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3.俺と魔法使いと魔族討伐(中篇)

 前回の任務では小隊の誰もが大なり小なりの負傷を負い、数日間は療養生活を送るはめとなったのだが、その療養から明けてすぐにまた魔族討伐の任務が舞い込んだ。

 既に人死にが出て、魔族の疑惑を掛けられた者も捕まっているというのだが、その嘆願書の内容がまったく要領を得ない。はっきり言って、行ってみなければ詳細が何もわからない状態である。

 ……しかも呪いだと? いったい何故この嘆願が通ったのかわからん。魔族疑惑の人間がいるからなのか?


 準備を整えて嘆願の出た村に到着すると、疑惑を掛けられた者は既に逃げた後だった。

 偏見と疑いだけで、その逃亡者を魔族と決めつけ呪いをかけたと断じることはできない。だから、逃亡者を追跡するのと並行で、いつも通りの聞込みや殺された者の調査も行った……が、これは。

 魔法使いであることを隠して薬師として生活していたこと、多彩な魔道具……いくつかは母の道具の中に同じものを見たことがあるが……そして、彼の残した覚書。“守りの指輪”の作成についてそこに書き残されたものを見て、殺された彼のほうこそが魔族であったと、俺は確信した。


 ……調べた結果は、非常に胸糞の悪くなるようなものだった。この国では、魔族は魔物と同列に扱われている。だから、魔物を殺しても罪にならないのと同様に魔族を殺しても罪にならない。だから、この女は罪人ではない。

 我ながら、よくぞあの女を斬らずに済ませたものだと思う。

 調査はこれで終わりだと告げる俺に、エディトの「何故だ」と責めるような視線が刺さった。だが俺にはどうすることもできない。それが国のルールで、俺はそれを遵守しなければならない銀槍騎士団だからだ。


 しかしそれは本当に正しいことなのか? では、魔族の血を引いてる俺はいったい何なんだ? このまま人間の振りをして生きていればいいのか?


「……アニタ。それは“魔族の守りの指輪”と呼ばれ、魔族が親しいもののために作り、贈るものだ。よかったな。今後は、それを持つお前も魔族と同族として扱われることになるぞ。覚悟しておけ」

 ほんのりと指輪にまとわりつく魔力から、既にそこに呪いが掛かっているのだろうということはすぐにわかった。恐らく、外そうとしても外れなかったのだろう、指輪の周囲が赤く擦り剥けた魔族殺しの指を見ながら、俺は告げた。


 今回のことはかなり重く俺にのし掛かっていたようだ。

 思えば、俺が魔族に対するストレートな悪意や害意を直接目の当たりにしたのは、このアニタの事件が初めてだったのかもしれない。さらに思い返してみれば、今まではどことなく他人事のように、迷信を真実として主張する連中をやれやれと言って眺めているような状態だったのだろう。

 ……母があれほどまでに種族が知れることを恐れるのは、父が呆れるほど過保護に母を守ろうとするのは、きっとこの悪意を知っているからなのだろう。


 けれど、半魔族である母を受け入れた父と、魔族を拒絶した彼女の差はいったい何だったのか。

 そして、俺は魔族を拒絶するこの国で騎士を続けていけるのか。

 俺は、どんな正義のために騎士になったというのか。


「……小隊長殿、もしかして、騎士団を辞めようとか考えましたね?」


 まるで見透かされたようにエディトにそう問われ、息を呑む。俺に辞められたら、答えを出せていない自分が困ると彼女は言う。俺自身、まだ答えを出せずにいる問いだ。

 そういうものかと答える俺に、そういうものだと彼女は笑った。続けて、戻ったら酒でも飲もうと言う彼女に、そうだなと返して空を見る。

 袋小路にはまりかけていた俺を、彼女がすくい上げてくれたような気がした。


 王都に戻り、不意に訪ねてきた妹への対応に巻き込んだ後に起こった例の件については、“事故”として処理をしようと理詰めで説得してくる彼女の言葉が少し残念だった。

 俺としては彼女なら別に構わなかったのだが、そう告げることもできず、俺は彼女の提案を呑んだ。


 その後、延び延びになっていた長期休暇の申請がようやく通り、ほぼ2年振りに帰省した。


 実家では、少し前の任務の時に飛ばした魔族の子供、デルトが弟として家族になっていた。妹から、せめて連絡くらい入れろと責められたが、手紙なんぞをいちいち書いてる暇はないし、伝達魔法も使えないのにどうしろと言うのかと返せば、教えてやるから習得しろと畳み掛けてくる。

 了承したら、そのままなし崩しに魔法使いにさせられそうな気がして、断固拒否を貫いた。何故、俺の家族は寄ってたかって俺に魔法を教え込もうとするのか。


 そして夜、数年ぶりに、父と飲み交わした。

「ディアから聞いたぞ。どうなんだ?」

 いきなりそう問われて返答に詰まる。

「どうなんだって、何がだよ」

「だから、ディアに聞いたと言ってるだろう。その顔なら、心当たりがないわけじゃあるまい」

 俺は妹の部屋のほうをちらりと見て、盛大に溜息を吐いた。

「──実は、いろいろあって、真名を明かした」

 さすがの父も絶句したようだった。

「……おい」

「けど、彼女は、俺を魔族の血筋だとは知らない」

 だから、打ち明けずにどうにかなることはあり得ないし、もし打ち明けたとして彼女が受け入れるのかどうかもわからない。そう言外に含ませたことがわかったのか、父は「はぁ」と呆れたように溜息をひとつ吐いた後、「そういや、お前は昔から変に思い切りのいいところがあったな」と笑った。

「お前は少し考え過ぎて動けなくなるところがあるから、そのくらい思い切ったほうがいいのかもしれんな」

「いや、父さん、わかってるのか。下手打つとこの家まで手が回ることになりかねないってのに」

「シャスと俺を舐めるな。どうとでもなるさ」

 俺が考え過ぎだというなら、父は楽観的すぎるのではないかと、俺も溜息を吐く。

「どっちにしろ、俺の意思だけでどうにかなる問題でもないしな」

 なんせ、あの件も“事故”で片付けられてしまったのだ。

「そりゃそうだ。だが俺はお前を根性無しに育てた覚えはないから、せいぜいがんばることだ。考えてるだけじゃ何も変わらんぞ」

「……そりゃわかってるが、勘弁してくれ」

 なんというか、父なりに発破をかけているのだろうが……。


 休暇を終えると、俺が不在のうちに魔族討伐任務が1件終わっていた。

 代理として小隊を率いていた騎士ギーゼルベルトの報告を聞きながら、あの魔族殺しの事件がまだ終わってなかったのかと知る。

「……小隊長殿、最近考えてしまうのですよ。正義とは、どこにあるものなのかと」

 騎士ギーゼルベルトの溜息混じりの告白に、小さく驚く。俺の補佐に入るようになって1年以上経つが、彼が弱音を吐く姿は見たことはない。その彼がやりきれない様子まで見せたことに驚いたし、生粋の人間である彼がそんなことを考えたことにも驚いたのだ。

「……そうだな、自分の考えている正義と、国の考えてる正義が完全に一致してたなら、余計なことを考えなくて済むのかもな」

 それでいくと、余計なことを考え過ぎる俺は、実は騎士向きじゃなかったのかもしれない。

 騎士ギーゼルベルトは苦笑を浮かべた。

「まあ、私よりも魔法使いエディト殿の方が随分と落ち込んでいたようですが」

「……そうか」

 前回に続いて今回じゃ、たしかにきついだろう。


 それから3日経ってもエディトの報告書が上がって来ず、本部で見かけた彼女の同僚である魔法使いエルネスティに伝言を頼んだ。

 呼ばれてやってきたエディトは酷い顔色で、報告書がまったく書けないと言った。

 どうにか口頭で仕上げたものの、見兼ねて気晴らしに酒でも飲もうと誘ったのだが……。


 その、翌々日、魔法使いエルネスティが俺を訪ねてきた。

「単刀直入に聞きますけど、小隊長殿はエディトについてどうなんです?」

 開口一番そう言い放ったエルネスティに驚きが隠せなかった。さすが、エディトの親友と言うべきか。

「……随分と直球なんだな」

「ええ。だって、お上品にぼかしたところで誤解しか生まれませんし。で、どうです?」

 にっこりと微笑んで、エルネスティが再度俺に尋ねるが、どうと言われても。

「そいつは、エディトのほうに聞いたほうがいいんじゃないか?」

「だって、あの子からじゃろくな返事が返ってこないのはわかってるし、聞いても仕方ないもの」

 どういうことだ、と顔に出てしまったのか、エルネスティは肩を竦めた。

「どうして仕方ないのかは、私が勝手に話せることじゃないから、言えません。

 ……でもねえ、あの子ちょっと拠り所がなくてふらふらしてるところがあるから、危なっかしいんです。相手が小隊長殿でよかったけど、他の誰かだったらと思ったらヒヤヒヤしちゃったわ。

 ……あら、そんな変な顔しないで?」

「俺でよかったって……」

「私これでも人を見る目はあるつもりなんです。

 それに小隊長殿なら、あの子に無茶なことを言わないでしょ? ──例えば、師団を辞めろとか」

「は? 師団を辞めろ?」

「ほら、思いもよらないことを言われたって顔になったわ。

 ……それにあの子、私にも話せないことが増えてしまったみたいなんです。ひとりで抱えて溜め込んで、ある日突然爆発しちゃうところがあるから心配で。でも、小隊長殿には話すんじゃないかしら」

 エルネスティは首を傾げ、なぜか嬉しそうにまた笑う。

「意味がわからん。なんで俺にならと?」

「そんなに憮然としないでほしいわ。エディトが男性と朝帰りなんて学校出て以来なかったことだもの。だから私、そこまで持ってった小隊長殿のこと買ってるんです。

 それに、エディトにはここまで来ておいて他の変なのには引っかかって欲しくないから、小隊長殿にはもっと頑張ってもらわないと」

「ああ、つまり、俺はエルネスティのお眼鏡にかなったってことか」

「ええ、これでも私は結構採点は厳しいんです。だから、私の親友を預けてもいいっていう評価を名誉に思ってくださると嬉しいわ」

 俺の何がそんなに買いかぶられたのかはわからんが……「期待に応えられるといいんだがな」と、エルネスティに肩を竦めてみせた。


 それからさらに半月ほどが過ぎて申し渡されたのは、“王都の魔”を討伐するという任務だった。

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