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「ドレイクについての報告がある。屋敷の地下にあるものと関連していると言えば、おそらく理解していただけるだろう」
領主の屋敷へと赴き、小隊長殿がそう領主へと言付けると、すぐに家令と思われる者が出てきた。領主はすぐに会うとのことだった。小隊長殿は連れていた騎士数名と補佐である騎士ギーゼルベルトに門の側で待機するように命じ、家令の後に続く。私もそれに同行する。
外観通りの、華美というよりは質実剛健という言葉が似合う応接室へと通されると、そこには30を少し過ぎたばかりに見える、がっしりとした武人のような、金茶の髪の男性が待っていた。
「ハインツ・ヴァルドゥ男爵閣下、この度はこちらの要望に応じていただき、ありがとうございます。銀槍騎士団討伐小隊小隊長フォル・マンスフェルダーと、魔術師団第2隊所属の魔法使いエディト・ヘクスターです」
「……町を襲うドレイクについての報告があると言ったが、どのようなものだ」
「この魔法使いエディト・ヘクスターの調査により、この屋敷に地下に無視できない魔力の反応があることがわかりました。ドレイクどもはその魔力に引き寄せられ、町を襲撃しています。このまま魔力を放置する限り続くでしょう。調査と対応について、許可をいただきたい」
「……許可できんと言ったら?」
「魔物に関することである以上、すぐにでも騎士団に報告の上で対処する必要があります。
──今回の件により、人為的にドレイクを呼び寄せられる方法があるとなれば、魔術師団からも本格的に魔法使いが派遣されるでしょう」
小隊長殿はいつもの仏頂面も眉間の皺も引っ込め、極めて事務的に、礼儀正しい態度で男爵に接している。……要するに、だから大事にしたくなければこのまま調査させろと言っているのだろう。けれど、隠しているモノがモノだけに、領主もそうはいかないと見える。
2人のやりとりを聞いてぼんやりと考えながら、私はあらかじめかけておいた探知魔法で、地下の様子を伺っていた。あまり時間がなかったため、どう介入するかについてはほとんどユール任せとなってしまった。いったいどう現れるつもりだろうか。
「……魔力源についてはもしかしたらという心当たりはあるが、さほど時を置かずに解消されるだろう。調査や対処など必要ないと考えるが」
「解消されるとは、どのように? 私は騎士団より魔物および魔族討伐を確実に遂行することを命じられてここに来ています。ドレイクの襲撃が解消されるというのであれば、それを確認しなければなりません」
「……騎士風情が、男爵たる私の言葉を信用できないと?」
「ヴァルドゥ男爵にはご理解いただけるかと考えますが、信用するしないの問題ではなく──」
窓の外で、突然、ドンという何かが破裂するような、爆発音にも思えるような大きな音が上がった。
* * *
小隊長が中に入って間もなく、領主の屋敷の正門に、魔法使いのローブを頭からすっぽりと被った人影がゆっくりと近づいてきた。
「ちょっと入らせてもらうね」
騎士ギーゼルベルトはその人影をじっと観察しながら、この町に魔法使いはいないと聞いていたがと考えていると、その人影……魔法使いが目深に被ったフードの奥から声が上がる。意外に若い男の声だった。
門番が誰何の声を上げようとするより早く、魔法使いが軽く手を振っただけで門番は崩れ落ちるように倒れてしまう。騎士達が剣に手をかけて色めき立ち、騎士ギーゼルベルトが進み出ようとすると、今度は騎士たちに向けて魔法使いが手を振った。途端に、騎士達の身体は金縛りにかかったかのように、ぴくりとも動けなくなる。
魔法使いは、フードの奥から騎士たちに向けてふっと笑みを浮かべると、さらに魔法を詠唱し門扉を開け放った。
「君たちもしばらく動かないでいてね。さて、と。……あっちか」
門を入ってきょろきょろとあたりを見回した魔法使いは、すぐに目的の場所を見つけ、まっすぐにそちらへと歩き出した。
その間にも門の異変に気付いた警備兵がかけつけて来るが、すぐに魔法使いによって動きを封じられてしまう。
「あった。ここか。派手に騒ぎ起こせって言われてたし……結界が邪魔だな」
魔法使い──ユールはフードを軽く持ち上げてそこを確認すると、その場にあった結界を解除し、邪魔な扉を派手に吹き飛ばした。先に続く通路の扉もすべて同じように吹き飛ばしながら進む。
そうしてたどり着いた部屋の扉を、今度は静かに開けて入ると、中にはエディトの言う通り、金茶の髪の混血の子供が身じろぎもせずに転がっていた。
生きてることを確認して子供をそっと抱え上げると、ユールはそのすぐそばにあった粗末な寝台に……寝台の上に横たわる者に目をやった。浮かべていた笑みを消してそれを覗き込む。
「──ああ、君のお母さんか」
寝台の上に横たわった、子供によく似た金茶の髪の、まるで干からびたように痩せ細った亡骸をユールはじっと見つめて、それから子供の顔を覗き込んでぽつりと呟く。
「人間は魔族が怖いって言うけどさ、僕にしてみれば、同族をこんな風にむごい殺し方するうえに、君を酷い目に合わせて平気でいられる人間のほうが、よっぽど怖い生き物なんじゃないかなと思うんだよ。
苦しいと思うけど、もう少しだけがんばってね」
ユールは亡骸のはめていた指輪に気付いてそっとはずした。繊細な銀細工に、赤い石のはまった指輪を。
「これはこの子に渡すからね」
がしゃがしゃと喧しく鎧を鳴らし、真っ先に動けるようになった騎士たちが部屋に現れた。屋敷の警備の者たちもそれに続くと、全員が剣を抜き放ってユールを威嚇するように囲む。
遅れて、何の騒ぎだと声をあげながら領主ハインツと、その後ろからフォルとエディトも現れた。
ユールはフードをおろすと、領主へ嘲るような視線を投げた。
「呼ぶ声が聞こえたから来てみたんだけど……領主、君、人を、しかも女の人と子供を閉じ込めて飢えさせて弱らせて、挙げ句の果てに死ぬに任せるって、ずいぶんと酷いことをするね。
この人は君の近い血縁だろう? 髪色も顔立ちも、君によく似ているね」
寝台に横たわる亡骸をこの場にいる全員に示すと、いつもの軽い声とはまったく違う、冷たく底冷えのするような声でユールが静かに言った。ハインツは、真っ青な顔色で、ユールが示すその亡骸を見つめる。
「まさか、ヘルガ様?」
警備兵の誰かが声を上げた。
「この町を襲ったドレイクは、この子が助けを呼ぶ声に応えて集まったんだよ。大した魔法の素質だね、ろくに魔法を学んでないのに、ドレイクが感じるほどの魔力を込めて助けを呼べるなんて」
「何?」
「集まったドレイクは皆、抱卵中の雌だったろ? 子供が呼んだんだから当然だね。
──ああ、領主、君はこの子をいらないみたいだから、僕が貰って行くよ。この子はきっとたいした魔法使いになる」
「何を勝手な!」
「君に拒否なんてできないよ。だっていらないからここに放って置いて、母親ともども死ぬに任せようとしたんだろう? だから僕が連れていく」
声を上げる領主を、ユールは冷たく一瞥し、それから何かを思いついたように微笑んだ。
「ああ、領主。この女の人が、君に言いたいことがあるようだよ」
ユールが亡骸を指し示し二言三言呟くと、領主は突然悲鳴を上げて腰を抜かしたようにへたへたと座り込んでしまった。酷く怯えた様子で頭を抱えて蹲り、小声で何やらぶつぶつと呟いているようだが……。
「じゃあ、この女の人の亡骸は騎士団に任せるよ。こんなに苦しい死に方させてかわいそうに、ちゃんと葬ってあげて」
もう一度、ユールは蔑むような一瞥を領主に向けると、この場から姿を消した。
「……転移魔法ですね」
「ヴァルドゥ男爵、どういうことか説明していただきたい」
エディトが呟き、ほっと息を吐く。
その横で、小隊長は領主に向かって詰め寄っていたが……領主はとても答えられそうにない様子だった。