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「魔物討伐ですか? 魔族も?」
久しぶりに師団長に呼ばれ、魔物討伐への派遣を告げられた。裏に魔族がいる可能性もあるという。
……魔族がわざわざ魔物を捕まえて従わせる? 帰宅したらユールに意見を聞いてみようと考えつつ、いつものように、挨拶と詳細な説明を聞くために騎士団の本部へと向かった。
「魔術師団第2団エディト・ヘクスターです」
ほぼ1ヶ月ぶりに小隊長殿に会った。考えたら、あの件の報告書を提出しに来て以来か。小隊長殿は「よろしく頼む」と言いつつ私を見やり、それから訝しげに考え込むような顔になった。
「……お前、魔力が上がったか?」
「そうかもしれません。いい師匠に当たりまして、1ヶ月みっちり訓練できましたから。
この1ヶ月で新しく習得した魔法もありますし、もう一度説明したほうがよいでしょうか」
そういえば、魔力感知ができると言っていたなと思い出しつつ返答すると、小隊長殿は頷いた。最初にここを訪れたときのように、使用可能な魔法とその範囲や強さ等、小隊長殿からの質問も交えて細かく説明をする。
小隊長殿が驚いた顔で1ヶ月でそこまでかと呟くので、私はもう一度、師匠に恵まれましたからと頷いた。
それから、改めて今回の任務について、詳細を聞いた。
王都の南にある湿地近くの町で、数匹の魔物の襲撃があったのだそうだ。魔物はトカゲによく似た姿のものらしい。さらに、その湿地近辺に魔族がいたことも目撃されていると。
湿地に魔物がいることは昔から知られていたが、町が襲われたのは初めてだとか。町の人々は、目撃された魔族が魔物を操って襲わせたのだと言っているようだ。だが、魔族が何故魔物を町に呼び寄せ、襲わせる必要があるのかという点については不明なので、魔物と魔族の関係なんて憶測でしかない。
「……では、魔族と魔物の関連と、魔物が町を襲うことになった理由の調査からでしょうか。もし本当に魔族が魔物をけしかけたなら、その動機もですね」
「そうだ。今のところ魔族がどんな者かもわかっていないし、魔物の種類も特定できていない。調査の結果次第では騎士団と魔術師団には応援を要請することになるだろう。
魔物がサラマンドルあたりなら、魔法使いはお前ひとりでもなんとかなりそうだがな」
「……訓練のおかげで使える魔法のレパートリーは増えましたけど、実戦は初めてです。あまり期待しないでください」
「わかった。──そういえば師団寮を出たと聞いたが、その師匠に付くためか?」
「はい。師団寮では思うように訓練を受けられないので」
「なるほどな。……出発は3日後だ、それまでに準備を整えてくれ」
「了解です」
師団に戻り、必要になりそうなものの手配を終えるとすぐに帰宅した。
家に入るとただいまの挨拶もそこそこに、ユールを捕まえて質問攻めにする。
「ユール! 魔族って魔物を操ったりできる?」
「帰ってくるなりいきなり何の話さ。……えーと、魔族に限らず、魔法使いなら誰でもできないことはないよ」
「操る魔物が複数でも?」
「んー、精神系の魔法が得意ならできると思うけど、あんまり実用的じゃないね」
「どうして?」
「ひとつめに、単純に魔力がたくさん必要だから。ふたつめに精神系の魔法はあまり効果が続かないから、しょっちゅう掛け直す必要がある。みっつめに、操ること自体がそもそも難しい」
「操ること自体が難しいというのは?」
「ええと、まず魅了の場合。魔物を魅了すればなついてくれるけど、それイコール言うことを聞くわけじゃないよ。魔物がこっちの頼みや命令を理解してくれないと、操るというのは無理。で、魔法で魅了されるような魔物の知能は、たいていたかが知れてるね。
支配の場合は、相手の意思を無視してこっちの思う通りに行動させるわけだから、かなりの力が必要。いったん従えたら、そいつが見えるところで集中していなきゃいけない。なので、対象が増えるほど難易度も魔力も馬鹿みたいに上がる。せいぜい一度に2体がいいところかな。あと、集中していられる時間が短いのは言うまでもないよね」
「なるほど……」
考え込む私を見て、ユールがめんどうくさそうな顔で首を傾げる。
「で、なんでいきなりそんなこと聞くの」
「3日後に任務で南へ行くの。魔物と、もしかしたら魔族討伐。
……南で、魔族がトカゲ系の魔物を操って湿地近隣の町を襲ったと言うんだけど、何か心当たりはある?」
「あるわけないじゃん。都会暮らし長いのに、そんな田舎に知り合いなんていないよ。
でも、トカゲ系の魔物かあ……サラマンドルならたいしたことないと思うけど、ドレイク──竜もどきだとやっかいだね。そこそこ頭も回るし、力も強い。湿地なら、両方いるんじゃないかなあ。さすがに竜はいなかったと思うけど。
でもさあ、サラマンドルなら知能はトカゲ並だし、ドレイクだと操るにしても結構大変だよ。ほんとにそれけしかけたやついるの? 他に原因あるんじゃない?」
「ただの言いがかりか噂だと思うんだけど、調査してみないことにはね……」
「ふうん。宮仕えって大変なんだね。まあ、怪我しないようにちゃんと帰ってきてよ。次探すのめんどくさいから」
それから、ふと思い出したようにユールが言う。
「あ、そうだ。君さ、魔王の指輪持ってるでしょ。それ、そのままだと魔物が寄って来ないからどうにかしたほうがいいよ」
「え?」
「魔物ってさ、なんでか知らないけど魔族に寄って来ないんだよ。魔力のせいだと思うんだけど。で、その指輪って作った魔族と同じような魔力を発散してるから、持ってると魔物がよって来なくなるんだ。討伐行くのに魔物出なかったら困るんじゃない?」
「そうなの?」
「しかもそれ、魔王謹製だから寄って来れる魔物なんてほとんどいないんじゃないかな。
そうだな……ちょっと待ってて」
ユールはいったん自室に引っ込むと、しばらくしてから何かを手にして戻ってきた。細い、銀の鎖だった。
「この鎖に指輪を通して首にでもかけておくといいよ。鎖を繋げた後、切れるか解くかするまで結界で魔力が漏れないようになってるから」
「……ありがとう」
「置いてくって選択もあるけど、持ってったほうがいいと思うんだ。なんか変だしね」
いつもは見せない神妙な顔で、ユールはぽそりと呟いた。
* * *
その町は、かなりひどい状況だった。
魔術師団の転移魔法のサポートで、王都を出てすぐ町に到着したのだが、町を囲む城壁の一部は壊され、その近辺の民家も半壊しているというありさまだった。
聞き取りの結果、現れた魔物はドレイク。それも、5体。うち2体はどうにか倒したけれど、残りは湿地のほうへ逃げたという。
町の人々は、口々に魔族がドレイクを使って町を襲わせたのだと言っていた。町の警備隊もそう考えているように感じられる……魔族ではないと一言でも言えば、魔族に味方する人間というレッテルを貼られそうなくらいだ。
ユールの説明や師団で確認した結果から言えば、上位の魔法使いだろうが魔族だろうが、ドレイクを一度に5体も操るなんてとうてい無理だ。操られたのでなければ、町を襲った原因がどこかにあるはず。
それを調べ上げ、これ以上ない形で町の人々の前に引っ張りだす必要がある。
ともに来た騎士たちのほとんどは、崩れた壁近辺の警護と再襲撃への備えに取られてしまうだろう。調査は、ごく限られた人数でやらなければいけない。
いずれにしろ、かなり浮き足立っている町の人々を落ち着かせるのが先決だ。
小隊長殿とその補佐殿と私の3人で調査をどう進めるかを打ち合わせる前に、町に常駐している警備隊の代表を呼び、もう少し詳細な状況について確認した。
──警備隊長は魔族が操っているのだと決め付けるように断言するが、どうも感情や憶測に振り回されているようにしか見えない。彼がこの調子では、警備隊員も似たようなものだろうと伺える。
目撃されたという魔族もはっきりせず、「町の者が見たと言っている」程度のものだ。どのような姿をしていたとか、そういうことすらわからないときている。これでは本当に見たのかどうかも怪しいだろう。
調査はまっさらなところから始めるしかなさそうだ。
「魔法使いの立場から正直に言わせてもらいますと、魔族だろうが魔法使いだろうが、ドレイクを5体も魔法で従えるなど無理だと断言できるでしょう。
ドレイクが町に来た原因は、やはり他に何かあると考えられます」
警備隊長が辞去した後、私は肩を竦めながら率直なところを述べた。小隊長殿も、この意見には賛成してくれている。小隊長補佐である騎士ギーゼルベルト殿も、警備隊長の言葉には懐疑的なようだった。
「だが、魔族を目撃したという話を頭から否定するのも問題だ。
面倒だが、可能性をひとつずつ潰していくしかないな。ドレイクの来る原因が特定できなきゃ、たとえ魔族を討ったところでこの件は解決しない」
小隊長殿の言葉に私と騎士ギーゼルベルト殿が同意したところで、突然、鐘が鳴り響いた。私も含め、全員の表情が厳しく引き締まる。
──ドレイクの襲撃を知らせる鐘の音だった。