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町を襲ったドレイクは7体。前回よりも数は増えていた。
どれも体長は3m程度だが、吐き出される炎の息吹や尻尾の強力な一撃は、下手をすると一撃でこちらの命を奪われるほどに危険なものだ。不慣れとはいえ、今回魔法使いは私一人しかいない。手早く耐火の防御魔法を詠唱し、次にドレイクの正面にいる騎士たちに守りの魔法を追加する。さらに幻覚を駆使してドレイクの動きを鈍らせた。
そこまで一気にやった後、小隊長殿に声をかける。
「探知魔法で周囲に不審な気配がないかを探ります。しばらく援護はできません」
「わかった」
私は輪の探知魔法を詠唱する。ドレイクが魔法の影響下にあるなら、これでわかるはずだ。もし、魔法的な何かに引き寄せられているにしても、これで何らかの手がかりを見つけられるだろう。
探知の輪を町全体を覆う大きさにまで広げて集中し、無関係と思われる魔法の反応を排除していく。
対象を絞ると……結界? 随分前に作られたものなのか、綻びが多い。その結界の中から何かの魔法ではなく魔力そのもののようなものが漏れ出ていて、この町の中でとても不自然なものと感じられる。さらに詳細を探る必要があるだろう。
さらに集中すると──結界と魔力の反応は領主の屋敷からだった。位置からすると屋敷の地下だろうか。ずいぶん厄介な場所にある。直接その場所へ行って調べるにしても、領主の屋敷では……さすがに魔術師団所属とはいえ、平民の私では手に余る。何か手段を考えなければならない。
それから、改めてドレイクのほうへ意識を集中する。何か魔法の影響下にあるならすぐにわかるはずだが……はっきりした魔法の反応はないようだ。けれど、何かが引っかかる。その、「何か」がわからない。わからないが──。
「1匹だけでもいいので、生かして追い返してください!」
私は小隊長殿に向かって叫びながら、走り寄る。
「ドレイクがどこから来ているのか、調べる必要があります!」
小隊長殿が頷き、指示を飛ばすのが見えた。逃げようとするドレイクから騎士や警備兵が離れるのに合わせ、私は追跡用の魔法を詠唱する。これで、あのドレイクがどこへ戻るのかを確認できる。
* * *
──結局、逃げたドレイクは2匹。そちらは私の魔法がかかっているので、行き先はすぐに知れるだろう。怪我をした警備兵や騎士たちの治癒を手伝いながら、小隊長殿に簡単な報告をした。幸い、犠牲者はないようだ。
「町の中で気になったのは1箇所です。これについての詳細は後ほど。
もう一つ、気になったのがドレイクの様子でした。特に魔法の影響下にあるわけではないのに、まるで、何かに引っ張られているように思えたんです」
「引っ張られている?」
「はい。何というか、ドレイクたちはどれも、とにかく町の中へ入りたがっているように思えたんです。根拠はないので、個人的な印象ですが」
「ふむ……」
「なので、町を襲ったドレイクに、何か共通点のようなものはないだろうかと気になりました。もともとどこに生息していたのかも確認できればと」
「わかった。調査は任せる。結果は都度報告してくれ」
「はい」
倒されたドレイクを一通り調べた後、逃げたドレイクの戻った先を確認して“印”をつけ、追跡用の魔法を解除する。さすがにかなりの魔力を消費したと感じる。疲れた。
今日はもう宿舎代わりの宿に戻って休んだほうがよいだろう。
でも、その前に小隊長殿にいったん報告をしなければ。
夜になってようやく落ち着き、改めて小隊長殿と小隊長補佐殿を交えての報告となった。
襲撃中に見つけた不審な魔力のことや、ドレイクについて気づいたことなどを順番に説明する。詳細な調査はさすがに明日以降となるだろう。
「気になるのは、ドレイクが全て雌であったことですね。この季節、雌は抱卵していて巣から出てこないはずなんですが……逃げたドレイクの戻った先も、確認しないといけませんが、おそらくそのドレイクの巣ではないかと思います」
「──なんで、雌が町まで襲撃に来るんだ?」
「わかりませんが、不審なのがこの領主の屋敷地下から感じた結界と魔力漏れです。ドレイクの挙動から、その辺りを目指していたように思えました。ただ、その結界と魔力漏れについては“ある”ということしかわかってません。詳細は明日確認しますが……立ち入りは難しそうなので、外側からということになりますね」
ここの領主──たしか、ハインツ・ヴァルドウ男爵だ。30を少し過ぎたくらいの、気難しそうな貴族だったな。奥方はおらず、少々人嫌いで、屋敷には数少ない使用人がいるだけという話だったか。魔法使いを抱えている様子もなかったはずだ。
その、彼の様子から考えると、私たちを屋敷に立ち入らせての調査は難しいだろう。
小隊長殿も同じ意見のようだ。
「騎士ギーゼルベルト、領主は特に何も言ってなかったな」
「はっ。すべて警備隊長に一任しているので、そちらで確認してくれとしか。それ以降、領主から特にこちらへ何かというのはありません」
「……小隊長殿。屋敷の結界については、外からの調査も気づかれないように行ったほうがいいかもしれません。まだ詳細はわからないのですが、結界の様子から考えると、本当は隠しておきたいものが予定外に外に漏れていたのではないかと判断できました」
「なるほど……では、調査については、方法を事前に報告の上で実施してくれ」
「わかりました」
* * *
翌日、まずは湿地へと赴き、ドレイクの戻った場所の確認を行った。
なんといっても、魔物避けにとても有効な魔王の指輪があるのだ。ユールにもらった鎖からそっとはずして指にはめておいたおかげで、調査中ドレイクや他の魔物に襲われることもなく、必要な調査を終えることができた。
予想通り、逃げた場所はドレイクの巣で、抱卵中の卵もあった。
……なぜ抱卵中の雌ばかりが引き寄せられたのかは不明だが、それはこれから調べていくことだ。
湿地の調査を終えて町へ戻ったのは午後遅くだったが、すぐに結界の確認を行うことにした。おあつらえ向きに、領主の屋敷から程近い場所に宿屋があったので、その一室を借りた。
小隊長殿にそこを拠点に調査を行うことを報告すると、立ち会うと同行してきた。
宿に入ったところで改めて、調査方法を一通り説明する。
「まず、結界を解かないようにして、内部を探ります。幸いほころびは多いですから、それほど難しくありません。先に魔法的な確認をしてから、水鏡を使って結界内の様子を見ます。
予想ですが、魔力が漏れていたところから考えると、内部には生き物がいると考えられます。それも、そこそこ大きな魔力を持った生き物ですね」
呼吸を整え、探知魔法の詠唱を始める。
結界の綻びの隙間から内部へ入り込むように、細く探知の手を伸ばす。この魔法でわかるのは、結界の内部にいる生き物と、そこに働いている魔力だ。
わかったのは、内部にやはり生き物がいること。そして、結界は拘束、遮断、制御、抑圧等の効果を持たせて張られていること……おそらく地下牢か何かなのだろう。それに、綻びは思ったよりも大きく、相当古くに作られた結界であることを感じさせた。
また、内部の生き物の魔力は、昨日探知したものよりも随分小さくなっていると感じられた。
「単純に、魔力を持った罪人が拘束されているだけかもしれませんし、今度は水鏡で確認します」
「……盥で本当に大丈夫なのか?」
「場所はわかっていますし、距離も近いのでこれで十分です。像が少し荒れるかもしれませんが、問題ありません」
小隊長殿が少々不安そうに尋ねてくるので、頷きながら答える。
今回、専用の水盤は持ち込めなかったので、宿に頼んで用意してもらった大きな盥に水を張ったもので代用することにしたのだ。
私はまた集中し、魔法を詠唱する。
しばらく経つと、盥の水面に、もやもやと像が結ばれ始めた。
──最初に見えたのは、汚れて湿った石の床に転がる小さな人影だった。
金茶の巻き毛と、そして、髪の間から小さく覗く巻いた角に尖った耳。まだ幼いどころか、物心つくかつかないかくらいの年齢……2つ? それとも3つ? 言葉すらまだまともに話せないような年齢の子供に見えた。
「魔族? でも、色が違う」
「──混血だ」
「混血? 魔族との?」
小隊長殿は水盤を見つめたまま、黙って頷く。
その混血の子供はすっかり汚れていた。衣服から突き出た手足はとても細く、ガリガリに痩せていて骨と皮だけのようだ。果たして起きているのか、意識があるのかどうかもあやしく、ごろりと床に転がったまま身動きもしない。時折息を吐くようすが見えて、やっと生きていることがわかるくらいだ。考えるまでもなく、動く力があるとは思えないくらいに衰弱していることが見て取れる。
……ああ、駄目だ。
私は立ち上がって小隊長殿に告げた。
「連れてきます」
「おい」
「放置しておけません。死んでしまいます」
「魔族の、混血だぞ?」
「外見なんてどうとでもごまかせます」
「結界はどうするんだ」
「あれだけ綻びていればここからでも解除は簡単です。問題ありません。……わざわざ隠していたんですから、連れ出しても領主は大っぴらに追及できないでしょう」
少し慌てたように止めようとする小隊長殿に、私は言う。
「小隊長殿、前に、どちらだと思うかと私に聞きましたよね。あれから考えて思ったんですよ。どっちでもいいんじゃないかって」
「どっちでも?」
「ええ。考えた結果、どっちかなんてとても些細なことだと結論しました。私もやっと気づいたんですけど、種族なんてどうでもいいことだったんです。
騎士カーライル殿も言ってましたけど、討伐とは民に害なすものを討つことです。私にとって肝心なのは“害を為すもの”というのは“他者を苦しめるもの”だということです。
思い出したんですけど、私は、そもそも助けたいから魔法使いになったのであって、そのために魔術師団に入ったんです。でなきゃ昔来た結婚話だって断らなかったし、その辺で適当に魔法売って暮らしてます」
小隊長殿が驚いた顔で私を見つめている。だから、私は笑った。
「今、あの子は虐げられて死にかけてます。だから助けます。魔族だろうが人間だろうが、子供を見捨てるのは、私が魔法使いになった理由にも私の主義にも反しますから」
行き当たりばったりはあまり私の趣味ではないけれど、後のことはそれから考えよう。
行き先がなければ私が引き取ることも視野に入れなければ。あの歳の子供を放りだしたりはできない。ただの子供ならともかく、魔族との混血をおいそれと他人に預けることはできないだろう。
……未婚でいきなり子持ちってのも悪くないかな。扶養すべき者のひとり増えたところでどってことないだろう。ちょうど家には人に紛れて生きていく人外のプロもいる。子守と教育は任せてしまえ。
頭の中でざっと目算し、手順を考える。
あの子供がいるところまでは転移でいけるだろう。戻りは幻術を駆使して脱出か。どれくらいの警備がいるのだろうか。
ああそうだ、探っておかなければともう一度探知魔法を詠唱し、屋敷の中に結界以外の余分な魔法がないことと周囲の魔法使いの存在を確認する。
……この近辺に魔法使いはいない。それなら、どうとでもなるだろう。
「それに、ドレイクの襲撃にはあの子供が発散してる魔力が関わってると思われますし、どちらにしろあそこから連れ出す必要はあるでしょう。だから、ちょっと行ってきます」
小隊長殿は、半ば観念したように大きく息を吐いた。
「わかった。俺も同行する」
「……見つかったらただじゃすみませんよ?」
「それはお前も一緒だろうが」
「まあ、そうですけど」