後篇
結局、「王都の魔族は騎士カーライルの尽力により追い払われた」とされた。
つくづく、ものは言い様だと思う。
私が実際に魔族と対峙したと言えるのはこれが実質2度目であったが、私が魔族を怖いと思ったのはこれが初めてだった。あの結界の強さや魔法を詠唱する速度、そして、いつの間にか背後に立たれて感じた底知れない魔力の気配。あの魔族に、本当にこちらに害なす気があったのかどうかは疑問だが、それでも恐ろしいことに変わりはなかった
これまで何もしていない魔族を積極的に狩ることに懐疑的だったけれど、それは無理もないことかもしれないと、自然に思えてしまった。
──それにしても、あの魔族が私に言った“魔王の指輪”とは。
小隊長殿の元へ報告書を提出に向かいながら、やはりもうなあなあにしておけないと考えていた。
* * *
「小隊長殿、聞いてもいいですか」
「なんだ?」
報告書を渡し、いくつかの確認を終えた後、私は思い切って切り出した。
「この指輪を、あの魔族は“魔王の指輪”と呼びました……あの、魔の森にいた魔法使いは何者なんですか?」
私は、小隊長殿をじっと見つめた。執務机に座ったまま、小隊長殿も無言で私を見つめ返す。
しばらくの後、小隊長殿は、ふっと息を吐いた。
「その指輪は、“魔族の守りの指輪”と呼ばれている。魔族が親しい者や大切な者を守るようにと魔力を込めて作り、贈る指輪だ。もっとも、お前にそれを渡した者が何を考えてるのかは知らん。
でだ、あの魔法使いが何かは、たぶん、お前の推測通りだ」
「魔族の守り……」
なんとなく予想はしていて、その予想に違わなかった答えだったけれど、まさかはっきり聞けるとは思わなかった。
「あの時、ディア様は“作る”と言いました。何故、指輪を作ることができるんですか? 小隊長殿の祖父とは? 小隊長殿は、何なんですか?」
「正面から来たか」
小隊長殿は、口の端に、いつか見たあの自嘲的な笑みを浮かべた。
「……俺の母は、昔、黒森と呼ばれる森の中で、親子3人で平穏に暮らしてたんだが、ある日突然……人間の、“魔族討伐”でそれが終わったんだそうだ。祖父はもちろん、祖母も魔に魅入られたと言われて討たれたらしい。ああ、指輪は母が祖父から教えられて、妹は母から教えられたんだ」
「え……」
「まあ、俺としては、子供のころに1度聞いただけだったし、俺の外見はこうで、普通に村の人間の中で生活していたのに、そんなことを話されてもあまり実感はないので困るなと思っていた。
何しろ、普通に騎士にあこがれて、こうやって騎士団に入ってしまったくらいだからな」
私が絶句していると、小隊長殿は私を見上げた。
「……で、お前に俺はどう見える?」
私は小隊長殿を凝視して……俯き、溜息を吐いた。
「わかりません」
「そうか。俺も、わからないんだ」
私ははっとして顔を上げた。
小隊長殿は、どこか遠くを見ているような目をしてぼそぼそと呟く。
「昔は、人間だと思ってたんだけどな。最近よくわからない」
それから、私に視線を戻すと、頼りなく笑った。
「わかったら俺にも教えてくれ」