人間たちが母親の守護の魔法を破って暮らしていた家の中に押し入ってきたのだという。
その人間の1人である兄……フォルに、わけもわからず指輪を持たされ、いきなり転移の魔法で送られたのだとか。おかげでデルトは、どうしていいかわからないという様子でかわいそうなくらいにすっかり怯えている。
それにしても、魔法もろくに使えない魔族の子供を追い出したところで、まともに暮らせるとも思えない。たぶん、おそらく、十中八九、少なくともこの子が一人でも危なげなく暮らせるような目処が立つまでは、うちで面倒を見ることになるだろう。
それはまあいい。父も母もなんだかんだ言いつつデルトの面倒を見るんだろうし。
だが、本当に何をやっているんだ、兄は。
「母さま、父さま、私、王都に行って兄さまに会ってくるわ。指輪も渡さないといけないし」
兄には絶対に一言言わなくてはいけない。無茶振りはいい加減にしろと。