閑話:アレと……
なんだかもういろいろなことで頭がパンクしそうだ。
とても仕事どころじゃないと、久しぶりに町へ飲みに出ることにして、無理やり休暇をもぎ取った。師団長にあんな無茶をされたんだ、罰は当たらないはず。
……しかし、たまには静かに考えたいとひとりで出たはずなのに、飲み始めてすぐに後悔が私を襲う。ひとりで悶々と考えたところで、どうしたって袋小路じゃないか。やはりエルネスティを誘うべきだった。
「ここ、いい?」
ちびちびと酒を飲みながらぼうっとしていたら、突然合席を求める声をかけられた。いつの間にそんなに混雑していたのかと声の主を見上げ、どうぞ、と言いかけてひゅっと変な声を出してしまう。
──そこにいたのは、どう見てもあの……“王都の魔”と呼ばれるあの魔族だったからだ。しかも、魔族の姿のまま。
その魔族は私の返事を待たずに座ると、平然と酒を注文した。
「そんなに緊張しないでよ。あ、今、君以外には、普通に人間に見えるようになってるから安心していいよ」
にこにことそんなことを言われたところで安心できるわけがない。
「……あなたは、王都を出たんじゃなかったんですか?」
「えー、出るわけないじゃんめんどくさい。ああ言っとけば、わざわざ王都の中探したりしないんじゃないかなあって思ったんだ。あ、ここはお姉さんがおごってね? 僕、あそこ追い出されて無一文なんだ。責任取ってよね」
「は?」
「僕さあ、ルドヴィカ様が飼い主だったし、自分のお金って持ったことなかったんだよねえ。君らが討伐なんて穏やかじゃないことするから、路頭に迷っちゃった。かわいそうだと思わない?」
「はあ……?」
あんなに恐ろしいと思った相手が路頭に迷ってると言い出すのは、どうなのか?
目の前の魔族は、やたらと笑顔でぐいぐいと酒を飲む。
「君らって魔族怖いとか勝手に言うけどさ、僕だってご飯食べなきゃお腹空くし倒れちゃうんだよね。魔法でお金が湧いてくるわけないでしょ。
僕なんて働いたことないから、飼い主のとこ追い出されると詰んじゃうんだよ。今更働けとか言われても困るし」
魔族はにやにやと笑いながら続ける。そんな、働かない自慢されても困る。
「でさあ、モノは相談なんだけど、お姉さん僕の飼い主にならない?」
「飼い主!?」
「あ、ヒモ役じゃなくて、僕の知ってる魔法を全部教えるとかでもいいよ。お姉さん、僕の見立てではたぶん一通りの系統で、中級くらいまでは楽勝で習得できると思うんだよね。
その代わり、僕の生活の面倒見てよ。贅沢はしないからさ」
「何を言い出すかと思えば……」
もう、なんと答えていいのかわからず、相変わらずにやにや顔で酒を飲むその魔族の顔を、ただただ凝視する。
「ああ、僕のことはユルナ……はまずいから、ユールでいいよ。悪い取引じゃないと思うんだ。これでも魔法ならどの系統も上級までいけるから。応用も得意だし。伊達に王都で500年も生活してないって」
「……え?」
「お姉さん、僕の結界の中見られなかったでしょ? でもね、あれも実は中見るのにちょっとしたコツがあるんだ。そういうのも教えてあげる」
「……」
「あと、効率いい幻術と幻覚の解除の仕方とかも。僕が一番得意なのは幻術と幻覚だから、思いっきり練習できるよ」
「……魔法のほかに、もうひとつ教えてくれるなら、考える」
「何が知りたいの?」
「あなたたち……魔族のことが、知りたい」
「取引成立だね」
魔族──ユールはにんまりと笑うと手を差し出した。私はその手を取り、握手を交わした。