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私と小隊長殿の魔族討伐  作者: 銀月
6.私と小隊長殿の魔族××
22/28

 結局、領主はそのまままともに話をできる状態にはならず、代わりにヴァルドゥ家の家令であるコンラート・ヴィスマールに話を聞くこととなった。

 彼の知っている範囲のみ、であるが。

 最初は主の許可なく話すことを拒んでいたが、このまま何もわからないでは男爵家にとって良いことなどひとつもないことを説明し、どうにか話すことを同意させた。


 ──ヴィスマールの話によれば、領主の妹であるヘルガ・ヴァルドゥは、6年程前、彼女が18の時に旅の魔法使いだという男と駆け落ち同然に家を出てしまったのだという。

 当然、兄であり領主であるハインツは妹を許さなかったのだが、1年前、夫となった魔法使いを亡くしたと、まだやっと乳離れしたくらいの子供を連れて困窮して戻ってきた妹を、つい哀れに思って屋敷に受け入れたのだそうだ。

 その時連れていた子供は普通の……人間にしか見えず、特に何の違和感もなかったとのことだった。


 だが、半年前に突然、その子供に角が生えたのだ。

 領主に追求され、とうとうヘルガはあの魔法使いは魔族が姿を変えていたものであり、人間に殺されそうになったその前に辛うじて自分と子供を逃がしたのだと白状した。

 私の推測でしかないが、おそらく、子供に掛けられていた姿変えの魔法が解けてしまったのだろう。たとえ魔道具であっても、永遠に効果の続く魔法など存在しないのだ。


「──魔族と通じたものを外に出すわけにいかない。それがヴァルドゥ家の者ならなおさらだ、そう旦那様は仰いました」


 ヴィスマールは沈痛な面持ちで語る。

 子供が魔族との混血であると分かり、ヘルガは子供もろともあの地下牢へと監禁されてしまった。そして、最初こそはきちんと出されていた食事なども、魔族の血を引く子供を使用人が恐れたためにだんだんとまばらになり、ここふた月ほどはろくに差し入れられてなかったらしい。


「それで、あの女性……ヘルガ様は餓死されたんですね」


 ヴィスマールは頷いた。

 たぶん、ヘルガは、辛うじて出された食べ物のほとんどをあの子供に与えていたのだろう。だから、大人よりも体力のない子供であったのに、今日までなんとか生きながらえたのだ。

 けれど母親が亡くなりあの子供自身も弱り切って、苦しさのあまり無意識に助けを呼んだらドレイクが来てしまったというのが、今回の襲撃の経緯ということか。


 魔族が絡んだ事件に関わると、いつも後味悪く終わってしまう。どうしてなんだろうな。何かを忌み嫌い憎むという負の感情が、そういう方向に働いてしまうのだろうか。それとも、今回もたまたまそうなっただけなのだろうか。


* * *


 私たちが引き揚げるまで、とうとう領主がもとに戻ることはなかった。探知魔法で見てみると、領主には強力な幻覚の魔法が掛けられているようだったが……ユールは彼にいったい何を見せ続けているのだろうか。

 代わりに彼の従兄にあたる者が来て、諸々の後始末にあたることとなった。ドレイク襲撃の原因は魔族と通じた領主の妹にあるということで、それに対する制裁を行っただけだという領主にお咎めらしいお咎めはなかった。しかしこのままいけば、きっと遠からぬ未来には、領主の従兄殿が新たな領主となるのだろう。


 子供は魔法使いに連れ去られ行方不明として処理した。

 もっとも、使用人たちが魔族の血を引いてると言っているだけで騎士団が子供をはっきりと確認できたわけではなく、魔法か何かによる見間違いの可能性もある……ということにされたのではあるが。

 仮にも王国の貴族の一員であるヴァルドゥ家に魔族との混血が存在するなんて、外聞が悪いにもほどがあるということだろう。そうはいっても、領主の妹が魔族と通じて死んだという噂は既に流れてしまっているのだが。

 町の修繕はすべて領主の私有財産を使って行われることになった。


 そうやって諸々の雑事と後始末を終えて、ようやく王都に戻れたのはあれから10日も経ってからだった。本当はすぐにでも家に帰りたかったけれど、さすがにそういうわけにも行かず……せめて休暇くらいはと、どうにか3日をもぎ取った。


 ユールはきちんと子供の面倒を見ていてくれただろうか、子供は少しは元気になっただろうかといろいろ気にしながら、どうにか仕上げた報告書を提出に、騎士団へと向かう。


「魔法使いエディト・ヘクスターです。今回の報告書を提出に来ました」

「入れ」


 いつものように小隊長殿の部屋に入ると、小隊長殿は相変わらずの仏頂面で座っていた。報告書を渡して確認を待つと、報告書に目を落としながら、不意に小隊長殿が尋ねてきた。


「子供はどうしてる?」

「まだ顔は見てませんが、伝達の魔法で聞いたところによると、だいぶ元気になって少しは歩けるくらいに回復したみたいです。魔法で病人食が作れなかったので、知人に頼んだと言ってましたけど……」

「知人? やつに知人なんていたのか?」


 こちらを見上げ不審げな表情を浮かべる小隊長殿に、私もまさかユールの口から“知人”という言葉を聞くとは思わなかったしな、と考える。


「よく知らないんですが、どうも半妖精のお嬢さんらしいですよ。私も、ユールに知人がいるなんて驚きました」

「……半妖精」

「ええ、半妖精です。……小隊長殿。私はこの後すぐ帰宅しますけど、一緒に来ますか? そのお嬢さんもいるみたいですし」


 驚いている小隊長殿をうちへと誘ってみると、気になっていたのか二つ返事で来ることになった。


* * *


「ただいま。ユール、子供の様子はどう?」

「あれ、おかえり。やっと帰ってこれたんだ……うわ、黒森の長子もいるの!?」

「……いい加減その呼び方はやめろ。フォルでいい」


 にこやかに出迎えたユールの顔が、小隊長殿を視界に入れたとたん一瞬引き攣ったように見えたのは、気のせいだろう。

 ユールが聞いてないと文句を言うが、言ってないんだからあたりまえだ。小隊長殿は本当にここにいたのかと、半ば呆然としたように呟いていたかと思えば、「まて、男と同居とか大丈夫なのか?」と妙なことを気にし始めている。対外的にはユールは“彼女”で通っているからと説明すると、いやそうではなくとかまたぶつぶつと言っててわけがわからない。

 ユールは人の振りしてればたしかに美少年だが、中身は500歳越えの魔物も裸足で逃げ出す魔族様なんだ。そんなものにうかつに手を出せるもんか、恐ろしい。


「お邪魔しています」


 少々混沌とした状況の中、ユールの後ろに美少女が現れて、ぺこりとお辞儀をした。長くてふわふわな淡い金髪の美少女だ。少し耳が尖っている。歳は16か17だろうか。

 この美少女が“半妖精の知人のお嬢さん”か。私は彼女の前にずいっと進み出て、その手をしっかりと握った。


「……はじめまして、魔術師団第2隊所属の魔法使いエディト・ヘクスターです。あなたがユールのご友人のお嬢さんですね。このたびは大変お世話になりました。後日改めてお礼をさせてください。是非とも、お礼をさせてください。絶対ですよ?」

「は、はい……」


 私はもう一度しっかりと手を握る。やっぱり美少女はいい。眼福だ。

 しみじみと感動してから、私はまたユールに向き直り、子供のことを尋ねた。子供の名前は結局わからないらしい。魔族だから真名があるのだろうけど、何分、まだ幼すぎて自分の通称名もろくにわからないようだ。

 それからもうひとつ、聞きたかったことを思い出した。


「ユール、あの領主に何をしたの?」

「ああ……ちょっと反省してもらおうかなと思って、あの女の人がずっと一緒にいて話しかけてくる幻覚が見えるようにしただけだよ。ちゃんと反省できたら解けると思う」


 なるほど。やたら怯えまくってどうしようもなかったのは、そのせいか。

 小隊長殿も「それでか」と何か言いたげに渋い顔をするので、ちょっと効果ありすぎて反省どころじゃなかったですねと同意した。


 部屋に行くと、子供は寝台の上に座って遊んでいたが、私たちが入ったことに気づいて、ぽかんとこちらを見つめてきた。まだ手足は相当細いままだが、地下牢で見たときよりも幾分か顔がふっくらしたように思える。

 ゆっくりと近寄ると、子供はわかったのかわかってないのか、まだぽかんとこちらを見つめていた。


「こんにちは。だいぶ元気になったみたいだね。私はエディト。こちらはフォル。

 ええと、これから私があなたの親代わりになります。よろしくね」

「えり? ふぉー?」


 舌足らずなために名前がきちんと言えないらしいこの子供は、金茶のふわふわした巻き毛に軽く巻いた小さな角と尖った耳、光の加減で黒にも見える赤みがかった黒褐色の目……着せられた服で、女の子だったのかと初めてわかった。

 ……悶え死にそうなくらいかわいいじゃないか。


「やっぱり名前がないとやりづらいね……よし、今、あなたの名前を決めよう」


 この子に合う名前、どんな名前がいいだろうかと考えて、ひとつ思いついた。


「──フェリスがいい。少し古い言葉で、“幸福”っていう意味なんだよ。あなたはこれから幸せにならなきゃいけないの。だからフェリスだ。さ、フェリス、おいで」


 私はフェリスを手招きし、抱きよせた。


「うん、決めた。

 こんなかわいい子が肩身の狭い思いするなんて、間違ってる。フェリスが大手を振って生きていけるよう、私なりにがんばることにするよ」



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