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3.俺と魔法使いと魔族討伐(前篇)

 英雄である騎士カーライルに魔王が討伐されてから、目に見えて「魔族がいるから討伐してくれ」という嘆願が増え、“魔族討伐”という任務に駆り出されることが多くなった。


 魔族がそんなにごろごろ転がってるはずがないだろう、どんだけ少ないか知らんのか。そう思いつつ赴けば、案の定、毒草が理由の家畜の体調不良やら、単なる流行病での病人やら、単なる天候不順やら、野良の魔物や獣やらばかりで、肝心の魔族など欠片も見当たらない。

 馬鹿らしいとは思いつつも、居もしない魔族のせいにされるのがなんとなく納得いかずひとつひとつ片付けていたら、いつの間にか自分に“討伐小隊小隊長”の肩書がつくようになっていた。

 魔族の血を引く俺が魔族討伐小隊の小隊長だなんて笑えて仕方ない。しかも、魔族なんざいないのに、何を討伐させようというのか。


 だいたい、人間は魔族にどれだけ夢を見ているのかと思う。

 魔族なんて、ちょっと寿命と魔法が人間より秀でてるだけのいち種族でしかないんだぞ。天候を操るだの村ひとつ全部に呪いをかけるだの、魔法使いにできないことが魔族にできるわけないだろうが。そのくらい考えろ。

 ……魔王は別格だ。あれの持っている魔力の強さは魔族にしても人外すぎる。あれを基準に魔族という種族を測られても困る。

 なんて偉そうに言っても、俺も魔王以外に生粋の魔族に会ったことは、まだないのだが。


 “魔族討伐”という任務が増えてきた最初こそ、その名目に騎士どもは期待を隠せなかったようだ。しかし、毎度毎度魔族など居らず、単なるトラブルシュートか雑用かという結果が続いていたら、討伐小隊に任じられるのは、俺を含めて吹けば飛ぶような下級貴族出身の騎士のみとなっていた。

 そして任じられた仕事をこなしているうち、俺は段々と嘆願の……魔族に対する言いがかりの内容が腹立たしくなってきていて、もし、万が一無実の罪で濡れ衣を着せられた魔族がいたら、俺の力の限り絶対逃がしてやろうという気分になっていた。

 もっとも、逃すといってもとくに有用な魔法等の手段などないので、その場でどうにか騙し騙しやるしかないだろう。

 ……転移魔法をどうにかと思ったが、母と妹に手解きしてもらっても自分だけを目の届く範囲に飛ばすのでやっとだったため、早々に諦めた。もっと真面目に魔法を学べばできるというが、俺は魔法使いではなく騎士なので無理だ。


 そのうち、騎士団だけに魔族討伐をやらせるのはまずいと考えたのか、魔術師団の魔法使いを最低ひとりは連れて行けということになった。まさか、上では毎回上がってくる「魔族なし」の報告について、実は魔族がいるのに逃げられてしまっているだけだとでも疑っているのだろうか。

 上が何を考えてそんなことを決めたのかは知らないが、面倒が増えただけに思えても、決まったのなら仕方ない。どうせやるのは調査ばかりなのだから、探知魔法が使える魔法使いを寄越せと要請しておいた。


 最初に師団から派遣されてきた魔法使いは、エディト・ヘクスターという名の、所属2年目だという、見るからに実戦経験はなさそうな新人に毛が生えた程度のやつで、彼女は面倒ごとを押し付けられてしまったという様子をあまり隠そうとせずに俺のところへとやってきた。

 任務中、何か事故で怪我をされても無茶な魔法を使われても困るし、何より魔族を見つけてしまった時のことを考えると、彼女の能力についてはきっちり押さえておかなければと、根掘り葉掘り、使える魔法について質問した。

 説明は端的でわかりやすく、さすが魔法使いだと思わせるもので、ずいぶん理屈っぽい奴だなと思ったが、筋を通そうとする姿勢には好感を持った。


 そして、魔法使いをまじえた最初の任務で、まさか本当に魔族がいるとは思わなかったし、それが子供だと報告を受けた時には、かなり困ったなと考えた。しかも、親の姿も見えないという。報告での様子からすると、親はたまたまここを離れているというわけでもなさそうだ。

 ……ろくに魔法の使えない子供の魔族だけで、この数の騎士と魔法使いを相手に渡り合えるとは思えない。うまく逃げられるかどうかすら怪しいだろう。

 どう考えても、ここに住んでいるだけとしか思えないし、なんとかうまく逃がしたいが……騎士だけなら簡単な幻術だけでもなんとか誤魔化せるだろうが、魔法使いはどうだろうか。あらかじめ連れ出したりは無理だろう。

 ──以前、父から「いざという時にはこれで逃げてこい」と渡された指輪を使って飛ばすしかないなと覚悟を決めた。飛ばしさえすれば、あの父と母だ、多分なんとかなる。

 ついでに、実戦経験のない2年目の魔法使いなら、俺の拙い幻術や幻覚でどうにか誤魔化されてくれないだろうかと、半ば賭けではあった。


 しかし、結果は、やはり新人でも魔法使いは魔法使いであるというものだった。幻術も幻覚も、ついでに転移も含め、使われた魔法が俺によるものであることは簡単にバレてしまった。


 なぜ魔族を逃がすのかという糾弾に、これまで溜め込んだ魔族への偏見に対する鬱屈と自分の失敗への腹立たしさから、無闇に彼女を脅したのは悪かったと思う。だが、「魔族は存在そのものが悪で、穢れている」と毎回聞かされる身にもなってくれ。魔族は神話に出てくる魔神と同種だとでもいうのか。

 ……そうは言っても、あれが自分の抱える鬱屈を発散しただけの、ただの八つ当たりだったことには変わりないのだが。


 それでも彼女は「突入したが魔法で逃げられてしまったことにする」という俺の提案を受け入れた。ただし、それに強制力などはなく……つまり彼女に師団で本当のところを報告されれば俺に後はない。

 俺はともかく、最悪の場合、家族に手が回ることになるかもしれないと、これからのことを考えるのは非常に気が重かった。


 だが、彼女は俺との取引通りの報告を行った。


 彼女の意図はわからないが、あれで丸め込まれてくれたというのだろうか。

 結果的に俺の首が飛ぶことはなく、これまで通り、討伐小隊の任務もそのまま続いていった。

 たぶん、このことが父に知れたら、俺だけなら自業自得だが、家族まで巻き込むなとでも言われただろう。母ならすぐにでも騎士団を辞めて戻ってこいと慌てそうだが。

 ……もし、彼女が事実を報告していたら、俺はどうしていただろうか。


 それからは、もう、一度も二度も同じなんだから開き直ってしまえとばかり、任務の時に同行する魔法使いとして彼女を指名するようになった。「探知魔法に優れていて、機転も利くので使える魔法使いだ」と言い訳めいた理由を口にしながら。

 最初の任務で脅しすぎたせいか、どうやら怯えられているなという自覚はあった。だが、それでも仕事はきっちりとこなすし、ある意味共犯とも言える彼女がいることで、自分の気が楽だったことに甘えていたのだ。


 しばらくは似たり寄ったりの、名ばかりの魔族討伐任務をいくつか順調にこなした後、珍しく魔物討伐の任務がきた。報告内容から、対象の魔物はキマイラだろうと考えられ、しかも魔の森から出てきたものだという。

 あの森に棲む魔物は強力なものが多い。おそらく厳しい任務となるだろう。

 しかし、魔族ではなく魔物が相手となると、俄然張り切って出張ってくる騎士が必ず1人か2人はいる。「魔物を倒した」というわかりやすい手柄が欲しいのだろうが、こちらの指示を聞かずひとりで突っ込もうとする馬鹿が多く、とても使えたものではないので、基本、団長から却下してもらうことにしている。

 今回も例に漏れず数人来たのを団長に断ってもらったのだが、1人、諦めの悪い者が付いてくることになった。おそらく実家からの圧力でもあったのだろう。団長もご苦労なことだ。


 だが、そいつの焦りによって計画はほぼ崩れ去り、よく言えば“臨機応変”な戦いとなった。それでもどうにかキマイラを追い込み、もう少しだというところで、足が何かに躓いたのか疲れで縺れただけなのか、俺はバランスを崩してしまった。

 正直、あ、これは死んだなと思った。まあ、俺がだめでも、あとは他の連中だけでなんとかやってくれるだろうとだけ考えた。

 だが、「小隊長殿、頭、伏せて!」という叫びに我に返り、反射的に姿勢を低くすると、後方から走り寄った彼女が炎の魔法でキマイラの顔を焼いたのだ。馬鹿、そんなに近くにきたら……と言う間もなく、苦悶の声を上げるキマイラの竜首に彼女の身体が絡め取られ、そのままキマイラが走り出そうとすることに気づき、とっさにキマイラの背に刺さった槍を掴んで自分の身体を引き上げた。


 ──どうにかキマイラを倒した後、投げ出されて打ち所が良くなかったのか、しばらく気を失っていたようだ。目を覚ますと彼女が横に座り込んでいた。

 歩けるかと聞くと無理だと返ってきたが、幸い、彼女の怪我は俺の治癒魔法でもどうにかできる程度のものだった。

 ……転移魔法を使ってさっさと置いていけと繰り返す彼女に少し苛立ちを感じていると、「なぜ私を助けるんですか」という質問が出たことに驚いた。こいつは、俺がそのうちこいつを殺すと考えていたのか。そこまで怯えていたくせに、なぜ……と、ぐるぐる考え、結局何も思い浮かばずに溜息を吐いてしまう。

「そいつは、俺の質問だ」

 そこまで俺を怖がっているなら、見殺しにすれば良かったのだ。なぜ危険を冒してまで前に出てきたのか。俺こそ聞きたい。

 しかも、こいつは、自分の目の前で人に死なれるのは嫌だったと言うが、俺が何かはわからないと言う。さらには、俺はいったい何なのだと問われ、俺も、以前のように「人間だ」と素直に答えられなくなっていることに気付いてしまった。

 まあ、いいかと思う。俺が何かはともかく、こいつが俺を恐れないで済むようにすることは簡単だ。

「フォルトゥナーティス」

 俺の真名を知った彼女は、見事なくらいぽかんと呆気にとられた顔をして、それから恐ろしく慌てていた。

 何故だか妙にすっきりした気分になり、魔王の結界が近かったので、そこを借りて休息を取ったが……魔王は、いつも、まるで何かこちらのタイミングを計ったように現れると思うのは、気のせいだろうか。


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