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いずれにせよ、子供を連れだすのは夜まで待ったほうがいいと、いったん宿舎代わりの宿に戻った。
そして、日が暮れるのを待っている間に──少し頭が冷えてきた。
「やっぱりだめだ。段取りが悪すぎる」
落ちつかなくて、うろうろと部屋の中を歩き回りながら、考える。
子供を助けるのは一番だけど、魔物の襲撃も解決したとわかる形で終わらせないと、この件は泥沼だ。どうしたらよいだろう。
……子供の様子から、連れ出すのは今夜中としても、私の魔法と小隊長殿の助力だけではどうしても限界がある。誰かを巻き込むにしても、あの混血の子供の存在を許容できる人間は騎士団にはいないだろう。
じゃあ誰に助力を頼めばいいんだ。
──悶々と誰を巻き込むかを考え続けて、結局ひとりしか思いつかなかった。
思い切って呼んでしまうか、けれど、そこまで借りを作ってしまっていいのか、そもそも来てくれるだろうか。どこまで深入りしてくれるだろうか。めんどうくさがって出て行ってしまうんじゃないか。
いろいろな可能性がぐるぐると頭の中を回るけど、もう、考えるのではなく迷っているだけなら、時間がないんだから当たって砕けて、それから次へ行けばいい。
「“ユール、頼みがある。手を貸してほしい。できれば、ここへ来てもらえないか”」
思い切って伝達の魔法を詠唱するとすぐ、部屋の中に魔法の気配が現れた。早い。
「何? こんな田舎まで呼ぶほどの頼みって」
「え」
「え、じゃなくってさ。君がわざわざ呼ぶくらいなんだから、結構切羽詰まってるんでしょ? 早く言ってみなよ。くだらなけりゃすぐ帰るし」
「あ、ごめん。こんなにすぐとは思わなかったから。実は……」
私は屋敷の地下に見つけたものを説明した。ユールが顔を顰め、人間ってえげつないことするねと呟く。
「──ドレイクはほんとにその子供が呼んだのかもよ。あれ、なんで竜もどきって言われるか知ってる? あの姿で息吹吐くっていうのもあるけど、竜みたいに魔法に敏感だからってのが一番の理由なんだよ。
で、僕は何すればいいのさ」
「私は、正面から領主のところへ行こうと思う。小隊長殿には騎士団を控えさせてもらって。
あなたには、騒ぎを起こして地下牢を調べる理由を作って欲しい。その後は、子供を連れてそのまま一緒に王都に帰ってちょうだい」
「……ねえ。まさかのまさかと思うけど、その子供、引き取るつもり?」
私が頷くと、ユールは心底呆れたという顔になった。
「あなたなら、幻術で子供を人間に見せかけて医者にかかることもできるでしょう? だから、王都で私が帰るまで、子供の面倒もお願いしたい」
「……君ってさ、見かけによらず相当なお人好しだし、意外にとんでもないこと考えるし、押しも強いよね」
「そんなことはないと思うけど……まだ本当に小さな子供なのに放り出せないだけだし……」
「いいや。わかった。乗りかかった船ってことで、騒ぎのほうは適当にやるよ」
「ありがとう」
少なくとも退屈はしないしね、とユールはにっこりと笑った。
* * *
「小隊長殿、エディト・ヘクスターです。いいですか?」
小隊長殿の部屋をノックすると、すぐに入れと声がかかった。執務机代わりのテーブルに座ったまま、小隊長殿がちらりとこちらを見て身振りで示した、その前の椅子に座る。
「小隊長殿、先ほどの件なんですが、少々段取りを変えようと考えまして……」
「だろうな。で、どうするつもりだ」
「やはり、まずは正面から領主に会おうかと」
「なるほど」
小隊長殿は腕を組み、じっと私を見た。
「屋敷地下に魔力を探知したので、調査をさせてくれと許可を求めるつもりです」
「それで? ──ああ、つい先ほどすぐ近くで魔力を感じたんだが、あれには覚えがあるな」
小隊長殿はテーブルに両肘をついて顔の前で手を組むと、目を眇めてさらに私を見た。その視線を受け止めきれず、私は思わず目を逸らしてしまう。
「ええと、一応考えている案がありまして……」
「案というのはどんなものだ」
「伝達の魔法で協力者を呼びまして、その、師団所属ではありませんが、魔法使いです。
その協力者に、騒ぎを起こしてもらおうと思います。騎士団が踏み込まざるを得ないように」
「……では、その協力者である魔法使いというのは誰のことだ」
小隊長殿が指先でとんとんとテーブルの上を叩きだし、眉間の皺が深くなった。小隊長殿の魔力感知の素質はさすがと言うべきか……これはたぶん気づいている。
「ええとですね、その……」
「その魔法使いって僕だから」
どう説明しようかと考えあぐねて視線をぐるぐる回していると、あっけらかんとした声が割って入った。驚いて、思わず飛び上がりそうになってしまう。
「やっぱりか」
「そう、僕。ひさしぶりだね、黒森の長子」
いつの間にか私の横に立っていたユールを見上げると、おもしろそうに笑っていた。
「エディトって腹芸下手だよね。ちゃんと考えてそうで、その実行き当たりばったりなんだよ。案の定、説明し損なってるし。だったら、変に隠すより全部話したほうがいいんじゃないかと思ってさ」
あははと笑いながらユールが言うと、小隊長殿は表情を消して私に向いた。
「……魔法使いエディト・ヘクスター、なぜこいつがここにいるのか説明しろ。全部だ」
「僕が話そうか?」
小隊長殿の低く命じる声に思わず身を竦めてしまうと、ユールがにやにやと笑った。私は首を振り、自分で説明すると言った。
「……掻い摘んで述べますと、彼が現在の私の魔法の師です。魔法を教授してもらう代わりに私が彼を養うという契約をひと月ほど前から結んでいます。
今回、混血の子供を連れ出すにあたり、協力を頼むのであれば彼が適任だと考えました。彼には幻術で魔法使いに扮して騒ぎを起こしてもらおうと考えています」
私はなかばやけっぱちになって答えた。行きあたりばったりでももういいや。
「契約に至った理由は?」
「ええと、利害の一致と言いますか。
彼は魔族が故に魔法のエキスパートですし、効率のいい魔法の訓練方法を知っていますから、私の魔法使いとしてのスキルアップが望めます。もうひとつ、ここしばらくずっと、私は自分が魔族について無知であることを痛感していたので、彼を通して魔族について学べたらとも考えました。
彼は、その、働き口もなく路頭に迷っているとのことでしたので、前述のような条件での契約となりました」
だらだらと冷や汗を垂らしながら小隊長殿を窺うと、相変わらず無表情のままだった。
「今回、こいつが適任だと判断した理由は?」
「……混血の子供を連れ出すとなると、協力者については魔族に対して理解がある者を選ばなければなりません。彼は魔族で幻術にも長けていますから、連れ出した子供を医者に診せるまでを問題なく遂行できると考えました。
それに、現在私と同居していますから、子供を引き取ることを視野に入れると、彼に関わってもらったほうが後々説明も省けるかと思いまして……」
「──ちょっとまて。子供を引き取る? お前が?」
小隊長殿が驚いて立ちあがり、その後ろでガタっと音を立てて椅子が倒れた。そんなに驚くことだろうか。だって、私が連れ出すって決めたんだから当然じゃないか。
「ええと、はい、混血なので孤児院に預けるわけにもいきませんし、だからと言ってそこいらに放り出すなんて無責任もできません。せめて一人立ちできるまで私が責任を持って面倒見るべきだと思いましたので、引き取ります。
幸い、私が仕事の間の世話と教育もユールに頼めますし、なんと言いますか、彼なら人間に紛れ込む方法もよく知っているので、子供が今後生きて行くために必要な知識を得るためにも適任だと考えました」
どことなくばつが悪くて目を逸らしながら一息に言いきると、小隊長殿はテーブルに両手を付いたまま項垂れるように深い溜息を吐き、ユールは楽しそうに笑い出した。
「行き当たりばったりなのに、ほんと思い切りはいいよねえ。まあ、子供は悪いようにしないから安心していいよ。約束は守る主義なんだ」
小隊長殿は、何故か諦めたように「わかった」と言った。