2.実家に帰った
後書きに残念な20年後の風景的小話あり
「あーもう、ちょっとは落ち着いてよ!」
私にいきなり子供と夫ができたと弟が即行で連絡したせいで、実家からの一度帰って来い、婿を連れて来い、子供も見せに来いという手紙が洒落にならない頻度で届くようになった。さすがにうっとうしいので、そろそろ潮時かと諦めて実家へと帰ることに決めた。
もちろん、まだまだフェリスに何日もかかる長旅をさせるわけにいかないからという理由で、行きも帰りもユールの転移頼りだ。
そして帰ったとたん、予想通り……いや、予想以上の大騒ぎがいきなり始まった。なんせ、いきなり孫と婿が、しかも自慢じゃないが、かなり高スペックの孫と婿ができたわけだからな。
両親と祖父は、絶対嫁かず後家になると思ってた娘が結婚してるし、いつのまにか死ぬほどかわいい孫ができてるし、婿は王都勤めの騎士様というエリートだしで、放っておいたら血管が切れてぽっくり逝ってしまうんじゃないかというくらい興奮していた。
頼むから少し落ち着いてほしい。いつも通りとはいえ本気で恥ずかしい。私が怒鳴ろうがまったく堪えていない。いや、聞こえてすらいないだろう。フェリスは子供に引っ張り回される小動物のようにかわいいかわいいといじくられ、小隊長殿……いや、フォルも爺さん父さんに挟まれ怒涛の質問攻めにあっている。
「お姉ちゃん、で、お義兄さんには弟とかいないの? イケメンな従兄弟とかはどうなの?」
今年16になる妹のイルゼがするすると寄ってきて、真剣な顔で聞いてきた。弟はいるがまだ12だと言うと、舌打ちして本気で残念がっている。「私も王都に行こうかな」と呟くこの妹は面食いの高望みだからなあ。
騎士団の誰かを紹介してくれとも言われたが、無理だ。師団と関係ない騎士とはあまり交流もないし、そもそも騎士団連中は最低でもそれなりにいい家の出身ばかりだ。それに、脳筋が義弟になるとか私が嫌だ。
曖昧に答えていると、妹がまた舌打ちをして「お姉ちゃん、使えない」と言った。さらに「お義兄さんにお友達を紹介してもらえれば……」などと不穏なことも言い出した。それはやめろ。やめてくれ。
「──フォル、すみません。落ち着きのない家族で」
「いや、うちも似たようなものだし……」
ようやく解放されたフォルを見ると、少し遠い目になっていた。本気で申し訳ないと思う。正直、連れてくるのを躊躇ったのだが、挨拶をしないわけにはいかないという彼の主張に折れた私が悪かったのだ。来たら絶対こうなることはわかっていたのに。
「……覚悟してほしいんですが、明日はもっと来ます」
「何だと? もっと? そんなに親戚が多いのか?」
「いえ、明日は近所の……村の人たちが大挙していじり倒しにきます。ど田舎の近所付き合いを舐めないでください。騎士がこの村に来るということ自体めったにありませんし、明日のフォルは珍獣扱いです、間違いなく」
「マジか……」
おそらく私たちが家に到着して半時も立たないうちに、村中にフォルの話が流れていただろうことは間違いない。田舎の噂の伝達速度は、魔法使いの伝達魔法を軽く凌駕するのだ。
とはいえ、両親祖父ともどもかわいさにメロメロになったおかげで、予想通りすぐにフェリスを受け入れてもらえたのはよかったが、おそらく既に、彼らの頭の中では、フェリスは私の養い子ではなく私とフォルの実子ということになっているのだろう。
……めんどうだから訂正するのはやめよう。もうそのままでいいや。
あとやはり王都に帰ったら弟は締めておこう。
深夜遅く、ようやく父と祖父の宴会責めから逃れ、酒と疲労でふらふらになって部屋に戻ってきたフォルは、茫然としながら「キマイラ相手のほうが楽だった」と呟いていた。
* * *
翌日も、早朝から訪問者のラッシュとなった。
顔を洗ってどうにか身支度を整えただけの姿で、次々訪れるご近所さんの挨拶を受ける。これがまた長い。
「あらあら、エディトちゃんたらこんな立派な旦那さんを貰って!」「まあまあ騎士様なの! すごいわねえ」「さすがかっこいい旦那さんねえ」「こんなにかわいい娘さんまで!」「ヘクスターさんとこもこれで安心だわあ」「次は男の子が欲しいわねえ」「旦那さんがんばらなきゃー。ウフフー」「もっと早く連れてくればいいのに」「エディトちゃんもこんなにきれいになっちゃって」「王都で魔法使い様なんでしょうーすごいわあ」「すっかり垢抜けちゃったわねえ」
切れ目なくやってくるご近所さんたち(主におばさま方)が繰り出すサラウンドトークへの対応に追われ、朝ごはんもままならない。
ある意味、魔物討伐よりも過酷な案件だと思う。正直いって、私が座ってひたすら頷くだけの幻影を残して対応させておこうかと考えたくらいだ。たぶんおばさま方は気づかないだろう。
「フォル、この場は私に任せて、フェリスと一緒に朝ごはんを食べてきてください」
「……わかった」
まだ朝だというのに既に疲れ切った顔のフォルが頷く。フェリスはお腹が空いたのか、だいぶ機嫌が悪くなっていた。私は必死で迫りくる怒涛の村人たちをブロックし、フォルとフェリスを奥へと戻らせる。
というかもう無理だ。私が無理だ。断固として今日中に王都へ戻ろう。
結局、私は朝ごはんを食べ損ねたまま、昼を迎えることになった。
* * *
「魔物が出た!」
そろそろ昼も過ぎようかというころに、その知らせは来た。とたんに、私とフォルの顔が引き締まる。
「どこに? どんな魔物だったかわかりますか?」
慌てふためいて逃げてきたという近所の爺様を落ちつかせ、話を聞く。その間にフォルはフェリスを母に預け、剣を取りにいったん部屋へと戻った。
爺様の話では、早朝、畑へ出たら突然現れた目が赤く光る狼のような魔物に襲われ、連れていた牛が食われている間にほうほうの体で逃げてきたのだという。
……狼か。目が赤く光っていたというなら、魔狼あたりだろうか。はぐれならいいけど、群れで来ているなら厄介だ。
私は、首にかけていた魔王の指輪を鎖からはずして母に預けた。魔王の指輪に寄ってこれる魔物なんてほとんどいないと、以前ユールが言っていた。なら、指輪を預けておけばここは安心だ。
「母さん、これを持って家にいてね。指輪は絶対離さないで、爺さんも父さんも、家から離れないでいて」
それから、フォルに向かって爺様から聞いた話を報告する。
「小隊長殿、場所はここから徒歩で半時ほどの街道沿い。村の耕作地付近の森の近くです。魔物はおそらく魔狼。目撃は1匹ですが、群れでないという確証はありません。昼間なのに出没したところや牛を襲ったところを見ると、飢えていると思われます」
「ならまずは探索を行う。魔物の現在地および数の把握が優先だ。王都への伝達も行う」
「了解しました」
私は師団に向けて報告を飛ばすと、すぐに爺様が魔物にあったという場所へ向かい、魔法による探知を行った。
向かう前に、村の人たちにくれぐれも家から出ないよう伝えることも忘れなかった。
「森の中に……3体でしょうか。群れではないようですが、はぐれがたまたま来たにしても、中途半端な数ですね。3体だけなら私と小隊長殿だけでなんとかできるかもしれませんが、少々危険です」
「1匹ずつ分断できるか?」
「そうですね……ええ、分断なら、なんとかできるでしょう。
1匹ずつ動きを阻害する結界を作って閉じ込めて、その間に、小隊長殿に順番に倒して貰えれば……でも、結界を維持できるのはそれほど長時間ではありません」
「わかった。魔狼1匹ずつなら、キマイラ相手に比べればずっと楽だ」
「結界を維持してる間、ほとんど援護はできないと思います。注意してください」
「ああ」
私がもっと防御結界が得意であれば、分断もたやすくできるし援護も可能だなのだが、さすがにそこまではできない。探知魔法も掛けたままにしなければならないのだから。
けれど、魔狼は危険な魔物だ。何より人を襲う。討伐隊が派遣されてくるまで放置しておいたら、どれだけの被害が出るだろうか。3体なら2人でもギリギリどうにかできる数だからと、私たちは森へと踏み込んだ。
* * *
結論から言うと、作戦はうまくいった。ギリギリではあったけれど大きな負傷もなくどうにか魔狼3匹の討伐はできた。だが……。
「なんで……」
フォルと2人、廃墟となって長い年月の過ぎた塔の前で、呆然としていた。
なぜ魔狼が3匹も現れたのか。探知魔法をいくつか使っての調査でわかったのは、とうの昔に漁り尽くされてもう何も残っていない廃墟である小さな塔から、なぜか魔力漏れがあるということだった。
魔狼のように魔力を帯びている魔物は、魔力に惹かれて集まることがよくある。あの3匹はたまたまはぐれが集まったというより、はぐれがこの塔に惹かれてここに集まったと考えるほうが自然だろう。
「なんでここから魔力が漏れるようになったのか調査する必要がありますけど……とりあえず、間に合わせですが魔力を遮断する結界を作ります」
「……調査は、報告してそれからだな」
「ええ、そうですね。さすがに私も遺跡調査の経験はありませんし。
たぶん、師団が中心になって、専門家を雇って行うことになるでしょう。結界だけなら、すぐに上位の魔法使いが来て張ってくれると思いますけど」
フォルは塔から感じる魔力がかなり嫌な雰囲気だと言った。村の近くにこんなものがあるのは不安だが、今どうこうできるものではない。とりあえずの報告を師団へ送ると、本格的な対応は後日になるが、しばらく……最低でも2、3日は村に留まるよう指示されてしまった……今日のうちに王都へ戻ろうと思っていたのに。
フォルに伝えると、遠い目になっていた。
* * *
家に戻ると、私とフォルはすっかり英雄扱いされていた。
しかし単に魔物退治にかこつけて宴会をしたいだけだろう。ど田舎は娯楽が少ないから。
フォルは爺さん連中に囲まれ、魔狼との戦いを根掘り葉掘り聞かれている。おそらくフォルが語った話は尾鰭葉鰭に背鰭胸鰭まで付いて、今後50年はつい先日あったことのように語り継がれることとなるだろう。間違いない。
私は宴会の準備と給仕に駆り出され、ひたすら台所と宴会場を往復していた。魔法を使いすぎて疲れているというのに、私も言っちゃなんだが英雄扱いされているはずなのに、母は本気で容赦ない。お前も主婦になったのだからつべこべ言わずこのくらい働けということか。
やはり私の実家への帰省は年に1回の日帰りで十分だな、と心に決めた瞬間だった。
あの日から20年……ふと、私は気付いてしまった。この見逃せない事実に。
「くそ、騙された」突然がしがしと頭を掻き毟りだす私に、フォルが「何がどうした」と声をかけてきた。
私は、たった今気付いてしまった事実に愕然としながら、重々しく告げる。「フォルに騙された。詐欺だ。これは酷過ぎる」
「──またずいぶんと唐突だが、何のことだ」呆れた顔で、どうせまた残念なことでも考えついたんだろうとフォルは続けた。何が残念だというのだ。こんな重要なことなのに。
「20年経ったらお義父さんのようなダンディになる見込みだったのに。全然老けていないなんてダンディ詐欺だ」
やはりそんなことかと彼は肩を竦めた。
「まあ、4分の1は母方の血が入ってるからな。生粋の人間のようには老けないんだろう」
「くそう、フォルが美少女だったら問題なかったのに……」
「いい歳してそういうことを言うのはやめろ」
まったく何年たってもお前の残念なところは変わらん、とため息混じりに呟かれるが、何を言うのか。いい歳して人生で何が重要かをわかっていないのは、フォルのほうじゃないか。
私は、横で目を丸くしている義理の娘には、この恐るべき罠についてきっちり教えておかねばならないと、口を開く。娘がダンディ詐欺にかかるようなことはあってはならないのだ。
「フェリス、いいか? お前は美少女だからお前自身に問題は全くない。
だけど男がいつまでも若いままではいけない。やはりダンディに進化しなければ喜びは半減だ。
お母さんはお祖父さんのダンディっぷりを見てお父さんを判断してしまったけれど、考えてみたらお父さんとお祖父さんでは種族が微妙に違っているということに気付かず、こんな結果になってしまった。
お前は騙されるんじゃないぞ。身内がそうだから相手もそうなると考えるのは早計だし、相手の種族的な歳の取り方も考慮に入れてちゃんと選ぶ必要がある。くれぐれもダンディ詐欺には引っかかるな」
娘は曖昧に笑って、そうねと言った。
「……という、お母さんの残念なところは見習わなくていいからな、フェリス」
「何! 人生を彩る潤いは重要なのに! わかってない! 隊長になったくせにわかってない! そんなんじゃ部下についてきてもらえないぞ!」
「お前こそ、せっかく上位の魔法使いだってのに、なんだその残念さは。いいかげん卒業しろ」
うちの両親って、なんだかんだ言って似た者同士だわ、と娘は嘆息した。