1.実家に行った
「ついたよ──僕を足代わりに使うのってエディトが初めてだよ。ていうかさ、普通、仮にも師匠を足代わりにするって発想がありえないよね」
「ありがとう、ユール。フェリスに長時間の移動させるのかわいそうだなって思ったから、助かった。私も早く上級の転移魔法を使えるようになりたいな」
「そこは頑張って。それじゃ、僕帰るね。黒森の娘によろしく」
「一応、感謝しておく」
「そこは一応じゃなく感謝してよ。じゃあね」
呆れながらも私たちをきっちりと小隊長殿の実家前まで送り届け、帰っていったユールは、なんだかんだ言って結構なお人好しだ。
小隊長殿の実家は、立派な薬草畑があるこじんまりとした家屋だった。
山岳が近く牧場が多く、なかなか風光明媚ないい場所だ。その分王都からはずいぶん離れていて、確かに転移魔法がなかったら帰るのはとても大変だけど。
「フォルか?」
扉が開いて、小柄な女性が出てきた……って美少女じゃないか。どうなってるんだ。
「ああ、母さんただいま。こちらは魔術師団の魔法使いエディトだ」
「エディト・ヘクスターです。はじめまして。この子はフェリスです」
思わぬ美少女の出現と思ったらこれが母!? 母だと!? と、驚愕のままに挨拶をすると、彼女はなぜだか目を丸くして驚いた顔のまま、「アロイス! アロイス来てくれ!」と奥に叫びだした。すぐに、「シャス、どうした」という渋い声とともに40を超えたくらいのおじさまがやってくる。
なんとダンディだ。ダンディなおじさまもいいな。見たところ小隊長殿の父君か。小隊長殿もあと20年ほど寝かせるとこういうダンディになるのか、素晴らしい。
「アロイス、フォルが嫁と子供を連れてきた。どうしよう」
「何だと、いつの間に!? でかした!」
小隊長殿のご両親があらぬ方向に思考を巡らせているのに気付き、私が慌てて横の小隊長殿を見るとあちゃーという顔で渋面を作っていた。そんな顔するより誤解を解くほうが先じゃないのか。
「ちょ、待ってください、誰が嫁で子供ですか!?」
鼻息荒く2人で盛り上がるご両親におろおろしつつも、私は大声を上げる……しまった、フェリスが驚いて泣き出してしまった。
「ああごめん、驚かせちゃったねフェリス。よしよし、ごめんね」
状況が混沌すぎる。もういいや、誤解を解くのは小隊長殿に任せてしまおう。
* * *
「なんだ、嫁と子供じゃないのか。もういい歳なのに、わたしはいつになったら嫁と孫の顔が見られるんだ。自分の息子がこんなぼんくらだと思わなかった。お前は都会で何をやってるんだ」
「いや、母さん……仕事してるんだけど……」
母君はものすごく残念そうな様子で小隊長殿を罵倒している。小隊長殿もいつものようにいかず、なんだか子供のようにたじたじとしている。それにしても、美少女の顔でこんなセリフを吐かれると、破壊力がものすごいな。
フェリスはこの家の末弟のデルトに遊んでもらっている。デルトはあの北の山地から逃がされた子供の魔族だそうだ……以前ディア様が言ってた“無茶振り”ってこのことだったのか。小隊長殿、丸投げすぎないか。たしかろくに実家へ帰っていなかったはずだけど、送ってそのまま放置なのか。
「で、あなたはわたしの父の蔵書を見たいということでいいのか。魔術書が中心だが、結構多いぞ」
「はい。さすがに今日だけでは無理でしょうから、許可さえ頂ければ何度か通わせてほしいんです」
「構わないが、王都からは遠くないか?」
「今日みたいに、ユール……魔族の友人に送ってもらいます。そのうち、自分で転移できるようになればいいんですが、まだちょっと遠すぎるので」
「魔族の友人がいるのか。そういえば、あなたが持ってるのは魔王の指輪だな。魔王は元気か」
「たぶん元気じゃないかと。たまに騎士団本部の角を見ると生き生きしてますし。
──いつも思うんですけど、そんなにわかりやすいんですか? この指輪、必ず聞かれるんですよね」
「どう説明したらいいんだろう……指輪からほのかに魔力を感じるんだ。その印象が作成者から受ける印象とそっくりで、知り合いならなんとなくわかる。この感じは魔王だなとか」
「……不思議ですね。ふつうにしてたら魔力なんて感じないですし、探知魔法を使っても印象なんてわからないんですけど」
「そうなのか? 皆わかるんだとばかり思っていたが、魔族の血縁だけなのかな。
それにしても、人間なのに混血の子供を引き取るなんて思い切ったことをするな。大変じゃないか? 王都には人間がたくさんいるんだろう? 大丈夫なのか?」
「そこは、小隊長殿も気にかけてくれてしょっちゅう様子を見に来てくれますし、優秀な隠遁生活のプロもサポートしてくれてますから、なんとかなってます」
「ほほう、フォルがそんなに見に行ってるのか」
「はい。たぶん、私ひとりだったら行き詰ってたと思うので助かってます。
それに、ユールが魔法感知のごまかし方とか結界の張り方とかを教えてくれるんですよ。さすがって思います。探知の回避方法なんてとても参考になりますね。母君もどうですか、よかったらお教えしますよ」
「おお、それはぜひ頼む! あと、わたしのことはシャスでいいぞ」
「いえ、さすがに小隊長殿の母君を名前でというのは……」
「問題ない。わたしは気にしないし、フォルもそんなことを気にするように育てていないつもりだ。そうだろう、フォル」
小隊長殿がいたことを思い出してそちらを見ると、半分諦めた顔で溜息を吐いていた。父君は母君の隣で機嫌よく……いや、小隊長殿を見て何やら笑っている。やはりダンディだ。
「いや、もう好きにしてくれて構わない……」
小隊長殿が投げた。
* * *
帰りはディア様が送ってくれた。さすがに王都の中へ直接というわけにはいかないので、王都のごく近くまでだけど。
フェリスはすっかり遊び疲れて寝てしまい、小隊長殿に抱っこされている。このまま家まで送ってもらうことになったが、寝ている子供は本気で重いから助かった。
「次は自分の実家に行かなきゃいけないんですよねえ……どう説明したものか考えると、面倒です」
ふう、と溜息を吐きながら、自分の両親のことを考える。自分が魔法使いになるときであれだけ大騒ぎしたんだ、魔族のことなんか話してもパニック起こすのが関の山だろう。どうにかいい感じに説明してお茶を濁さないといけないが、正直面倒くさい。
「まあ、うちの親みたいなのは、普通ないからな」と小隊長殿が言う。
「まったくですよ。母君も美少女で父君はダンディとか反則です」
「そこなのか?」
「そこ重要です。
まあ、結婚しろとか煩く言われてるあたりは同情します。うちも煩いんだろうなあ。さっさと諦めて欲しいんですけど」
ああほんとに気が重いと、溜息が出る。
「する気ないのか……何か理由でもあるのか?」
「今の状況では無理です。フェリスだけなら死ぬ気でごまかしますけど、特大の扶養家族も付いてますし、説明も説得も面倒すぎます」
親なら黙ってればいいけれど、結婚となったらそうもいかない。コブ付きというだけでハードル高いのに、大人の魔族だぞ。
「それに、そもそも普通の男性は、結婚相手の女性が師団勤めの魔法使いだって知ると、辞めろって言い出しますからね。辞めるのは無理ですから、独身を貫きます」
「どうして師団に入ったんだ?」
重くなったなと言いつつフェリスを抱え直しながら、小隊長殿が尋ねた。
「……ど田舎だったせいか、実家の近隣で魔法の素質がある子供は私だけで、小さい頃は皆に見えないものが見えたりして家族にも変だって言われたし、自分でも自分がおかしいって思ってました。
でも、魔法使いならこれが普通だってわかって、だったらもう魔法使いになるしかないって考えたんです。それに、魔法使いになって魔術師団に入れば、自分は変どころか人より役に立てるんだぞって。そこは、前に小隊長殿が言ってた、男の子が騎士にあこがれる気持ちに似てるかもしれません。魔法使い自体も性に合ってると思いますし」
視線を落として、私は続ける。
「それに、何と言いますか、魔法使いとして魔術師団にいると、私は素でいられるんですよ。理不尽も多いけど、魔法使いじゃなかったころに比べれば、そんなの全然どうってことないんです。
私は私でいたいので、師団を辞める気も、魔法使いを辞める気もありません。
──もっと言っちゃうと、魔法学校時代に付き合ってた男性に結婚しようって言われたことがあるんです。でも、彼は私が師団に入りたい理由を知ってたくせに、師団じゃなくて家に入れって言ったんですよ。その時、なんだかすごくがっかりしてしまって。同じ魔法使いでもわかってもらえないんだなあと。
なので、もう夢見るのはやめたんです。
でも、思わぬきっかけのおかげで、この子やユールが扶養家族になってくれたので、結婚しなくてもこの先ひとりじゃないと思うとちょっと嬉しいですね」
なんとなく自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。小隊長殿は、黙って私の横を歩いていた。
……ふと、頭を優しくぽんぽんと叩かれて、私は小隊長殿を見上げた。
「お前さ、俺のところに来ないか」
「は? 何のことですか?」
「前からなあなあでここまで来てしまったなとは思っていたんだが、いい機会だ。お前、俺のところに嫁に来い」
「……小隊長殿、私の話聞いてました?」
「俺は別に師団も魔法使いも辞めろとは言わない。むしろ続けろ。師団にはお前のような魔法使いがいたほうがいいからな。それに、俺ならコブがいても気にしないぞ」
「えーと……マジですか」
「マジだ」
なんだかありえない展開に、頭が付いてこない。
「……美少女な義母義妹にダンディな義父がもれなく付いてくると考えると、相当魅力的な提案かもしれませんね」
「そこなのか」
「そこが重要なんです。美少女は宝ですし……20年後のダンディのために、その提案に乗ってもいいかなと思いました」
頭は付いてこないが、これはこれでありかもしれない。
小隊長殿は私の肩を抱き、なるほど、オマケで釣るのもありか、と呟いた。